兄さん、あんたの望みを教えてくれよ。

藍音

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第四幕〜終わりの始まり〜

212 【リュカ】未来は暗い

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困り果ててベネディクトを見た。
結局、学園も卒業できず、女遊びのせいで一度死んだことになっているから外聞も悪い。
兄のサポートができるようになれと言われて育ったが、その役目はもう弟のシモンに与えられている。

「そうですね・・・領地の一つをいただくことも出来ますし・・・どうでしょう。それほど大きくはありませんが、海の見える城がひとつございまして・・・」
「やめておこう。俺には領主なんて向かないよ」
「そうですか・・・リュカ様の評判では今更どこかに婿入りも難しく・・・没落した家の令嬢でもよろしければ、結婚も・・・」
「それも、ゾッとしないな。相手も嫌がるだろうし、婿入りねぇ・・・」
「わかりました。では・・・しばらく下屋敷で静養されては?」
「ふーん・・・もう飼い殺しは飽きたんだよね」
「左様で・・・」

互いに打開策を出そうとしても、解決方法は見つからなかった。
俺の望みは何なんだろう。
ずっと、ただ兄のそばにいたかった。だけど、足かせで繋がれた生活はもうごめんだ。
それに、俺はいないほうがいい。

「旅にでも出るか」
「それもよろしいでしょう」
「そうだな」

ぼんやりと未来を考える。
だが、俺の未来は暗すぎて、何も見えなかった。

「兄さんに会いたい。話がしたい。何なら、立ち会ってもらってもいい」
「立ち会いは不要です。マティアス様から、リュカ様とお話がしたいと承っております」
「そうか」兄さんもやっぱり話をする必要があるって思ったんだな。

どうするにせよ、俺たちは話す必要がある。
兄さんが俺を始末しようとしたってんなら、それはそれで知っておきたい。
どうやら俺は生き延びたし、ここにいるわけにもいかなそうだから。


********************

指定された時間に書斎に出向くと、見覚えのある背の高い男が出迎えてくれた。

かつての閣下、いや、父の書斎だったその場所が、今は兄の書斎として使われていた。
重厚な扉の奥に兄さんがいるのかと思うと、心臓が痛くなった。
それに、昔閣下に襲われかけたこともあり、苦手な場所だ。
扉の両側にはふたりの武装騎士が立ち、ものものしさを増していた。

迎えに出たのは、学園によく使いに来ていた男だ。確かあの頃はフットマンだったはず。
思わず口元が歪んだ。
なんだ、兄の差金で俺は見張られてたのか。
そりゃ、公爵家としてみっともないことはさせておけないもんな。

ひねくれてそう思ったが、まさか、見守っていたとか?
そんなはずない。期待するのはやめよう。
俺は首を横に振った。

怪訝な顔のフットマン・・・ではなく従僕にうなずいて見せると、書斎の扉が静かに開かれた。

「どうぞ、お待ちです」
「久しぶりだな」

皮肉交じりに声をかけると、従僕は頭を下げ、身体を引いて俺を通した。

********************

書斎のしつらえは、閣下、いや父が使っていたときとはずいぶんと雰囲気が変わっていた。
ただ、重厚なマホガニーのデスクが部屋の中心にあり、まわりに背の高い書架をぐるりと巡らせてある。
作りは同じだ。だが、威圧するような閣下の部屋とは違う、凛としてそれでいて静かな空気感は、兄が元々持っていたものだろう。

ちょうど西からの強い日差しが目に入り、部屋の中はよく見えない。

部屋の奥で誰かが動いた。
高い窓からは強い陽が入り、窓の桟をくっきりと十字に浮き上がらせていた。部屋の中が真っ暗で、かたちが認識できない。
眩しさに目を細め、額の前に手をかざした。

「リュカ、来たのか」

兄の声は静かで、感情の動きを感じさせない。

「・・・兄さん」

久しぶりの、兄弟としての対面。それほどの時が経ったわけではないのに、以前会ったのはいつだったのかわからないほど、昔のことに思えた。
徐々に目が慣れても兄の顔は陰になり、表情がよく見えない。
ただ、兄の気配はわかる。引き寄せられ、まとわりつきたくなる、兄のにおい。だが今は、何かがそれを阻んでいた。
兄は真っ暗なシルエットのままマホガニーの大きなデスクの脇から俺の方に回り込み、慎重に足を運んだ。
まるで書斎に地雷が埋め込まれているようなその足取りは迷いとおそれを表しているようにも思える。
なぜ、兄が?そう思った時、兄の横から陽が差し込み、高い頬骨と鼻が影になって見えた。
表情はよくわからない。だが、覚えているよりも少し痩せたような気がした。

「よく来たな。まあ、座れ」静かな口調でソファーを示すと、まるで兄の声をまっていたかのように背中の後ろでドアが静かに閉められた。
「・・・兄さん」阿呆のようにそればかりを繰り返す。言葉が出てこなかった。
いま、公爵としての兄さんの目の前に立ち、俺はどうしたらいいのかわからない。
ただ、痛切ななつかしさといとしさに、しがみついてしまいそうになる。
ここは、兄の書斎なのに。
表情を読まれないようにうつ向いたままソファーに座ると、俺の重みで柔らかい座面が沈み込んだ。

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