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第四幕〜終わりの始まり〜

197 【マティアス】悋気

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それから一月が経ち、産まれてすぐに乳母の手に渡された子はすくすくと育っていた。
ベネディクトの指示でいつの間にかしつらえられていた子供部屋に君臨する主となり、いずれはこの公爵家を引き継いでいく息子。
少しずつ実感が湧いてくると、ホッとした。ひとつしなければならない大きな仕事が終わった。そういう感覚だ。
嫡男をもうけるということは、それほどの大きな任務だった。

子が産まれて以来、イネスは出産のために用意された部屋にとどまり、静養していた。
その後どうなったのかは私は知らない。興味もなかった。

(まさか、あの一度限りの夜が実を結ぶとは。男女とは不思議なものだな)

リュカに精を注いでも、妊娠はしない。だが、イネスもミラも孕んだ。
どちらかに執着できれば、私とて楽なのに。

弟をあきらめるべきだ。
冷静な私はそう告げてくる。
あれは、妖婦の質だ。家庭教師も言っていた、あれは淫魔だと。確かにその通りだ。
リュカを見れば男も女も惹かれずにはいられない。悪いことに本人もその相手と簡単に寝る。
むしろ「寝ていない」相手に嫉妬しなければならないとは・・・

「単なる友達」だという女子生徒も片付けざるを得なかった。
領地でトラブルがあって、学園に避難していたという話だったが、目の前から消すには領地に帰ってもらうのが一番好都合だった。男女の友情など信用ならない。

そして、ミラ・・・まあ、ミラはいいだろう。すでに私のものだ。リュカの裏切りに心を痛め、二度と復縁はないだろうし。

それなのに、気づけば私の足はリュカの眠る塔に向かっていた。
もうやめろと、うるさい羽虫のようにどこかから声がする。だが・・・どうしたらあきらめられるというのだ。おそらく、私は一生に一度しか愛せない人間なのだろう。
そしてその愛は、私が気づかぬときから深く、地下を流れる川のように静かに始まっていた。
あの小さな家で、はじめてリュカを見たとき。あれが運命の分かれ目だった。
いやそうじゃない。
いつだってリュカに出会えば恋に落ち、そして苦しんだろう。
リュカはあまりにも美しく繊細で・・・奔放だった。

私とは、かけ離れていた。

「旦那様!お待ちください!!」

ジャックが後ろから追いかけてきた。

「すぐにお戻りください。大変です。奥様が!」

なぜイネスの元を訪れなければならない?子を産み終わったわたしの「妻」は、生きていても死んでいてもどうでもいい存在にまで成り下がっていた。

「イネスが何だと言うんだ」不機嫌な私の声に、ジャックは一瞬ひるんだ。
「旦那様がおいでにならないと、お怒りです」
「ほうっておけ」
「ですが、ものを壊したり、メイドにあたったりしています。このままでは若い女中は全員いなくなってしまいます」
「はあ」思わずため息をつく。これだ。だからイネスは女主人に向いていない。

イネスの部屋に向かうと、ひどい有様だった。
部屋中にあちこちに散乱する茶器のかけら。
茶が入ったままのポットを投げつけたのか、壁紙には茶色のしみがだらりと舌を出すように垂れ下がっている。
びりびりに裂かれたリネン。部屋中に散らばるクッションとひっくり返った椅子。
イネスの足元では、足蹴にされたメイドが泣きながら許しを請うていた。
これでは、母よりもひどい。

「何をしているんだ」

私の声に、その場にいた全員がはっと顔を上げた。

「旦那様・・・」
「マティアス!!!」

メイドたちのホッとした顔。そして、髪をふりみだしたイネス。その瞳に一瞬、後ろめたさが見え、すぐに隠された。

「全員部屋を出ろ。いや、ジャック、割れたものだけは片付けろ」

私はイネスと向き合った。

「なぜ使用人にこのようなひどいことをする。お前は主人だろう。上に立つものが尊敬されるふるまいができなくてどうする」
「だって、マティアスがかまってくれないから」

私は思わず頭を抱えた。愚かすぎる。

「何を言ってるんだ。なぜ私がお前を構うと思うんだ。いや、なぜ私がお前をかまって当然だと思うんだ」
「だって!私は嫡男を産んだ妻なのよ!?当然でしょう?それに、あの子はあなたに色目を使って・・・」
「ばかばかしい!色目など使っているものか。それに私は君とは違う。浮気性ではないのでね」
「な、なによそれ・・・どういうこと」
「自分の胸に聞いてみるんだな」
「なんですって?」
「いいか。このような振る舞いは許さない。次に同じことがあったら、修道院に入るか、どこか遠い領地にでも行くか選べ。お前についてきてくれる使用人がいるのかは知らんがな」
「マティアスが!!マティアスが悪いのよ!!私を大切にしてくれないから!!」
「契約外だ」
「私はあなたの子の母なのよ!」
「なんども言わずともわかっている。当初の話とは違うが、まあ、良しとしよう」
「どうして・・・どうして、愛してくれないの?」
「愛するわけがないだろう」

これ以上は聞くに耐えない。

「いいか、次に同じことをしたら、修道院だ」

吐き捨てるように告げると、部屋を出た。
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