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第四幕〜終わりの始まり〜
215 【マティアス】過去の罪
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もしかしたら。
もしかしたら、ふたりには未来があるかもしれない。
分かち難い血の絆。
それをもってしても止めることが出来なかった恋情。
どうしようもなく、惹かれる。
一瞬の喜びのためには、長い長い苦しみがあった。
「愛は甘い」などと誰が言った?
私達がともにいるために犯した過去の罪が今、大きな手を広げ、絶対に逃さないと私に食らいついた。
ほんの少し前までは、もしかしたらふたりでともにある未来があるのかもしれないと、どこかで期待している自分がいた。この苦しみから、いつかは逃れられるかもしれないと。
イネスがリュカとの関係を告げる前のふたりに戻れるかもしれない、と。
だが、そんな蜘蛛の糸よりもはかない期待は、いま、リュカの言葉であっさりと断ち切られた。
いや、ふたりの関係を容赦なく断ち切ることこそ、リュカの望みなのだ。
愛を告げることなど許さない。
ずっと暗闇に身を潜めていた過去の罪が、いま、私をとらえた。
長く感情を表さない訓練を受けてきた私の表情は変わっていないはずだ。
それなのに、全身の骨が、関節が悲鳴を上げ、今にも崩れ落ちそうだと叫んでいる。
「・・・リュカ」
声は震えていなかった。その事実に安堵し、先を続ける。
「お前はどうなんだ。お前の望みは何だ」
「俺は・・・っ!」
リュカが切羽詰まった声で叫んだが、そのまま、声はしゃがれ、部屋の壁に消えていった。
「知りたい・・・いや知りたくない・・・でも知るべきだ・・・もう、やめるべきなんだ・・・」
両手で顔を覆い、その表情を隠しながらも、ぶるぶると震える手とよれた声が、リュカの本音を伝えていた。
「そうか・・・そうだな」
私も両手に顔を埋めた。
愛していた。
これからもずっと愛し続けるだろう。
だが、私の過去はリュカと幸せになる未来など許すはずもなかった。
何よりも・・・私は、リュカを本当に殺してしまうところだった。
医者の声が耳をよぎる。
「本当に危ないところだったんですよ。なによりも、ご本人の容態が悪すぎる。ここ数年ろくにものも食べていない、陽にも当たっていないでしょう?」
イネスがリュカと駆け落ちしようともくろみ、私にナッツと少量の毒物を盛ったあと、リュカの所在は誰にも知られず、忘れ去られていた。リュカの手当をした医者は、リュカの体が弱りきっていたことに憤慨し、いますぐ食事と睡眠と運動のバランスが取れた健康的な生活を与えないと、数年後には死んでしまうだろうと私に宣告した。
「足首にはひどい傷が残っています。私は、囚人の足首で同じような傷を見たことがあります」
医者は私の目をみた。その目には医者が何を知っているのかを雄弁に語っていた。
「傷からばい菌が入って、足が腐れ落ちた者もいましたよ。リュカ様はさいわいそこまでひどくはありませんが・・・痕は一生残るでしょう。それに、外傷だけではない。こんなことが続けば心も壊してしまいますよ?」
何年もリュカの姿を蝋燭の明かりでしか見ていなかった。
昼に見ることがあっても、怒りや欲望が見る目を歪ませ、本当の姿が見えていたとは言えない。
明るい日差しの中、医者に指摘されたリュカの健康状態はあまりにも悪く、自分の執着がそこまでリュカを追い込んだのだと目の前に突きつけられた。
手の内にとらえていたはずなのに、まるでさらさらとこぼれる砂のように消えていく。
だが、リュカの存在がこの世から消えてしまう、という事実はあまりにも恐ろしく、そんな未来に耐えるぐらいなら自分を消すほうが容易に思えた。
どれだけ胸が痛んでも、この世のどこかにリュカが存在してくれていたほうが、はるかにましだ。
そんな当たり前のことに、目の前でリュカの命が消えかけてようやく気がついた。
燃え盛っていたはずの愛は消え、いまは鼻につく硝煙のにおいだけが、その名残を伝えるのみだ。
「ルイスは、私を脅迫していた。欲をだして母まで脅迫したんだ。すぐに始末されたよ」
リュカが弾かれたように頭をあげた。
「死ねばいいとはおもっていたが、まさか本当に死ぬとは思っていなかったがな」
「なんで・・・まさか・・・いや、なんで脅迫なんて・・・」
リュカの目は動揺をあらわすように、あちらこちらに視線を巡らせている。
しばらく考えハッとしたように私を見た。
「まさか・・・俺たちのこと・・・?俺のせい?」
「いや・・・違う。なんで脅迫されたのかは忘れたよ。ただ、お前とは関係ないことだった。それは間違いない」
「本当?」
ホッとしたように息を吐くリュカを見て、つくづく思う。この、権謀術数だらけの公爵家で生きていくには、リュカは優しすぎる。
「父は・・・正直、あのタイミングで父が暴漢に殺されたのは、私にとって好都合だった。私と父は憎み合っていたし・・・いつか、たがいのどちらかがどちらかを殺しただろう。
仕方がなかったんだ。お前は知らなかっただろうが、父と私の間には意見の相違があってね。お前の知らない南の領地のことだ。長く治めさせている領主がいるんだが、残忍な行為が目に余ると、領民から訴えがあった。私は領主を交代させるべきだと訴えたが、父は領民の声など聞いていたら、領地運営は出来ないと言うんだ。だが、結局暴動が起き、領主やその家族たちは殺された。首謀者は、最初に訴えでた領民だった。話を聞いていれば、血を流さずにすんだのに。だが、父は気にもとめずに新しい領主を任命したんだ。そういう行き違いが何度もあって、父は私を廃嫡にしようとした。だが私は領民のためにも負けるわけにはいかなかったんだ」
リュカは半ば信じたような、まだ疑いの残る目で私を見た。
「代替わりして最初にしたのは、南の領地を訪問し、話を聞くことだった。すでに反乱の首謀者たちは処刑されていたが、生きている領民のために変えるべきは変えてやらねばならない」
「・・・そう」
リュカは考え込むようにうつ向いていたが、はっと顔を上げた。
「じゃあ、俺の手紙は?」
もしかしたら、ふたりには未来があるかもしれない。
分かち難い血の絆。
それをもってしても止めることが出来なかった恋情。
どうしようもなく、惹かれる。
一瞬の喜びのためには、長い長い苦しみがあった。
「愛は甘い」などと誰が言った?
私達がともにいるために犯した過去の罪が今、大きな手を広げ、絶対に逃さないと私に食らいついた。
ほんの少し前までは、もしかしたらふたりでともにある未来があるのかもしれないと、どこかで期待している自分がいた。この苦しみから、いつかは逃れられるかもしれないと。
イネスがリュカとの関係を告げる前のふたりに戻れるかもしれない、と。
だが、そんな蜘蛛の糸よりもはかない期待は、いま、リュカの言葉であっさりと断ち切られた。
いや、ふたりの関係を容赦なく断ち切ることこそ、リュカの望みなのだ。
愛を告げることなど許さない。
ずっと暗闇に身を潜めていた過去の罪が、いま、私をとらえた。
長く感情を表さない訓練を受けてきた私の表情は変わっていないはずだ。
それなのに、全身の骨が、関節が悲鳴を上げ、今にも崩れ落ちそうだと叫んでいる。
「・・・リュカ」
声は震えていなかった。その事実に安堵し、先を続ける。
「お前はどうなんだ。お前の望みは何だ」
「俺は・・・っ!」
リュカが切羽詰まった声で叫んだが、そのまま、声はしゃがれ、部屋の壁に消えていった。
「知りたい・・・いや知りたくない・・・でも知るべきだ・・・もう、やめるべきなんだ・・・」
両手で顔を覆い、その表情を隠しながらも、ぶるぶると震える手とよれた声が、リュカの本音を伝えていた。
「そうか・・・そうだな」
私も両手に顔を埋めた。
愛していた。
これからもずっと愛し続けるだろう。
だが、私の過去はリュカと幸せになる未来など許すはずもなかった。
何よりも・・・私は、リュカを本当に殺してしまうところだった。
医者の声が耳をよぎる。
「本当に危ないところだったんですよ。なによりも、ご本人の容態が悪すぎる。ここ数年ろくにものも食べていない、陽にも当たっていないでしょう?」
イネスがリュカと駆け落ちしようともくろみ、私にナッツと少量の毒物を盛ったあと、リュカの所在は誰にも知られず、忘れ去られていた。リュカの手当をした医者は、リュカの体が弱りきっていたことに憤慨し、いますぐ食事と睡眠と運動のバランスが取れた健康的な生活を与えないと、数年後には死んでしまうだろうと私に宣告した。
「足首にはひどい傷が残っています。私は、囚人の足首で同じような傷を見たことがあります」
医者は私の目をみた。その目には医者が何を知っているのかを雄弁に語っていた。
「傷からばい菌が入って、足が腐れ落ちた者もいましたよ。リュカ様はさいわいそこまでひどくはありませんが・・・痕は一生残るでしょう。それに、外傷だけではない。こんなことが続けば心も壊してしまいますよ?」
何年もリュカの姿を蝋燭の明かりでしか見ていなかった。
昼に見ることがあっても、怒りや欲望が見る目を歪ませ、本当の姿が見えていたとは言えない。
明るい日差しの中、医者に指摘されたリュカの健康状態はあまりにも悪く、自分の執着がそこまでリュカを追い込んだのだと目の前に突きつけられた。
手の内にとらえていたはずなのに、まるでさらさらとこぼれる砂のように消えていく。
だが、リュカの存在がこの世から消えてしまう、という事実はあまりにも恐ろしく、そんな未来に耐えるぐらいなら自分を消すほうが容易に思えた。
どれだけ胸が痛んでも、この世のどこかにリュカが存在してくれていたほうが、はるかにましだ。
そんな当たり前のことに、目の前でリュカの命が消えかけてようやく気がついた。
燃え盛っていたはずの愛は消え、いまは鼻につく硝煙のにおいだけが、その名残を伝えるのみだ。
「ルイスは、私を脅迫していた。欲をだして母まで脅迫したんだ。すぐに始末されたよ」
リュカが弾かれたように頭をあげた。
「死ねばいいとはおもっていたが、まさか本当に死ぬとは思っていなかったがな」
「なんで・・・まさか・・・いや、なんで脅迫なんて・・・」
リュカの目は動揺をあらわすように、あちらこちらに視線を巡らせている。
しばらく考えハッとしたように私を見た。
「まさか・・・俺たちのこと・・・?俺のせい?」
「いや・・・違う。なんで脅迫されたのかは忘れたよ。ただ、お前とは関係ないことだった。それは間違いない」
「本当?」
ホッとしたように息を吐くリュカを見て、つくづく思う。この、権謀術数だらけの公爵家で生きていくには、リュカは優しすぎる。
「父は・・・正直、あのタイミングで父が暴漢に殺されたのは、私にとって好都合だった。私と父は憎み合っていたし・・・いつか、たがいのどちらかがどちらかを殺しただろう。
仕方がなかったんだ。お前は知らなかっただろうが、父と私の間には意見の相違があってね。お前の知らない南の領地のことだ。長く治めさせている領主がいるんだが、残忍な行為が目に余ると、領民から訴えがあった。私は領主を交代させるべきだと訴えたが、父は領民の声など聞いていたら、領地運営は出来ないと言うんだ。だが、結局暴動が起き、領主やその家族たちは殺された。首謀者は、最初に訴えでた領民だった。話を聞いていれば、血を流さずにすんだのに。だが、父は気にもとめずに新しい領主を任命したんだ。そういう行き違いが何度もあって、父は私を廃嫡にしようとした。だが私は領民のためにも負けるわけにはいかなかったんだ」
リュカは半ば信じたような、まだ疑いの残る目で私を見た。
「代替わりして最初にしたのは、南の領地を訪問し、話を聞くことだった。すでに反乱の首謀者たちは処刑されていたが、生きている領民のために変えるべきは変えてやらねばならない」
「・・・そう」
リュカは考え込むようにうつ向いていたが、はっと顔を上げた。
「じゃあ、俺の手紙は?」
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