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第四幕〜終わりの始まり〜
187 【リュカ】イヴァンとの再会
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王都一番の高級店が立ち並ぶきらびやかな通りには、俺のようなみすぼらしい身なりのものはひとりもいなかった。
その中でも一番豪華なガルシア商店の両脇にたつ守衛は、俺よりも高価な服を着ている。
中央にある噴水と、そぞろ歩く貴婦人たち。
入らせてくれないかも、と思ったけれど、ガルシア商店の正面から店に入ると誰にも止められなかった。
「いらっしゃいませ」
絹の制服を着た年配の婦人が近づいてきた。店員の多分上の方の人だろう。
「本日はどのようなご用向でしょうか。もしや、入り口をお間違えではありませんか?」
やんわりと、お前の入り口は裏口だと告げる店員。
思いつかなかった。わかっていたら、裏口から目立たないように入ったのに。
つい、表から入ってしまったから、ひっこみがつかない。
俺は精一杯貴族然として態度を取りつくろった。具体的には、背筋を伸ばし、顎を引きながら鼻を上に向け、毅然として見えるように。
「いえ。間違えてはおりません。イヴァンを呼んでください。私は彼の学園での同級生です」
「学園の?」店員はなおも疑わしいと思っているんだろうが、完璧な接客態度からは、毛ほどもそれを感じさせなかった。
「はい、そうです」鷹揚に笑って見せる。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「リュカ。リュカ・ランベールと」店員が小さく息を飲んだ。
「承りました」表情を隠すように丁寧に頭を下げ、次の瞬間には店員のスカートは奥の扉に消えていた。
ぽつんと取り残されると、急に居心地が悪くなった。ひしひしと店の客の視線が突き刺さる。高級店に入るべきではない、貧しい身なり。しかも若干馬くさい。店の中には、異国の置物や、美しく絵付けされた壺、絹織物や繊細なレースが整然と飾られ、売り物らしきドレスを着て見せている店員が優雅に歩き回っていた。
何かを盗まれたら大変と、別の店員がさり気なく俺のそばに近づいてきた。
俺が困ったように口角を上げてみせると、知らんふりをして品物の位置を変えるふりをしている。
「こっちだ」
小声でイヴァンに呼ばれ、先程店員が消えた扉の奥に誘い込まれた。
そこは貴賓用なのか、4人も入ればいっぱいになるようなちいさな部屋だった。
「リュカ、お前・・・生きていたのか」
「生きているに決まってるじゃないか」
「だって、お前・・・もう葬式も済んでるし。正直、今の今まで死んだと思ってた。リュカ・ランベールを名乗る怪しい男がいるっていうから見に来たらまさかの本物で・・・」
「イヴァン・・・それが、何がなんだか分からなくて。どれくらいの時が流れたんだ?俺に何が起こったのかもさっぱり・・・」
「リュカ・・・」イヴァンは大きなため息をひとつつくと「まあ座れ」と椅子を指さした。
「それにしても、ひどい格好だな。まるで馬丁の作業着のように見える」
そのとおりだ。だが、俺はごほんとひとつ咳払いをした。
「その、それで。お前にひとつ頼みがある。いや、ふたつか。じつは・・・記憶があいまいでな。俺に何が起こったのか教えてくれ。それとすこし現金を用立ててくれないか。後で必ず返すから」
「お前・・・」イヴァンは俺の顔をじっとみたが、言葉が見つからないように、下唇をなめた。
「何があったんだ?記憶があいまいだって?それは、頭を殴られたからか?気の毒に。お前に最後に会ったのは・・・もう2年近く前になるかな。頭を殴られて学園に担ぎ込まれてきたときだ。療養するってことでそのまま退学になったと聞いていたが・・・当時、結構な騒ぎになったんだよ。あのときの公爵様は本当にお気の毒で、見ていられないくらいだった。人ってこんなに気落ちするものかと思うほど、肩を落としていらしてね。その後、一年ぐらいしてから流行病で死んだって聞いた。お前の家も、先代様が亡くなって、当代の公爵様・・・お前の兄上が公爵になられ間もなかったし、母上もいらっしゃらないから、女手が必要で、以前から婚約していたイネス嬢と急遽結婚されたり、常にバタついていた感じだったな。・・・俺、お前の葬式に行ったんだよ、死に顔も見たし・・・どうなってるんだ?」
「それは俺が聞きたいよ。学園で頭を殴られて・・・気がついたら、もう2年経ってたってことか?」
「そうだな・・・」
「なんでそんなことに?」
「お前に何があったんだ?痴情のもつれで殺されかけたって噂になってたけど、やっぱりあの家庭教師の弟って人に・・・」
「ちがうよ!それはちがう。俺を殴ったのは・・・いや、その、記憶がはっきりしなくて・・・」
兄が俺を殴ったことは口に出せなかった。
兄をかばうことだけが目的じゃない。なぜ殴られたのか、はとても他人には、いくら友人でも話すことはできなかった。
「知らない男だった、気がする」それが精一杯だ。
「ふうん。大方お前に女を寝取られた亭主ってところか?」
「・・・そうかもね」
「だから言っただろう?だれかれ構わず寝るからそういうことになるんだって」
「・・・」
反論できる立場でもなかった。
「だがなあ、公爵様はおっかないからな」
「お前、兄さんのこと知ってるのか」
「え?・・・まあ、その、だな。お前が怪我をしたとき話をさせていただいたりして、その時からかな・・・まあ、もちろん身分が違うから、ぜんっぜん話をする機会なんてないけど?」
「そうか」
「そうそう!そんなことより!お前さあ。お前とイチャイチャしていた家庭教師どうなったんだよ」
「イチャイチャ?何のこと・・・」
急にフラッシュバックするように、家庭教師との情事が頭をよぎった。そうだ、俺・・・大嫌いな家庭教師とも散々遊んだんだ。
その中でも一番豪華なガルシア商店の両脇にたつ守衛は、俺よりも高価な服を着ている。
中央にある噴水と、そぞろ歩く貴婦人たち。
入らせてくれないかも、と思ったけれど、ガルシア商店の正面から店に入ると誰にも止められなかった。
「いらっしゃいませ」
絹の制服を着た年配の婦人が近づいてきた。店員の多分上の方の人だろう。
「本日はどのようなご用向でしょうか。もしや、入り口をお間違えではありませんか?」
やんわりと、お前の入り口は裏口だと告げる店員。
思いつかなかった。わかっていたら、裏口から目立たないように入ったのに。
つい、表から入ってしまったから、ひっこみがつかない。
俺は精一杯貴族然として態度を取りつくろった。具体的には、背筋を伸ばし、顎を引きながら鼻を上に向け、毅然として見えるように。
「いえ。間違えてはおりません。イヴァンを呼んでください。私は彼の学園での同級生です」
「学園の?」店員はなおも疑わしいと思っているんだろうが、完璧な接客態度からは、毛ほどもそれを感じさせなかった。
「はい、そうです」鷹揚に笑って見せる。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「リュカ。リュカ・ランベールと」店員が小さく息を飲んだ。
「承りました」表情を隠すように丁寧に頭を下げ、次の瞬間には店員のスカートは奥の扉に消えていた。
ぽつんと取り残されると、急に居心地が悪くなった。ひしひしと店の客の視線が突き刺さる。高級店に入るべきではない、貧しい身なり。しかも若干馬くさい。店の中には、異国の置物や、美しく絵付けされた壺、絹織物や繊細なレースが整然と飾られ、売り物らしきドレスを着て見せている店員が優雅に歩き回っていた。
何かを盗まれたら大変と、別の店員がさり気なく俺のそばに近づいてきた。
俺が困ったように口角を上げてみせると、知らんふりをして品物の位置を変えるふりをしている。
「こっちだ」
小声でイヴァンに呼ばれ、先程店員が消えた扉の奥に誘い込まれた。
そこは貴賓用なのか、4人も入ればいっぱいになるようなちいさな部屋だった。
「リュカ、お前・・・生きていたのか」
「生きているに決まってるじゃないか」
「だって、お前・・・もう葬式も済んでるし。正直、今の今まで死んだと思ってた。リュカ・ランベールを名乗る怪しい男がいるっていうから見に来たらまさかの本物で・・・」
「イヴァン・・・それが、何がなんだか分からなくて。どれくらいの時が流れたんだ?俺に何が起こったのかもさっぱり・・・」
「リュカ・・・」イヴァンは大きなため息をひとつつくと「まあ座れ」と椅子を指さした。
「それにしても、ひどい格好だな。まるで馬丁の作業着のように見える」
そのとおりだ。だが、俺はごほんとひとつ咳払いをした。
「その、それで。お前にひとつ頼みがある。いや、ふたつか。じつは・・・記憶があいまいでな。俺に何が起こったのか教えてくれ。それとすこし現金を用立ててくれないか。後で必ず返すから」
「お前・・・」イヴァンは俺の顔をじっとみたが、言葉が見つからないように、下唇をなめた。
「何があったんだ?記憶があいまいだって?それは、頭を殴られたからか?気の毒に。お前に最後に会ったのは・・・もう2年近く前になるかな。頭を殴られて学園に担ぎ込まれてきたときだ。療養するってことでそのまま退学になったと聞いていたが・・・当時、結構な騒ぎになったんだよ。あのときの公爵様は本当にお気の毒で、見ていられないくらいだった。人ってこんなに気落ちするものかと思うほど、肩を落としていらしてね。その後、一年ぐらいしてから流行病で死んだって聞いた。お前の家も、先代様が亡くなって、当代の公爵様・・・お前の兄上が公爵になられ間もなかったし、母上もいらっしゃらないから、女手が必要で、以前から婚約していたイネス嬢と急遽結婚されたり、常にバタついていた感じだったな。・・・俺、お前の葬式に行ったんだよ、死に顔も見たし・・・どうなってるんだ?」
「それは俺が聞きたいよ。学園で頭を殴られて・・・気がついたら、もう2年経ってたってことか?」
「そうだな・・・」
「なんでそんなことに?」
「お前に何があったんだ?痴情のもつれで殺されかけたって噂になってたけど、やっぱりあの家庭教師の弟って人に・・・」
「ちがうよ!それはちがう。俺を殴ったのは・・・いや、その、記憶がはっきりしなくて・・・」
兄が俺を殴ったことは口に出せなかった。
兄をかばうことだけが目的じゃない。なぜ殴られたのか、はとても他人には、いくら友人でも話すことはできなかった。
「知らない男だった、気がする」それが精一杯だ。
「ふうん。大方お前に女を寝取られた亭主ってところか?」
「・・・そうかもね」
「だから言っただろう?だれかれ構わず寝るからそういうことになるんだって」
「・・・」
反論できる立場でもなかった。
「だがなあ、公爵様はおっかないからな」
「お前、兄さんのこと知ってるのか」
「え?・・・まあ、その、だな。お前が怪我をしたとき話をさせていただいたりして、その時からかな・・・まあ、もちろん身分が違うから、ぜんっぜん話をする機会なんてないけど?」
「そうか」
「そうそう!そんなことより!お前さあ。お前とイチャイチャしていた家庭教師どうなったんだよ」
「イチャイチャ?何のこと・・・」
急にフラッシュバックするように、家庭教師との情事が頭をよぎった。そうだ、俺・・・大嫌いな家庭教師とも散々遊んだんだ。
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