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第四幕〜終わりの始まり〜
183 【リュカ】鉄格子の奥
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身体が震え、汗がふきだしてきた。
妙に大きく音が聞こえ、耳鳴りがした。
ドアに走り寄ったが、足かせが俺の足を引き、したたかにひざを打っただけだった。
鎖が、俺を嘲るようにじゃらりと音をたてた。
どうしたら?どうしたらいいんだ?
鎖は壁にしっかりと取り付けられている。そこそこに長く、部屋の中を動くくらいなら不自由はない。だが、徹底して外に出さない、強い意志を感じた。
俺はぐるぐると部屋の中を歩き回った。助けを求めても、誰も助けてはくれないだろう。兄さんのあの調子だと、俺を助けた使用人の命はないかもしれない。
頭はぼんやりしているし、記憶はあちこち曖昧で何を怒っているのかもわからない。
ただ、この部屋から出す気はないことだけははっきりしていた。
突然電池が切れたように、立っていられなくなり、ベッドに倒れ込んだ。
息が苦しい。足が痛い。全身がいたい。
枷がはまった足首からは、すれて血が流れていた。
俺、こんなに体力なかったけ?
息が切れ、足はびくびくと小さく痙攣を起こしている。
(まずは体力の回復だな)
ぼんやりと天井を見つめながら考えた。
(そう、なんて言ったっけ。俺の葬式は済んだ?半年前?子が産まれた?子どもって一年ぐらいかけて生まれるはずだよな・・・つまり俺は頭を殴られてから一年近く意識がなかったってこと?もしかしたら、もっと?そういえば、イネスの腹はどうなってた・・・?)
ここに連れてこられる前のことを思い出す。
洗濯女は俺を見て腰を抜かした。多分、俺のことを幽霊かなんかだと思ったんだろう。
イネスは・・・
俺はイネスの指に指輪が光っていたことを思い出した。
結局、俺は何もできなかった。イネスと兄さんの結婚を阻止することも、兄さんを幸せにしてやることも。
(これじゃ単に横恋慕したみたいじゃないか・・・)
まさか、そう思われてるのか?
がばりと身体を起こし、腹筋の痛みにうめいた。
とにかく、俺が思っていたよりも時間が経っていたらしい。筋肉はやせ細り、すこし動いただけでも気を失いそうなほど疲れる。
(そういえば)
こわごわと頭の後ろに手を這わす。髪が伸び、外からはわからないだろうが、後頭部に細く盛り上がった傷跡が残っていた。ボコボコと縫ったような痕がある。とりあえず、頭の傷は塞がったらしい。
とりあえず・・・しなければいけないのは体力の回復だな。
俺はあたりを見まわした。
それほど広い部屋じゃない。
どこからか・・・雨の匂い。
雨の匂い?!
もしかしたら、ここはそれほど深い地下じゃないのかもしれない。
そうだ、大公妃を幽閉するためにつくったって言ってたよな。そんなに地下深くに閉じ込めたら、身体に悪すぎる。二度と出す気はなくても、三人も子を産んだって言ってたし、それなりの期間過ごせたってことは、陽の光を浴びたはずだ。
人間、そんなに長い期間陽を浴びなくても生活できるのか?いや。できるかもしれないけど、でも、妊娠した大公妃に少しは陽に当たる機会を与えたはずだ・・・であれば、どこかから必ず逃げ出せるはず。
妊婦には激しい動きはさせられない。兄は大公は大公妃を愛していたと。しかも、自分の子を孕んでいるとなれば、この部屋のどこかに必ず外とつながる扉があるはずだ。
兄が食事を持って部屋に来るタイミングは、朝なのか、昼なのか正直よく分からなかった。部屋は薄暗いし、すごく長い時間こなかったり、頻繁だったりして、時間の感覚を図ることもできなかった。
兄は、最初に宣言した通り、俺に手を出すことはなく、野生動物を餌付けするように慎重に食事を与え、俺を観察していた。当然「ここから出してほしい」と頼んだが、兄は黙ったまま。引き結んだ口元がだめだと伝えていた。
だが、ほうきをもらうことはできた。
「せめて、自分のいるところは掃除ぐらいしたいんだよ」
そういった翌日、無言でほうきを手渡された。大げさに喜んで見せると、兄さんの頬がすこしだけゆるんだ。
木の椀に盛られたスープは少しずつ具材が増えていき、俺の食欲も増し、こっそりと続けている運動の成果で、筋肉も回復してきた。
「俺、どのぐらい寝てたのかな」
「この足かせだけでも外してもらえない?」
話しかけても、何も返してくれなかった。
黙って空になった椀と汚れ物を持ち、部屋から出ていく兄が何を考えているのか、さっぱり分からない。
ひとりの時間はやることもないので、出口探しに全部のエネルギーを注いだ。
掃除しながらあっちをつついたり、こっちをつついたり。
その日は、以前から不自然だと思っていた天井の鉄格子に、ほうきの柄を差し入れ突いてみた。いつの時代のものかわからない、古くなった木がばらばらと崩れて落ち、温かい日差しが柔らかく俺を包んだ。鉄格子の向こうには明かり取りの窓があった。
「うわ、陽の光だ!」
これほどうれしかったのはいつぶりかわからないほどだ。踊りだしそうなほど気分が上がる。久しぶりに見えた光は希望そのものだ。
やっぱりここは完全な地下じゃない。多分、半地下。
おそらく、閉じ込められた人間の逃げる意志をくじくために、あの暗い通路があるんだろう。でも、この部屋は地上に繋がっている。思い込まされたほど出られない場所じゃない。
陽の光がシーツに当たり、天使のはねのように反射した。
俺は外に出られると思っただけでも、口笛を吹きたくなった。
妙に大きく音が聞こえ、耳鳴りがした。
ドアに走り寄ったが、足かせが俺の足を引き、したたかにひざを打っただけだった。
鎖が、俺を嘲るようにじゃらりと音をたてた。
どうしたら?どうしたらいいんだ?
鎖は壁にしっかりと取り付けられている。そこそこに長く、部屋の中を動くくらいなら不自由はない。だが、徹底して外に出さない、強い意志を感じた。
俺はぐるぐると部屋の中を歩き回った。助けを求めても、誰も助けてはくれないだろう。兄さんのあの調子だと、俺を助けた使用人の命はないかもしれない。
頭はぼんやりしているし、記憶はあちこち曖昧で何を怒っているのかもわからない。
ただ、この部屋から出す気はないことだけははっきりしていた。
突然電池が切れたように、立っていられなくなり、ベッドに倒れ込んだ。
息が苦しい。足が痛い。全身がいたい。
枷がはまった足首からは、すれて血が流れていた。
俺、こんなに体力なかったけ?
息が切れ、足はびくびくと小さく痙攣を起こしている。
(まずは体力の回復だな)
ぼんやりと天井を見つめながら考えた。
(そう、なんて言ったっけ。俺の葬式は済んだ?半年前?子が産まれた?子どもって一年ぐらいかけて生まれるはずだよな・・・つまり俺は頭を殴られてから一年近く意識がなかったってこと?もしかしたら、もっと?そういえば、イネスの腹はどうなってた・・・?)
ここに連れてこられる前のことを思い出す。
洗濯女は俺を見て腰を抜かした。多分、俺のことを幽霊かなんかだと思ったんだろう。
イネスは・・・
俺はイネスの指に指輪が光っていたことを思い出した。
結局、俺は何もできなかった。イネスと兄さんの結婚を阻止することも、兄さんを幸せにしてやることも。
(これじゃ単に横恋慕したみたいじゃないか・・・)
まさか、そう思われてるのか?
がばりと身体を起こし、腹筋の痛みにうめいた。
とにかく、俺が思っていたよりも時間が経っていたらしい。筋肉はやせ細り、すこし動いただけでも気を失いそうなほど疲れる。
(そういえば)
こわごわと頭の後ろに手を這わす。髪が伸び、外からはわからないだろうが、後頭部に細く盛り上がった傷跡が残っていた。ボコボコと縫ったような痕がある。とりあえず、頭の傷は塞がったらしい。
とりあえず・・・しなければいけないのは体力の回復だな。
俺はあたりを見まわした。
それほど広い部屋じゃない。
どこからか・・・雨の匂い。
雨の匂い?!
もしかしたら、ここはそれほど深い地下じゃないのかもしれない。
そうだ、大公妃を幽閉するためにつくったって言ってたよな。そんなに地下深くに閉じ込めたら、身体に悪すぎる。二度と出す気はなくても、三人も子を産んだって言ってたし、それなりの期間過ごせたってことは、陽の光を浴びたはずだ。
人間、そんなに長い期間陽を浴びなくても生活できるのか?いや。できるかもしれないけど、でも、妊娠した大公妃に少しは陽に当たる機会を与えたはずだ・・・であれば、どこかから必ず逃げ出せるはず。
妊婦には激しい動きはさせられない。兄は大公は大公妃を愛していたと。しかも、自分の子を孕んでいるとなれば、この部屋のどこかに必ず外とつながる扉があるはずだ。
兄が食事を持って部屋に来るタイミングは、朝なのか、昼なのか正直よく分からなかった。部屋は薄暗いし、すごく長い時間こなかったり、頻繁だったりして、時間の感覚を図ることもできなかった。
兄は、最初に宣言した通り、俺に手を出すことはなく、野生動物を餌付けするように慎重に食事を与え、俺を観察していた。当然「ここから出してほしい」と頼んだが、兄は黙ったまま。引き結んだ口元がだめだと伝えていた。
だが、ほうきをもらうことはできた。
「せめて、自分のいるところは掃除ぐらいしたいんだよ」
そういった翌日、無言でほうきを手渡された。大げさに喜んで見せると、兄さんの頬がすこしだけゆるんだ。
木の椀に盛られたスープは少しずつ具材が増えていき、俺の食欲も増し、こっそりと続けている運動の成果で、筋肉も回復してきた。
「俺、どのぐらい寝てたのかな」
「この足かせだけでも外してもらえない?」
話しかけても、何も返してくれなかった。
黙って空になった椀と汚れ物を持ち、部屋から出ていく兄が何を考えているのか、さっぱり分からない。
ひとりの時間はやることもないので、出口探しに全部のエネルギーを注いだ。
掃除しながらあっちをつついたり、こっちをつついたり。
その日は、以前から不自然だと思っていた天井の鉄格子に、ほうきの柄を差し入れ突いてみた。いつの時代のものかわからない、古くなった木がばらばらと崩れて落ち、温かい日差しが柔らかく俺を包んだ。鉄格子の向こうには明かり取りの窓があった。
「うわ、陽の光だ!」
これほどうれしかったのはいつぶりかわからないほどだ。踊りだしそうなほど気分が上がる。久しぶりに見えた光は希望そのものだ。
やっぱりここは完全な地下じゃない。多分、半地下。
おそらく、閉じ込められた人間の逃げる意志をくじくために、あの暗い通路があるんだろう。でも、この部屋は地上に繋がっている。思い込まされたほど出られない場所じゃない。
陽の光がシーツに当たり、天使のはねのように反射した。
俺は外に出られると思っただけでも、口笛を吹きたくなった。
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