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第四幕〜終わりの始まり〜
177 【マティアス】リュカの女たち
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「ナタリー、来なさい」
後ろで控えていたリュカの元恋人・・・というか「相手」を呼んだ。
リュカが「事故」にあった後、ベネディクトが遠慮がちに伝えてきた。
リュカがかつて手をつけた女の中に、妊娠したものがいる、と。
女はまだ16になったばかり。幼い頃から長くリュカに恋をしていたそうだ。
妊娠についての知識もなく、子ができたと気づくのも遅れ、途方にくれていたところ公爵家を追い出されそうになった。両親が亡くなり、幼い頃に下働きとして雇われ、ずっと真面目に働いてきたし、嘘をつくような子ではないとベネディクトが断言した。
そうであればそうなのだろう。
派手なところのない生真面目そうな娘だった。
公爵家の血を引く子を身ごもったのであれば、引き取らないわけにはいくまいと、下屋敷で面倒を見てやることにした。
家族ではないので葬儀で並ぶことはできないが、リュカの子を宿した身だ。親族に近い席に座らせていた。
「はい」
私の呼び声に応える遠慮がちな声。ナタリーはゆっくりと立ち上がり、大きな腹を抱えて私に近づいた。
イネスはまるで蛇でも見たかのように、目を見開き飛び退いた。
「リュカの叔父上にあたられる方だ。ご挨拶しなさい」
「・・・ナタリーです。はじめまして。よろしくお願いします」
「ナタリー・・・良い名だね。よろしく」
リュカの叔父は柔らかくナタリーの手を取った。
「リュカの子なら私の孫みたいなものだ。子が産まれたら、いや、産まれる前でも遊びに来てほしいな」
「はい、ありがとうございます」
ナタリーは涙ぐみ、叔父の娘はますます声を張り上げて泣いた。イネスだけが素知らぬ顔で彫像のように白い顔を反らしていた。
イネスは、今、私の妻になった。
リュカが他の女を身ごもらせたと知り、自分の過ちを知ったと私に膝をついてわびた。
まあ、その前に「騙された!」と大騒ぎしたのだが。
イネスがリュカと長い恋愛関係にあったと知ってしまった今、イネスを手に入れることは別の意味に変わっていた。
単なる便利な政略結婚の相手、としてではない。
万一にもリュカとまた結婚したいなどと言い出さないように、必要な結婚だった。
「大体、マティアスのせいよ」
リュカが他の女を身ごもらせたと知った時のイネスの言葉だ。
「あいにくリュカの下半身の監視人ではないのでね」
皮肉を交えた私の言葉にイネスは唇をかんだ。
「マティアスは・・・私のことを置物みたいに思っていたでしょ」
驚いた。イネスがこんなに鋭いところがあるとは思いもしなかった。
「確かに、リュカはかっこいいけど・・・あなただって素敵だわ。私ずっとあなたのことが好きだったのに、私のことほんとうの意味で見てくれたことないでしょ。だから、私・・・」
女は恐ろしい。
まさか私の本心が見抜かれているとは思ってもいなかった。
「そんなことはない。私はずっと愛していたよ」別の相手だが。「君のことは婚約者として大切にしてきたつもりだ」
「じゃあ、私のこと、助けてくれる・・・?」
「私にそんな義理が?」
「ねえ、お願い。私を助けて。私と結婚してくれたらいい妻になるわ。」
「膝をついて頼むなら考えないでもないな。そして、私が何をしようと文句は言わないこと」
「・・・ひどいわ」
「嫌ならやめるんだな。君は一度私を裏切った。虫がよすぎるだろう」
イネスは唇をかみ、しばらくうつむいていたが、膝をついた。私の勝ちだ。
というわけで今は私の妻としておさまっている。
余計な口出しをしない妻であり、贅沢に慣らしてしまえばリュカと平民ぐらしなど考えることもできないだろう。
満足のいく買い物だった。
そして、結婚したらすぐに妊娠が判明した。
本当であれば、快挙だな、というほどすぐに。
ベネディクトは気遣わしげに見たが、正直どうでも良かった。
イネスにも産まれてくる子にも関心はない。
まあ、いつかなにかに使えるかな、その程度の存在だ。
葬儀が戻り、屋敷に戻ると、イネスは不平をもらしながら自室に戻っていった。
結婚してから一度しか寝室をともにしてない冷えた夫婦関係だが、互いに干渉しすぎない関係は理想的だった。
そして私は屋敷の奥へと向かう。
薄暗く、蜘蛛の巣のかかった廊下と階段を上り、めったに人の来ない小さな部屋へ。
カツンと石段を踏む音が狭い階段室に響いた。
狭い明り取りから冷たい外気がヒューと音を立て、回り込み、ぶるりと身を震わせた。
(それでも、温かくはなってきたのだが、やはり冷えるな)
眼の前の頑丈な扉に幾重にもかけられた鍵を開ける。
ガチャガチャと金属の触れ合う音、そしてギイっと古びた蝶番を鳴らしながらドアが開いた。
狭い室内にちいさなベッドがひとつ。
そこには、まだ意識を取り戻さないリュカが、静かに眠っていた。
後ろで控えていたリュカの元恋人・・・というか「相手」を呼んだ。
リュカが「事故」にあった後、ベネディクトが遠慮がちに伝えてきた。
リュカがかつて手をつけた女の中に、妊娠したものがいる、と。
女はまだ16になったばかり。幼い頃から長くリュカに恋をしていたそうだ。
妊娠についての知識もなく、子ができたと気づくのも遅れ、途方にくれていたところ公爵家を追い出されそうになった。両親が亡くなり、幼い頃に下働きとして雇われ、ずっと真面目に働いてきたし、嘘をつくような子ではないとベネディクトが断言した。
そうであればそうなのだろう。
派手なところのない生真面目そうな娘だった。
公爵家の血を引く子を身ごもったのであれば、引き取らないわけにはいくまいと、下屋敷で面倒を見てやることにした。
家族ではないので葬儀で並ぶことはできないが、リュカの子を宿した身だ。親族に近い席に座らせていた。
「はい」
私の呼び声に応える遠慮がちな声。ナタリーはゆっくりと立ち上がり、大きな腹を抱えて私に近づいた。
イネスはまるで蛇でも見たかのように、目を見開き飛び退いた。
「リュカの叔父上にあたられる方だ。ご挨拶しなさい」
「・・・ナタリーです。はじめまして。よろしくお願いします」
「ナタリー・・・良い名だね。よろしく」
リュカの叔父は柔らかくナタリーの手を取った。
「リュカの子なら私の孫みたいなものだ。子が産まれたら、いや、産まれる前でも遊びに来てほしいな」
「はい、ありがとうございます」
ナタリーは涙ぐみ、叔父の娘はますます声を張り上げて泣いた。イネスだけが素知らぬ顔で彫像のように白い顔を反らしていた。
イネスは、今、私の妻になった。
リュカが他の女を身ごもらせたと知り、自分の過ちを知ったと私に膝をついてわびた。
まあ、その前に「騙された!」と大騒ぎしたのだが。
イネスがリュカと長い恋愛関係にあったと知ってしまった今、イネスを手に入れることは別の意味に変わっていた。
単なる便利な政略結婚の相手、としてではない。
万一にもリュカとまた結婚したいなどと言い出さないように、必要な結婚だった。
「大体、マティアスのせいよ」
リュカが他の女を身ごもらせたと知った時のイネスの言葉だ。
「あいにくリュカの下半身の監視人ではないのでね」
皮肉を交えた私の言葉にイネスは唇をかんだ。
「マティアスは・・・私のことを置物みたいに思っていたでしょ」
驚いた。イネスがこんなに鋭いところがあるとは思いもしなかった。
「確かに、リュカはかっこいいけど・・・あなただって素敵だわ。私ずっとあなたのことが好きだったのに、私のことほんとうの意味で見てくれたことないでしょ。だから、私・・・」
女は恐ろしい。
まさか私の本心が見抜かれているとは思ってもいなかった。
「そんなことはない。私はずっと愛していたよ」別の相手だが。「君のことは婚約者として大切にしてきたつもりだ」
「じゃあ、私のこと、助けてくれる・・・?」
「私にそんな義理が?」
「ねえ、お願い。私を助けて。私と結婚してくれたらいい妻になるわ。」
「膝をついて頼むなら考えないでもないな。そして、私が何をしようと文句は言わないこと」
「・・・ひどいわ」
「嫌ならやめるんだな。君は一度私を裏切った。虫がよすぎるだろう」
イネスは唇をかみ、しばらくうつむいていたが、膝をついた。私の勝ちだ。
というわけで今は私の妻としておさまっている。
余計な口出しをしない妻であり、贅沢に慣らしてしまえばリュカと平民ぐらしなど考えることもできないだろう。
満足のいく買い物だった。
そして、結婚したらすぐに妊娠が判明した。
本当であれば、快挙だな、というほどすぐに。
ベネディクトは気遣わしげに見たが、正直どうでも良かった。
イネスにも産まれてくる子にも関心はない。
まあ、いつかなにかに使えるかな、その程度の存在だ。
葬儀が戻り、屋敷に戻ると、イネスは不平をもらしながら自室に戻っていった。
結婚してから一度しか寝室をともにしてない冷えた夫婦関係だが、互いに干渉しすぎない関係は理想的だった。
そして私は屋敷の奥へと向かう。
薄暗く、蜘蛛の巣のかかった廊下と階段を上り、めったに人の来ない小さな部屋へ。
カツンと石段を踏む音が狭い階段室に響いた。
狭い明り取りから冷たい外気がヒューと音を立て、回り込み、ぶるりと身を震わせた。
(それでも、温かくはなってきたのだが、やはり冷えるな)
眼の前の頑丈な扉に幾重にもかけられた鍵を開ける。
ガチャガチャと金属の触れ合う音、そしてギイっと古びた蝶番を鳴らしながらドアが開いた。
狭い室内にちいさなベッドがひとつ。
そこには、まだ意識を取り戻さないリュカが、静かに眠っていた。
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