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第四幕〜終わりの始まり〜
157 【リュカ】遺品
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「手紙?」
その血で染まったらしい何かを見ると、死を身近に感じてゾッとした。
俺は血が嫌いだ。母ちゃんが血まみれになって死んだときも、奥様が転落して亡くなったときも、真っ赤な血が足元を染めていた。
血は死と表裏一体にぴったりと結びついている。
それはなにか不気味で近寄りがたく思えた。
「はい。大切なものと伺っております。先代の公爵閣下が握りしめていらしゃったとか。医者が治療する際にお預かりして、お返しするのを忘れていたようなのです。絶対にご家族以外の方にお渡ししてはならんと、隊長から厳しく言い渡されておりまして」
兵士がうやうやしく手紙を差し出してきたが、触るのがこわい。
「隊長はかつて軍属についておりまして、軍での新公爵閣下の活躍を非常に尊敬しております。この度、閣下から頼まれてこの手紙を自分でお届けしたかったのですが、急に娘さんが熱をだして呼び出されてしまいまして、非常に残念がっておりました」
饒舌に話す兵士の言葉は半分も耳に入ってこない。俺が青い顔をしていることに兵士は気がついたらしい。
「どうしましたか?」
不思議そうに俺を見る警備兵は、血が怖いなんて一度たりとも考えたことがないんだろう。
「あ、ああ、すみません。勤務中ですよね。お忙しいのに・・・」
俺は勇気を奮い起こし、兵士が差し出す手紙に指先で触れた。
「お気になさらず」
兵士は職業的な丁寧さを見せると、「それでは、失礼いたしました」と両足を合わせ踵を鳴らした。
「ああ、ありがとうございました」
俺が頭を下げると、兵士はちらりと笑顔を見せ去っていった。
(わざわざ届けていただいたけど・・・葬儀のさなかにまで遺族を呼び出して渡すものって、一体なんだろう。家族って多分、俺のことじゃないよな)
そう思いながら、指先で摘んだままの手紙を、部屋の端にあるちいさなテーブルに乗せた。以前は装飾用の花瓶が乗っていたが、今は割れてしまったのか何も乗っていない木製の猫脚の飾り台だ。
いたずらな風がなければ、そのまま忘れ去ってしまったかもしれない。
でも、窓から入ってきた風が封筒を吹き飛ばし、そのまま、床と幅木の隙間に入り込んでしまった。
(まずい)
俺にとっては閣下の遺品なんてどうでもいい。でも、兄にとってはちがうかもしれない。そう思って、かつての部下である警備隊長は家族にわたすように命令したんだろう。
床に足をつき、床と幅木の間から見えた封筒を指先で慎重にひきだすが、小さく紙が破れる音が聞こえた。
(しまった)
慌てたせいか、指先がもつれ、うまく手紙が引き出せない。
もし大切なものだったらどうしようかと思うと、余計に指先が言うことを聞かなくなった。
無理に引き出そうとすると、ビリっと音がして、なにかに引っかかった手紙の一部だけが手のうちに残った。
(まずい。閣下の遺品なのに)
その思いは俺をますます焦らせた。もし、兄さんにとって大切なものだったら・・・ただ手紙を受け取るというだけの仕事すらできない俺にあきれてしまうだろう。
(隙間が狭すぎて指が入らない。なにか、道具があれば・・・)
俺は立ち上がって、辺りを見回した。この部屋は、使用人用の部屋なので余計な調度はなにもない。細い棒のようなものがあればなんとか引き出せるだろう。
そう思ってため息をついたとき、ふと、手元にのこった手紙の一部が目に入った。
(あれ、どこかで見たような・・・?)
手元にある薄手の紙には覚えがないが、その字に見覚えがあった。
「ばにい」
意味をなさない言葉。内容はわからない。だけど、その字は俺の幼い頃の字にそっくりだった。
俺はあまり字がうまくない。何年経ってもそれほどの進化はないが、右に強くはねたくせが未だに残る癖だ。
(はは、この手紙を書いた人、俺の字ににて下手くそだな。なんか親近感・・・)
頭の右上の方で警報が鳴ったような気がする。
ちいさな音。
でも、気づかずにはいられないような警報音。なんだろう、これ。
何かがひっかかる。
頭の中から聞こえる音に首をかしげ、ひっかりを探そうとすると、突然兄が部屋に入ってきた。
兄の髪は少し乱れ、慌てて来たようだ。まさか走ってきたんだろうか。
「あ、兄上?」
「リュカ!ソル軍曹の・・・いや、警備隊からの使いは?」
食い気味に言う兄の言葉に驚く。まさか、俺が応対してはいけなかった?いや、ただの兵士だ。俺で十分だったはず・・・
「あ、あの・・・家族じゃないとだめだって命令されたっていう兵士が訪問してきまして・・・」
「どこだ」
「もう帰りました」
いつも冷静な兄が珍しく焦っているように見えたが、俺の答えを聞いた瞬間、兄の顔はスクリーンを降ろしたようにさっと無表情に変わった。俺に壁を作られたようにも思え、他人行儀な気がしてちくりとむねが痛んだ。
「何か渡されたのか?」
「それが・・・」
「どうした」
「実は、手紙を渡されたのですが・・・風に吹かれてそこに吸い込まれてしまいました」
幅木と床の隙間を指でさした。こんな簡単な仕事すら満足にできないなんて自己嫌悪でいっぱいだ・・・
「すみません。閣下の遺品だと伺ったのに・・・これしか・・・しかも破れてしまったようで・・・本当に申し訳ありません」
「ああ」兄の喉から聞こえたその声は、まるで安心したかのように聞こえた。「いいんだ」
そう言うと、兄は俺の手から、閣下の血にまみれた手紙のかけらを受け取り、目もくれずにポケットに入れた。
「いいんだ」
その血で染まったらしい何かを見ると、死を身近に感じてゾッとした。
俺は血が嫌いだ。母ちゃんが血まみれになって死んだときも、奥様が転落して亡くなったときも、真っ赤な血が足元を染めていた。
血は死と表裏一体にぴったりと結びついている。
それはなにか不気味で近寄りがたく思えた。
「はい。大切なものと伺っております。先代の公爵閣下が握りしめていらしゃったとか。医者が治療する際にお預かりして、お返しするのを忘れていたようなのです。絶対にご家族以外の方にお渡ししてはならんと、隊長から厳しく言い渡されておりまして」
兵士がうやうやしく手紙を差し出してきたが、触るのがこわい。
「隊長はかつて軍属についておりまして、軍での新公爵閣下の活躍を非常に尊敬しております。この度、閣下から頼まれてこの手紙を自分でお届けしたかったのですが、急に娘さんが熱をだして呼び出されてしまいまして、非常に残念がっておりました」
饒舌に話す兵士の言葉は半分も耳に入ってこない。俺が青い顔をしていることに兵士は気がついたらしい。
「どうしましたか?」
不思議そうに俺を見る警備兵は、血が怖いなんて一度たりとも考えたことがないんだろう。
「あ、ああ、すみません。勤務中ですよね。お忙しいのに・・・」
俺は勇気を奮い起こし、兵士が差し出す手紙に指先で触れた。
「お気になさらず」
兵士は職業的な丁寧さを見せると、「それでは、失礼いたしました」と両足を合わせ踵を鳴らした。
「ああ、ありがとうございました」
俺が頭を下げると、兵士はちらりと笑顔を見せ去っていった。
(わざわざ届けていただいたけど・・・葬儀のさなかにまで遺族を呼び出して渡すものって、一体なんだろう。家族って多分、俺のことじゃないよな)
そう思いながら、指先で摘んだままの手紙を、部屋の端にあるちいさなテーブルに乗せた。以前は装飾用の花瓶が乗っていたが、今は割れてしまったのか何も乗っていない木製の猫脚の飾り台だ。
いたずらな風がなければ、そのまま忘れ去ってしまったかもしれない。
でも、窓から入ってきた風が封筒を吹き飛ばし、そのまま、床と幅木の隙間に入り込んでしまった。
(まずい)
俺にとっては閣下の遺品なんてどうでもいい。でも、兄にとってはちがうかもしれない。そう思って、かつての部下である警備隊長は家族にわたすように命令したんだろう。
床に足をつき、床と幅木の間から見えた封筒を指先で慎重にひきだすが、小さく紙が破れる音が聞こえた。
(しまった)
慌てたせいか、指先がもつれ、うまく手紙が引き出せない。
もし大切なものだったらどうしようかと思うと、余計に指先が言うことを聞かなくなった。
無理に引き出そうとすると、ビリっと音がして、なにかに引っかかった手紙の一部だけが手のうちに残った。
(まずい。閣下の遺品なのに)
その思いは俺をますます焦らせた。もし、兄さんにとって大切なものだったら・・・ただ手紙を受け取るというだけの仕事すらできない俺にあきれてしまうだろう。
(隙間が狭すぎて指が入らない。なにか、道具があれば・・・)
俺は立ち上がって、辺りを見回した。この部屋は、使用人用の部屋なので余計な調度はなにもない。細い棒のようなものがあればなんとか引き出せるだろう。
そう思ってため息をついたとき、ふと、手元にのこった手紙の一部が目に入った。
(あれ、どこかで見たような・・・?)
手元にある薄手の紙には覚えがないが、その字に見覚えがあった。
「ばにい」
意味をなさない言葉。内容はわからない。だけど、その字は俺の幼い頃の字にそっくりだった。
俺はあまり字がうまくない。何年経ってもそれほどの進化はないが、右に強くはねたくせが未だに残る癖だ。
(はは、この手紙を書いた人、俺の字ににて下手くそだな。なんか親近感・・・)
頭の右上の方で警報が鳴ったような気がする。
ちいさな音。
でも、気づかずにはいられないような警報音。なんだろう、これ。
何かがひっかかる。
頭の中から聞こえる音に首をかしげ、ひっかりを探そうとすると、突然兄が部屋に入ってきた。
兄の髪は少し乱れ、慌てて来たようだ。まさか走ってきたんだろうか。
「あ、兄上?」
「リュカ!ソル軍曹の・・・いや、警備隊からの使いは?」
食い気味に言う兄の言葉に驚く。まさか、俺が応対してはいけなかった?いや、ただの兵士だ。俺で十分だったはず・・・
「あ、あの・・・家族じゃないとだめだって命令されたっていう兵士が訪問してきまして・・・」
「どこだ」
「もう帰りました」
いつも冷静な兄が珍しく焦っているように見えたが、俺の答えを聞いた瞬間、兄の顔はスクリーンを降ろしたようにさっと無表情に変わった。俺に壁を作られたようにも思え、他人行儀な気がしてちくりとむねが痛んだ。
「何か渡されたのか?」
「それが・・・」
「どうした」
「実は、手紙を渡されたのですが・・・風に吹かれてそこに吸い込まれてしまいました」
幅木と床の隙間を指でさした。こんな簡単な仕事すら満足にできないなんて自己嫌悪でいっぱいだ・・・
「すみません。閣下の遺品だと伺ったのに・・・これしか・・・しかも破れてしまったようで・・・本当に申し訳ありません」
「ああ」兄の喉から聞こえたその声は、まるで安心したかのように聞こえた。「いいんだ」
そう言うと、兄は俺の手から、閣下の血にまみれた手紙のかけらを受け取り、目もくれずにポケットに入れた。
「いいんだ」
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