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第四幕〜終わりの始まり〜
155 【リュカ】あまいうずき
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兄と口づけした翌日。
空は青く澄みわたり、木漏れ日が枝のあいだで踊っていた。
頭の中はまだ兄との口づけでいっぱいだった。
昨日リネン室で兄と口づけしたあと、兄は以前のやさしい兄に戻り、俺の頭をなでてくれた。
手のひらの重みと温かさを感じると、こどものころに戻ったような気がしてくすぐったかった。
くりかえし思い出す兄の口づけと抱擁。
兄の身体に包まれ、温かさを感じ、心臓の鼓動を聞いた。
口づけはしっとりと熱く、思い出しただけで体中に震えが起きた。
兄の口づけは誰ともちがう。
あの美しさも天にも昇る心地も、恍惚も、記憶していたとおり・・・いや、記憶していた以上だった。
昨日から体中に甘いうずきが渦を巻き、もう離れてはいたくない。
もっとそばに近づきたい。
頭は兄でいっぱいだ。
そっとくちびるに手をはわす。
(兄さん)
心のなかで呼ぶと甘いおののきが身体をつらぬいた。
(ああ、兄さん、兄さん・・・)
身を抱きしめて兄を思う。
わかっていた。
どれだけ女を抱いても、虚しかった理由。
女の柔らかい体も温かく湿ったなかも、身体を満たすことはできても心が満たされなかった。
いつも、どこかで兄の面影を探していた。
その時だけは夢中になり、終わればなにかどこかがちがうとそればかり。
いくらお互い遊びでも、相手にも申し訳ないと思ってしまう。
兄さんの代わりはどこにもいない。
誰も、兄さんの代わりにはなれない。
胸の中に産まれたうずきはどんどん強さを増し、身体全部、指先の一つひとつ、頭のてっぺんからつまさきまで全部が兄さんを求めていた。
(兄さんに抱かれたい)
はっきりと俺の欲望が形をなした。
本当はわかっていたと思う。
幼いとき、兄さんを俺のものにしたくて仕方がなかった。
俺のものってどんなこと?
よく分からなかった。
でも、今ならわかる。
俺は、兄さんと愛し合いたい。
身体も心も全部とけあい、兄さんとひとつになりたい。
それこそが俺の望みだった。
死んでもいい。
痛切な思いが体中を駆け抜けた。
兄さんに抱いてもらえるなら、死んでもいい。
胸に刺さった棘が「汚れてるくせに」と俺を責める。
どうしよう。もしも、兄に知られてしまったら。
何人かわからないほど、女と寝たこと。男との情事。
ヤケになっていた俺は、隠すことすらしなかった。
なんて馬鹿だったんだろう。
でも、それ以上に恐ろしいのは・・・
実の父に犯されたことを知られることだった。
思い出すだけで、ゾッとする、あの日の出来事。
情交というよりは拷問に近かった。
恐ろしい、焼けた熱い杭。そして出血。
身体に巻きつけたシーツに残った大量の血痕。
でも、兄ならいい。
兄が俺を抱いてくれるのなら、あんな拷問でも耐えられる。
いや、むしろそうしてほしい。
俺はため息をついた。
兄は、俺が父に犯されたと知ったら、絶対に許してくれない。
兄は昔から少し潔癖なところがあった。
誰もが認める完璧な存在。その完璧さの根にあったのは、生来の潔癖さだった。
子供の頃、閣下が錯乱し、俺を襲ったとき。
兄は俺が身を清めるまで指一本触れようとしなかった。
俺がきたなかったから。
閣下に襲われた俺がきたなかったから。
ぞくりと悪寒が走った。
(絶対にバレちゃだめだ)
未遂でもあれだけ兄は嫌がっていた。
もし、本当に父に犯されたことを知られたら・・・
兄さんは二度と俺に目もむけないに違いない。
嫌われてしまえば、兄の世界から俺を追い出すのはあまりにも簡単だ。
兄は偉大なる公爵家の跡取りであり、今や戦争の英雄のひとりでもある。
あのきらびやかなパレードでの兄の姿が瞼に浮かぶ。
近寄ることすらできない、遠くからちらりと姿を眺めることが精一杯。
それがほんとうの俺と兄の距離。
学園でも、嫌われていた2年間は口もきいてもらえなかった。
あれは俺のせいだ。俺がしくじったから。
心を落ち着けかせるために深く息を吸うと、硬いノックの音が響いた。
「リュカさま、おいでですか?」深く静かな声のトーンには聞き覚えがあった。
「ベネディクト?」
「お知らせがございます。ドアを開けていただいても?」
ベネディクトがわざわざ寮に来るなんて、どうしたんだろう。
ドアを開けると、神妙な顔のベネディクトが待っていた。招き入れると、小さく会釈してするりと部屋に入り、まわりを見回した。
外套も脱がず、手袋もつけたまま、帽子だけを脱いだ姿でベネディクトは俺と向き合った。
その顔色は青く、いつも完璧に整えられていた髪は、一房乱れている。
頬はひきつり、そしてその目には見たことがないほど、真剣な・・・憂いのようなものが浮かんでいた。
「突然申し訳ございません。実は・・・閣下が亡くなりました」
静まり返った部屋の中、静かな声が部屋を舞い、そして落ちた。
空は青く澄みわたり、木漏れ日が枝のあいだで踊っていた。
頭の中はまだ兄との口づけでいっぱいだった。
昨日リネン室で兄と口づけしたあと、兄は以前のやさしい兄に戻り、俺の頭をなでてくれた。
手のひらの重みと温かさを感じると、こどものころに戻ったような気がしてくすぐったかった。
くりかえし思い出す兄の口づけと抱擁。
兄の身体に包まれ、温かさを感じ、心臓の鼓動を聞いた。
口づけはしっとりと熱く、思い出しただけで体中に震えが起きた。
兄の口づけは誰ともちがう。
あの美しさも天にも昇る心地も、恍惚も、記憶していたとおり・・・いや、記憶していた以上だった。
昨日から体中に甘いうずきが渦を巻き、もう離れてはいたくない。
もっとそばに近づきたい。
頭は兄でいっぱいだ。
そっとくちびるに手をはわす。
(兄さん)
心のなかで呼ぶと甘いおののきが身体をつらぬいた。
(ああ、兄さん、兄さん・・・)
身を抱きしめて兄を思う。
わかっていた。
どれだけ女を抱いても、虚しかった理由。
女の柔らかい体も温かく湿ったなかも、身体を満たすことはできても心が満たされなかった。
いつも、どこかで兄の面影を探していた。
その時だけは夢中になり、終わればなにかどこかがちがうとそればかり。
いくらお互い遊びでも、相手にも申し訳ないと思ってしまう。
兄さんの代わりはどこにもいない。
誰も、兄さんの代わりにはなれない。
胸の中に産まれたうずきはどんどん強さを増し、身体全部、指先の一つひとつ、頭のてっぺんからつまさきまで全部が兄さんを求めていた。
(兄さんに抱かれたい)
はっきりと俺の欲望が形をなした。
本当はわかっていたと思う。
幼いとき、兄さんを俺のものにしたくて仕方がなかった。
俺のものってどんなこと?
よく分からなかった。
でも、今ならわかる。
俺は、兄さんと愛し合いたい。
身体も心も全部とけあい、兄さんとひとつになりたい。
それこそが俺の望みだった。
死んでもいい。
痛切な思いが体中を駆け抜けた。
兄さんに抱いてもらえるなら、死んでもいい。
胸に刺さった棘が「汚れてるくせに」と俺を責める。
どうしよう。もしも、兄に知られてしまったら。
何人かわからないほど、女と寝たこと。男との情事。
ヤケになっていた俺は、隠すことすらしなかった。
なんて馬鹿だったんだろう。
でも、それ以上に恐ろしいのは・・・
実の父に犯されたことを知られることだった。
思い出すだけで、ゾッとする、あの日の出来事。
情交というよりは拷問に近かった。
恐ろしい、焼けた熱い杭。そして出血。
身体に巻きつけたシーツに残った大量の血痕。
でも、兄ならいい。
兄が俺を抱いてくれるのなら、あんな拷問でも耐えられる。
いや、むしろそうしてほしい。
俺はため息をついた。
兄は、俺が父に犯されたと知ったら、絶対に許してくれない。
兄は昔から少し潔癖なところがあった。
誰もが認める完璧な存在。その完璧さの根にあったのは、生来の潔癖さだった。
子供の頃、閣下が錯乱し、俺を襲ったとき。
兄は俺が身を清めるまで指一本触れようとしなかった。
俺がきたなかったから。
閣下に襲われた俺がきたなかったから。
ぞくりと悪寒が走った。
(絶対にバレちゃだめだ)
未遂でもあれだけ兄は嫌がっていた。
もし、本当に父に犯されたことを知られたら・・・
兄さんは二度と俺に目もむけないに違いない。
嫌われてしまえば、兄の世界から俺を追い出すのはあまりにも簡単だ。
兄は偉大なる公爵家の跡取りであり、今や戦争の英雄のひとりでもある。
あのきらびやかなパレードでの兄の姿が瞼に浮かぶ。
近寄ることすらできない、遠くからちらりと姿を眺めることが精一杯。
それがほんとうの俺と兄の距離。
学園でも、嫌われていた2年間は口もきいてもらえなかった。
あれは俺のせいだ。俺がしくじったから。
心を落ち着けかせるために深く息を吸うと、硬いノックの音が響いた。
「リュカさま、おいでですか?」深く静かな声のトーンには聞き覚えがあった。
「ベネディクト?」
「お知らせがございます。ドアを開けていただいても?」
ベネディクトがわざわざ寮に来るなんて、どうしたんだろう。
ドアを開けると、神妙な顔のベネディクトが待っていた。招き入れると、小さく会釈してするりと部屋に入り、まわりを見回した。
外套も脱がず、手袋もつけたまま、帽子だけを脱いだ姿でベネディクトは俺と向き合った。
その顔色は青く、いつも完璧に整えられていた髪は、一房乱れている。
頬はひきつり、そしてその目には見たことがないほど、真剣な・・・憂いのようなものが浮かんでいた。
「突然申し訳ございません。実は・・・閣下が亡くなりました」
静まり返った部屋の中、静かな声が部屋を舞い、そして落ちた。
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