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第四幕〜終わりの始まり〜

153 【マティアス】父

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父の書斎を訪れると、父は以前と変わらず、重厚なマホガニーの机の奥に座り、積み上げられた書類を読んでいた。
広大な公爵領は一人では管理できない。
そのため、領地ごとに領主を置き管理させている。父はその領主を束ねる大領主である。
毎日、あちこちから領地の改修の許可や、領民からの訴え、領地をまたぐトラブルや、税の軽減など次から次へと要望がある。
この全てをさばくのは容易ではない。戦地に赴く前は、私とベネディクトの二人で協力して領地を治めたこともあったが、寝る間もないほどの忙しさだった。
父は体調を回復し、大領主としての役目を果たしていると聞いていたが・・・

「来たか」書類から目を上げ、父が小さくうなずいた。
「お呼びいただき、馳せ参じました」

私が頭を下げると、父は近くに来るようにと鷹揚に手を振った。

「落ち着いたか」

私が帰還してから5日ほど経っていた。

「おかげをもちまして。これも父上の温情のたまものです」

私が頭を下げると、父は満足そうに笑った。

「よし。さて、お前が帰ってきて早々ではあるが、お前ももういい年だ。そろそろ跡取りを作らねばなるまい」
「はい」来たか。まあ、確かに、私も20歳をとうに越えている。子の一人や二人いて当然だ。

「聞くところによると、お前は戦地で遊ばなかったそうだな。少しはお前の弟を見習うといい。跡取りを残すのは仕事のうちだ。なんなら、女を囲ってもいい。とにかく早く子を作れ」
「はい」
「女を用意するか?」
帰ってきてから何度この台詞を聞いただろう。なぜ皆私に女を斡旋したがるのか。思わず苦笑いが浮かんだ。
「まあ、婚約者がおりますので」
「まさか、イネスに惚れていたのか?」
「まさかとは、どういう意味ですか?婚約者を愛しく思うのは当然でしょう?」
「へえ?」父は面白がっているように片眉を上げた。「お前は別の人間に惚れてると思っていたがな」

ずきっと胸を突く痛みが走った。何のつもりだ。
まさか、私が愛していると知って、リュカを汚したのか?
殺してやりたいほど腹が立つが、気づかれてはならない。
私は口角をあげ、笑顔を作り上げた。

「何のことですか?イネスへの愛情を疑われることがあったなど・・・私の不徳の致すところですね」
「まあいい。イネスを愛していると言うのならそれでいい。なるべく早く結婚しろ、そして跡取りを作れ。それができなければ、お前の後継はシモンだ」

思わず父を見る目が険しくなった。

「シモン?」
「ああ。あれはなかなか見どころがある。それに、一族の容姿をよく引き継いでいる」
「・・・」

父は私の帰還を阻んだ。私を殺そうとしていた。つまり、私の代わりになる人材を見つけたということだ。
シモンか。私の帰還を祝う宴で大きな声で私に話しかけた少年。まだ幼い。それに、公爵家の勉強を初めて日も浅い。まあいい。いつか力になってくれれば私とて心強い。

「そうですか。それを聞いて安心しました」

私の顔に笑いが広がると、父は困惑したようだ。まさかそんな反応が返ってくるとは思いもよらなかったらしい。

「人生何があるかわからないものです。シモンが後継者の勉強をしてくれているとはよろこばしいです。いくら急いでも私の子が力になってくれるまでには20年近くかかるはずですからね」
「あ、ああ、もちろん、そうだ」

父が慌てて言い、喉が詰まったように咳払いした。

「そ、それでだ。リュカのことだ」

どきりと心臓が大きな音をたてて跳ね上がった。

「はい」声は震えていなかったと思う。
「その、なんだ。私の助手として教育しようと思っているが・・・どう思う?」

は?父の助手?まさか。どれだけ厚顔なんだ。
リュカとて自分を犯した相手と働ける訳がない。
だが、思ってもないいい機会だ。

私は胸元から手紙を取り出した。

「そうですね。いいかもしれません。リュカは父上のことを慕っているようですから」
「なに?慕っている?」

父の声がうわずった。
父はずっと私達の関係を疑っていた。
私がリュカを愛していることも欲しがっていることも正確に見抜いていたはずだ。なぜなら私達は同類だったから。
裏を返せば、父の思いも私に筒抜けだった、ということだ。
父はアディの代わりとしてリュカを見つめていた。

いまでもアディとリュカの区別がついているのかは不明だが・・・リュカに執着しているのは分かっている。
残念ながら、わかりすぎるくらい分かってしまう。
愛と執着のはざまで、リュカが欲しくてたまらないんだろう。
男だとか、血の繋がりがあるからとか関係ない。
リュカがリュカだから、ただそれだけの理由で、惹かれているのでしょう?
にやりとゆるみそうになる口元をぐっと引き締める。

「手紙をね、預かったんですよ。正直大切な弟の未来を考えるとどうかとは思いましたが・・・でも、私はあの子には弱いんです。血を分けたかわいい弟ですからね・・・」

あえて強調するように何度も「弟」を連呼する。
父の頭の中では私はリュカのことを「弟」としか思っていないとインプットされたはずだ。
なぜなら、そのほうが自分にとって都合がいいから。

「ここに置きます」私は一通の封筒を父の机においた。白い封筒が昼の光を弾き、まるで光っているように見えた。


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