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第四幕〜終わりの始まり〜
147 【マティアス】歓迎の宴
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その夜、私の帰還を祝うため、歓迎の宴が開かれた。
父とリュカ、シモン。イネスとその両親。
祝うために集まったはずの面々は誰も喜んでいるようには見えなかった。
苦虫を噛み潰したような父。私の帰還を阻んでいたことは調べがついている。殺しそこねて残念がっているんだろう。
うつむいたまま、目も合わせないリュカ。真っ青で小刻みに唇を震わし、まるで自分を恥じているかのように見えた。大した役者だ。
「兄上、おかえりなさい!」と大声で言い、その声が静まり返った食卓に引きずり込まれる気まずさにたえられなくなったもう一人の弟。こいつは父と私にそっくりだ。父が私の代打に立てようとしていたらしい。当然ベネディクトが裏で阻止していたが。そういえば、家庭教師のやつがチョロチョロしていたとも聞いている。
真っ白な顔にほほえみをはりつけ、オドオドと視線をそらすイネス。何だその態度は。せめてうれしいふりぐらいしろ。令嬢のくせに表情一つ取り繕えないのか?
ずっと気味悪いほどの愛想笑いを浮かべたままのイネスの両親。こんなやつでも伯爵家の当主と令夫人だ。リュカの役者ぶりを見習えよ。
父が私の帰還を祝い、乾杯の音頭を取った後、ダイニングルームには、カチャカチャとカトラリーが触れ合う音ばかりが響いた。
時折静けさに耐えかねた伯爵が何か話そうとするが、あまりの気まずさに薄らばかのような作り笑いをうかべたまま、また下を向く。
こんな食事なら、野営中の焼いただけのうさぎのほうがはるかに美味かった。
リュカは食事が喉をとおらないのか、こどもの頃のようにフォークの先で野菜をいじくり回している。
中身はずいぶんと変わったようだがな!
私はナプキンを丸めてテーブルに置きたちあがった。
「それでは、皆さん。本日はありがとうございました。私の帰還を喜んでいただいてありがとうございます」
誰も喜んではいなかったが、反論もないだろう。時間のムダを省くため、一礼して部屋から立ち去った。
白々しい最悪の人間ども。どいつもこいつも汚らしい奴らばかりだ。
なぜ私はあいつらに耐えられなくなったんだろう。
おそらく、戦地で正直な人間のやり取りを知ってしまったからだ。
戦争はファンタジーではない。恐ろしい場所だ。
だが、そこにいた人間は、この公爵邸にいる人間よりもはるかに人間らしかった。
迫り来る恐ろしい敵を前に、心を一つにしなければ、生き延びられない。
だから私は、フットマンのジャックを信頼していたし、ジャックも私を裏切らない。
だが、この家ににいる奴らはどいつもこいつも、貴族の皮を被った薄汚いケモノばかりだ。
(さて、地下にいるやつに遊んでもらうか)
むしゃくしゃした気分のまま、地下に向かう。
まあ、こんな気分でいられるのも平和だからだ。
冷静さを欠いているときに爆弾を打ち込まれる危険がないからできる感情の贅沢。
そう思えば、鼻歌が出た。
地下に向かうドアを開けると、カビと湿気の匂いが鼻についた。
ぬるついた石段をカンテラで照らしながら降りると、まるで防空壕にはいっていくような独特の不安に襲われた。
いや、ここは戦地じゃない。生まれ育った屋敷だ。
そう自分に言い聞かせながら一歩ずつ降りていく。
フットマンのジャックが私より先を進み、重いドアの一つをあけた。
ぎいいっと錆びた蝶番が不気味な音を立てる。
その奥にあるのは小さな四角形の部屋。カビと銅とツンとした小便の匂いがした。
私が部屋に入ると、ジャックが剣を手にドアの前に立った。
ガシャンと大きな音を立ててドアが閉まる音が耳に響いた。
部屋の中には男が一人吊るされてる。
ここは先祖が作った拷問部屋の一つだ。
拷問専用だから窓もない。死ぬ人間用の部屋だから、便器もない。
死んだ後、小さな排水路に血や汚物を流し込めば、完了、というわけだ。
その臭さにせめて換気窓でも作ったら良かったのに、とは思うが、人間の体はすぐに匂いを感じなくなるようにできている。よくしたものだ。
男は、両手を吊るされ、口には猿ぐつわを噛まされていた。
失神したまま吊るされ、一度目を覚ましたが、また気を失ったらしい。さらに、どこかのタイミングで失禁していた。
まあ、よくあることだ。
私は手に持った剣で男の顔を突いた。
直接触れるなど、きたならしい。
「おい、起きろ」
「中佐、私がやりましょうか?」
ジャックが声をかけてきた。こいつは未だに軍属の役職名で私を呼ぶ。
「どうかな。こいつ、本気で寝てるのか?」
「おまかせを」
ジャックは猫のように敏捷に男の前に立つと、勢いよく男の頬を張った。
3度叩いて男が目を覚まさないと知ると、背中にひざをあて、両肩に手をおいて、ぐいっと押した。これは効く。
「うっ?」
男が目を覚ました。
「よう。たしか、ジュスタンだったな?リュカの家庭教師をやっていた男だ。暴力教師だよな。ちがうか?」
私がニヤリと笑うと男はギクッとしたように身を震わせた。
なかなかいい反応だ。
さて、楽しませてくれるのかな?
父とリュカ、シモン。イネスとその両親。
祝うために集まったはずの面々は誰も喜んでいるようには見えなかった。
苦虫を噛み潰したような父。私の帰還を阻んでいたことは調べがついている。殺しそこねて残念がっているんだろう。
うつむいたまま、目も合わせないリュカ。真っ青で小刻みに唇を震わし、まるで自分を恥じているかのように見えた。大した役者だ。
「兄上、おかえりなさい!」と大声で言い、その声が静まり返った食卓に引きずり込まれる気まずさにたえられなくなったもう一人の弟。こいつは父と私にそっくりだ。父が私の代打に立てようとしていたらしい。当然ベネディクトが裏で阻止していたが。そういえば、家庭教師のやつがチョロチョロしていたとも聞いている。
真っ白な顔にほほえみをはりつけ、オドオドと視線をそらすイネス。何だその態度は。せめてうれしいふりぐらいしろ。令嬢のくせに表情一つ取り繕えないのか?
ずっと気味悪いほどの愛想笑いを浮かべたままのイネスの両親。こんなやつでも伯爵家の当主と令夫人だ。リュカの役者ぶりを見習えよ。
父が私の帰還を祝い、乾杯の音頭を取った後、ダイニングルームには、カチャカチャとカトラリーが触れ合う音ばかりが響いた。
時折静けさに耐えかねた伯爵が何か話そうとするが、あまりの気まずさに薄らばかのような作り笑いをうかべたまま、また下を向く。
こんな食事なら、野営中の焼いただけのうさぎのほうがはるかに美味かった。
リュカは食事が喉をとおらないのか、こどもの頃のようにフォークの先で野菜をいじくり回している。
中身はずいぶんと変わったようだがな!
私はナプキンを丸めてテーブルに置きたちあがった。
「それでは、皆さん。本日はありがとうございました。私の帰還を喜んでいただいてありがとうございます」
誰も喜んではいなかったが、反論もないだろう。時間のムダを省くため、一礼して部屋から立ち去った。
白々しい最悪の人間ども。どいつもこいつも汚らしい奴らばかりだ。
なぜ私はあいつらに耐えられなくなったんだろう。
おそらく、戦地で正直な人間のやり取りを知ってしまったからだ。
戦争はファンタジーではない。恐ろしい場所だ。
だが、そこにいた人間は、この公爵邸にいる人間よりもはるかに人間らしかった。
迫り来る恐ろしい敵を前に、心を一つにしなければ、生き延びられない。
だから私は、フットマンのジャックを信頼していたし、ジャックも私を裏切らない。
だが、この家ににいる奴らはどいつもこいつも、貴族の皮を被った薄汚いケモノばかりだ。
(さて、地下にいるやつに遊んでもらうか)
むしゃくしゃした気分のまま、地下に向かう。
まあ、こんな気分でいられるのも平和だからだ。
冷静さを欠いているときに爆弾を打ち込まれる危険がないからできる感情の贅沢。
そう思えば、鼻歌が出た。
地下に向かうドアを開けると、カビと湿気の匂いが鼻についた。
ぬるついた石段をカンテラで照らしながら降りると、まるで防空壕にはいっていくような独特の不安に襲われた。
いや、ここは戦地じゃない。生まれ育った屋敷だ。
そう自分に言い聞かせながら一歩ずつ降りていく。
フットマンのジャックが私より先を進み、重いドアの一つをあけた。
ぎいいっと錆びた蝶番が不気味な音を立てる。
その奥にあるのは小さな四角形の部屋。カビと銅とツンとした小便の匂いがした。
私が部屋に入ると、ジャックが剣を手にドアの前に立った。
ガシャンと大きな音を立ててドアが閉まる音が耳に響いた。
部屋の中には男が一人吊るされてる。
ここは先祖が作った拷問部屋の一つだ。
拷問専用だから窓もない。死ぬ人間用の部屋だから、便器もない。
死んだ後、小さな排水路に血や汚物を流し込めば、完了、というわけだ。
その臭さにせめて換気窓でも作ったら良かったのに、とは思うが、人間の体はすぐに匂いを感じなくなるようにできている。よくしたものだ。
男は、両手を吊るされ、口には猿ぐつわを噛まされていた。
失神したまま吊るされ、一度目を覚ましたが、また気を失ったらしい。さらに、どこかのタイミングで失禁していた。
まあ、よくあることだ。
私は手に持った剣で男の顔を突いた。
直接触れるなど、きたならしい。
「おい、起きろ」
「中佐、私がやりましょうか?」
ジャックが声をかけてきた。こいつは未だに軍属の役職名で私を呼ぶ。
「どうかな。こいつ、本気で寝てるのか?」
「おまかせを」
ジャックは猫のように敏捷に男の前に立つと、勢いよく男の頬を張った。
3度叩いて男が目を覚まさないと知ると、背中にひざをあて、両肩に手をおいて、ぐいっと押した。これは効く。
「うっ?」
男が目を覚ました。
「よう。たしか、ジュスタンだったな?リュカの家庭教師をやっていた男だ。暴力教師だよな。ちがうか?」
私がニヤリと笑うと男はギクッとしたように身を震わせた。
なかなかいい反応だ。
さて、楽しませてくれるのかな?
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