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第四幕〜終わりの始まり〜
142 【リュカ】戦勝パレード
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戦争が、終わった。
今日、国境を撤退した王太子の軍が王城に入る。
国中が戦争の終わりをよろこび、祝いでいる。
街には、戦争の終わりを祝う花と我軍の旗印を示す赤と黄色があふれかえっていた。
子どもたちの笑い声、戦士たちの帰還を待つ女たちの甲高い期待に満ちた声。
民のために戦った皆を称える歌声があちらこちらから聞こえ、お祭り騒ぎになっていた。
王太子を先頭とする凱旋部隊が少しずつ街に近づいてくると、熱気と歓喜が空気をふるわせ、ゾクゾクするような期待感が高まっていった。
王城の城壁によじ登ると、遠くに赤と黄色の旗印を持つ歩兵と騎兵の長い隊列が見えた。
普段なら城壁に足をかければすぐに飛んできて静止する兵士も、今日だけはと大目に見ている。
「王太子様が見えた!」
大声で叫ぶこどもの声が響くと、群衆は期待にざわめいた。
もうすぐ、兄に会える。
少しずつ大きくなる歓声が近づいてくる。
最初の兵士が城門をくぐりぬけると、それは割れんばかりの歓声に変わった。
大抵の貴族は用意された席に座ったり、王都に所有するマンションのバルコニーに座ったりして、きらびやかな凱旋部隊の行進を見る。だが、俺はそうはしなかった。
もう、その待遇がふさわしくない身だと、自分でもわかっていたから。
群衆にまぎれて、ただの平民のリュカとして、もみくちゃになった。
おしあいへしあいする男や女たち。こどもをかばおうとする母親や肩車をしてやる父親。
年寄りも若者も凱旋軍を一目見ようとひしめき合っていた。
王城の警備隊が押さないようにと声を張り上げている。その上から騎兵が様子を見ているが、馬を一歩でも進めたら死人が出るだろう。そのぐらい混雑していた。
「来たぞ!」
誰かが大声で叫ぶと、歓声と歓喜の声がどっとわきおこり、地面が揺れた。
「王太子殿下、万歳!」
「ありがとうございました!」
「うわあ!」
「なんて誇らしい方々だろう!」
口々に王太子とその軍をたたえ、王太子の旗印である赤と黄の旗をちぎれんばかりに振っている。
少し疲れは見えるが、一糸乱れぬ歩兵たちの行進のあと、蹄鉄が石畳を踏む音が響いた。騎士が5人そしてその後ろに、金のよろいと馬具をきらめかせながら、長い金髪を風になびかせ、民衆に笑顔を向ける王太子の姿があった。
「うわああああああ!!!」
民衆は狂ったように喜びを爆発させた。
この方が、戦争を終わらせた、最大の功労者。我々の救い主にて、未来の国王陛下なのだ。
その賛辞を当然と受けとめ、王太子はゆうゆうと手を振っていた。
「お前たち、落ち着きなさい。王太子殿下に万一のことがあってはならん。押すな。押してはならん」
警備兵が必死で群衆を落ち着かせようと声をかけるが、皆興奮状態にあり耳には入らなかった。
「王太子殿下、万歳!」
「落ち着け、落ち着きなさい!」
「王太子殿下、キャー」
「王太子殿下、ありがとうございます」
黄色い声と感謝が七色に大気を彩り、日差しがきらめく。戦争の英雄として、騎士たちが後ろにつづいた。
(あ、いた)
王太子の2騎うしろ、黒い軍馬にのった兄の姿が見えた。
遠すぎてよく見えない。でもひと目で分かる。
どれだけ遠くても、大勢の人がいても、兄がいればすぐにわかった。
兄は無表情のまま、前方と左右に目を配りながら、騎を進めている。
黒光りする鎧を身にまとった兄は、別れたときよりも身体の厚みをまし、一回りもふた回りも立派になったように思えた。身体つきだけではない。静かな水のように見える表情の下には以前よりも鋭い気が隠れていた。別れていた年月は、当たり前だけど兄にも流れていたのだ。
ああでも。無事で良かった。安堵で膝からくずれおちそうになる。
遠くから見た限り、元気そうだ。
両手両足があり、両目もある。神よ、感謝します。
目頭が熱くなったが、兄の姿を一瞬でも見逃したくない。俺は必死で兄の姿を目で追った。
不覚にも、涙がこぼれた。泣きたくないのに。兄のこの姿を一秒でも見逃したくない。
きらきらと笑顔を振りまく王太子とは対照的に、兄は手をふることもなく、ただ静かに騎を進めていた。
口元には微笑みを貼り付けてはいたが、目は笑っていなかった。歓迎を無視しているのではなく・・・兄は王太子殿下の警護中なのだろう。愛想よく微笑むというよりは、抜け目なくあちこちに目を配っていた。
だが、俺のいる場所はあまりに遠い。
一瞬兄がバルコニーに視線を巡らせたように見えたが、また王太子の背中と、前方に目を配りながら、ゆっくりと目の前から遠ざかっていった。
多分、兄から見たら、俺は一粒の点にしか見えなかったろう。
これが、俺たちのほんとうの距離。
遠くから見ることができたとしても、言葉を交わすどころか、ちっぽけな俺の姿を見つけることすらできない。
英雄と平民の距離は、はるか遠く隔たっていた。
パレードは鎧をきらめかせながら歓声とともにゆっくりと進み、兄の姿はちいさくなり、そして見えなくなった。
「あー、行っちゃったねえ」
「立派だったね」
「あんな方が王太子でいてくださるなんて、俺たちは運がいいな」
「かあちゃん、林檎買って」
「足が痛いよー」
熱狂のあと、ふと我に返り、日常に戻る。
夢が覚めた後に残ったのは、妙に高揚した気分と、石畳の上あちこちに落ちているちぎれた赤と黄色のリボンだった。
先程までの熱気はどこへやら、人々は散り始める。
今日これから兄はどうするんだろう。
戦勝パーティーとかあるのかな。
公爵邸に行って出迎えるべきなのか・・・ベネディクトからはなんの連絡もない。
ただ、してしまったことを考えると、素知らぬ顔で兄を出迎えることなどとてもできなかった。
俺はちいさく首を振り、寮に向かい歩きはじめた。
今日、国境を撤退した王太子の軍が王城に入る。
国中が戦争の終わりをよろこび、祝いでいる。
街には、戦争の終わりを祝う花と我軍の旗印を示す赤と黄色があふれかえっていた。
子どもたちの笑い声、戦士たちの帰還を待つ女たちの甲高い期待に満ちた声。
民のために戦った皆を称える歌声があちらこちらから聞こえ、お祭り騒ぎになっていた。
王太子を先頭とする凱旋部隊が少しずつ街に近づいてくると、熱気と歓喜が空気をふるわせ、ゾクゾクするような期待感が高まっていった。
王城の城壁によじ登ると、遠くに赤と黄色の旗印を持つ歩兵と騎兵の長い隊列が見えた。
普段なら城壁に足をかければすぐに飛んできて静止する兵士も、今日だけはと大目に見ている。
「王太子様が見えた!」
大声で叫ぶこどもの声が響くと、群衆は期待にざわめいた。
もうすぐ、兄に会える。
少しずつ大きくなる歓声が近づいてくる。
最初の兵士が城門をくぐりぬけると、それは割れんばかりの歓声に変わった。
大抵の貴族は用意された席に座ったり、王都に所有するマンションのバルコニーに座ったりして、きらびやかな凱旋部隊の行進を見る。だが、俺はそうはしなかった。
もう、その待遇がふさわしくない身だと、自分でもわかっていたから。
群衆にまぎれて、ただの平民のリュカとして、もみくちゃになった。
おしあいへしあいする男や女たち。こどもをかばおうとする母親や肩車をしてやる父親。
年寄りも若者も凱旋軍を一目見ようとひしめき合っていた。
王城の警備隊が押さないようにと声を張り上げている。その上から騎兵が様子を見ているが、馬を一歩でも進めたら死人が出るだろう。そのぐらい混雑していた。
「来たぞ!」
誰かが大声で叫ぶと、歓声と歓喜の声がどっとわきおこり、地面が揺れた。
「王太子殿下、万歳!」
「ありがとうございました!」
「うわあ!」
「なんて誇らしい方々だろう!」
口々に王太子とその軍をたたえ、王太子の旗印である赤と黄の旗をちぎれんばかりに振っている。
少し疲れは見えるが、一糸乱れぬ歩兵たちの行進のあと、蹄鉄が石畳を踏む音が響いた。騎士が5人そしてその後ろに、金のよろいと馬具をきらめかせながら、長い金髪を風になびかせ、民衆に笑顔を向ける王太子の姿があった。
「うわああああああ!!!」
民衆は狂ったように喜びを爆発させた。
この方が、戦争を終わらせた、最大の功労者。我々の救い主にて、未来の国王陛下なのだ。
その賛辞を当然と受けとめ、王太子はゆうゆうと手を振っていた。
「お前たち、落ち着きなさい。王太子殿下に万一のことがあってはならん。押すな。押してはならん」
警備兵が必死で群衆を落ち着かせようと声をかけるが、皆興奮状態にあり耳には入らなかった。
「王太子殿下、万歳!」
「落ち着け、落ち着きなさい!」
「王太子殿下、キャー」
「王太子殿下、ありがとうございます」
黄色い声と感謝が七色に大気を彩り、日差しがきらめく。戦争の英雄として、騎士たちが後ろにつづいた。
(あ、いた)
王太子の2騎うしろ、黒い軍馬にのった兄の姿が見えた。
遠すぎてよく見えない。でもひと目で分かる。
どれだけ遠くても、大勢の人がいても、兄がいればすぐにわかった。
兄は無表情のまま、前方と左右に目を配りながら、騎を進めている。
黒光りする鎧を身にまとった兄は、別れたときよりも身体の厚みをまし、一回りもふた回りも立派になったように思えた。身体つきだけではない。静かな水のように見える表情の下には以前よりも鋭い気が隠れていた。別れていた年月は、当たり前だけど兄にも流れていたのだ。
ああでも。無事で良かった。安堵で膝からくずれおちそうになる。
遠くから見た限り、元気そうだ。
両手両足があり、両目もある。神よ、感謝します。
目頭が熱くなったが、兄の姿を一瞬でも見逃したくない。俺は必死で兄の姿を目で追った。
不覚にも、涙がこぼれた。泣きたくないのに。兄のこの姿を一秒でも見逃したくない。
きらきらと笑顔を振りまく王太子とは対照的に、兄は手をふることもなく、ただ静かに騎を進めていた。
口元には微笑みを貼り付けてはいたが、目は笑っていなかった。歓迎を無視しているのではなく・・・兄は王太子殿下の警護中なのだろう。愛想よく微笑むというよりは、抜け目なくあちこちに目を配っていた。
だが、俺のいる場所はあまりに遠い。
一瞬兄がバルコニーに視線を巡らせたように見えたが、また王太子の背中と、前方に目を配りながら、ゆっくりと目の前から遠ざかっていった。
多分、兄から見たら、俺は一粒の点にしか見えなかったろう。
これが、俺たちのほんとうの距離。
遠くから見ることができたとしても、言葉を交わすどころか、ちっぽけな俺の姿を見つけることすらできない。
英雄と平民の距離は、はるか遠く隔たっていた。
パレードは鎧をきらめかせながら歓声とともにゆっくりと進み、兄の姿はちいさくなり、そして見えなくなった。
「あー、行っちゃったねえ」
「立派だったね」
「あんな方が王太子でいてくださるなんて、俺たちは運がいいな」
「かあちゃん、林檎買って」
「足が痛いよー」
熱狂のあと、ふと我に返り、日常に戻る。
夢が覚めた後に残ったのは、妙に高揚した気分と、石畳の上あちこちに落ちているちぎれた赤と黄色のリボンだった。
先程までの熱気はどこへやら、人々は散り始める。
今日これから兄はどうするんだろう。
戦勝パーティーとかあるのかな。
公爵邸に行って出迎えるべきなのか・・・ベネディクトからはなんの連絡もない。
ただ、してしまったことを考えると、素知らぬ顔で兄を出迎えることなどとてもできなかった。
俺はちいさく首を振り、寮に向かい歩きはじめた。
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