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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜

139 【リュカ】裏切り

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2話連続で何考えてんだよとお怒りの方いらしたらごめんなさい。
再度謝ります。あの、4章はこういうのない予定です。
(いや、ゼロじゃないな・・・困った)
こういうの、あんまり、ない予定です。が正しかったです。

*************************************************

数日後、イネスに呼び出された。

校舎の右裏手に小さな林がある。恋人たちの短い逢瀬に使われている、ひとけの少ない林だ。
パラパラとまばらに生えた木と灌木しかない小さなスペースは、先客がいれば遠慮するのが無言のルールだ。
もっと深刻な話がある場合は、左裏手にある森に向かう。自然研究のためと称して、この学園には広大な森も併設されていた。

「リュカ!!」

イネスは俺に抱きついてきた。

「やめろよ」

俺が思わずイネスの腕をよけると、イネスはぽかんとした顔で俺を見た。「なぜ?」と顔に書いてある。
そういえば、俺イネスの秘密の恋のお相手なんだった。
とりあえず、薄い笑みを浮かべ、本音をおおい隠す。

「ここでは、誰が見ているのかわかりませんから・・・だめですよ?」
「リュカ・・・だって・・・」

林はひと目につきやすい。だが、イネスには、森は足場が悪すぎて行きたくないってことなんだろう。
イネスは俺をじっと見た。その目には焦りの色が浮かんでいた。
俺は自分の役割を思い出し、精一杯の優しい声を出した。

「どうしたんですか?」

イネスは大きく息を吸うと、落ち着かなげに目をさまよわせながら、足元の土をつま先で蹴った。
普段のイネスなら靴が汚れるそんな仕草は絶対にしないだろう。

「わたし・・・わたし・・・今日、お父様に呼び出されたの」

心細そうな声に俺の首筋がチリチリする。

「あの・・・もうすぐマティアスが帰ってくるって。それで、帰ってきたらすぐにマティアスに嫁ぎなさいって、言われたの。結婚式は、落ち着いてからでもいいからって。どうしよう、リュカ」

がつんと横殴りに頭を殴られたような衝撃だった。父の言ったことはほんとうだった。
俺の中から兄以外のことはすべて消えた。
喉がからからになり、息がつまりそうだ。
イネスと兄が結婚してしまう。このクソ女が、俺の、大切な兄さんの未来を奪ってしまう。

「マティアスのところに行きなさいって・・・そういう意味でしょう?わたし・・・わたし、あなた以外はいやよ・・・だって、マティアスのこともう愛してないし・・・」
もう、って・・・安い愛だな。俺は心を隠すように低い声を出した。
「僕を愛しているっておっしゃるんですか?」
「リュカ!知ってるでしょう?」

知ってるよ!なんて女だ。兄さんの婚約者のくせに、弟に色目を使って、さんざん恋文を出して火遊びしただけじゃもの足りないのかよ・・・本当は、俺をキープしながら結婚して、ずっと秘密の真実の愛とやらを続けるつもりだったんだろ?

「僕は・・・あなたが僕と結婚して幸せになれるとは思えないんですよ。だって、僕は公爵家の後継ぎじゃないし、あなたに贅沢な生活を与えてあげられない」
「まあ、リュカ!なんてことを!愛こそすべてなのよ!?」
へえ。俺は思わず薄笑いを隠すために、顔を伏せた。

「僕は・・・あなたを愛しています。ですが、だからこそ、あなたを送り出すことが僕の役目じゃないかと思ってしまうんです。全ては愛ゆえの献身です・・・イネス。美しい人」
歯が浮きそうだ。自分でもよくやると思う。でもさあ。

「分かってるわ!貴女の全ての行いはわたしを愛するがゆえだってことを!」
イネスは目を輝かせて、俺の手を握ってきた。
「私達!必ず!愛を成就させましょ!真実の愛は必ず勝つのです!」
「信じていいのでしょうか」
「もちろんよ!」

「では」俺は息を吸って、そして長く吐いた。「今夜伺っても?」
「え?」
「当然でしょう?無垢な身体のままでは、嫁入りさせられてしまいますよ。貴族の令嬢は、純潔でなければ結婚できません。あなたの純潔はわたしに捧げてくださるのでしょう?愛しい人」
「あ、あの・・・」
「そうですか、やはり、僕など・・・」

俺は悲しげに目をうるませ、瞳をふるわせた。

「分かっていました。いいんです。でもこれ以上はお側にはいられません」

そっと目を伏せると、イネスの白い手が俺の頬をなでた。

「まあ、なかないで、リュカ」
「イネス」

俺はイネスの手を両手で握りしめた。
「今までの愛情こもったお手紙はすべておたわむれだったんですね・・・でもいいんです。短い間でしたが、夢を見させていただきました。ありがとうござました・・・それでは」

俺はイネスの手を離し、一歩下がって胸に手をあてて礼をした。
俺がきびすを返すのと、イネスの声は同時だった。

「待って、待ってリュカ!誤解よ!誤解なの。わたしあなたを愛してる、たわむれなんかじゃないから!」

俺は悲しげに振り返った。

「でも、もうふたりの悲しい別れはそこまで来ているんですよ。今度お会いしたときには、姉上とお呼びすることになるでしょう」
「リュカ!お願い」

「もし、あなたが僕との恋を成就させる気があるのなら、今日の夜は、テラスの窓を開けておいてください。もし鍵がかかっていたら、あきらめます。その時は、お別れです。自分の心に正直になってください。僕の願いはそれだけです」

俺は口元に拳をあて、つらすぎると目を伏せ、その場から立ち去った。



その夜、イネス部屋のテラスの窓には鍵がかかっていなかった。
窓は音もなく開き、部屋に入ると、イネスの白い腕が俺の首にからみついた。



簡単だった。



だが、簡単なはずなのに、なぜか胸の奥が痛んだ。
重い痛みは俺から自由を奪い、息が苦しかった。
何も失っていないはずなのに、何か大きなものを失ったような気がした。


なぜだろう。

わからない。


この簡単な解決方法に気がついたときに、気持ちは決まっていたはずだ。
これで、イネスに兄をとられることはない。

目の奥をミラの悲しげな顔がよぎった。でも、もう引き返せない。
ごめん、ミラ。




ごめん・・・兄さん。
兄さんの笑顔が、どうしても、思い出せない。

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