兄さん、あんたの望みを教えてくれよ。

藍音

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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜

138 【リュカ】恋人

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BLにあるまじき回でもうしわけありません。
お怒りの方いたら、笑って許して・・・

**************************************************

「ここで降ろしてくれ」

馬車の天井を叩くと、御者はけげんな顔で馬車を停めた。
「ぼっちゃま?まだ学園にはついておりませんよ?」
「分かっている。ここでいいんだ」
「ですが、ここは下町・・・」
「いいんだ。ありがとな」
俺は二カッと笑うと、御者は驚いたようだ。
ま、たしかに貴族はそんな笑い方しないからな。

「用事があるんだよ。じゃ、な」
「リュカ様?お待ちいたしますよ?」
「いいから帰ってくれ」

俺は手を振り、「くすりや」に向かってあるき出した。
あれから週に一度は「くすりや」に行って、夕飯を食べさせてもらったり、一緒にボードゲームをしてゆうべを過ごし、すっかり家族同然の存在になっている。今日は帰りに寄って、これからのことについておじさんの助言をもらいたかった。それに、ミラにも会いたかったし。

ミラは出会った時の子供っぽさがぐっと抜け、さなぎが蝶になるようにきれいになった。年頃の女の子って変わるもんだな。真っ直ぐで長い黒髪は前からきれいだったけど、笑うといい匂いのする花みたいにぱっとまわりが明るくなるんだ。それにキラキラした目で俺のことを見られると、ドギマギする。
女の子のことをこんなふうに思ったことは初めてだった。
ふわふわとしてかわいくて、いい匂いがして柔らかくて、抱き締めたくなるような女の子。
エッチなことなんてとても考えられない、大切な子。
ずっと前、ミラは俺のことかっこいいって言ったけど、今でもそう思ってくれてるのかな。だといいな。
俺は通り沿いの店のガラスに映った俺の髪をなでつけた。

通りを渡って角を2回曲がり、「くすりや」の前に行くと、ミラが店の前をウロウロしていた。

「リュカ!」

ミラは俺の姿に気づくと、弾かれたように走り寄った。

「今日来るかなと思って、待ってたの!」
「おい、だめだぞ。女の子が暗くなってから外をうろついちゃ・・・」
「うろついてなんていないもん。家の前だし!」
「ミーラ」俺はめっとミラを怒ったように軽くにらみつけるふりをする。
「だって」ミラは小さく口をとがらせた。

そのとき、俺の中で何かがぐらっと揺れた。
ぐいっとミラに引き寄せられるような、磁場が変わったような・・・

「ミラ・・・」

ミラの腰を引き寄せ、ミラの唇にそっと唇を重ねた。
ああ、そうなんだ。気が付かなかった。これが恋なんだ。初めての恋だからよくわからなかった。
ミラは緊張していたのか身体を硬くしていたけれど、俺の身体にそっと身を寄せてきた。イヤじゃないらしい。

「かわいい、ミラ」

そういってミラの身体をギュッと抱きしめると、腕の中のミラはどんどん発熱するように熱くなってきた。

「どうした?」

身体を離すと、ミラはまるで揚げたてのエビみたいに真っ赤になっていた。

「だ、だ、だって・・・キス・・・した・・・」
「ああ、ごめん」俺は笑ってミラと額を合わせた。「イヤ?」
「い・・・いや、じゃない」
俺はギュッとミラを抱きしめた。
「じゃあ、いいじゃん」
「だ、だめだよ。これは恋人か旦那さんとしかしちゃだめなんだから・・・」
「はは、じゃあ、恋人になってよ」
「えっ?」
「俺本気だけど。俺ミラのこと、好きみたい」
「う、うそ・・・!!!」
「なんで?俺のこと信じられないの?」
「し、信じるけど・・・でも、リュカが私のことなんて・・・まさか」
「うーん。おれ、いままで会った女の子の中で、ミラが一番好き」
「りゅ、リュカ!!!」

ミラは目を丸くして俺を見た。
なんで卑下するのかな。俺にとってミラは世界で一番かわいい女の子なのに。

「じゃあ今日から俺たち恋人ってことでいい?」

ミラはうんうんと大きく何度もうなずいた。

「よかった。じゃあ、今日は俺がこれ以上手出しする前に家に入れよ。おれ、オオカミだから」
「な、なんて・・・!!」

顔を真っ赤に染め、涙目になっているミラを見ると、腹の底で何かが楽しげにうごめいた。
かわいいミラ。そうかんたんに手なんか出せないよ。

兄さんの面影が目の前をかすめ、そして消えた。
だって、兄さんは俺のものにはならないじゃんか。俺が自分の幸せを探して何が悪いんだよ。
俺はその思いも慌てて打ち消した。
ミラと兄さんは関係ない。関係ないんだ。

少しだけ後ろめたい。でも前を向くために恋人がいたほうが、俺はうれしい。
それにミラは俺が知っている中で一番まともな女の子だ。
地に足がついた暮らしをしていて、ミラと一緒なら俺もまともに生きられる気がするんだ。

もうすぐ俺が公爵家を出れば、公爵家に残る弟妹たちとも縁が切れてしまう。ひとりぼっちは、もうたくさんだ。
俺はミラの肩を引き寄せ、髪に口づけた。

「さあ、帰ろう。おじさんに挨拶だけしたら、今日は帰るな。あと、たのむから暗くなってから一人で通りに出るなよ」

ミラがうなずくと、うなじから甘い香りがした。


その時は、可愛い恋人ができて有頂天になっていたのかもしれない。
それにまさか、ミラと会えなくなる日が来るとは、思ってもいなかったしね。
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