兄さん、あんたの望みを教えてくれよ。

藍音

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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜

130 【リュカ】俺って、かっこいい?

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おじさんの言うことはもっともなんだろう。でも、感謝して守られているだけでいいのか?

「だって、そのせいでにいさんに何かあったら・・・」

喉奥から絞りだした声は、自分でもおかしくなるほど、震えていた。
正直、今すぐ立ち上がって俺を代わりに殺してくれ!と叫びたくなるほど、恐ろしかった。

「リュカ。落ち着いて。気持ちを落ち着けて」

おじさんが若草色の瞳でじっと俺を見つめた。

「お兄さんは自分の選択を後悔していないはずだよ。お兄さんだって、弟を大切に思っていたんだろう。おそらく、嫡男のお兄さんが行けば、リュカが行くよりマシだと思っていただろうしね。
それよりも、自分がすべきことを考えるんだ。必死になって学業に打ち込んでもいい。他のことでもいいんだよ。何か兄さんの役に立つことを考えるとか」
「役に立つ・・・兄さんの?」
「そう。まあ、ハンカチに刺繍をして送るってわけにはいかないけど、兵士に靴下を編んだり、手紙を書いたり・・・お金を出し合って、戦地に芸人を送っている人もいるよ?みんな、自分にできることをしているんだ。パン屋のジョンは、毎週日持ちするパンを砦に届けていると聞くよ。戦地にいる人だけじゃない。みんな戦っているんだ。その形が違うだけで」
「みんな・・・戦ってる?」
「戦うことが美しいことなんじゃない。もちろん、無理に戦う必要はないよ。でも君が普通の生活を送るだけでお兄さんは安心するんじゃないかな」
「安心する?」

俺はまるでおうむになったように、おじさんの言葉を繰り返した。
兄さんの役に立つって一体どんなことだろう。どうしたら戦地にいる兄さんの役に立てる?
それはあまりにも難しくて、月を取ってくるほうがまだ現実感がある。

俺は力なく立ち上がった。

「リュカ?」心配そうなおじさんの声に、「洗面所を」と答えた。

「こっちだ」とヒューゴが親指で奥まった小さなスペースを指差した。
洗面所の鏡の前に立つと、目の前に、腫れぼったいまぶたに赤い目をした男が映っていた。

「リネンはここ。トイレはそっちな」

ヒューゴが清潔なリネンが重ねてあるボックスと小さな扉を指し示し、また一人になると、まじまじと自分を見た。なぜこんなにまぶたが腫れているんだろう。
気分を変えるために、ラベンダーの香りがする石鹸で顔を洗うと、少しだけ気分がすっきりした。

「リュカ?」

台所で洗い物をしていたミラがこちらをひょいっとうかがった。

「どうしたの?鏡をまじまじと見て」
「いや・・・別に」目の前の鏡には、細おもてで特に特徴のない俺が、さっきよりも少しだけ充血がおさまった目で俺を見返していた。
目だけがギョロギョロと目立つ変な顔だよな・・・
「何そんなに自分の顔をまじまじと見てるのよ。かっこいい顔だなって思ってたの?」
笑いを含んだミラの声にハッとする。
「かっこいい・・・?俺が・・・?」
「何言ってるのよ!自分でも分かってるんでしょ」そう言い返したミラの頬が少しずつ赤く染まってきた。

もしかして、俺の容姿は一般的に言うと「かっこいい」んだろうか。
俺の理想は、頬骨が高く、鋭い顔つきの兄さんみたいな顔だ。母親似で女顔の俺は、不細工ではないが変な顔だと思っていた。しかも筋肉もつきにくく、背だってそれほど高くない。
そういえば、閣下は母に一目惚れしたって聞いた。大の大人がみっともないと思っていたが、もしかして母が美しかったから?その母にうりふたつな俺は美形ってことか?

「考えたこともなかった・・・」呆然とする俺に、ミラが恥ずかしそうに言った。
「だって、あんたおとぎ話に出てくる王子様みたいじゃない・・・あんたみたいにきれいな男の子、私見たことない」

こんな細くてナヨナヨした身体は意外と女受けするってことなのか。
そういえば、ここ数ヶ月、急にまわりがざわついてきた。
クスクス笑いにヒソヒソ声。それはすべてが俺をバカにするものばかりじゃないともう知っている。メイドたちも俺の顔は好きだったみたいだ。
イネスやジュスタンも。

そうか、そうなんだ。俺、かっこいいんだ。だから、モテるんだ。
イヴァンがからかうように「リュカ様」と言っていたのはそういうことだったんだ。

「ははは、そうなんだ」

おれはもう知っている。
顔が好きな奴らは、俺を単なるアクセサリーみたいに考えているって。
なら、いいじゃないか。

「ミラ、ありがとな」

おれはミラの頬に小さく口づけを落とした。
女にそんなことをするなんて、母ちゃんと妹以外は初めてだ。

ミラはぼんっと音を立てて顔を真っ赤に染め、「か、か、からかわないで・・・」と言いながら台所に戻っていった。戻りがけに柱に頭をごつんとぶつけていたけど。やっぱり、ミラはかわいいな。

ミラのおかげで、これからどうしたらいいのか分かった気がする。
やっぱりまともな人間と付き合わないと、まともな考えは浮かんでこないな。

洗面所から戻った俺の顔を見て、おじさんとヒューゴは胸をなでおろしていた。

「落ち着いたんだね」
「ありがとうございました。また来ます」

俺は頭を下げ、「くすりや」を出た。
空を見上げると、月は薄い光を放ちながら真珠のように輝いている。胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込むと、少し自分に力が蓄えられたような気がした。
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