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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜

128 【リュカ】まともな人間に会いたい!(変態じゃなくて)

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俺にだって分かってる。
兄さんが戦争に行っているのに、家庭教師と情事にふけるなんてけしからんって。
このままじゃ、ずるずると落とされて、いつしか抜けられない情事の沼におちるのが目に見えている。
でも、閉じられた学園の中にいると、頭がおかしくなりそうで、居ても立ってもいられない。
一日中アノコトばかりを考えてしまい、堂々めぐりだ。

俺はふらふらと学園を出て、あてもなくあるき出した。
とにかく、一度学園から離れて、正常な判断力を取り戻す必要があった。
身体をめいっぱい疲れさせて、泥のように眠ればいいんだ。
だいたい、あの家庭教師のことは大嫌いなのに、あいつの変態性欲にあてられて、誘惑されて・・・おれ、他人の性欲に引きずられやすいのかな。妙な性癖でも持ってるんだろうか。
若いのに、嫌だなあ・・・
途方にくれながら歩いていると、もやがかかったようだった俺の頭は、少しずつ正常になってきた。
今度家庭教師が来たら、断ろう。
最初は俺を鞭で打ったやつをはいつくばらせて、足蹴にしてやったら気が晴れるかと思ったのに、全然晴れない。、むしろ、違う方向に引っ張られて・・・

(まともな人間にあいたい・・・)

いつの間にか俺の足は、「くすりや」に向かっていた。
俺が知っている、一番まともな人達は、おじさんとミラだった。ついでに、ヒューゴも。
毎日朝起きて、働いて、夜は酒を飲んだり本を読んだり、少し楽しんで寝る、普通の暮らし。
その普通の暮らしゆえのまともさに、一番飢えていた。

「リュカ!また来てくれたのね!」

俺の姿を認めたミラが駆け寄ってきた。
嬉しそうに頬を染め、この間よりもかわいくみえる。

「やあ」

俺が小さく手をふると、ミラは真っ赤になった。
赤く染まった頬が、いちごみたいだ。

「リュカ、かっこよすぎるから・・・やめて」
「ははは」

なぜか、メイドたちとは違う。
ミラはかわいいな。いとこだからかな。

兄に抱いていた、辛く苦しい恋心とは違う。
穏やかな感情が少しずつ動きはじめた。
誰にも抱いたことのない、胸の奥がくすぐられるような気持ち。
兄さんに感じていた激しい感情とは違うけど、これが恋のはじまりなんだろうか。まだわからない。
ただ、生まれたばかりの小さな青葉のようなこの感情を大切にしたい、と思った。

「リュカ、来てくれたんだね」

店の中から、おじさんが顔を出した。
穏やかに笑うおじさんは、やっぱり母に似ていた。一番似ているのは、雰囲気かな。穏やかで、楽しげで、人生を楽しんでいる人特有の安定感を持っている。

「今日こそ夕飯を食べていってくれ。今日の食事当番は私なんだ。特製シチューだよ」
「はい、外出許可もとってきましたので。ごちそうになります」

俺が答えると、おじさんはミラそっくりの笑顔でほほえんだ。
ずっと知らなかった親戚なのに、なぜこんなになじむんだろう。
おじさんの笑顔もミラの声も、俺の中にストンと落ちて心を穏やかにしてくれた。


鶏肉とじゃがいものシチューは、コンソメと塩で煮込んだ優しい味付けだった。

「タイミングが良かった。今日は我が家の秘伝の味付けなんだよ?姉さんも時々は作ってくれたんじゃないかな?」

ダイニングには懐かしい香りが満ちていた。テーブルについて、目の前に木のボウルにはいったシチューが置かれると、すぐにわかった。

「クローブとローリエ?」
「正解。そう。それに岩塩をちょっぴりね。姉さんはローリエが好きだったから、よく作ってくれたんだ。うちは男爵家とはいっても、もう使用人も雇えなかったから、家族全員で家事をしていたんだ。姉さんは料理が得意だったから、よく作ってくれたんだよ」
「ああ、なんとなく覚えています。母さんはよくこのシチューを作ってくれました」

とうの昔に忘れ去っていた記憶がよみがえってくる。
母ちゃんの笑い声とローリエの匂い。
なつかしいなあ。

「いっぱい食べてね」

ミラが黒パンの載った皿も回してきた。

「ありがとう」

そう言って口に含んだシチューは、おじさんの優しさと母ちゃんの手のあったかさを思い出すような味がした。


「そういえば」
食後のハーブティーを飲みながら、ヒューが話しかけてきた。
ヒューは通いではなく、一緒に暮らしているらしい。
この間はおじさんと怪しい雰囲気になっていたが、今日はそんなそぶりは微塵も見せなかった。

「東部でかなり激しい戦闘があったって聞いたけど、近しい人は戦争には行ってないのか?」

急に胸を突かれ、息がつまった。低い声で何気なく答える。

「兄が行っています。王太子様の直属と聞いていますが、どこにいるのかはわかりません。教えてもらえないらしいんです」
「ふうん・・・まあ、公子様を前線には送らないと思うけど、心配だね」

隠したつもりだったけど、俺の顔に不安が出てしまったらしい。ヒューゴの声は、自分も苦しさを経験した人間にしかない理解に満ちていた。
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