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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜
124 【リュカ】ミートパイ
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いつ、おじさんの家を出たのかわからない。
あまりのことに俺はよろよろと立ち上がり、店から出た。
頭の整理が必要だった。
閣下は、母の出産に関わった医者や見習いを拷問していた。
医者は多分殺され、見習いも障害が残るほどひどい目にあわされた。ヒューゴが軽く足を引きずっていたのはそういうことだろう。
でも、それは全くの八つ当たりと言ってもいい話で。
妊婦には危険のある薬は売らないと断言していた。きっとそうなのだろう。
それに、母の死因に兄が関係するとはとても思えない。
俺はひとつ息をついた。どうやら、自分では気づかなかったけど、不安に思っていたらしい。兄が母の死と関係がなかったのは良かった。
「リュカ!」
後ろから声がかかった。
「もう!夕飯食べてってって言ったのに!」
俺を追いかけてきたミラが、ナプキンにくるんだ温かいものを押し付けた。
「これ!ミートパイ。食べてね!」
そういえば、ミラは自信作のミートパイを食べていけって言ってたんだよな。まったく頭の中から抜け落ちていた。
「あ、ああ、ありがとう・・・いや、その・・・寮に外出許可を出すのを忘れてたから、門限までに戻らないといけないことを思い出したんだよ」
「そう」
ミラはすねたように唇をとがらせた。
「じゃあ、しょうがないわね。でも、また来てよ。せっかく会えた親戚だし」
そうだ、そうなんだ。俺はヒューゴの言葉に衝撃を受けてすっかり忘れていたが、俺の親戚に会えたってのは、嬉しい出来事だったんだ。
「そうだな」俺はミラの髪をなでた。なめらかな指触りは、妹の髪とはちがっていた。
「子ども扱いしないで!」ミラは頬をふくらませた。
「はは、ごめん。また来るよ。今度は外出許可とってくるから。夕飯頼むな」
「うん、いいよ!」
ミラが元気に笑った。今すぐぴょんぴょんと跳ねそうだ。いままで周りにいなかったタイプだ。なんだか、かわいいな。
「またね!」ミラは大きく手をふると、くすりやに向かって走っていった。
「いとこかあ」
ナプキンの中からは、ミートパイのいい匂いが漂ってくる。
(ベネディクトに見つかったら怒られそうだけど)
ミートパイをかじると、サクサクした皮と煮込んだ肉と野菜の味が絶妙だった。
「うまい」
このミートパイを食べるためだけでも、また会いに行く価値がある。
なんとなく、つきものが落ちたようなすっきりとした気分で、寮に戻った。
顔に当たる風が心地よく、夕暮れの陽が穏やかに俺を照らしてくれた。
寮に近づくと、2つの影が重なり、そして離れた。
逢引かと思ったが、言い争っているようだ。
門限が近くなければ遠回りしたいところだが・・・
「離してよ!あんたと話すことなんてなにもない。二度と来ないで!」
女の叫び声を聞いて驚いた。ネルじゃないか。
まさか、相手は噂の姉の夫か?ネルは一度もそいつのこと話したことがないけど・・・
本当に、姉の夫と関係があるって?ちょっと信じられないな・・・
「ネル!私の気持ちはわかってるだろう?」
「知らない!あんたの気持ちなんて何も知らない!知りたくもない!帰ってよ!帰って、帰ってよ!」
ネルは今まで見たことがないほど興奮していた。でも、どう見ても男と恋仲にあるようには見えない。
男はネルの腕をつかみ、ネルは必死でその手をほどこうと身をよじっていた。
「ネル、大丈夫か」
俺が声をかけるとふたりははっとしたように振り返った。
男の手が一瞬緩んだらしい。
ネルは素早く手を外すと、俺の後ろに隠れた。
「帰ってよ。これ以上みっともない真似しないで。もう、恋人だっているんだからね!」
「ネル・・・嘘だろう?」
「ごほん」俺は咳払いをした。ここは恩返しの出番なのだろう。「俺ですが、何か?これ以上。俺のネルに無体な真似はやめていただきたいんですが」
「何だお前!」
「レアンドル公ランドール家の次男です。ネルとは同級生ですが。何か」
「くそっ」
男は、悔しそうに顔をゆがめると、「ネル、また来るからな!」と言い残して去っていった。たまには身分がものを言う時もある。
「ふう、助かったわ」
「どういたしまして。なんだよ、あいつ」
「知らない。変な人なのよ。ただ歩いてただけなのに難癖つけてきて」
「ふうん」
言いたくないのかな。なら、いいや。
「まあ、いいけど。気を付けろよ?」
「ありがとう、『恋人』さん。また何かあったらよろしくね」
「はいはい、どういたしまして。この間の礼だよ」
「あ、そうだ。おっきな貸しがあったわね」
ネルは今のいさかいがまるで嘘のように笑った。その目の奥では何かが揺らいでいた。
「本当は嘘。あいつ、姉さんの夫なの。なんか勘違いしてるのよ。本当に迷惑してるの。あいつがいるから私は家にもいられなくなっちゃったの。まさか、ここに来るとはね・・・」
「そうか」
初めてあったとき、ネルはかなわない恋をしていたはず。だから友だちになりたいって言ってきた。ということは、ネルの星はあいつじゃなかったのか。いや、姉の夫はかなわない相手だよな。
そこまで考えて俺は首を振った。
ネルが言いたくないのならいい。詮索無用だ。
あまりのことに俺はよろよろと立ち上がり、店から出た。
頭の整理が必要だった。
閣下は、母の出産に関わった医者や見習いを拷問していた。
医者は多分殺され、見習いも障害が残るほどひどい目にあわされた。ヒューゴが軽く足を引きずっていたのはそういうことだろう。
でも、それは全くの八つ当たりと言ってもいい話で。
妊婦には危険のある薬は売らないと断言していた。きっとそうなのだろう。
それに、母の死因に兄が関係するとはとても思えない。
俺はひとつ息をついた。どうやら、自分では気づかなかったけど、不安に思っていたらしい。兄が母の死と関係がなかったのは良かった。
「リュカ!」
後ろから声がかかった。
「もう!夕飯食べてってって言ったのに!」
俺を追いかけてきたミラが、ナプキンにくるんだ温かいものを押し付けた。
「これ!ミートパイ。食べてね!」
そういえば、ミラは自信作のミートパイを食べていけって言ってたんだよな。まったく頭の中から抜け落ちていた。
「あ、ああ、ありがとう・・・いや、その・・・寮に外出許可を出すのを忘れてたから、門限までに戻らないといけないことを思い出したんだよ」
「そう」
ミラはすねたように唇をとがらせた。
「じゃあ、しょうがないわね。でも、また来てよ。せっかく会えた親戚だし」
そうだ、そうなんだ。俺はヒューゴの言葉に衝撃を受けてすっかり忘れていたが、俺の親戚に会えたってのは、嬉しい出来事だったんだ。
「そうだな」俺はミラの髪をなでた。なめらかな指触りは、妹の髪とはちがっていた。
「子ども扱いしないで!」ミラは頬をふくらませた。
「はは、ごめん。また来るよ。今度は外出許可とってくるから。夕飯頼むな」
「うん、いいよ!」
ミラが元気に笑った。今すぐぴょんぴょんと跳ねそうだ。いままで周りにいなかったタイプだ。なんだか、かわいいな。
「またね!」ミラは大きく手をふると、くすりやに向かって走っていった。
「いとこかあ」
ナプキンの中からは、ミートパイのいい匂いが漂ってくる。
(ベネディクトに見つかったら怒られそうだけど)
ミートパイをかじると、サクサクした皮と煮込んだ肉と野菜の味が絶妙だった。
「うまい」
このミートパイを食べるためだけでも、また会いに行く価値がある。
なんとなく、つきものが落ちたようなすっきりとした気分で、寮に戻った。
顔に当たる風が心地よく、夕暮れの陽が穏やかに俺を照らしてくれた。
寮に近づくと、2つの影が重なり、そして離れた。
逢引かと思ったが、言い争っているようだ。
門限が近くなければ遠回りしたいところだが・・・
「離してよ!あんたと話すことなんてなにもない。二度と来ないで!」
女の叫び声を聞いて驚いた。ネルじゃないか。
まさか、相手は噂の姉の夫か?ネルは一度もそいつのこと話したことがないけど・・・
本当に、姉の夫と関係があるって?ちょっと信じられないな・・・
「ネル!私の気持ちはわかってるだろう?」
「知らない!あんたの気持ちなんて何も知らない!知りたくもない!帰ってよ!帰って、帰ってよ!」
ネルは今まで見たことがないほど興奮していた。でも、どう見ても男と恋仲にあるようには見えない。
男はネルの腕をつかみ、ネルは必死でその手をほどこうと身をよじっていた。
「ネル、大丈夫か」
俺が声をかけるとふたりははっとしたように振り返った。
男の手が一瞬緩んだらしい。
ネルは素早く手を外すと、俺の後ろに隠れた。
「帰ってよ。これ以上みっともない真似しないで。もう、恋人だっているんだからね!」
「ネル・・・嘘だろう?」
「ごほん」俺は咳払いをした。ここは恩返しの出番なのだろう。「俺ですが、何か?これ以上。俺のネルに無体な真似はやめていただきたいんですが」
「何だお前!」
「レアンドル公ランドール家の次男です。ネルとは同級生ですが。何か」
「くそっ」
男は、悔しそうに顔をゆがめると、「ネル、また来るからな!」と言い残して去っていった。たまには身分がものを言う時もある。
「ふう、助かったわ」
「どういたしまして。なんだよ、あいつ」
「知らない。変な人なのよ。ただ歩いてただけなのに難癖つけてきて」
「ふうん」
言いたくないのかな。なら、いいや。
「まあ、いいけど。気を付けろよ?」
「ありがとう、『恋人』さん。また何かあったらよろしくね」
「はいはい、どういたしまして。この間の礼だよ」
「あ、そうだ。おっきな貸しがあったわね」
ネルは今のいさかいがまるで嘘のように笑った。その目の奥では何かが揺らいでいた。
「本当は嘘。あいつ、姉さんの夫なの。なんか勘違いしてるのよ。本当に迷惑してるの。あいつがいるから私は家にもいられなくなっちゃったの。まさか、ここに来るとはね・・・」
「そうか」
初めてあったとき、ネルはかなわない恋をしていたはず。だから友だちになりたいって言ってきた。ということは、ネルの星はあいつじゃなかったのか。いや、姉の夫はかなわない相手だよな。
そこまで考えて俺は首を振った。
ネルが言いたくないのならいい。詮索無用だ。
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