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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜
122 【リュカ】母の弟、俺のおじさん
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「おかえりミラ。ドアは静かに開けなさい」
薄暗い店の中から、穏やかな声が聞こえてきた。
小さな店にはところせましと瓶や薬草の入った袋が置かれている。
その奥のカウンターで、男の人が女の人を相手に話をしている。
ミラは、ごめん、と小さく肩をすくめ、俺に向かってちょっとまっててね、と声に出さずに伝えてきた。
店には3人も人が入れば、いっぱいだ。
床に置かれた樽だの袋だのばかりじゃなく、窓枠にも鉢植えがごちゃごちゃと置かれている。
天井からはハーブらしきものがたくさん吊り下がっていた。
だが、不思議なほど居心地のいい空間で、それはこの店の主人が幸せだからか、もてなしの心からなのか。いつまでもいたくなるような、穏やかな時間が流れていた。
もしかしたら、乾燥した草と床磨きに使うオレンジの皮の入り混じった匂いのせいかもしれない。
「この間処方していただいた薬、すごく効いたの。うちのメアリーはすっかり元気になったわ。今日はうちの主人のお腹の調子がゆるくてね」太った女の人は、大きな体を揺らしながら、身振り手振りで近況を伝えている。
「そうですか、ちょっとゆるいのか、ものすごくゆるいのかで薬は違ってきますよ」
優しげな声で話しているミラの「おとうさん」をじっと見る。
あれが、おじさん?母とは似ていないけど・・・
だが、こちらをちらりと見た目の色を見てわかった。
俺と同じ若草色。
おじさんは俺を見るとうれしそうに目を細めてニッコリと笑った。
「1日2回、朝と夕方に煎じて飲んでくださいね。苦くはないけど、ちょっと草の匂いがするかもしれない。でも、よく効くとおもいますよ」
カウンターの後ろに並んだ瓶から数種類の薬草を混ぜ合わせ、丁寧にくるみ、女の人に渡すと、女の人は銅貨を5枚支払い、満足げに店を出て行った。
客を見送る軽やかなベルの音が鳴り、おじさんは俺をじっと見た。
「リュカ。リュカだろう?本当に姉さんにそっくりだ」
そう言うと、うれしそうに笑いながら、カウンターをゆっくり跳ね上げて俺のそばに立った。
「ハグしてもいいかい?」
俺が頷くと、ぎゅっと俺を抱きしめる。
「ずっと会いたかったよ。姉さんの忘れ形見。姉さんはずっと君を手放したことを悔やんでいたからね。君のためとはわかっていたけれど、とても愛していたんだよ」
かあちゃんを思い出すと、ぎゅっと胸がつまり、鼻がツンとした。
「俺、おじさんのこと知らなくて・・・」
「いいんだよ。幼い頃に公爵家に引き取られたんだ、知らなくて当然だよ。でも、私はずっと君に会いたかったし、会ったら抱きしめて姉さんがどれだけ君を大切にしていたかを伝えたいと思っていたんだ。今日は会えてよかった。長年の願いを叶えてくれてありがとうね」
おじさんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「リュカ!今日は夕飯を一緒に食べて行ったら?」
ミラが口をはさんだ。
「わたし、料理上手なのよ。今日はミートパイ!2日もかけてタネを仕込んだんだから。絶対に美味しいから食べてってよ」
「ぜひそうしてくれ」
おじさんもそう言ってくれた。
「ありがとう、ごちそうになります」
なつかしい、普通の家の雰囲気。
贅沢はできなくても、互いが互いを思いやる、一つの家に住む人びと。
俺が、母の元を離れてから一度も感じることのなかったあったかい「家族」がここにはあった。
「リュカ、奥が家なの。さあ、入って入って」
ミラが背中を押すと、またドアベルが鳴った。
「ただいま、戻りました。クロエさんの子供の熱は大したことなかったですよ」
若く背の高い男が、天井からぶら下がる草を避けるように身をかがめながら店にはいってきた。
男は少し足が不自由なのか、右足をかすかに引きずっていた。
「俺がいない間、ただで薬を渡したりはしてないでしょうね」
「ははは、大丈夫。今日はちゃんといただいてるよ・・・いただける人からはね」
「まったくもう」
いつも交わしている言葉なんだろうか。若い男はおじさんに近寄ると、指先でおじさんの手の甲にそっと触れ、感触を確かめるかのように指先をすべらせた。
このふたりって・・・でも、先生って呼びかけるってことは・・・
「あれが、お兄さんよ」ミラが小声で話しかけてきた。
「あの二人はいつもあんな感じ。ヒューはとうさんの弟子なのよ。とは言ってももう自分で開業できるほどの腕前なんだけど、お人好しなとうさんを放っておけないからって、とうさんの手伝いを続けてくれてるの」
「へえ」
俺たちの視線に気づいたらしいおじさんが、「リュカ、紹介するよ」と声をかけると、男が振り返って俺を見た。
「リュカ、こちらはうちの薬師のヒューゴ。ヒュー、こちらは私の甥のリュカ。姉の息子なんだ」
ヒューゴは目を見開き、まじまじと俺の顔を見つめている。
その顔に現れた表情は・・・おどろき?
探るような視線の中にかすかに恐怖が混じっているようにもみえる。
なんだろう?初対面のはずだけど。
「あ、あの。こんにちは。初めまして。リュカ・ランベールです」
「リュカ・・・ランベール」
ヒューゴは口の中で俺の名前を転がすようにつぶやくと、ごくりと唾を飲み込んだ。
まるで、その名は飲み込むと死んでしまう毒薬であるかのように。
「俺・・・私は、ヒューゴと申します。実は初めましてではありません。お久しぶりです、リュカ様。最後にお会いした時は、お母様のお産の場でした」
薄暗い店の中から、穏やかな声が聞こえてきた。
小さな店にはところせましと瓶や薬草の入った袋が置かれている。
その奥のカウンターで、男の人が女の人を相手に話をしている。
ミラは、ごめん、と小さく肩をすくめ、俺に向かってちょっとまっててね、と声に出さずに伝えてきた。
店には3人も人が入れば、いっぱいだ。
床に置かれた樽だの袋だのばかりじゃなく、窓枠にも鉢植えがごちゃごちゃと置かれている。
天井からはハーブらしきものがたくさん吊り下がっていた。
だが、不思議なほど居心地のいい空間で、それはこの店の主人が幸せだからか、もてなしの心からなのか。いつまでもいたくなるような、穏やかな時間が流れていた。
もしかしたら、乾燥した草と床磨きに使うオレンジの皮の入り混じった匂いのせいかもしれない。
「この間処方していただいた薬、すごく効いたの。うちのメアリーはすっかり元気になったわ。今日はうちの主人のお腹の調子がゆるくてね」太った女の人は、大きな体を揺らしながら、身振り手振りで近況を伝えている。
「そうですか、ちょっとゆるいのか、ものすごくゆるいのかで薬は違ってきますよ」
優しげな声で話しているミラの「おとうさん」をじっと見る。
あれが、おじさん?母とは似ていないけど・・・
だが、こちらをちらりと見た目の色を見てわかった。
俺と同じ若草色。
おじさんは俺を見るとうれしそうに目を細めてニッコリと笑った。
「1日2回、朝と夕方に煎じて飲んでくださいね。苦くはないけど、ちょっと草の匂いがするかもしれない。でも、よく効くとおもいますよ」
カウンターの後ろに並んだ瓶から数種類の薬草を混ぜ合わせ、丁寧にくるみ、女の人に渡すと、女の人は銅貨を5枚支払い、満足げに店を出て行った。
客を見送る軽やかなベルの音が鳴り、おじさんは俺をじっと見た。
「リュカ。リュカだろう?本当に姉さんにそっくりだ」
そう言うと、うれしそうに笑いながら、カウンターをゆっくり跳ね上げて俺のそばに立った。
「ハグしてもいいかい?」
俺が頷くと、ぎゅっと俺を抱きしめる。
「ずっと会いたかったよ。姉さんの忘れ形見。姉さんはずっと君を手放したことを悔やんでいたからね。君のためとはわかっていたけれど、とても愛していたんだよ」
かあちゃんを思い出すと、ぎゅっと胸がつまり、鼻がツンとした。
「俺、おじさんのこと知らなくて・・・」
「いいんだよ。幼い頃に公爵家に引き取られたんだ、知らなくて当然だよ。でも、私はずっと君に会いたかったし、会ったら抱きしめて姉さんがどれだけ君を大切にしていたかを伝えたいと思っていたんだ。今日は会えてよかった。長年の願いを叶えてくれてありがとうね」
おじさんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「リュカ!今日は夕飯を一緒に食べて行ったら?」
ミラが口をはさんだ。
「わたし、料理上手なのよ。今日はミートパイ!2日もかけてタネを仕込んだんだから。絶対に美味しいから食べてってよ」
「ぜひそうしてくれ」
おじさんもそう言ってくれた。
「ありがとう、ごちそうになります」
なつかしい、普通の家の雰囲気。
贅沢はできなくても、互いが互いを思いやる、一つの家に住む人びと。
俺が、母の元を離れてから一度も感じることのなかったあったかい「家族」がここにはあった。
「リュカ、奥が家なの。さあ、入って入って」
ミラが背中を押すと、またドアベルが鳴った。
「ただいま、戻りました。クロエさんの子供の熱は大したことなかったですよ」
若く背の高い男が、天井からぶら下がる草を避けるように身をかがめながら店にはいってきた。
男は少し足が不自由なのか、右足をかすかに引きずっていた。
「俺がいない間、ただで薬を渡したりはしてないでしょうね」
「ははは、大丈夫。今日はちゃんといただいてるよ・・・いただける人からはね」
「まったくもう」
いつも交わしている言葉なんだろうか。若い男はおじさんに近寄ると、指先でおじさんの手の甲にそっと触れ、感触を確かめるかのように指先をすべらせた。
このふたりって・・・でも、先生って呼びかけるってことは・・・
「あれが、お兄さんよ」ミラが小声で話しかけてきた。
「あの二人はいつもあんな感じ。ヒューはとうさんの弟子なのよ。とは言ってももう自分で開業できるほどの腕前なんだけど、お人好しなとうさんを放っておけないからって、とうさんの手伝いを続けてくれてるの」
「へえ」
俺たちの視線に気づいたらしいおじさんが、「リュカ、紹介するよ」と声をかけると、男が振り返って俺を見た。
「リュカ、こちらはうちの薬師のヒューゴ。ヒュー、こちらは私の甥のリュカ。姉の息子なんだ」
ヒューゴは目を見開き、まじまじと俺の顔を見つめている。
その顔に現れた表情は・・・おどろき?
探るような視線の中にかすかに恐怖が混じっているようにもみえる。
なんだろう?初対面のはずだけど。
「あ、あの。こんにちは。初めまして。リュカ・ランベールです」
「リュカ・・・ランベール」
ヒューゴは口の中で俺の名前を転がすようにつぶやくと、ごくりと唾を飲み込んだ。
まるで、その名は飲み込むと死んでしまう毒薬であるかのように。
「俺・・・私は、ヒューゴと申します。実は初めましてではありません。お久しぶりです、リュカ様。最後にお会いした時は、お母様のお産の場でした」
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