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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜
117 【リュカ】これからどうする?
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「ふうん?それで?」
ネルがパンのかけらを口に放り込みながらたずねた。
「まあ、たいしたことは思い出さなかったんだけど、兄と閣下の仲が悪くなったのは、兄が閣下を蹴ってからかな、と思い出したんだ」
「蹴った?公爵様を!?」
ネルは口からパンが飛び出しそうになり、慌てて口元を押さえた。
「あ、ありえないでしょ。だって、公爵様よ?それに、今まで一度もそんなことされたことないだろうし・・・」
「まあ、父は武人だからどうかな。案外平気なのかと思っていたけど、でも、そうでもないのかな。もともと、家族の縁は薄かったから・・・」
「貴族なんてそんなもんよね」ネルはため息をついた。
「うちだって似たようなもんよ。ねえさまは私をかわいがってくださったけど、父も母も領地やら社交やらでいそがしくてほとんど相手をしてもらったことなんてなかったし」
「そうか、そんなもんか。俺は幼い頃は自分を平民だと思っていたし、母は閣下・・・父にあてる時間以外の時間は全て俺たちに当ててくれていたから、よくわからないんだよな。社交に出かけたこともないし」
「それは、貴族としてはかなり変わっているわよね」
「没落貴族だから、そんなもんだろ」
「まあ、それはともかく。他に思い出したことはないの?」
「父が何かに夢中になるとしたら、母のこと以外は思いつかないって程度かな」
「ふうん」
「でも、母はお産の事故で亡くなったし、いまだに閣下は母に執着しているんだよな。俺が閣下に酒を注ぎに行っていたのも、俺を母だと思い込もうとして、酒のつまみにしていただけだ」
「なんか・・・かなりゆがんでいるのね。公爵様は再婚なさらないの?」
「再婚はする気がなさそうだな。ただ、愛人がいた。いつも閣下が酒を2杯飲んだら、俺は愛人と交代して・・・閣下は愛人と・・・まあ、アレをしていた」
「あ、そう」
そっけなく返したネルの頬は真っ赤に染まっていた。
「そういえば」俺は思い出した。「あの日は交代要員の愛人がいなかったんだよ。それに、閣下はいつも以上に変だった」
「変?」
「そう。俺のことを母を思い込んでいたようだった。寝室に行かせようとしたら・・・そうだ、その時初めて、おれがリュカだって気がついたんだ・・・そして、その後・・・ああ。」俺は頭を抱え込んだ。思い出すだけでガンガンと頭痛がした。
「言わなくていい」ネルが背中をとんとんと叩いてくれた。そうだ、ここにはともだちのネルしかいない。だから、大丈夫だ。俺を害する人間はいない。
「ごめん」
「ううん」ネルは優しい瞳で俺をみつめ、首を振った。
「あいつは二度と戻ってこないって・・・兄は二度と戻ってこないって言った」
「公爵様が?跡取りのマティアス様のことを?まさか、そんなことあるの?」
「そうだよな。変だよ。兄の一日も早い帰還を願うのが普通じゃないか?」
ネルは大きくうなずいた。
「いろいろ聞いてみると、なんかしっくりこないのよね。まずは、なんでその日愛人さんがいなかったのかを聞いてみたらどうかしら?」
ネルがベルを鳴らした。
メイドに案内されて部屋に入ってきたヒルダは、下町のあの家にいた時よりも、雰囲気が柔らかくなっていた。
「なんせあの家では、物の位置を変えないように細心の注意を払わなければならなかったんですよ。閣下はいつおいでになるかわかりませんし、いらっしゃった時に物の位置が変わっていようものなら、お叱りを受けますからね。閣下が怒ると、それは恐ろしくて・・・」
俺とネルは目を見合わせた。
「まあ、大変だったな。でも、あの家は母がいた時のままで懐かしかったよ。ありがとう。それに、あの時閣下を止めてくれたのはヒルダだよな。ヒルダのおかげで多分被害は最小限で済んだんだと思うよ。感謝してる」
「坊ちゃん・・・おかわいそうに。お父様にあんなこと・・・でも、閣下は自分以外は虫ケラだと思っているんだから、仕方ありませんよ。犬に噛まれたと思ってお忘れください」
長い付き合いからか、ヒルダはしんらつだった。しかも、よくわかっている。
「うん。でも、本当にありがとう。お前が母の名を出してくれなかったら、きっともっとひどいことになっただろう」
「坊ちゃん・・・閣下はあれでも、奥様のことは愛していらっしゃったんです。ただ、愛し方がわからないと言うか、不器用な方なんだろうと思ってましたよ。お貴族様なんてそんなもんなんですかね」
「そうか。俺にはわからないよ」
「あたしもです」
「それでだ。あの日、閣下の様子がおかしかった理由を教えてもらえないか?」
ネルがパンのかけらを口に放り込みながらたずねた。
「まあ、たいしたことは思い出さなかったんだけど、兄と閣下の仲が悪くなったのは、兄が閣下を蹴ってからかな、と思い出したんだ」
「蹴った?公爵様を!?」
ネルは口からパンが飛び出しそうになり、慌てて口元を押さえた。
「あ、ありえないでしょ。だって、公爵様よ?それに、今まで一度もそんなことされたことないだろうし・・・」
「まあ、父は武人だからどうかな。案外平気なのかと思っていたけど、でも、そうでもないのかな。もともと、家族の縁は薄かったから・・・」
「貴族なんてそんなもんよね」ネルはため息をついた。
「うちだって似たようなもんよ。ねえさまは私をかわいがってくださったけど、父も母も領地やら社交やらでいそがしくてほとんど相手をしてもらったことなんてなかったし」
「そうか、そんなもんか。俺は幼い頃は自分を平民だと思っていたし、母は閣下・・・父にあてる時間以外の時間は全て俺たちに当ててくれていたから、よくわからないんだよな。社交に出かけたこともないし」
「それは、貴族としてはかなり変わっているわよね」
「没落貴族だから、そんなもんだろ」
「まあ、それはともかく。他に思い出したことはないの?」
「父が何かに夢中になるとしたら、母のこと以外は思いつかないって程度かな」
「ふうん」
「でも、母はお産の事故で亡くなったし、いまだに閣下は母に執着しているんだよな。俺が閣下に酒を注ぎに行っていたのも、俺を母だと思い込もうとして、酒のつまみにしていただけだ」
「なんか・・・かなりゆがんでいるのね。公爵様は再婚なさらないの?」
「再婚はする気がなさそうだな。ただ、愛人がいた。いつも閣下が酒を2杯飲んだら、俺は愛人と交代して・・・閣下は愛人と・・・まあ、アレをしていた」
「あ、そう」
そっけなく返したネルの頬は真っ赤に染まっていた。
「そういえば」俺は思い出した。「あの日は交代要員の愛人がいなかったんだよ。それに、閣下はいつも以上に変だった」
「変?」
「そう。俺のことを母を思い込んでいたようだった。寝室に行かせようとしたら・・・そうだ、その時初めて、おれがリュカだって気がついたんだ・・・そして、その後・・・ああ。」俺は頭を抱え込んだ。思い出すだけでガンガンと頭痛がした。
「言わなくていい」ネルが背中をとんとんと叩いてくれた。そうだ、ここにはともだちのネルしかいない。だから、大丈夫だ。俺を害する人間はいない。
「ごめん」
「ううん」ネルは優しい瞳で俺をみつめ、首を振った。
「あいつは二度と戻ってこないって・・・兄は二度と戻ってこないって言った」
「公爵様が?跡取りのマティアス様のことを?まさか、そんなことあるの?」
「そうだよな。変だよ。兄の一日も早い帰還を願うのが普通じゃないか?」
ネルは大きくうなずいた。
「いろいろ聞いてみると、なんかしっくりこないのよね。まずは、なんでその日愛人さんがいなかったのかを聞いてみたらどうかしら?」
ネルがベルを鳴らした。
メイドに案内されて部屋に入ってきたヒルダは、下町のあの家にいた時よりも、雰囲気が柔らかくなっていた。
「なんせあの家では、物の位置を変えないように細心の注意を払わなければならなかったんですよ。閣下はいつおいでになるかわかりませんし、いらっしゃった時に物の位置が変わっていようものなら、お叱りを受けますからね。閣下が怒ると、それは恐ろしくて・・・」
俺とネルは目を見合わせた。
「まあ、大変だったな。でも、あの家は母がいた時のままで懐かしかったよ。ありがとう。それに、あの時閣下を止めてくれたのはヒルダだよな。ヒルダのおかげで多分被害は最小限で済んだんだと思うよ。感謝してる」
「坊ちゃん・・・おかわいそうに。お父様にあんなこと・・・でも、閣下は自分以外は虫ケラだと思っているんだから、仕方ありませんよ。犬に噛まれたと思ってお忘れください」
長い付き合いからか、ヒルダはしんらつだった。しかも、よくわかっている。
「うん。でも、本当にありがとう。お前が母の名を出してくれなかったら、きっともっとひどいことになっただろう」
「坊ちゃん・・・閣下はあれでも、奥様のことは愛していらっしゃったんです。ただ、愛し方がわからないと言うか、不器用な方なんだろうと思ってましたよ。お貴族様なんてそんなもんなんですかね」
「そうか。俺にはわからないよ」
「あたしもです」
「それでだ。あの日、閣下の様子がおかしかった理由を教えてもらえないか?」
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