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第四幕〜終わりの始まり〜

211 【リュカ】邪魔者

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小さなため息とともに兄は部屋を出ていった。

(なんだよ。もっと粘ってもいいだろ)

八つ当たりのように思ったが、出ていけと態度で示したのは俺だ。
それなのに腹が立つ。理不尽だとは分かっているが止まらなかった。

(明日来たら文句を言ってやる)

だが、俺は兄の律儀さを甘く見ていた。
毎日俺を訪れていた、という兄は、それきり来なくなった。

(そうかよ。そうだと思ったよ。会いたくないよな?俺みたいな厄介者には。)

ひねくれたことを考えても、本当はさみしさと不安ではち切れそうだった。
俺を診た医者は、こんなに衰弱した患者は見たことがないと目をむいた。
長い監禁生活とその前の寝たきりの生活は俺の身体をむしばみ、まともな生活が送れないほど弱っていた。
筋力も衰えているし、すぐに息切れする。そもそも体に無駄な贅肉がついていなかったし、運動が好きだったわけでもない。

「お年の割には・・・」と言った医者の顔はひきつっていた。

若いくせに年寄り程度の体力しかないってことかな。
医者は、やつれきった俺にたっぷりの食事と筋力強化のための運動を厳命した。
それから2週間。やっと、普通の生活に戻る許可が出たところだ。
「普通に」生活していれば、時間はかかるがもとに戻ると。ご年齢相当に。

頭がはっきりすると、状況が少しずつ見えはじめた。
屋敷の中は無駄なく管理され、使用人たちは皆兄を尊敬しているようだ。
そこかしこで兄を称賛する声が聞こえ、イネスの話をする時は声がひそめられていた。使用人たちは皆糊の効いたお仕着せを着て、活き活きと働いていた。
こんなに評判のいい兄さんが弟と情事にふけってるなんてバレたら・・・

「にいさ・・・いや、閣下はお忙しいのかな」

メイドに聞くと、話好きなメイドは嬉しそうに目を輝かせた。

「そうなんですよ!うちの閣下はものすごく優秀な領主だって評判なんです。高位貴族なのに、毅然としてはいらっしゃいますけど、お屋敷はとても働きやすいんです。それに、戦争の英雄だし、王家の方々からも信頼が厚くて、未来の宰相にとも言われているんですって!全部噂ですけどね」メイドは舌を出した。
「でも、奥様とのご縁は薄かったみたいで・・・奥様は保養に行かれて、もう戻らないってみんな言ってます。まあ、今までも仲があまりよろしくなかったので、閣下はなんとも思ってないんじゃないかって評判ですけどね」
イネスに抑圧されていたのか、メイドはイネスがいないことを喜んでいるようだ。
「へえ」
適当に相槌を打つ。兄はそんなに優秀なんだ。寝る時間もないほど忙しいだろうに、俺のところに毎日来て情事にふけってたんだ。それをどう捉えたらいいのか。ただ、兄は・・・絶倫だったと思う。女だけじゃ満足できなくて俺のところまで来ていたってことなんだろう。

そう思いながらも、時折疲れた表情を見せていた兄のことを思い出す。
だれか、兄さんをいやしてやってくれよ。
・・・ミラがいるか。

「その・・・愛妾がいるんだろ?」
「ああ、ミラ様ですね!ミラ様はご身分があまり高くないせいか、気さくな方と評判です。でもまた妊娠なさったとかで、ベネディクト様が大喜びなさっています」
「あっ、そう」

あっさりと撃沈した。
兄には俺なんかいらない。
不仲の妻は出ていって、愛人が子を産んでくれる。まさか、ミラのことを閣下が母を愛していたように愛してるわけではないだろうな?
ぎりぎりとえぐれるように胸が痛んだ。
なにも、俺の恋人を愛人にすることはないだろう?顔が思い浮かぶ分、つらい。

もう、どうにもならないんだな。
潮時だ。

「ベネディクトを呼んでくれ」

俺は、ソファーに深々と身を沈め、目を閉じた。
どうか、俺に勇気を。
かあちゃん、助けてくれ。
・・・そう願ったが、かあちゃんはあまりあてにはならなそうだ。


*********************


「リュカ様、お久しぶりでございます」

久しぶりに会ったベネディクトの髪は真っ白に代わり、顔の皺が深くなっていた。
だが、怜悧な態度はそのままで、むしろ威厳をましたようにも思える。
部屋に入ると、深々と頭を下げ、自分が何を知っていたのかを態度で示した。

「ベネディクト。久しいな。会って聞きたかったことがある」俺はベネディクトの黒い目をじっと見つめた。「なぜ兄さんを止めなかったんだ」

言葉が棘を含んだ。

「申し訳ありませんでした。ただ、閣下はお寂しかったんだと思います」
「意味がわからない。寂しいと監禁するのかよ。おれがあいつに何されてたのか知ってたんだろ」
「・・・」

うつ向いたまま、何も言わないその態度で、ベネディクトは全て知っているとつたえていた。
そりゃ、ベネディクトには、兄を止めることは出来ない。だが、兄が道を外れたら諫めることができるのは、ベネディクトしかいないんだから。

「兄上にお子が産まれたと聞いた。それに、愛人が二人目の子を身ごもっている、ともな。せっかく順風満帆なんだ、俺が邪魔するわけにはいかないだろ」

平気なふりをしていたが、そう言いながら泣きそうになった。
だって本当のことだから。俺は、今や完全なる邪魔者だ。いてはならない存在。公爵の男色相手の実の弟。スキャンダル以外の何物でもない。

「俺は・・・どうしたらいいんだ?」

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