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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜
115 【リュカ】過去をおもいだす
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「ま、とにかく!寝ましょ」
ネルは俺の背中を軽く叩くと、ソファーに寝転び、毛布をかけた。
「俺が、そっちで寝る」さすがに女の子をソファに寝かせて俺がベッドに寝るのは・・・
「いいから!病人は早く寝る!」
そういうと、小さくいびきをかくふりをした。
「おいおい」俺が呆れ声を出すと、ネルは片目だけ俺を見た。「気になるのはわかるけど。また明日」そうとだけいうと、今度は本当に眠ってしまったらしい。
すぐに規則的な寝息が聞こえてきた。
俺はまんじりともせずに、天井をながめていた。
いつの頃からか、兄に避けられるようになった。
幼い頃は、互いに貪るようにキスをした。なんの遠慮もなかった。ただただ好きでたまらなかった。キスも、兄も。
いつから俺たちの間には深い溝ができたのだろう。
兄とイネス。考えただけでキリキリと胸が痛んだ。
兄のそばにいたい。
でもつらい。
それに父。
いつから兄と父の仲が悪くなったのだろう。険悪な・・・まるで憎んでいるとでもいうような。
かつて閣下は兄に対して、悪い感情を持ってはいなかったと思う。関心がそれほどあったわけではないが、自分の後継者として、信頼していたように思う。
二人の関係が変わったのは・・・
あのとき?
俺が閣下に襲われそうになって、兄が閣下を蹴り飛ばした、あのときから?
閣下は兄を恨んでいるのか?蹴ったから?足蹴にしたから?
プライドの高い閣下ならあるのかもしれない。
でも、だとしたら、ふたりが険悪になったのは俺のせい?
俺のせい、なのか?
すっかり目が冴えた。
遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる。
窓を両手で開き、冷たい空気を取り込むと、ネルが「ううん」と寝返りをうった。起こしてしまったのかもしれないと、慌てて窓を閉める。
いや、それとも、ちがうのかな。何か行き違いがあったんだろうか。
やっぱり俺のせい?
でも俺は父にとっては何の価値もない存在だ。俺ごときのことで閣下が感情を揺さぶられるなんてことがあるんだろうか。
いや、考えられない。俺は首を振った。
閣下にとって価値があるのは、公爵家。それから当然王家にも忠誠を尽くしているだろう。領地、領民、後継者。それから・・・母?
母?
何かがちくりとひっかかった。だけど母は死んだ。お産の事故だった。そういえば、閣下が家に来たとき、一番下の弟を殺してしまうのではないかとひやひやした。そうだ、母のためなら、閣下は簡単に人を殺すだろう。
愛していたのかどうかはわからないが、そういうところはあった。うん、間違いない。
じゃあ、母?
でも、もう死んでるんだから母は何もできないし。
俺たち兄弟は、閣下にとって虫けら同然。
まあ、自分に似ているローズとシモンには少しは情があるみたいだけど。
うーん。
思いつくのは兄が閣下を蹴ったことと、母に執着していたことぐらい?
そうだ、そういえば兄は言った。
「これはわたしのものです」
あのとき。閣下が錯乱して俺を襲ったとき。兄は閣下に言った。
そう、はっきりと。
閣下は何て言ったんだっけ・・・怖くてよくおぼえていない。ただ、兄が助けに来てくれて、うれしかった。兄が、「大切にしている弟だ」と閣下に言った言葉はよく覚えている。
耳の奥でなんども、天使のラッパみたいに響き渡っていたから。
閣下は何て言ったんだっけ・・・覚えてない。でも、その後兄が烈火のごとく怒っていたことだけは鮮明に覚えている。閣下に触られた俺はきたなくて、兄を怒らせてしまったとおびえていた。
でも、そのあときれいにあらったら、にいちゃんはキスしてくれて・・・そのあと、そうだ、死んでもいい、って思ったんだ。
暗闇のなか、自分の頬が赤らんできているのがわかる。
あー、俺って進歩してないな。いまだに似たようなこと言ってるんだから。
ああ、そうだ。
おさなかったあの日。俺のなかで熱く渦を巻いていたのは、どうしようもないほどの劣情だった。
兄に気づかれなかったならいいけれど。
襟元をあおぎ、冷たい空気を入れた。
そんなことより、考えないと。
ああ、でも、これ以上何も考えられない。
俺はベッドに戻り、布団にくるまった。
遠い空の下、兄さんが安らかに眠れていますように。
眠っている間、俺のかけらがにいさんのそばにいけたらいいな。せめて夢のなかでも。
ネルは俺の背中を軽く叩くと、ソファーに寝転び、毛布をかけた。
「俺が、そっちで寝る」さすがに女の子をソファに寝かせて俺がベッドに寝るのは・・・
「いいから!病人は早く寝る!」
そういうと、小さくいびきをかくふりをした。
「おいおい」俺が呆れ声を出すと、ネルは片目だけ俺を見た。「気になるのはわかるけど。また明日」そうとだけいうと、今度は本当に眠ってしまったらしい。
すぐに規則的な寝息が聞こえてきた。
俺はまんじりともせずに、天井をながめていた。
いつの頃からか、兄に避けられるようになった。
幼い頃は、互いに貪るようにキスをした。なんの遠慮もなかった。ただただ好きでたまらなかった。キスも、兄も。
いつから俺たちの間には深い溝ができたのだろう。
兄とイネス。考えただけでキリキリと胸が痛んだ。
兄のそばにいたい。
でもつらい。
それに父。
いつから兄と父の仲が悪くなったのだろう。険悪な・・・まるで憎んでいるとでもいうような。
かつて閣下は兄に対して、悪い感情を持ってはいなかったと思う。関心がそれほどあったわけではないが、自分の後継者として、信頼していたように思う。
二人の関係が変わったのは・・・
あのとき?
俺が閣下に襲われそうになって、兄が閣下を蹴り飛ばした、あのときから?
閣下は兄を恨んでいるのか?蹴ったから?足蹴にしたから?
プライドの高い閣下ならあるのかもしれない。
でも、だとしたら、ふたりが険悪になったのは俺のせい?
俺のせい、なのか?
すっかり目が冴えた。
遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる。
窓を両手で開き、冷たい空気を取り込むと、ネルが「ううん」と寝返りをうった。起こしてしまったのかもしれないと、慌てて窓を閉める。
いや、それとも、ちがうのかな。何か行き違いがあったんだろうか。
やっぱり俺のせい?
でも俺は父にとっては何の価値もない存在だ。俺ごときのことで閣下が感情を揺さぶられるなんてことがあるんだろうか。
いや、考えられない。俺は首を振った。
閣下にとって価値があるのは、公爵家。それから当然王家にも忠誠を尽くしているだろう。領地、領民、後継者。それから・・・母?
母?
何かがちくりとひっかかった。だけど母は死んだ。お産の事故だった。そういえば、閣下が家に来たとき、一番下の弟を殺してしまうのではないかとひやひやした。そうだ、母のためなら、閣下は簡単に人を殺すだろう。
愛していたのかどうかはわからないが、そういうところはあった。うん、間違いない。
じゃあ、母?
でも、もう死んでるんだから母は何もできないし。
俺たち兄弟は、閣下にとって虫けら同然。
まあ、自分に似ているローズとシモンには少しは情があるみたいだけど。
うーん。
思いつくのは兄が閣下を蹴ったことと、母に執着していたことぐらい?
そうだ、そういえば兄は言った。
「これはわたしのものです」
あのとき。閣下が錯乱して俺を襲ったとき。兄は閣下に言った。
そう、はっきりと。
閣下は何て言ったんだっけ・・・怖くてよくおぼえていない。ただ、兄が助けに来てくれて、うれしかった。兄が、「大切にしている弟だ」と閣下に言った言葉はよく覚えている。
耳の奥でなんども、天使のラッパみたいに響き渡っていたから。
閣下は何て言ったんだっけ・・・覚えてない。でも、その後兄が烈火のごとく怒っていたことだけは鮮明に覚えている。閣下に触られた俺はきたなくて、兄を怒らせてしまったとおびえていた。
でも、そのあときれいにあらったら、にいちゃんはキスしてくれて・・・そのあと、そうだ、死んでもいい、って思ったんだ。
暗闇のなか、自分の頬が赤らんできているのがわかる。
あー、俺って進歩してないな。いまだに似たようなこと言ってるんだから。
ああ、そうだ。
おさなかったあの日。俺のなかで熱く渦を巻いていたのは、どうしようもないほどの劣情だった。
兄に気づかれなかったならいいけれど。
襟元をあおぎ、冷たい空気を入れた。
そんなことより、考えないと。
ああ、でも、これ以上何も考えられない。
俺はベッドに戻り、布団にくるまった。
遠い空の下、兄さんが安らかに眠れていますように。
眠っている間、俺のかけらがにいさんのそばにいけたらいいな。せめて夢のなかでも。
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