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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜

112 【リュカ】傷心

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暗闇の中。
どこにも明かりは見えない。
何もない空間。
なのに、何かがうごめいている。
その先にあるのは・・・真っ赤に焼けた熱い杭。

恐ろしいそれはだんだん近づいてくる。
はっきりと明確に、俺を害そうとする「それ」。

何人もの人間に手足を押さえつけられ、身動きが取れない。
口の中にも布のようなものを押し込まれ、声を立てることすらできない。

もがけばもがくほど、俺を押さえつける力は強くなっていく。
真っ赤に焼けた杭は近づけただけで、皮膚が焼けそうなほどの熱を感じる。
杭からはパチパチと焼ける音が聞こえ、四方に火花が散った。

身体中がすくみあがる。

やめろ、やめてくれ。
恐ろしさのあまり、涙がにじんで口が乾く。
もがいても、もがいても逃げられない。

無数の黒い手に足を広げられ、押さえつけられる。
「それ」の狙いは明らかだ。

(やめてくれ)

俺は必死で身をよじり、首を振った。

いやだ、いやだ、いやだ・・・

どれだけもがいても、杭は狙いを定め、どんどん近づいてくる。
とうとう、それが俺の後穴に当てられた。
息ができないほどの激しい痛み。
肉の焼ける音。
声にならない叫びが暗闇に吸い込まれた。
身を裂かれる激しい痛み。思考の何もかもを失った。

「やめろ!やめてくれ、やめろーーー!!!」

自分の叫び声で目が覚めた。

「リュカ、リュカ、今はもう安全よ。大丈夫だから。安心して、そばにいるから」

必死で俺をなだめようとする声が聞こえる。
優しい手が俺の額の汗を拭う。

「大丈夫だから、本当よ。あなたのこと、守るから。だから、安心して」

ぼんやりとして、誰がいるのかわからない。
ただ、優しい声と手の感触に誰かを思い出す。

(かあちゃん)

吸い込まれるように、眠りに落ちた。

次に目が覚めたのは、かすかな衣擦れの音。
たらいの水を絞る音。
ぼんやりと目を開けると、俺の額に冷たい布を当てようとしているローズがいた。

「兄ちゃん、目が覚めたの?」
「ここは?」
「下屋敷の兄ちゃんの部屋だよ。覚えてないの?」
「いや、全然」
「兄ちゃん、熱を出して寝込んでたんだよ。ひどい風邪だって」
「・・・そうか」
「みんな心配してたんだよ?」
「心配かけてすまなかったな」
「ううん、体調が悪い時はお互い様だって。兄ちゃんが目を覚ましたって、みんなに伝えてくるね」

妹は愛想よく笑うと、たらいを持って部屋から出て行った。
ベッドの中で体を起こそうと、身動きすると、あらぬところに激痛が走った。
ああ、やっぱり単なる風邪じゃないよな。
寝すぎてぼうっとした頭は、一瞬、本当に風邪じゃないかと夢を見た。
そんなはずないのにな。

(ああ、汚い)

俺はベッドに潜り込むと頭を抱えた。

ほとんど縁はないとはいえ、実の父に・・・なんてことだろう。
しかもあんな風に・・・
いや、あんな風でむしろ良かった。俺があいつから受けたのは、単なる暴力だ。
殴られたのと変わらない、単なる暴力だ。

なのに、なぜこんなに苦しくつらいんだろう。
起きてしまった全てを消して、その前に戻れたら、どれだけいいか。
何も望まない。
あのことが起きる前にもどれるなら、なんでも差し出すのに。

「う・・・ううう・・・」

うめくような泣き声がもれた。
誰にも見られたくない。誰にも知られたくない。誰にも気づかれたくない。

ドアが一度開くかすかな音がして、閉まった。
今は放っておいてほしい。

俺は泣き疲れるまで泣くと、いつの間にか、また眠りに落ちた。


次に目が覚めた時には、日が高く昇っていた。

「失礼します」

下屋敷の家令とともに中年の親切そうな男が俺に近寄ってきた。
男は、丁寧だがきっぱりとした口調で言った。

「医師のルーセルです。診察をさせていただいてもよろしいですか?」

いかにも職業的な淡々とした口調は、むしろ安心感を与えてくれた。

「お願いします」
「私と二人で大丈夫ですか?不安なら他の人にもいてもらいましょう」

他の人ってのは家令のことだろか。俺が首を横に振ると、家令はだまって部屋を出た。

「では、失礼いたします」

医師は俺の布団をめくると、下着を脱がし、俺の尻を診察した。
多分ガーゼか何かが当ててあったのだろう。何かをはがし、冷たいものが擦り付けられた。そして、軟膏を塗られ、新しいガーゼが当てられたのが分かった。

「傷は良くなっておりますよ、ご安心ください。しばらくは相当痛みが強いと思いますが」

俺は黙ってうなずいた。
この医者が何をどこまで知っているのかわからない。だが、喉に何か大きなものが詰まったような気がして、言葉が出なかった。

「必ず、回復しますから」

俺を励ますと、家令を部屋に呼び戻し、こまごまと指示を与え、医者は帰って行った。
頭を枕に預け、宙を見る。

何も考えたくない。
何も考えたくない。
そう、それしか考えられない。
何も考えないこと、ただ、それだけ。

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