兄さん、あんたの望みを教えてくれよ。

藍音

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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜

102 【リュカ】閣下との再会

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「それが・・・わからないのですよ。本当に。ほんの3日前までは、マティアス様の帰還をお待ちしていたのです。それなのに、突然、軍役が延長になったと王太子殿下の使者が訪れたのはつい昨日のことでして。理由を伺っても、公爵閣下はご存知だとお返しになりまして・・・」

ベネディクトが困り果てたように、額の汗をふいた。モノクルが汗でくもり、胸元のチーフでていねいに拭くと、また元の位置に戻した。
今日のような暑い日に引越しの手伝いをしてくれたんだ、汗もかくだろう。
しかし、いまベネディクトがかいている汗は、暑さゆえではない気がした。

「その・・・リュカ様ならお聞きできるかもしれません」

ベネディクトが俺を探るように見た。

「私は、使者が公爵閣下にお伝えにこられたその場に同席させていただきましたが、軍役は延長とするとおっしゃっただけで、いつまで、ともおっしゃられず。余人をもって代え難きとはそのとおりなのでしょうが、そうはいっても、公爵家にとっても代わりのない方なのです。万一のことがないとも言えません。どうか、早く軍役を解いていただき、公爵家に戻れるようお願いをしていただけないでしょうか」

「お・・・僕が?」

俺のようなものでもいいのだろうか。

「公爵様のお心を動かすことができるのは、リュカ様だけです。どうか、お願いできませんでしょうか」

兄には、公爵に近づくな、と言われていた。その危険が何を意味するのかも知っている。
だが、あの頃は母の代わりとして求められたが、俺はずいぶん成長したし、もう「女の代わり」扱いされるには年をとりすぎている。筋張った手足は明らかに男のものだ。柔らかい胸も尻もない。であれば、危険はもうないのではないか?
それに、閣下はローズを本当の娘として可愛がっていたと聞く。シモンのことも自分の子のように(自分の子だが)鍛錬を続けている。
でも、何よりも、俺の身よりも兄の安全の方が大切だった。

「閣下をお訪ねできるよう、手配をしてくれ」
「リュカ様、ありがとうございます。私も同席させていただきますので」

目の前で胸をなでおろすベネディクトを見ていると、不安が渦を巻き、胸の中が黒く疼いた。



久しぶりに本屋敷を訪れると、その壮麗さに圧倒された。
王都の一等地を占めているその屋敷は徒歩で訪れることはできない。
本来ならば、門番が厳しく用向きを確認する決まりとなっているが、今日はベネディクトが差し向けた公爵家の紋章入りの馬車に乗っていたため、一礼とともに、あっさりと通過を許可された。

うっそうとした木立を抜けると、三角や円筒形に剪定された街路樹が並ぶ広い道を通り抜け、音楽的なほど美しくリズムをもって整備された幾何学な庭にたどり着いた。

(そういえば、初めて来た時、ここが公爵家だってわからなかったんだよな)

幼かった俺は、公爵家がこれほどの強大な財力や権力を持っているとは知らなかった。
そんな俺をさげすむように見ていた家庭教師の冷たい視線を思い出した。

(あいつ・・・シモンの家庭教師もしているって聞いたけど、やっぱり相変わらず鞭で殴ってるのかな。本当に嫌な奴だった)

のちに、家庭教師は親戚筋の次男だと聞いた。家を継げず、大学校で研究を続ける道を選んだが、頼まれれば教師の真似事をしていた。俺にとってはあいつのぬるりとした蛇のような視線を思い出すだけでも、背筋が凍る相手だった。まあ、もう会うこともない。

完璧に整えられた庭園を抜け、ロータリーで馬車を降りると、ベネティクトのほかに、数人のメイドが俺を出迎えた。

(リュカ様よ)

ささやきをかわす女たちの姿は、かつては見られなかったものだ。女たちは俺を見ると、そわそわと隣にいるメイドを小突き、合図を送っているようだ。下賎な妾腹が来たとでも思っているのだろうか。
俺は、まゆをひそめ、嫌悪感を出さないように無表情をよそおった。

ホールは薄暗く、あちこちに美術品が置かれていた。裸の女や壺が何のために置かれているのかはわからないが、当主の趣味なんだろうか。まあ、いい。

閣下の書斎の扉をノックすると、分厚いオークの扉は小さく軋みながら内側に開いた。
ろうそくであかりをともす薄暗い廊下から、突然室内のまぶしい光が目を刺し、目が開けられない。

「久しぶりだな、リュカ」

ようやく目を開けると、閣下がびっしりと彫刻の施された重厚なマホガニーのデスクの奥で立ち上がっている姿が見えた。
思いもよらず、その声はやさしい。

「閣下、お久しぶりにございます」

頭を下げると、閣下がこちらに寄ってくる気配がした。

「親子ではないか。他人行儀な。父と呼べと言っただろう?」

そう言われても、閣下は父だったことなどない。強いて言えば、そう、庇護者?パトロン?そんな感じだ。だから俺もいつも礼儀正しく、接していたし、閣下もそう望んでいたはずだ。

「私のような者が」

俺が遠慮がちに答えると、閣下はそれ以上何も言わず、ソファーに向けて手を振った。

「それで、今日は何の用だ」

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