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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜
101 【リュカ】引越し
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まだ、夏が残る短い秋に、学園の寮は新入生を迎えるため、総入れ替えが行われる。
俺は高等部の寮に移動し、中等部の生徒に場所を空けてやらなくてはならない。俺が使っていた部屋にはシモンが入寮することになり、あっさりと同室者が決まった。
俺とは違って、金髪で閣下のお気に入りと噂されているシモンは私生児でも問題ないらしい。閣下が足繁くシモンの鍛錬のために下屋敷に通っていることは、高位貴族なら知っていて当然の常識となっているようだ。
すこし面白くないが、だが、弟が俺のようにさげすまれるよりいい。
俺といえば、相変わらずだった。
友達は、イヴァンとネルだけ。俺を通じてふたりが親しくなることはなかったが、どちらとも気のおけない付き合いが続いていた。
寮の入れ替えの時だけは、実家から使用人を呼ぶことが許され、実際には高位貴族の子弟は荷物を運んだりすることはない。
俺はこっそりと、兄にしたためた手紙をかばんに入れ、持ち出した。これだけは誰にも見られたくない。
本当は、兄に手紙を届けたかった。俺がどれだけ兄を好きか、兄に会いたいか。兄の身を案じていることを、伝えたかった。だが、それはできない。ベネディクトに頼めばたまには手紙を届けてくれたのかもしれない。
だが、兄に渡される手紙には全て軍の検閲が入ると聞き、諦めた。
弟から兄への恋文が他人に見られたらスキャンダルでしかない。だから、俺は兄への手紙を書き溜め、こっそりと隠していた。気が向いた時に書き続けた手紙は、100通をこえている。届かないとわかっている手紙には、俺の本音を書くことができた。だからこそ、絶対に誰にも見られたくない。
かばんにぎゅうぎゅうに詰め込まれた手紙は、その重さとともに、俺の未練そのものだった。
俺は、ベネディクトと下屋敷の家令がきびきびと使用人を指揮する邪魔にならないよう、重いカバンをぶら下げ、生徒たちが時間を潰している中庭に向かった。
まだ強い日差しと青々とした木々が、居座る夏の暑さを増幅させている。
木陰を探すが、生徒たちであふれかえっていた。どこにも座れそうなスペースはない。
その中には、使用人にパラソルをさしかけさせ、広々と場所をとってのんびりとお茶を楽しんでいるご令嬢も数人いた。ここでも身分制度は健在だった。
見まわすと木陰の奥からイヴァンが手を振った。
近寄ろうとしたとき、「リュカ」と声がかかった。パラソル族のひとりだ。
「イネス」
俺はイネスと距離をたもったまま、礼儀正しく頭を下げた。
あのダンスレッスンからずっとイネスと距離をたもち、絶対に人前以外でふたりきりにならないように気をつけていた。
「話があるんだけど」
「承ります」
「ここではちょっと・・・」
イネスは周りに目をむけ、他の生徒が聞き耳を立てていることを暗に示した。
おれは顔をしかめ、すこし考えた。ふたりきりにはなりたくない。
「だいじな話なの。マティアスのことで・・・」
イネスが小声でささやきかけた。兄のことならば聞かねばならない。
「イヴァンが同席しても?」
「いいわ」
そう言うと、イネスは侍女に一緒に来るように合図し、人気のない石造りの校舎の裏へともに移動した。
草いきれが青くにおい、虫が鳴いていた。
小さな虫がブーンと羽音を立て、俺に絡みついてくるのを手で払う。
イヴァンは俺たちの邪魔をしないように、無言で後ろから付いてきてくれた。
「リュカ」イネスの顔は真剣だった。相変わらず可愛らしい顔立ちだが、今日は俺に粉をかけるときのような、あざとさはない。
「マティアスが帰ってこないの」
「え?」
俺はイネスの言葉を聞き返した。このあいだベネディクトに聞いた時には、2年間の軍役を越え、近々戻ってくると聞いていた。それなのに?
「よくわからないのよ。なぜ戻ってこないのか、教えていただけないの。ベネディクトに聞いても言葉をにごすばかりで・・・ねえ、あなた聞いてくれない?弟なんだから、教えていただけるんじゃないの?」
イネスの話は思ったよりも、大切な話だった。
軍役の義務は2年間のはず。なぜ、兄は戻ってこられない?いや、戻る気がないのか?わからない。
それに、嫡男を長く軍務に取られたと、公爵家が抗議すればいいのでは?
一体何が起きているのかわからない。
だが、兄の安全に関わることだ。
「・・・教えていただけるかはわからないけど、聞いてみるよ」
頼まれなくても知りたい。俺が返事をすると、イネスは大きく頷いた。
俺は高等部の寮に移動し、中等部の生徒に場所を空けてやらなくてはならない。俺が使っていた部屋にはシモンが入寮することになり、あっさりと同室者が決まった。
俺とは違って、金髪で閣下のお気に入りと噂されているシモンは私生児でも問題ないらしい。閣下が足繁くシモンの鍛錬のために下屋敷に通っていることは、高位貴族なら知っていて当然の常識となっているようだ。
すこし面白くないが、だが、弟が俺のようにさげすまれるよりいい。
俺といえば、相変わらずだった。
友達は、イヴァンとネルだけ。俺を通じてふたりが親しくなることはなかったが、どちらとも気のおけない付き合いが続いていた。
寮の入れ替えの時だけは、実家から使用人を呼ぶことが許され、実際には高位貴族の子弟は荷物を運んだりすることはない。
俺はこっそりと、兄にしたためた手紙をかばんに入れ、持ち出した。これだけは誰にも見られたくない。
本当は、兄に手紙を届けたかった。俺がどれだけ兄を好きか、兄に会いたいか。兄の身を案じていることを、伝えたかった。だが、それはできない。ベネディクトに頼めばたまには手紙を届けてくれたのかもしれない。
だが、兄に渡される手紙には全て軍の検閲が入ると聞き、諦めた。
弟から兄への恋文が他人に見られたらスキャンダルでしかない。だから、俺は兄への手紙を書き溜め、こっそりと隠していた。気が向いた時に書き続けた手紙は、100通をこえている。届かないとわかっている手紙には、俺の本音を書くことができた。だからこそ、絶対に誰にも見られたくない。
かばんにぎゅうぎゅうに詰め込まれた手紙は、その重さとともに、俺の未練そのものだった。
俺は、ベネディクトと下屋敷の家令がきびきびと使用人を指揮する邪魔にならないよう、重いカバンをぶら下げ、生徒たちが時間を潰している中庭に向かった。
まだ強い日差しと青々とした木々が、居座る夏の暑さを増幅させている。
木陰を探すが、生徒たちであふれかえっていた。どこにも座れそうなスペースはない。
その中には、使用人にパラソルをさしかけさせ、広々と場所をとってのんびりとお茶を楽しんでいるご令嬢も数人いた。ここでも身分制度は健在だった。
見まわすと木陰の奥からイヴァンが手を振った。
近寄ろうとしたとき、「リュカ」と声がかかった。パラソル族のひとりだ。
「イネス」
俺はイネスと距離をたもったまま、礼儀正しく頭を下げた。
あのダンスレッスンからずっとイネスと距離をたもち、絶対に人前以外でふたりきりにならないように気をつけていた。
「話があるんだけど」
「承ります」
「ここではちょっと・・・」
イネスは周りに目をむけ、他の生徒が聞き耳を立てていることを暗に示した。
おれは顔をしかめ、すこし考えた。ふたりきりにはなりたくない。
「だいじな話なの。マティアスのことで・・・」
イネスが小声でささやきかけた。兄のことならば聞かねばならない。
「イヴァンが同席しても?」
「いいわ」
そう言うと、イネスは侍女に一緒に来るように合図し、人気のない石造りの校舎の裏へともに移動した。
草いきれが青くにおい、虫が鳴いていた。
小さな虫がブーンと羽音を立て、俺に絡みついてくるのを手で払う。
イヴァンは俺たちの邪魔をしないように、無言で後ろから付いてきてくれた。
「リュカ」イネスの顔は真剣だった。相変わらず可愛らしい顔立ちだが、今日は俺に粉をかけるときのような、あざとさはない。
「マティアスが帰ってこないの」
「え?」
俺はイネスの言葉を聞き返した。このあいだベネディクトに聞いた時には、2年間の軍役を越え、近々戻ってくると聞いていた。それなのに?
「よくわからないのよ。なぜ戻ってこないのか、教えていただけないの。ベネディクトに聞いても言葉をにごすばかりで・・・ねえ、あなた聞いてくれない?弟なんだから、教えていただけるんじゃないの?」
イネスの話は思ったよりも、大切な話だった。
軍役の義務は2年間のはず。なぜ、兄は戻ってこられない?いや、戻る気がないのか?わからない。
それに、嫡男を長く軍務に取られたと、公爵家が抗議すればいいのでは?
一体何が起きているのかわからない。
だが、兄の安全に関わることだ。
「・・・教えていただけるかはわからないけど、聞いてみるよ」
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