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第三幕〜空白の5年間 リュカ〜
97 【リュカ】閣下の訪問
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下屋敷の玄関ホールに、俺たちアディが産んだ6人兄弟が整列し、閣下のお出ましを待った。
本屋敷の壮麗で重厚な装飾とは違い、窓を大きく取り、明かりがさんさんとふりそそぐホールは、一般的な貴族の屋敷とはちがったおもむきをもっていた。
その床は、色違いの大理石でモザイク模様が作られ、中央には真紅の絨毯が敷かれていた。閣下をお迎えするために、新調したばかりの絨毯で、誰一人その絨毯の上に乗ることは許されていなかった。
最年長の俺を筆頭に妹、弟、妹、妹、そして最後の弟、と続く。
閣下は俺たちの名前すら覚えていないだろう。
一つ下のローズは14歳に、3つ下のシモンは12歳になったところだった。一番下は母が命を落とす原因となった弟で、その姿を見ただけで閣下の逆鱗に触れてしまうのではないかと、誰もが怯えていた。
閣下を乗せた馬車の音が聞こえ、全員背中に棒が入ったようにまっすぐにたち、お出ましを待つ。
到着を告げる声とともに、居並ぶ全員が頭を下げた。
ちらりと見えた閣下は、黒のコートに濃いグレーのベストとズボンを合わせたシンプルないでたちだった。
頭を下げた視線の先には閣下の磨かれた靴先が見えた。真新しい絨毯に気づきもせず、足を踏み入れると俺たちに声をかけた。
「出迎えご苦労」閣下の声は記憶にあるよりもしゃがれていた。
「ようこそおいでくださいました、閣下」
俺が一同を代表して頭を下げると、閣下は黙って頷いた。
ずいぶん、年をとった。
閣下を見たときの第一印象だ。
かつて、はつらつとしていた閣下は、母の死を境に、めっきりと年をとった。
深く刻まれた口元のしわと、かつて輝いていた金髪は白いものが大半になっていた。
よく見ると、首元のタイがゆがんでいる。おそらく、ベネディクトが直しても、すぐに自分で緩めてしまうのだろう。
酒を飲みすぎたのか、顔色は悪く、肌はざらついていた。
手は震えていないが、うつろな目がホールを見回すと、不安が胸に落ちる。
「父に気をつけろ」
兄がベネディクトに告げた言葉を思い出す。
今の閣下は刺激したら爆発してしまいそうな危うさをはらんでいた。
「リュカでございます。閣下の海よりも深い温情を頂きまして、ただいま学園中等部2年に在籍しております。もうすぐ、3年に進級いたします。弟妹をご紹介させていただいてもよろしいでしょうか。」
閣下が目で促したので、弟妹を順に紹介していく。
「皆、閣下のお慈悲を頂きまして、こちらのお屋敷で何不自由なく生活させていただいております。また、家庭教師もつけていただき、公爵家のお役に立てるよう研鑽を積んでいるところでございます。ローズ」
ローズが一歩前に出て、両膝を折って挨拶する。
「14歳になりました。シモン」
ローズが下がり、シモンが一歩前に出る。
「12歳になりました。剣術の稽古もさせていただいております。クロエ」
次の妹が前に出て、両膝を折った。
「9歳になりました・・・」
最後に、3歳の母の死の原因となった弟を紹介したとき、閣下の目が一瞬見開かれ、そして、そらされた。
まだ、幼い弟は乳母に手をひかれ、緊張した表情で閣下を見つめていた。
その瞳の色は、母と同じ、若草色だった。
閣下は兄弟全員の紹介を静かに聞き、一人ひとりに一度は目を留めた。これまでになかったことだ。
そして最後に俺に視線を向けると、何も言わず、ベネディクトを伴い応接室に向かって行った。
「閣下は何しにいらしたのかしら」
閣下が去り、一気に緩んだホールでローズが聞いてきた。
「さあ?」
「もしかして、私に婚約者を探してくださるとか?」
ローズが頬を赤らめた。
確かに、そういうことがあってもおかしくない。
ローズは14歳。16歳になれば貴族の令嬢の適齢期が始まる。
良いご縁がいただければいいのだが。
願わくば私生児と見下さない家の方だったらいい。
「もしかして、俺を学園に行かせてくださるのかな」
シモンもワクワクしたように言いだした。
目をきらめかせ、期待に胸をふくらませている姿を見ると、学園に行って、私生児と差別される未来があるとはまだ知らせたくない。
「そうだな」
気の無い返事を返すと、ふたりは不満そうに頬をふくらませた。
閣下はその日、俺たちとは一言も交わさず、茶を一杯飲むと本屋敷に戻って行った。
「閣下って、口の重い方なんだね」
「一体何しに来たんだろう」
「閣下って俺たちのお父様って本当?」
「でも、似てたよね」
口々に思ったことを言ったが、結局閣下の訪問の目的がわからない。
そもそも、俺たちの誰が誰だか絶対覚えていないだろう。
俺たちは目を見合わせ、首を傾げた。
妹の婚約と弟の学園進学がベネディクトから告げられたのは、ひと月後のことだった。
本屋敷の壮麗で重厚な装飾とは違い、窓を大きく取り、明かりがさんさんとふりそそぐホールは、一般的な貴族の屋敷とはちがったおもむきをもっていた。
その床は、色違いの大理石でモザイク模様が作られ、中央には真紅の絨毯が敷かれていた。閣下をお迎えするために、新調したばかりの絨毯で、誰一人その絨毯の上に乗ることは許されていなかった。
最年長の俺を筆頭に妹、弟、妹、妹、そして最後の弟、と続く。
閣下は俺たちの名前すら覚えていないだろう。
一つ下のローズは14歳に、3つ下のシモンは12歳になったところだった。一番下は母が命を落とす原因となった弟で、その姿を見ただけで閣下の逆鱗に触れてしまうのではないかと、誰もが怯えていた。
閣下を乗せた馬車の音が聞こえ、全員背中に棒が入ったようにまっすぐにたち、お出ましを待つ。
到着を告げる声とともに、居並ぶ全員が頭を下げた。
ちらりと見えた閣下は、黒のコートに濃いグレーのベストとズボンを合わせたシンプルないでたちだった。
頭を下げた視線の先には閣下の磨かれた靴先が見えた。真新しい絨毯に気づきもせず、足を踏み入れると俺たちに声をかけた。
「出迎えご苦労」閣下の声は記憶にあるよりもしゃがれていた。
「ようこそおいでくださいました、閣下」
俺が一同を代表して頭を下げると、閣下は黙って頷いた。
ずいぶん、年をとった。
閣下を見たときの第一印象だ。
かつて、はつらつとしていた閣下は、母の死を境に、めっきりと年をとった。
深く刻まれた口元のしわと、かつて輝いていた金髪は白いものが大半になっていた。
よく見ると、首元のタイがゆがんでいる。おそらく、ベネディクトが直しても、すぐに自分で緩めてしまうのだろう。
酒を飲みすぎたのか、顔色は悪く、肌はざらついていた。
手は震えていないが、うつろな目がホールを見回すと、不安が胸に落ちる。
「父に気をつけろ」
兄がベネディクトに告げた言葉を思い出す。
今の閣下は刺激したら爆発してしまいそうな危うさをはらんでいた。
「リュカでございます。閣下の海よりも深い温情を頂きまして、ただいま学園中等部2年に在籍しております。もうすぐ、3年に進級いたします。弟妹をご紹介させていただいてもよろしいでしょうか。」
閣下が目で促したので、弟妹を順に紹介していく。
「皆、閣下のお慈悲を頂きまして、こちらのお屋敷で何不自由なく生活させていただいております。また、家庭教師もつけていただき、公爵家のお役に立てるよう研鑽を積んでいるところでございます。ローズ」
ローズが一歩前に出て、両膝を折って挨拶する。
「14歳になりました。シモン」
ローズが下がり、シモンが一歩前に出る。
「12歳になりました。剣術の稽古もさせていただいております。クロエ」
次の妹が前に出て、両膝を折った。
「9歳になりました・・・」
最後に、3歳の母の死の原因となった弟を紹介したとき、閣下の目が一瞬見開かれ、そして、そらされた。
まだ、幼い弟は乳母に手をひかれ、緊張した表情で閣下を見つめていた。
その瞳の色は、母と同じ、若草色だった。
閣下は兄弟全員の紹介を静かに聞き、一人ひとりに一度は目を留めた。これまでになかったことだ。
そして最後に俺に視線を向けると、何も言わず、ベネディクトを伴い応接室に向かって行った。
「閣下は何しにいらしたのかしら」
閣下が去り、一気に緩んだホールでローズが聞いてきた。
「さあ?」
「もしかして、私に婚約者を探してくださるとか?」
ローズが頬を赤らめた。
確かに、そういうことがあってもおかしくない。
ローズは14歳。16歳になれば貴族の令嬢の適齢期が始まる。
良いご縁がいただければいいのだが。
願わくば私生児と見下さない家の方だったらいい。
「もしかして、俺を学園に行かせてくださるのかな」
シモンもワクワクしたように言いだした。
目をきらめかせ、期待に胸をふくらませている姿を見ると、学園に行って、私生児と差別される未来があるとはまだ知らせたくない。
「そうだな」
気の無い返事を返すと、ふたりは不満そうに頬をふくらませた。
閣下はその日、俺たちとは一言も交わさず、茶を一杯飲むと本屋敷に戻って行った。
「閣下って、口の重い方なんだね」
「一体何しに来たんだろう」
「閣下って俺たちのお父様って本当?」
「でも、似てたよね」
口々に思ったことを言ったが、結局閣下の訪問の目的がわからない。
そもそも、俺たちの誰が誰だか絶対覚えていないだろう。
俺たちは目を見合わせ、首を傾げた。
妹の婚約と弟の学園進学がベネディクトから告げられたのは、ひと月後のことだった。
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