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第四幕〜終わりの始まり〜
175 【マティアス】動かぬ証拠
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夜半すぎ、気を使ったイヴァンがやってきて、部屋に追いやられた。
「俺、少し寝たので大丈夫です。公爵様ひとりにリュカの看護をさせたって親父にバレたら勘当ものです」
その気遣いが温かい。
「ありがとう」リュカはずっと静かに眠っている。急変はないだろう。
イヴァンにうなずくと、リュカの部屋に行った。
先程風呂を借りた時は随分と動揺していたから、ろくに部屋を見もしなかった。
なぜなら、かつて私もこの部屋を使っていたから、身体が覚えていた。
すこし冷静になると、古びた学生寮の匂いすらなつかしく思えた。
(リュカのベッドは・・・こっちか)
不用意に腰を降ろしたが、リュカの素行を思い出し、口元がゆがんだ。
そんなベッドで眠れるわけがない。
私は立ち上がり、リュカの机に手をはわせた。
(懐かしいな)
木製の磨き込まれた机は長年使用され、学生たちの汗と涙がしみ込んでいた。そして大量の手垢も。
私も毎日この机で勉強し、屋敷に残したリュカに心を馳せ、そして届けられなかった手紙を書いた。
(手紙・・・)
そういえば、秘密の隠し場所があったんだった。
私はいつもリュカに手紙を書くと、秘密の隠し場所にしまっておいた。
数日すると破り捨てたが、すぐに破るには胸が痛かったから。
机の後ろにある隠し扉。誰が作ったのかも今ではわからないが、代々この部屋を引き継ぐ時に、前の使用者に秘密の隠し場所を教えてもらう。
おそらくリュカも使っているだろう。
ただの感傷的な思い出を確認したいだけだった。
どれほど前からリュカを愛していたか。リュカだけが私の愛の対象で、ずっと愛を囁くことすら自分に禁じていた。
懐かしい思いから隠し扉に手を触れた。
本当に、それだけだった。リュカの秘密を暴く気など、さらさらなかった。
壁紙の継ぎ目をたどり、ちいさな突起を押す。
(そうだ、こうやって開けるんだった)
長いこと思い出しもしないのに、身体が勝手に動いた。
扉は音もなく開き、中から大量の手紙があふれ出た。
(まずい)
リュカの秘密を暴く気はなかった。
神に誓ってもいい。本当に、なかった。
無防備過ぎた私を罰するように手紙の宛先が目に入った。
”愛しいリュカ”
どきりと胸が鳴る。
見てはいけない・・・だが、見てしまった。
魅せられたように手紙に手を伸ばし、拾い上げる。
(やめろ、見るな)
どこかから声が聞こえ、不穏な予感に首筋がチリチリした。
(まさか・・・嘘であってくれ)
願いながら封筒から手紙を取り出すと、そのおもてには、”あなたのイネス”とあった。
”愛をこめて”とも。
息を飲む。
耳の奥がズキズキと痛み始めた。
何通あるのか一目ではわからない。だが、古いものから新しいものまであり、ゆうに100通は超えていた。
「いつもあなたを愛しています」
「私達の愛を守るため、あまり手紙を書いてはいけないとあなたは言うけれど、心はとまることができません」
「マティアスとあなたは違う。」
「あの夜、あなたの腕に抱かれ、私は愛されることがどういうことなのか知りました」
「マティアスに言って」
「あなたにいただいたこころは、マティアスのくれる黄金よりも光り輝いています」
「私と結婚したいと言ってくれて、天にも昇る心地です。私、悪い女なのかしら」
「あなたの腕に抱かれた夜を思い出しながら眠りにつきます」
「気にしなくていいと言ってくれても、やっぱりマティアスに申し訳なく・・・」
どれも似たような、イネスの言葉が綴られていた。
だが、紛れもないふたりの裏切りの証拠がここにあった。
リュカは戦地の私に1通も手紙をよこさなかった。
その間、イネスと文を交わし、愛し合っていた・・・
足元にバラバラとイネスからの手紙が落ちた。
子どもができたのは、ふたりが愛し合った結果だったのだ。ふたりは結婚しようと考えていた・・・
なぜ・・・
なら、なぜ。
なぜ私に抱かれた?いや、無理やりではなかった。お前は私を煽り、全身で私が欲しいと伝えてきたではないか。
なぜ?
イネスがほしいのなら正直にそういえばよかった。
お前が本当にイネスと結婚したいのなら、少し時間をあければ結婚することもできなかったわけではない。
公爵家には所領も爵位もある。リュカの実家の男爵を継がせることだってできた。
なぜ、私をここまで打ちのめす?それほど憎んでいたのか?
今やレアンドル公爵として、立派に立っているはずの私は、ボロボロに崩れ落ちていた。
私に最も近いふたりが、簡単に、長年に渡り欺いていたのだ。
馬鹿にしていたのだろう。嘲笑っていたのだろう。
いつか必ず、リュカと幸せになれると思っていた私のことを。
その手紙の存在は、二人の背信行為が昨日今日のものでは無いと物語っていた。
ふたりの行為は過ちではなかったのか。
手紙を見るまでは、愚かな私はまだ期待していた。
この、動かしがたい証拠を突きつけられるまでは。
子を作るためには一度の逢瀬で十分だと。
たったいちどの間違いで子はできるものだと。
リュカは本当は私を愛しているのだと・・・そう、思っていたのだ。
(残酷だ)
私の心の奥で、何かが死んだ。
「俺、少し寝たので大丈夫です。公爵様ひとりにリュカの看護をさせたって親父にバレたら勘当ものです」
その気遣いが温かい。
「ありがとう」リュカはずっと静かに眠っている。急変はないだろう。
イヴァンにうなずくと、リュカの部屋に行った。
先程風呂を借りた時は随分と動揺していたから、ろくに部屋を見もしなかった。
なぜなら、かつて私もこの部屋を使っていたから、身体が覚えていた。
すこし冷静になると、古びた学生寮の匂いすらなつかしく思えた。
(リュカのベッドは・・・こっちか)
不用意に腰を降ろしたが、リュカの素行を思い出し、口元がゆがんだ。
そんなベッドで眠れるわけがない。
私は立ち上がり、リュカの机に手をはわせた。
(懐かしいな)
木製の磨き込まれた机は長年使用され、学生たちの汗と涙がしみ込んでいた。そして大量の手垢も。
私も毎日この机で勉強し、屋敷に残したリュカに心を馳せ、そして届けられなかった手紙を書いた。
(手紙・・・)
そういえば、秘密の隠し場所があったんだった。
私はいつもリュカに手紙を書くと、秘密の隠し場所にしまっておいた。
数日すると破り捨てたが、すぐに破るには胸が痛かったから。
机の後ろにある隠し扉。誰が作ったのかも今ではわからないが、代々この部屋を引き継ぐ時に、前の使用者に秘密の隠し場所を教えてもらう。
おそらくリュカも使っているだろう。
ただの感傷的な思い出を確認したいだけだった。
どれほど前からリュカを愛していたか。リュカだけが私の愛の対象で、ずっと愛を囁くことすら自分に禁じていた。
懐かしい思いから隠し扉に手を触れた。
本当に、それだけだった。リュカの秘密を暴く気など、さらさらなかった。
壁紙の継ぎ目をたどり、ちいさな突起を押す。
(そうだ、こうやって開けるんだった)
長いこと思い出しもしないのに、身体が勝手に動いた。
扉は音もなく開き、中から大量の手紙があふれ出た。
(まずい)
リュカの秘密を暴く気はなかった。
神に誓ってもいい。本当に、なかった。
無防備過ぎた私を罰するように手紙の宛先が目に入った。
”愛しいリュカ”
どきりと胸が鳴る。
見てはいけない・・・だが、見てしまった。
魅せられたように手紙に手を伸ばし、拾い上げる。
(やめろ、見るな)
どこかから声が聞こえ、不穏な予感に首筋がチリチリした。
(まさか・・・嘘であってくれ)
願いながら封筒から手紙を取り出すと、そのおもてには、”あなたのイネス”とあった。
”愛をこめて”とも。
息を飲む。
耳の奥がズキズキと痛み始めた。
何通あるのか一目ではわからない。だが、古いものから新しいものまであり、ゆうに100通は超えていた。
「いつもあなたを愛しています」
「私達の愛を守るため、あまり手紙を書いてはいけないとあなたは言うけれど、心はとまることができません」
「マティアスとあなたは違う。」
「あの夜、あなたの腕に抱かれ、私は愛されることがどういうことなのか知りました」
「マティアスに言って」
「あなたにいただいたこころは、マティアスのくれる黄金よりも光り輝いています」
「私と結婚したいと言ってくれて、天にも昇る心地です。私、悪い女なのかしら」
「あなたの腕に抱かれた夜を思い出しながら眠りにつきます」
「気にしなくていいと言ってくれても、やっぱりマティアスに申し訳なく・・・」
どれも似たような、イネスの言葉が綴られていた。
だが、紛れもないふたりの裏切りの証拠がここにあった。
リュカは戦地の私に1通も手紙をよこさなかった。
その間、イネスと文を交わし、愛し合っていた・・・
足元にバラバラとイネスからの手紙が落ちた。
子どもができたのは、ふたりが愛し合った結果だったのだ。ふたりは結婚しようと考えていた・・・
なぜ・・・
なら、なぜ。
なぜ私に抱かれた?いや、無理やりではなかった。お前は私を煽り、全身で私が欲しいと伝えてきたではないか。
なぜ?
イネスがほしいのなら正直にそういえばよかった。
お前が本当にイネスと結婚したいのなら、少し時間をあければ結婚することもできなかったわけではない。
公爵家には所領も爵位もある。リュカの実家の男爵を継がせることだってできた。
なぜ、私をここまで打ちのめす?それほど憎んでいたのか?
今やレアンドル公爵として、立派に立っているはずの私は、ボロボロに崩れ落ちていた。
私に最も近いふたりが、簡単に、長年に渡り欺いていたのだ。
馬鹿にしていたのだろう。嘲笑っていたのだろう。
いつか必ず、リュカと幸せになれると思っていた私のことを。
その手紙の存在は、二人の背信行為が昨日今日のものでは無いと物語っていた。
ふたりの行為は過ちではなかったのか。
手紙を見るまでは、愚かな私はまだ期待していた。
この、動かしがたい証拠を突きつけられるまでは。
子を作るためには一度の逢瀬で十分だと。
たったいちどの間違いで子はできるものだと。
リュカは本当は私を愛しているのだと・・・そう、思っていたのだ。
(残酷だ)
私の心の奥で、何かが死んだ。
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