47 / 279
第二幕〜マティアス〜
46 15歳 逃げてきた少年
しおりを挟む
金色のつむじ風のように走ってきた少年は脇目も振らずにドアに向かい、ノブに飛びついた。
比喩ではなく、本当に。
その少年はほとんど・・・裸だった。
申し訳程度に白い薄衣が肩からぶら下がっているが、布の端はギザギザと裂けており、明らかに破り捨てたか破られたのかした状態だった。
白い背中と尻とそれに続く細く長い足が丸見えになっている。
何もない状態であれば、笑い者になりそうな格好なのに、ドアに貼りつくようにしてなんとかここから出ようと必死になっているその姿は、笑いを誘うどころか、むしろ驚きや心配しか感じさせない。
よく見れば、白い尻や腹など体のあちこちに、乱暴に扱われたのか、どこかにぶつけたようなピンク色のアザらしきものが見えた。
年の頃はリュカと同じくらいか、それとも少し下ぐらいだろうか。
まだ背が伸びきらない子供の力で、必死にノブを押したり引いたりするが、先ほど私たちを簡単に招き入れたドアは、ピクリとも動かなかった。
「まさか・・・まさかそんな」
声が震え、少年の喉奥からうめき声が漏れた。
「一体何が起きているのだ」
そっとベネディクトに囁いた声は、驚くほど大きくホールの中に響き渡った。
ベネディクトとメイドはハッとしたように私を見て、次に視線を少年に移した。
「フラン!」
「ぼっちゃまを早くどこかにお通しせぬか!」
メイドが少年を怒鳴りつける声と、ベネディクトがメイドを怒鳴りつける声が重なった。
少年はビクッと肩を揺らし、のろのろとこちらを見た。
振り返った少年の顔は後ろ姿よりももっと雄弁に少年が受けた暴力の凄まじさを物語っていた。
顔半分は赤黒く変色し、腫れ上がっている。まぶたが重くたれ下がり瞳は見えない。もう半分は青く、目の周りに丸く痣ができている。
歯は数本欠け、その際に切ったのか、口の中からも出血している。
数カ所裂けた唇は、一部は黒く血が固まり、また別の一部は赤く血を流していた。
首筋と乳首の周辺には噛み付かれたような歯型の痕が残り、そればかりか身体中あちこちに血がにじんでいる。
痛めつけられていないところはないのではと思えるほどの暴力の跡。
それなのに、片方だけ見える虹彩が空のように美しく、はっと目を奪われた。
少年は、まだ一縷の望みをつなぐようにノブに手をかけたまま、上半身のみメイドに向けている。
どちらがより痛みを伴わない選択なのか、迷うように、ドアとメイドとーーそして騒ぎを聞きつけて慌てて部屋に入ってきた女主人を赤くよどんだ目で見比べた。
ごくり。
少年が唾を飲み込む音が、全員に聞こえたのではないかと思う。
「あ、あ・・・あの・・・」
かすかな声は言葉にならない。ただ、この少年が心底怯えていることはわかった。
少年は周りを見回し、私と目があった。
「助けてください」
私の何が少年に訴えたのだろうか。
少年は私に向かって膝をついた。
「どうか・・・どうかお助けを・・・」
少年は、言葉を出すのがやっと、というほど泣きじゃくっている。
涙も鼻水も拭うことができないほどの号泣は、彼がそこまで追い詰められてることを物語っていた。
「ベネディクト」なんとかしてやれ、という意味の視線を投げかける。
ベネディクトは小さく首を横に振り、「ここの管理はどうなっているのだ」と硬い声で女主人を睨みつけた。
「旦那様、大変申し訳ありません」
女主人が慌てて頭を下げ、少年の手を引こうとしたが、少年はそれを素早くかわし、私に膝立ちのままにじり寄った。
「どうかお目こぼしを。殺されてしまいます」
空気がざわめき、女主人とメイドが少年の肩を掴んだ。
「どうか、どうか・・・」
少年は引きずられながらも、諦められずに私にすがろうとしている。
もがきながら、その手があと少しで私の服をかすめそうになったとき、「おい!」破れ鐘のような大きな声が部屋の空気を震わせた。
大男だ。それが私の第一印象。
おそらく2メートルぐらいあるであろう男は、腰に布を巻いただけの姿だった。
浅黒く、身体中に傷跡のある男はおそらく職業軍人か傭兵か。世の中を斜に見ているような、独特なうらぶれた雰囲気からして騎士ではないだろうが・・・下士官ならありうるのだろうか。
四角い顔の中で目立つのは左眉の上にある大きな刀傷。全身が筋肉の固まりの大男は、ホールに降りてくると、足を大きく広げ、そこにいる全員を威嚇するように立ち止まった。首筋の血管はピクピクと痙攣し、この男が今にも爆発寸前なのが見て取れた。
「おい!どうなってるんだ、この店は!」
地を這うような男の声。
少年は恐怖のあまり失神しそうなほど顔色が悪くなり、女たちも色を失った。
時間にしてはそれほど長くはなかったのだろう。
恐ろしいほどの沈黙のあと、我に返った女主人が一歩前に進み出た。
比喩ではなく、本当に。
その少年はほとんど・・・裸だった。
申し訳程度に白い薄衣が肩からぶら下がっているが、布の端はギザギザと裂けており、明らかに破り捨てたか破られたのかした状態だった。
白い背中と尻とそれに続く細く長い足が丸見えになっている。
何もない状態であれば、笑い者になりそうな格好なのに、ドアに貼りつくようにしてなんとかここから出ようと必死になっているその姿は、笑いを誘うどころか、むしろ驚きや心配しか感じさせない。
よく見れば、白い尻や腹など体のあちこちに、乱暴に扱われたのか、どこかにぶつけたようなピンク色のアザらしきものが見えた。
年の頃はリュカと同じくらいか、それとも少し下ぐらいだろうか。
まだ背が伸びきらない子供の力で、必死にノブを押したり引いたりするが、先ほど私たちを簡単に招き入れたドアは、ピクリとも動かなかった。
「まさか・・・まさかそんな」
声が震え、少年の喉奥からうめき声が漏れた。
「一体何が起きているのだ」
そっとベネディクトに囁いた声は、驚くほど大きくホールの中に響き渡った。
ベネディクトとメイドはハッとしたように私を見て、次に視線を少年に移した。
「フラン!」
「ぼっちゃまを早くどこかにお通しせぬか!」
メイドが少年を怒鳴りつける声と、ベネディクトがメイドを怒鳴りつける声が重なった。
少年はビクッと肩を揺らし、のろのろとこちらを見た。
振り返った少年の顔は後ろ姿よりももっと雄弁に少年が受けた暴力の凄まじさを物語っていた。
顔半分は赤黒く変色し、腫れ上がっている。まぶたが重くたれ下がり瞳は見えない。もう半分は青く、目の周りに丸く痣ができている。
歯は数本欠け、その際に切ったのか、口の中からも出血している。
数カ所裂けた唇は、一部は黒く血が固まり、また別の一部は赤く血を流していた。
首筋と乳首の周辺には噛み付かれたような歯型の痕が残り、そればかりか身体中あちこちに血がにじんでいる。
痛めつけられていないところはないのではと思えるほどの暴力の跡。
それなのに、片方だけ見える虹彩が空のように美しく、はっと目を奪われた。
少年は、まだ一縷の望みをつなぐようにノブに手をかけたまま、上半身のみメイドに向けている。
どちらがより痛みを伴わない選択なのか、迷うように、ドアとメイドとーーそして騒ぎを聞きつけて慌てて部屋に入ってきた女主人を赤くよどんだ目で見比べた。
ごくり。
少年が唾を飲み込む音が、全員に聞こえたのではないかと思う。
「あ、あ・・・あの・・・」
かすかな声は言葉にならない。ただ、この少年が心底怯えていることはわかった。
少年は周りを見回し、私と目があった。
「助けてください」
私の何が少年に訴えたのだろうか。
少年は私に向かって膝をついた。
「どうか・・・どうかお助けを・・・」
少年は、言葉を出すのがやっと、というほど泣きじゃくっている。
涙も鼻水も拭うことができないほどの号泣は、彼がそこまで追い詰められてることを物語っていた。
「ベネディクト」なんとかしてやれ、という意味の視線を投げかける。
ベネディクトは小さく首を横に振り、「ここの管理はどうなっているのだ」と硬い声で女主人を睨みつけた。
「旦那様、大変申し訳ありません」
女主人が慌てて頭を下げ、少年の手を引こうとしたが、少年はそれを素早くかわし、私に膝立ちのままにじり寄った。
「どうかお目こぼしを。殺されてしまいます」
空気がざわめき、女主人とメイドが少年の肩を掴んだ。
「どうか、どうか・・・」
少年は引きずられながらも、諦められずに私にすがろうとしている。
もがきながら、その手があと少しで私の服をかすめそうになったとき、「おい!」破れ鐘のような大きな声が部屋の空気を震わせた。
大男だ。それが私の第一印象。
おそらく2メートルぐらいあるであろう男は、腰に布を巻いただけの姿だった。
浅黒く、身体中に傷跡のある男はおそらく職業軍人か傭兵か。世の中を斜に見ているような、独特なうらぶれた雰囲気からして騎士ではないだろうが・・・下士官ならありうるのだろうか。
四角い顔の中で目立つのは左眉の上にある大きな刀傷。全身が筋肉の固まりの大男は、ホールに降りてくると、足を大きく広げ、そこにいる全員を威嚇するように立ち止まった。首筋の血管はピクピクと痙攣し、この男が今にも爆発寸前なのが見て取れた。
「おい!どうなってるんだ、この店は!」
地を這うような男の声。
少年は恐怖のあまり失神しそうなほど顔色が悪くなり、女たちも色を失った。
時間にしてはそれほど長くはなかったのだろう。
恐ろしいほどの沈黙のあと、我に返った女主人が一歩前に進み出た。
0
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説
大親友に監禁される話
だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。
目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。
R描写はありません。
トイレでないところで小用をするシーンがあります。
※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる