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第二幕〜マティアス〜
49 15歳 大人とこども
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頭が真っ白になった。
目の前にいるベネディクトもこの見知らぬ部屋も、全て嘘であってほしい。
見知らぬ者から見たら、私の内面の動揺は全く悟られなかっただろう。
しかし、ベネディクトは幼少から私を知っているどころか、学問や剣の指導すらしてくれた師でもあった。
悟られぬわけはない。
どう対応すべきか素早く頭の中で計算したが、何も思い浮かばなかった。
「取り返しがつかないとは」
やっと絞り出した声はかすれていた。
ベネディクトの瞳が優しく揺らいだ。
「そうですね。男性同士が身体を交える時は、肛門を使用することもあります。その際、幼い子供であれば、受け入れきれず、肛門が裂けてしまいます。さらに、腸を裂いてしまう可能性もあるのです。そのような悲惨な事例は、いくらでもあるようです。また、体ばかりではありません。心に深い傷を負い、自己否定を繰り返し、ひいては自ら命を絶つこともあるようです」
ずしりと重い衝撃が胸を打った。
まさか、そのように恐ろしいことがあろうとは、考えたこともなかった。
女性との性交は、婚姻まではひかえるように言われていたし、正直それほどの興味はなかった。
ただ、義務であり、責務として子を成すための行為。
リュカとは、そうはいかない。
自らの中で荒れ狂う、恐ろしいほどの渇望は、いつリュカを壊してしまってもおかしくはなかった、ということか。
可愛いリュカ。
愛しいリュカ。
腕の中でリュカがとろけ、甘えてくると、いつでも破滅的なほどの強い衝動に襲われていた。
ただ、正直なところ、解消の仕方がわからなかった。それだけだ。
女と子を成さなければならない公爵家のたった一人の跡取りに、男との性交を教えるものはいない。そのようなことができると匂わせるものすらいなかった。
もし、リュカと身体を交えることができると知っていたら?
どうなったかわからない。
これ以上触れ合えば、このまま止まっていられるわからないほど、ときに凶暴なほどの欲望に突き動かされていた。
「マティアス様」ベネディクトの声が柔らかくなった。「お分りいただけたのですね」
おそらく、私の沈黙と恐怖に歪んだ表情から、全てを悟ったのだろう。
私は無言で頷いた。
リュカと私の身長差は、頭一つ以上ある。成長期を迎え急速に伸びた私の背はすでに180を超え、大人の中でも大柄に入る部類だった。対してリュカは小さい。年々少しずつ大きくはなっているものの、まだ小さいままだった。
「まだ二人ともお若い。これから気持ちが変わることだってあります。単なる勘違いということだってあるんですよ。ですから、焦らずに、ゆっくりと。後悔されないような行動をおとりになってください」
それは随分と難しいことだと、ベネディクトは理解しているのだろうか。
身体中を暴れまわる欲望をいつまで抑えつけていられるのか。
でも、リュカのためだ。
それに何よりも、私のリュカへの思いは「単なる勘違い」ではないと確信していた。
女だったら何をもっても自分のものにしていただろう。
妹であるという事実すら捻じ曲げ、正妻に据えたはずだ。
ただ、リュカには子は産めない。
完璧な存在であるリュカの、唯一の致命的な欠点だった。
鋭く胸をつく痛み。「後悔しないように、な」そう答えるだけでも精一杯だった。
この狭い部屋に流れる空気は重く、粘ついていた。
体にまとわりつき、自由を奪う。
私は重い何かを振り払うように肩を回した。
そういえば、なぜここまで来たのだろう。
治安も良いとは言えまい。
ベネディクトは護衛も兼ねているが、なぜわざわざここまで?
「ご質問の意図はわかります」
私の目に浮かんだ疑問を敏感に察したベネネディクトが苦笑した。
「なぜここに来たのか、不審に思っていらっしゃるのでしょう?」
私は黙って頷いた。
「まずは、社会勉強が一つ。裏路地など入ったことすらないでしょう?貧しさというものを目にされたことすらない。ここに来るまでに通った道を見ていただいただけでも、新しい知見を広めるのに役立ったはずです」
「確かに。今まで、大通り以外があるとは聞いたこともなければ、知る気もなかった」
ベネディクトはかすかに微笑んだ。
「それに、最初は男娼に話を聞くつもりでした。男娼を公爵家に招き入れるなど、ありえません」
「まあ、たしかにそうだな」
「そして、もう一つ。あなたは未来の公爵閣下です。治める領地も一つではない。あなたが何を知っているか、どう思うか、そして何をするかで領民たちの生活は大きな影響を受けるのです。世の中には光だけではない。影もあることを知っていただきたかった。その一つが娼館です」
ベネディクトはまっすぐに私を見据えた。
目の前にいるベネディクトもこの見知らぬ部屋も、全て嘘であってほしい。
見知らぬ者から見たら、私の内面の動揺は全く悟られなかっただろう。
しかし、ベネディクトは幼少から私を知っているどころか、学問や剣の指導すらしてくれた師でもあった。
悟られぬわけはない。
どう対応すべきか素早く頭の中で計算したが、何も思い浮かばなかった。
「取り返しがつかないとは」
やっと絞り出した声はかすれていた。
ベネディクトの瞳が優しく揺らいだ。
「そうですね。男性同士が身体を交える時は、肛門を使用することもあります。その際、幼い子供であれば、受け入れきれず、肛門が裂けてしまいます。さらに、腸を裂いてしまう可能性もあるのです。そのような悲惨な事例は、いくらでもあるようです。また、体ばかりではありません。心に深い傷を負い、自己否定を繰り返し、ひいては自ら命を絶つこともあるようです」
ずしりと重い衝撃が胸を打った。
まさか、そのように恐ろしいことがあろうとは、考えたこともなかった。
女性との性交は、婚姻まではひかえるように言われていたし、正直それほどの興味はなかった。
ただ、義務であり、責務として子を成すための行為。
リュカとは、そうはいかない。
自らの中で荒れ狂う、恐ろしいほどの渇望は、いつリュカを壊してしまってもおかしくはなかった、ということか。
可愛いリュカ。
愛しいリュカ。
腕の中でリュカがとろけ、甘えてくると、いつでも破滅的なほどの強い衝動に襲われていた。
ただ、正直なところ、解消の仕方がわからなかった。それだけだ。
女と子を成さなければならない公爵家のたった一人の跡取りに、男との性交を教えるものはいない。そのようなことができると匂わせるものすらいなかった。
もし、リュカと身体を交えることができると知っていたら?
どうなったかわからない。
これ以上触れ合えば、このまま止まっていられるわからないほど、ときに凶暴なほどの欲望に突き動かされていた。
「マティアス様」ベネディクトの声が柔らかくなった。「お分りいただけたのですね」
おそらく、私の沈黙と恐怖に歪んだ表情から、全てを悟ったのだろう。
私は無言で頷いた。
リュカと私の身長差は、頭一つ以上ある。成長期を迎え急速に伸びた私の背はすでに180を超え、大人の中でも大柄に入る部類だった。対してリュカは小さい。年々少しずつ大きくはなっているものの、まだ小さいままだった。
「まだ二人ともお若い。これから気持ちが変わることだってあります。単なる勘違いということだってあるんですよ。ですから、焦らずに、ゆっくりと。後悔されないような行動をおとりになってください」
それは随分と難しいことだと、ベネディクトは理解しているのだろうか。
身体中を暴れまわる欲望をいつまで抑えつけていられるのか。
でも、リュカのためだ。
それに何よりも、私のリュカへの思いは「単なる勘違い」ではないと確信していた。
女だったら何をもっても自分のものにしていただろう。
妹であるという事実すら捻じ曲げ、正妻に据えたはずだ。
ただ、リュカには子は産めない。
完璧な存在であるリュカの、唯一の致命的な欠点だった。
鋭く胸をつく痛み。「後悔しないように、な」そう答えるだけでも精一杯だった。
この狭い部屋に流れる空気は重く、粘ついていた。
体にまとわりつき、自由を奪う。
私は重い何かを振り払うように肩を回した。
そういえば、なぜここまで来たのだろう。
治安も良いとは言えまい。
ベネディクトは護衛も兼ねているが、なぜわざわざここまで?
「ご質問の意図はわかります」
私の目に浮かんだ疑問を敏感に察したベネネディクトが苦笑した。
「なぜここに来たのか、不審に思っていらっしゃるのでしょう?」
私は黙って頷いた。
「まずは、社会勉強が一つ。裏路地など入ったことすらないでしょう?貧しさというものを目にされたことすらない。ここに来るまでに通った道を見ていただいただけでも、新しい知見を広めるのに役立ったはずです」
「確かに。今まで、大通り以外があるとは聞いたこともなければ、知る気もなかった」
ベネディクトはかすかに微笑んだ。
「それに、最初は男娼に話を聞くつもりでした。男娼を公爵家に招き入れるなど、ありえません」
「まあ、たしかにそうだな」
「そして、もう一つ。あなたは未来の公爵閣下です。治める領地も一つではない。あなたが何を知っているか、どう思うか、そして何をするかで領民たちの生活は大きな影響を受けるのです。世の中には光だけではない。影もあることを知っていただきたかった。その一つが娼館です」
ベネディクトはまっすぐに私を見据えた。
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