46 / 279
第二幕〜マティアス〜
45 15歳 袋小路に立つ屋敷
しおりを挟む
大通りから一本裏の道に入ると、そこは別世界だった。
急に馬車の振動が激しくなり、背骨を揺らす。
窓の外を眺めると、古びた木箱が積み上がり、野菜くずやボロ切れの端が見えた。
その下からは正体不明の薄茶色の水が流れ出している。
街を歩く男たちの目には力がなく、明らかに昨夜の酒がまだ残ったままの赤い瞳でぼんやりとこちらをみつめていた。
足元には吐瀉物らしい黄色のぶつぶつが散らばっている。
風に乗って女の怒鳴り声が聞こえ、言い返す男の声もかすかに聞こえてきた。
泥水混じりの運河に沿って道を辿ると、その脇では細い柳が揺れていた。
突然、子供達の笑い声が馬車の後ろを駆け抜けていった。
(随分と違うものなのだな。薄汚れている、とはこういうことを言うのか。でも子供達は楽しそうだ)
そんな考えがぼんやりと頭に浮かんだ。
私はこれまで大通り以外の道には入ったことがない。
広大な屋敷、大聖堂、王宮、学園。そして、付き合いのある貴族の屋敷。
主な行動範囲は全て大通りに面している。
裏路地があるなど考えたこともなかった。
今日は、ベネディクトのたっての望みでどこかに向かっている。
ベネディクトは家令であると同時に私の師でもあるため、言われるがまま、紋章のない一頭立ての馬車に乗り込んだ。
窓の外の光景が見慣れないものになると不安になり、馬車の天井をたたいたが返事はなかった。
馬車が小径に入り、ガタガタと馬車の振動が強くなる。
なんとなく不吉なその音に、だんだんと心細くなってきた。
このような場所で襲われたらひとたまりもないだろう。剣術では優秀と称えられる私だが、実戦の経験はなかった。
薄いクッションを通じて、尻から背筋まで振動ががんがんと伝わり、頭の中まで揺らされている感覚を味わう。
私は不安を抑え込もうと、太ももをトントンとたたいた。
「もう少しでございます」
ベネディクトに促され、窓の外を見ると先ほどまでとは少し雰囲気が変わっていた。
安っぽいが、少し明るい。
道は赤茶色のレンガ敷に変わり、振動は緩くなってきていた。
道沿いにある屋敷のドアは明るい色で塗られ、表面だけ厚化粧した女のような街並みに、目を瞬いた。
道はますます細まり、馬車の端が何かに擦れ、軋むような音を立てた。
手を伸ばせば、街灯に届くほど。ただ、街灯は汚れていてそんな気にはならなかったが。
街角には、身綺麗にした女が数人立っていた。
どこを見るとはなしにちらちらと目を遊ばせ、誰かを待っているような気配が感じられた。
薄暗くよく見えないが、私が普段目にする女性よりも随分と露出が多い。
胸元はギリギリまで下げられており、豊かな胸がほとんど見え、どきりと胸が鳴った。
馬車は蹄鉄と車輪を鳴らしながらまた曲がり、しばらくして少し広い袋小路に停まった。
「足元にお気をつけください」
ベネディクトに丁重に促され、降り立つと、そこは袋小路ではあるが小さな広場になっていた。
ロータリー状の小さな円形の広場は、その奥に立つ屋敷の持ち主が馬車を使用する階層にあることを物語っている。もしくは、馬車に乗って客がくるか。
今までよりは少しだけ豊かなエリアらしい。
周りに立つ数件の屋敷は、どこか華やいだ、艶めいた空気を纏っていた。
玄関に灯されたランプの灯りが、ドアに誘う。
ベネディクトは一体、何がしたかったんだろうか。
不思議におもって見上げたが、その視線の意味を正確に理解しただろうベネディクトから返答はなかった。
「どうぞ、こちらにてご案内いたします」
落ち着いた声のベネディクトに促され、一番手前にある比較的清潔感のある建物に入った。
出迎えは30歳くらいの痩せ型の女だった。妙に青白い顔と尖った鼻が印象に残る。
訓練されたメイドらしく、「お待ち申し上げておりました」と丁寧に一礼した。
所作一つとっても、これまで通ってきた路には似つかわしくない。
ここはなにをするところなんだろう。
私に対して挨拶をしないのは、貴族の館ではないからだろう。
怪訝に思って眉根を寄せると、私をちらりと見たベネディクトが女に声をかけた。
「女主人を」
無言で頭を下げて退出した女の後を追うように玄関ホールを見回す。
円形のホールは白い柱がぐるりと取り巻き、その間は臙脂色の唐草模様で彩られている。
ところどころ飾られている絵の中では、男女がほぼ全裸で交わっていた。
何枚もある絵の中では、様々な体位で男女が性交している。男は服を着ているものもいるが、女はきれっぱし程度しか身につけていない。
ここは一体・・・?まともな屋敷であのような絵が堂々と玄関ホールに飾られているなど見たことがない。
せいぜい神話の世界の美しい女人が白鳥に求愛されるのが関の山だ。
そしてホールの中央には、全裸の女人の像が誘惑するようなほほえみをふっくらとした唇に乗せ、右手を差し伸べていた。
ホールの両端には円形の壁に沿って階段がある。
紫色の絨毯が敷かれた階段は、これまで見てきた世界とは随分と異質に見えた。
階段の先にはいくつものドアが狭い間隔で連なっている。
一体どのような構造の建物なのだろう。部屋は狭そうだし、不便そうだ。
そう思った時。
突然ドアの一つがバンと音を立てて開き、壁にぶつかった。
金色の何かが素早く飛び出し、そのまま階段を駆け下りてくる。
悪魔にでも追われているような勢いでホールに飛び込んできたのは、まだ幼い少年だった。
***************************************************
お待たせして申し訳ありません。
待ってくださった方、ありがとうございます。
連載再開いたします。
ストックがないので、時々止まるかもしれません。
大目に見ていただけると大変助かります。
よろしくお願いします。
急に馬車の振動が激しくなり、背骨を揺らす。
窓の外を眺めると、古びた木箱が積み上がり、野菜くずやボロ切れの端が見えた。
その下からは正体不明の薄茶色の水が流れ出している。
街を歩く男たちの目には力がなく、明らかに昨夜の酒がまだ残ったままの赤い瞳でぼんやりとこちらをみつめていた。
足元には吐瀉物らしい黄色のぶつぶつが散らばっている。
風に乗って女の怒鳴り声が聞こえ、言い返す男の声もかすかに聞こえてきた。
泥水混じりの運河に沿って道を辿ると、その脇では細い柳が揺れていた。
突然、子供達の笑い声が馬車の後ろを駆け抜けていった。
(随分と違うものなのだな。薄汚れている、とはこういうことを言うのか。でも子供達は楽しそうだ)
そんな考えがぼんやりと頭に浮かんだ。
私はこれまで大通り以外の道には入ったことがない。
広大な屋敷、大聖堂、王宮、学園。そして、付き合いのある貴族の屋敷。
主な行動範囲は全て大通りに面している。
裏路地があるなど考えたこともなかった。
今日は、ベネディクトのたっての望みでどこかに向かっている。
ベネディクトは家令であると同時に私の師でもあるため、言われるがまま、紋章のない一頭立ての馬車に乗り込んだ。
窓の外の光景が見慣れないものになると不安になり、馬車の天井をたたいたが返事はなかった。
馬車が小径に入り、ガタガタと馬車の振動が強くなる。
なんとなく不吉なその音に、だんだんと心細くなってきた。
このような場所で襲われたらひとたまりもないだろう。剣術では優秀と称えられる私だが、実戦の経験はなかった。
薄いクッションを通じて、尻から背筋まで振動ががんがんと伝わり、頭の中まで揺らされている感覚を味わう。
私は不安を抑え込もうと、太ももをトントンとたたいた。
「もう少しでございます」
ベネディクトに促され、窓の外を見ると先ほどまでとは少し雰囲気が変わっていた。
安っぽいが、少し明るい。
道は赤茶色のレンガ敷に変わり、振動は緩くなってきていた。
道沿いにある屋敷のドアは明るい色で塗られ、表面だけ厚化粧した女のような街並みに、目を瞬いた。
道はますます細まり、馬車の端が何かに擦れ、軋むような音を立てた。
手を伸ばせば、街灯に届くほど。ただ、街灯は汚れていてそんな気にはならなかったが。
街角には、身綺麗にした女が数人立っていた。
どこを見るとはなしにちらちらと目を遊ばせ、誰かを待っているような気配が感じられた。
薄暗くよく見えないが、私が普段目にする女性よりも随分と露出が多い。
胸元はギリギリまで下げられており、豊かな胸がほとんど見え、どきりと胸が鳴った。
馬車は蹄鉄と車輪を鳴らしながらまた曲がり、しばらくして少し広い袋小路に停まった。
「足元にお気をつけください」
ベネディクトに丁重に促され、降り立つと、そこは袋小路ではあるが小さな広場になっていた。
ロータリー状の小さな円形の広場は、その奥に立つ屋敷の持ち主が馬車を使用する階層にあることを物語っている。もしくは、馬車に乗って客がくるか。
今までよりは少しだけ豊かなエリアらしい。
周りに立つ数件の屋敷は、どこか華やいだ、艶めいた空気を纏っていた。
玄関に灯されたランプの灯りが、ドアに誘う。
ベネディクトは一体、何がしたかったんだろうか。
不思議におもって見上げたが、その視線の意味を正確に理解しただろうベネディクトから返答はなかった。
「どうぞ、こちらにてご案内いたします」
落ち着いた声のベネディクトに促され、一番手前にある比較的清潔感のある建物に入った。
出迎えは30歳くらいの痩せ型の女だった。妙に青白い顔と尖った鼻が印象に残る。
訓練されたメイドらしく、「お待ち申し上げておりました」と丁寧に一礼した。
所作一つとっても、これまで通ってきた路には似つかわしくない。
ここはなにをするところなんだろう。
私に対して挨拶をしないのは、貴族の館ではないからだろう。
怪訝に思って眉根を寄せると、私をちらりと見たベネディクトが女に声をかけた。
「女主人を」
無言で頭を下げて退出した女の後を追うように玄関ホールを見回す。
円形のホールは白い柱がぐるりと取り巻き、その間は臙脂色の唐草模様で彩られている。
ところどころ飾られている絵の中では、男女がほぼ全裸で交わっていた。
何枚もある絵の中では、様々な体位で男女が性交している。男は服を着ているものもいるが、女はきれっぱし程度しか身につけていない。
ここは一体・・・?まともな屋敷であのような絵が堂々と玄関ホールに飾られているなど見たことがない。
せいぜい神話の世界の美しい女人が白鳥に求愛されるのが関の山だ。
そしてホールの中央には、全裸の女人の像が誘惑するようなほほえみをふっくらとした唇に乗せ、右手を差し伸べていた。
ホールの両端には円形の壁に沿って階段がある。
紫色の絨毯が敷かれた階段は、これまで見てきた世界とは随分と異質に見えた。
階段の先にはいくつものドアが狭い間隔で連なっている。
一体どのような構造の建物なのだろう。部屋は狭そうだし、不便そうだ。
そう思った時。
突然ドアの一つがバンと音を立てて開き、壁にぶつかった。
金色の何かが素早く飛び出し、そのまま階段を駆け下りてくる。
悪魔にでも追われているような勢いでホールに飛び込んできたのは、まだ幼い少年だった。
***************************************************
お待たせして申し訳ありません。
待ってくださった方、ありがとうございます。
連載再開いたします。
ストックがないので、時々止まるかもしれません。
大目に見ていただけると大変助かります。
よろしくお願いします。
0
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
大親友に監禁される話
だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。
目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。
R描写はありません。
トイレでないところで小用をするシーンがあります。
※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる