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第一幕〜リュカ〜

41 12歳 弟妹への手紙

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夫人が亡くなり、盛大な葬儀が催された。
これは、国一番の公爵家の令夫人がにより不幸にも無くなったことを世間に知らしめる一大イベントだった。

国中の白い花と青い花が集められ、花屋は空になった。
喪服を新調する人々が殺到したおかげで仕立て屋はてんてこ舞い。
ついでに帽子屋も不眠不休で黒い帽子を作り続けたという。
どれだけ仕入れても作っても、店先に置いてすぐになくなったそうだ。

愛する夫人を不慮の事故で無くした公爵は失意の中、いつもと変わらず政務をこなし、さすが人格者と称えられたそうだ。母を亡くした嫡男も毅然とした態度を崩さず、貴族の鏡と尊敬の的になった。
それは葬儀でも変わらず、涙一つ見せずに淡々と来客への挨拶をこなす二人の姿は返って参列者の涙を誘った。

いつもと全く変わらない。
単なる日常であるかのようにこなされた葬儀は、公爵家の財力と当主と嫡男の立派な姿を示し散会となった。

誰一人悲しむもののないこの葬儀の主役は、あの世からどう見ているのだろう。
何か言いたげに口を開いていた公爵夫人は、自分が死んでも眉ひとつ動かさない夫と子を見たら金切り声を上げるんじゃないだろうか。八つ当たりに俺が蹴られるのが関の山だ。

忙しかったのは使用人達だ。
国一番の豪華な葬儀を仕切った家令は終了後3日ほど寝込んだし、体調を崩したものも多かったと聞く。

ようやく屋敷が落ち着きを取り戻した頃、メイドたちの噂話でモラン医師が街の中央を流れるイフェヨン河に浮かんでいたと聞いた。
本当か嘘かは分からない。
でもあの日期待に満ちていた青年医師の希望はあれきり打ち砕かれたのは間違いなかった。

結局、あの日に何があったのか、誰も教えてくれないし、これからも俺が知ることはないだろう。
一度すれ違っただけの相手だけど、公爵家で夢と絶望を味わった者同士、なんとなく気持ちが暗くなった。



「リュカ」優しい声が呼ぶ。
その日は兄が寄宿舎から戻ってくる日だった。
最近はイネスも遠慮して兄に会いにくるのを少し控えるようにしていたらしい。
屋敷に戻ってきた兄を独り占めできる時間が以前よりも増えた。

「兄上」見上げると兄が優しく微笑んでいた。
「少し話そう」
「はい!」

ウキウキしながら兄についていくと、兄は書斎の扉をあけた。

「だいぶ屋敷も落ち着いてきたし、お前も弟妹に会いたいだろうが・・・建前上そうもいかないだろう。手紙を一通書いてやってはどうかな?弟妹たちも最近字を習っていると言うし、どうだろう?」

弟妹達はまだ俺が最初に連れて行かれた屋敷に住んでいたし、これからもその予定と聞いている。
まあ、死んだ夫人があれだけ嫌がっていたし、無理に連れてきても誰にもいいことはない。
でも、突然母がなくなり、子供だけで果てしなく広い屋敷に住む弟妹は心細がっているだろう。
兄が弟妹を思いやってくれたことが嬉しい。

(さすが俺のにいちゃんだ。にいちゃんはいつも俺たちのことを優しく考えてくれる。)

俺は大きく頷き、ペンを手に取った。
でも手紙なんて書いたことない。途方に暮れて兄を見上げた。

「そうだな。やっぱりお前が会いたがってるってことを伝えた方がいいだろうね。お前の気持ちを正直に書いてみてはどうだ?」
「うん」

”元気にしていますか。にいちゃんは元気です。泣いてはいませんか。お前たちのことをいつも思っています。離れていても、いつも心はお前たちのそばにいます。また、会える日が待ち遠しいです”

「ほう、うまいもんだな」
兄が褒めてくれると俺は天にも昇るほど嬉しくなってしまった。

「そうだな・・・ここの”にいちゃん”は直そうか。あと、”にいちゃんは元気です”は不謹慎かもしれないな」兄は俺に片目をつぶって見せた。「礼儀正しくお前よりもあなたの方がいいだろう。もう一通書き直してみなさい」
「はい!元気にしていますか、もやめた方がいいのかな」
「そうだね。短くてもきちんとした手紙の方が弟妹の手本になるかもしれないね。一回外して書いてみるか。どちらかいい方を渡せばいいだろう?」

”まだ泣いてはいませんか。あなたのことをいつも思っています、離れていてもいつも心はあなたのそばにいます。また、会える日が待ち遠しいです。”

「ふむ」兄は二通の手紙を見比べた。
「こうして比べてみると、まるで二通目は恋文みたいだね。おまえが誰かに恋文を送るなど想像しただけで面白くないな。これは私にくれるかい?」
「恋文だなんて・・・」

頬が熱くなる。
でも兄とイネスが文を交わす間柄だと言うことを思い出し、ふと心が冷えた。
俺だって・・・

「にいちゃん、それ持っててよ!絶対失くさないでね!」
「もちろん」

兄は微笑むと俺の手紙をシャツの胸ポケットに入れた。心臓の近くにある手紙をみるとそれだけで胸が高鳴る。

「顔が赤いぞ」そう言うと、兄は俺の髪にくしゃっと指をからめ、そっと俺の顔に唇を寄せた。
「リュカ。可愛いリュカ」

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