兄さん、あんたの望みを教えてくれよ。

藍音

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第一幕〜リュカ〜

35 12歳 母の身代わり?

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「アディ、アディ、目を覚ましてくれ」
耳元で誰かがささやいている。
(俺はアディじゃない)
そう言いたいのに声が出ない。

髪を撫でる大きな手。頬を手の甲が優しくさすり、柔らかな口付けが落とされる。
心から愛しいと言いたげな口付けを、思わず受け入れそうになった瞬間。

「何をしているのですか!」

大声に目が覚めた。

そこにいたのは閣下と兄だった。

「父上、これはアディではありませんよ。いくら似ていても、この子はアディの生んだあなたの胤です」
「知っている・・・わかっている。マティアス、大声を出すな」

いつも超然としていた公爵様は、兄に怒鳴られ、頭を抱えて小さくうなだれた。
乱れた髪は、しばらく櫛も通していないんだろう。目は血走り、シャツはよれよれ。無精髭の生えたその顔つきは、以前の精悍な公爵閣下と同じ人物とは思えないほどだった。

「今までリュカを子として扱ってこなかったくせに。あなたは実の子に閣下と呼ばせていたんですよ?アディが死んだからって急にリュカに近づくのはおやめください」
「マティアス、なぜそのように厳しく・・・」

閣下の声はよれて弱々しく聞こえた。いつだって毅然としていて威厳がある声の持ち主だったのに、今は自信喪失した弱いただの男にしか思えない。
乱れた髪、痩けた頬、目の下の隈。
きっと何日もまともに寝れていないし、食事も取れていないんだろう。
この人は、もしかしたら本当に母を愛していたのかもしれない。
母がいなければ芯から崩折れてしまうほど、大切に思っていたのかもしれない。

「兄上、お・・・僕は大丈夫です」
「お前は黙っていろ」

兄がぴしゃりと言った。

「いいですか、父上。これはあなたの子で愛人ではありません。いますぐこの部屋から出て行ってください」

兄の剣幕に閣下がひるんだが、何かに気が付いたように目を見開いた。

「マティアス、お前、まさか、これはお前の弟だぞ?何を考えているんだ?まさか・・・」
「何をくだらないことをおっしゃっているのですか。最愛の愛人がいなくなったからといってすぐに息子に手を出そうとするなど言語道断です。すぐに部屋から出てください」
「マティアス・・・」
「早く!」

兄は閣下の背を押して、部屋から追い出した。
俺のことになると、いつも公然と父にも母にも反抗していた兄だったが、ここまできつい態度をとったことはなかった。ここまで激しく反抗されてしまうと、板挟みになった俺はどうしたらいいんだろう。

でも、それ以上に兄に確認したいことがあった。

「にいちゃん、あの、俺聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ、言ってみろ」
「あの・・・かあちゃん死んだの?」

思いもよらなかったのか、兄は絶句した。

「リュカ・・・」

「冷たくなってたし、そうだろうとは思ったけど、間違いってことだってあるだろ?だから、きちんと聞いておきたいんだ」
「リュカ」
兄は俺のベッドの枕元に腰掛け、肩に手を回した。

「そうだよな。リュカ。お前のお母さんは亡くなったよ。もう、葬式も済ませたし、埋葬された。お前は、お母さんが亡くなった現場に居合わせてしまって、しばらく意識が戻らなかったんだ。お母さんは出産の時に血が止まらなくなったらしい。不幸な事故だったんだよ」
「そう・・・やっぱり間違いじゃなかったんだ・・・」

俺の目からポロリと涙がこぼれた。

「母ちゃん、苦しまなかったなら良かったんだけど・・・」
「多分、気を失うようにして亡くなったから、それほど苦しまなかったと思うよ」
「そうだといいな」

俺の喉からは嗚咽がこぼれ、それ以上は言葉にならなかった。
いつだって、本当に辛い時には言葉は無力だ。
兄は肩に回した手に力を入れ、そっと俺を引き寄せた。
何も言わず、ただそばにいてくれるだけでいい。
あふれ出る涙を流しながら、心から、そう思った。


母が亡くなり、残されたのは6人の子供たち。
一人は俺だが、ほかの5人の子供たちをどうするのかが決まらなかった。
閣下は全員お屋敷に引き取ろうと考えたようだが、奥様が許すわけがない。

全員あちこちに養子として出すとか、男子だけ引き取るとか色々検討したようだが、結局、当面の間は俺以外は全員俺が最初に収容された屋敷に住むことになった。
そこで教育を施し、適性を見極め、公爵家として一番いい使い道を考える、ということだそうだ。

女なら政略結婚の駒になるし、男だってそういう使い道もあれば、使用人として出すという手もある。
後ろ盾のない使い勝手のいい子はいても無駄にはならない。
不要ならば捨て置くだけだ。

俺は長子なので弟妹たちと一緒に住ませてやろうという話もあったらしい。意外なことに奥様の反対でそれはなくなった。まあ、一応奥様の実の子だと偽って紹介していたからな。信じる人は少ないが、いなければいないで噂の的になるということなんだろう。貴族は色々と厄介なことが多い。

結局俺は、秋の学園入学までは本屋敷で過ごし、入学と同時に屋敷を出て寮に入ることが決まった。

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