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第一幕〜リュカ〜

27 10歳 残り僅かな時間

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兄の婚約宣言があってから、社交の場以外で兄と話す機会はめっきりと減った。
でも兄はいつも俺を思いやってくれていたし、話しかけようとしてくれた。
目も合わせなかったのは俺の方だ。

どんなに好きでも、他の人と婚約した兄。
婚約者とほほえみあい、いつかは子供を作るだろう兄を見るのが辛かった。
冷静に考えれば兄は俺に誠実だった。裏切ってない。
だが、むしろその誠実さからくる正直さが俺を傷つけ、意固地にさせた。
二人で過ごした時間を考えるだけで、胸の中がどす黒く染まっていく。

婚約披露パーティーからほどなくして、俺の学習室を兄が訪れた。

「リュカ。もうそろそろ許してくれないか」

兄は学習室の扉の前にたたずんだまま、小さな声で口火を切った。
まるで俺がいないと寂しいとでも言うように。

「お前が会いにきてくれなくなって、私はお前のことをどれだけ可愛いと思っていたのか、思い知ったよ。どうかこの兄を許してくれ」
「・・・にいちゃん」

恋しかった兄の姿に思わず声が漏れる。

「久しぶりにそう呼んでくれたね。可愛いリュカ」

そう言うと、兄は大股に部屋を横切り、俺をぎゅっと抱きしめた。
温かい腕の暗色に、くすぶっていた何かが音もなく消え去っていく。
俺はぐりぐりと兄の胸に頭をこすりつけた。

「リュカ」

笑いを含んだ声に顔を上げると、兄の唇が柔らかく覆いかぶさってきた。
久しぶりだ。

(にいちゃん)

心の中で兄を呼び、口を開くと、兄の舌が入ってきた。
ちゅくちゅくと耳を刺激するキスの音。
暖かい舌と唾液が絡まり合う久しぶりの感覚に、何もかもどうでもよくなってしまう。
だって誰よりも一番にいちゃんを好きなのは俺なんだ。だから、この場所は俺の場所だ。
それに、兄ちゃんさえ俺を愛してくれるんなら、もうなんでも・・・
俺は兄にすがりつき、せがむように大きく口を開いた。すかさず兄が深く舌を絡めてくる。

「にいちゃん・・・しゅき・・・」
「リュカ・・・」

このままずっと、二人が溶け合ってしまうまでキスしていたい。
ちゅくちゅくと唾液が混じり合い、腹の奥は焼けるように熱く、いつしか膝に力が入らなくなっていた。
しがみついた俺を支えながら、兄は俺をソファーに座らせた。
涙がにじみ、唇が腫れ上がっていた。

「リュカ、話すことがあるんだ」

聞きたくない。誰かと婚約するとか、結婚して跡取りを残すとか、ろくな話じゃないだろう?
俺はイヤイヤと頭を振ったが、兄は隣に座ると俺の手を握った。

「リュカ、私はこの秋には寄宿舎に入ってしまうんだ。これ以上は引き延ばせない。だから、一緒に過ごせる残りわずかな時間を大切に過ごしたい。ここしばらくお前に会えなくて寂しかった。社交の場のお前はまるで別人のようだし」
「にいちゃん、なんで?なんで寄宿舎に?だってずっと家から通うんじゃないの?」
「私だってそうしたい。でも規則で、高等部の3年間は入寮が決められているんだよ。この間イネスと婚約発表をしたのはそういうことなんだ。これから会う機会もなくなるから、その前に、とね。イネスとの婚約はずっと前から決められていたから」
「じゃあ、俺は?」

ここにたった一人、取り残される?
人がたくさんいるのに、誰とも話すことがない生活に逆戻りするってこと?

「もう少しだけ、年が近ければよかったのにね」

兄はため息をついた。年齢の差。それはどうしても越えることができない、大きな壁。

「私はこの家を継ぐために、学園に行かないわけにはいかないんだよ。婚約と同じ。したいわけじゃないけど、それは私の生まれながらの義務であり、責務なんだ」

俺は顔を伏せた。目の奥がじんじんと痛み、いまにも涙がこぼれ落ちそうだ。

「私がいちばん大切に思っているのは、お前だよ。可愛いリュカ。なるべく週末には帰ってくるから、私の帰りを待っていてくれないか」

こらえきれない涙があふれ、俺の膝を濡らした。

「じゃあ、にいちゃんがいない間も俺が耐えられるように、俺に何かちょうだい」
「いいよ、なんでも。私にできることなら」
「おれ、にいちゃんとお風呂に入りたい」
「風呂?」
「うん。にいちゃんがいない時に耐えられるくらい、にいちゃんを近くに感じたい。俺、にいちゃんがいないと、寂しい。すごく寂しくて、ここに底なしの穴が空いてるような気持ちになるんだ」

俺は兄が以前そうしたように、兄の手を俺の胸に乗せた。
兄がそばにいる時、俺の胸はいつも大きく高鳴っている。
その思いを兄がわかってくれたらいいのに。

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