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第一幕〜リュカ〜
26 10歳 兄の婚約
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それから3ヶ月ほど経って、兄の婚約が正式に決まった。
相手はあのイネスだった。
俺が知らなかっただけで、両家の約束により、生まれた時からふたりが結婚することは決まっていたらしい。
俺以外の誰もが知っていたことだった。
イネスの実家の伯爵領は公爵家によって要衝の地にあり、公爵家としてはぜひとも押さえておきたい家だった。また、年の頃もあい、器量もいい。反対する理由がない相手だった。
反対しているのは発言権のない俺だけだ。
兄に婚約を告げられ、一度も会いに行かなくなった。
毎日遊んでいた日課も、俺から近付かなければ簡単に消滅した。
たった、それだけのことだった。
兄が好きで兄を追いかけ回していたのは俺の方。
単なる同情だったんだ。かわいそうなこどもを放っておけなかっただけだったのかな。
今の俺は、兄と目を合わせることが辛く、そばに寄ったら爆発してしまいそうだった。
そんな自分も情けない。自分だけが兄に夢中でずっと一緒にいたいなどと馬鹿げた夢を持っていたなどと知られたら恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。
それなのに、泣いてしまうかもしれない。
きっと兄は戸惑うだろう。兄を困らせるぐらいなら近付かない方がいい。
**********************
晴れた春の日に、兄とイネスの婚約披露パーティーが催された。
国一番の公爵様の後継者の婚約披露ともなれば、招待者は何人いたのかもわからないほどの規模で、その準備は何年もかけて行われていた。それも、知らなかったのは、俺だけだ。俺なんて、知らせる価値もないってことだろう。
婚約式は公爵家の庭園で行われた。
木漏れ日のした、真っ白なレースとリボンをふんだんに使ったドレスを身にまとったイネスを薄いグレーのコートでイネスを引き立てるようにした兄がエスコートしている。イネスの腕と髪には白とピンクの薔薇で彩られ、兄の胸元ポケットにもお揃いの花がさり気なく飾られていた。
ペアを示すそんな配慮にも腹が立つ。
しかも、だれもがイネスを称賛した。
天使のような巻き毛は、陽の光を受けていっそう輝く。
ドレスは最高級の仕立てで、爽やかな風を受けると、ふわふわと風に踊った。
大きな青い瞳は未来への明るい期待にきらめき、ピンク色の頬はつい触れてしまいたくなるような誘惑そのもの。
イネスの細くて白い指がクッキーをつまむと、制作したシェフは神からご指名でも受けたかのように光栄だと微笑み、さくりと小さな真珠のような歯が菓子をかめば、大人たちがその愛らしさにため息をつく。
存在するだけで愛される特別な女の子。
「リュカ」兄がひな壇から俺を手招きした。「私の婚約者になるイネス嬢だよ。イネスとは挨拶したよね?イネス、リュカとも仲良くしてやってくれ」
「ええ、もちろん。私の未来の弟ですもの。これからよろしくね、リュカ」
兄の優しい口調に、イネスはにっこりと笑って応えた。
だが、その目の奥に何かが光ったように思えたのはなぜだろう。
「よろしくお願いします。イネス嬢。僕とは同級だそうですね。これから仲良くしてください」
あの教師に鞭打たれながら仕込まれた社交辞令は健在だった。にこやかに笑って頭を下げると、
「まあ、とっても可愛らしい!それにハンサムなのね」
イネスは両手を小さく打ち合わせてよろこんだ。
ハンサム?そういえば、こいつは初めて会った時も俺の外見に興味をひかれていたような?
「イネス嬢こそ、お可愛らしい。こんな素敵な方と婚約できるなんて、兄は幸せです」
「ふふふ。ありがとう、とっても素敵な方ね、マティアス?」
イネスが笑顔で兄を見上げた。
「そうだろう?リュカはすごくいい子なんだ」
ふたりが目の前でほほえみあい、切り裂かれたように胸がいたんだ。
表面には笑顔をはりつけたまま、身体の奥底から崩折れてそうな思いに必死で耐える。よく血を吐かなかったものだと思う。
「兄上、おめでとう」
祝いのことばを言っているのは俺らしい。どこか別世界の出来事のような、現実感のないこの世界。
二人は遠くへだたり、全てがガラスでできた偽物のように思える。
何もかも叩き壊してしまいたい。
一番壊したいのは、目の前にいる二人。
特に、イネス。
お前は粉々になってもまだ足蹴にしても物足りない。
これほどの憎しみを感じたことはかつてなかった。
奥様に殺されかけても抱かなかった、強く暗い思い。
これが、嫉妬。
殺してやりたい。めちゃくちゃにして路上に打ち捨て犬の餌にしてやりたい。
目の前で幸せそうに笑う女は、俺がそんなことを考えているなんて、思ってもみなかっただろうな。
相手はあのイネスだった。
俺が知らなかっただけで、両家の約束により、生まれた時からふたりが結婚することは決まっていたらしい。
俺以外の誰もが知っていたことだった。
イネスの実家の伯爵領は公爵家によって要衝の地にあり、公爵家としてはぜひとも押さえておきたい家だった。また、年の頃もあい、器量もいい。反対する理由がない相手だった。
反対しているのは発言権のない俺だけだ。
兄に婚約を告げられ、一度も会いに行かなくなった。
毎日遊んでいた日課も、俺から近付かなければ簡単に消滅した。
たった、それだけのことだった。
兄が好きで兄を追いかけ回していたのは俺の方。
単なる同情だったんだ。かわいそうなこどもを放っておけなかっただけだったのかな。
今の俺は、兄と目を合わせることが辛く、そばに寄ったら爆発してしまいそうだった。
そんな自分も情けない。自分だけが兄に夢中でずっと一緒にいたいなどと馬鹿げた夢を持っていたなどと知られたら恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。
それなのに、泣いてしまうかもしれない。
きっと兄は戸惑うだろう。兄を困らせるぐらいなら近付かない方がいい。
**********************
晴れた春の日に、兄とイネスの婚約披露パーティーが催された。
国一番の公爵様の後継者の婚約披露ともなれば、招待者は何人いたのかもわからないほどの規模で、その準備は何年もかけて行われていた。それも、知らなかったのは、俺だけだ。俺なんて、知らせる価値もないってことだろう。
婚約式は公爵家の庭園で行われた。
木漏れ日のした、真っ白なレースとリボンをふんだんに使ったドレスを身にまとったイネスを薄いグレーのコートでイネスを引き立てるようにした兄がエスコートしている。イネスの腕と髪には白とピンクの薔薇で彩られ、兄の胸元ポケットにもお揃いの花がさり気なく飾られていた。
ペアを示すそんな配慮にも腹が立つ。
しかも、だれもがイネスを称賛した。
天使のような巻き毛は、陽の光を受けていっそう輝く。
ドレスは最高級の仕立てで、爽やかな風を受けると、ふわふわと風に踊った。
大きな青い瞳は未来への明るい期待にきらめき、ピンク色の頬はつい触れてしまいたくなるような誘惑そのもの。
イネスの細くて白い指がクッキーをつまむと、制作したシェフは神からご指名でも受けたかのように光栄だと微笑み、さくりと小さな真珠のような歯が菓子をかめば、大人たちがその愛らしさにため息をつく。
存在するだけで愛される特別な女の子。
「リュカ」兄がひな壇から俺を手招きした。「私の婚約者になるイネス嬢だよ。イネスとは挨拶したよね?イネス、リュカとも仲良くしてやってくれ」
「ええ、もちろん。私の未来の弟ですもの。これからよろしくね、リュカ」
兄の優しい口調に、イネスはにっこりと笑って応えた。
だが、その目の奥に何かが光ったように思えたのはなぜだろう。
「よろしくお願いします。イネス嬢。僕とは同級だそうですね。これから仲良くしてください」
あの教師に鞭打たれながら仕込まれた社交辞令は健在だった。にこやかに笑って頭を下げると、
「まあ、とっても可愛らしい!それにハンサムなのね」
イネスは両手を小さく打ち合わせてよろこんだ。
ハンサム?そういえば、こいつは初めて会った時も俺の外見に興味をひかれていたような?
「イネス嬢こそ、お可愛らしい。こんな素敵な方と婚約できるなんて、兄は幸せです」
「ふふふ。ありがとう、とっても素敵な方ね、マティアス?」
イネスが笑顔で兄を見上げた。
「そうだろう?リュカはすごくいい子なんだ」
ふたりが目の前でほほえみあい、切り裂かれたように胸がいたんだ。
表面には笑顔をはりつけたまま、身体の奥底から崩折れてそうな思いに必死で耐える。よく血を吐かなかったものだと思う。
「兄上、おめでとう」
祝いのことばを言っているのは俺らしい。どこか別世界の出来事のような、現実感のないこの世界。
二人は遠くへだたり、全てがガラスでできた偽物のように思える。
何もかも叩き壊してしまいたい。
一番壊したいのは、目の前にいる二人。
特に、イネス。
お前は粉々になってもまだ足蹴にしても物足りない。
これほどの憎しみを感じたことはかつてなかった。
奥様に殺されかけても抱かなかった、強く暗い思い。
これが、嫉妬。
殺してやりたい。めちゃくちゃにして路上に打ち捨て犬の餌にしてやりたい。
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