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5 フィナーレ

235 歓喜

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「まあ、それに」
ハル様が口を開くと、雰囲気がぐっと砕けて、親しげに変わった。
「最初から、他に妃を迎える気はなかったが、お前を正妃にすえるのは難しいと思っていた。なので、世継ぎを産んでもらって、既成事実を積み重ねていけば、他に妃がいなければお前を正妃にするしかないから、うるさ型も納得するだろうと思っていた。お前が聖女だったおかげで、その手間は省けたが」
「えっ?そんなこと、考えていたんですか?」
「ははは、まあな」
「全然知らなかった」
「それはお前が他の女の話を出すからだろ」
「えっ?」
「お前だってたくさんの男がいたくせに」
「いない!いないですよ!?」
「排除するのに苦労したからな」
「ええーーっ?そんなことしてたの!?」
「当たり前だ」
「な、なにそれ。なんか、まるで・・・やきも・・・」

顔がどんどん赤くなっていく。あ、暑い。突然ここだけに夏が来たみたい。
頭がクラクラするほど顔が熱い。ハル様はくくっと口の中でだけ笑うと、私にキスをした。

「・・・」私はもう涙目で言葉が出てこない。
「嫉妬してたさ。当然だろ?」

そう言うともう一度ハル様は私をぎゅっと抱きしめ、くちづけた。
なんだか、もう、たまらない。
やきもちなんて焼く必要一つもなかったのに。
私だって、ハル様だけがずっと好きだったのに。
私はハル様にしがみつき、必死でキスを返す。
もう、それだけで・・・倒れそう。

いつの間にか気を失っちゃったみたい。
そう言えば、体力まだ戻っていなかったんでした。
私が気を失った後、大慌てのハル様が激怒したクロードさんにめちゃくちゃ怒られてたってリーラが後で教えてくれた。




フォーク公爵アドランテ家は、その後取り潰しとなった。
その後の取り調べで、アドランテ家は、100年近くかけて、王家の乗っ取りを企んでいたことが判明した。30年前の魅了騒ぎも黒幕はアドランテ家だったそう。ただ、取り調べをアドランテ家が行い、全ての証拠を隠滅したため、今まで発覚しなかったのだ。
フォーク公は、本物の聖女に戦いを挑み負けたのだと知ってから、廃人のように気力を失い、なんでも話してくれたそう。その取り調べの中で、アドランテ家では、子女をコントロールするために、幼少期に魅了を使っていることも白状した。ルシアナ様も、ご兄弟も、それどころか王妃様さえもかつて魅了薬を投与されてきていたことが判明したのだ。
もしかしたら、王妃様は本当にハル様のためを思って薬を使っていたのかもしれない。
今となってはわからないことだけど、でも、どうせ起こってしまったことだったら、悪い目的よりもいい目的だった方が少しでもマシな気がする。

アドランテ家の罪は、本来であれば一族郎党死罪にも値する罪だったけど、私はそれを望まなかった。
それに、ヴィダル先生や神官長たちも、聖女降誕を血で染めてはならないと、ともに主張してくれた。

事件判明後、アドランテ家が教団内で権力を得るために押し込んだ大神官様は、即、職を辞された。
人としては公正で素晴らしい人だと聞いている。
でも、宝珠を光らせるほどの力はなく、本人はずっと心苦しかったらしい。

公爵は北の塔に幽閉。
公爵夫人は、あまりにも魅了を受け過ぎてしまい、心が壊れてしまっていた。
ひどい薬物中毒で、その後長く療養所で過ごし、数ヶ月後静かに息を引き取ったとのこと。
ルシアナ様は、親たちから離すべきと判断され、修道院にいくことになったと聞いた。
私は、魅了された全ての人に力を込めた水晶を贈るようにリカルドに頼んだ。
いつか、魅了の影響を受けた全ての人々が浄化されることを願っている。

ジョセフは、私が力を入れ過ぎたせいで、人の間で暮らすのが難しくなってしまい、今は白亜の塔で静養している。
白亜の塔が人の役に立ってよかった。ずっと聞くたびにゾッとしてたけど、ジョセフが白亜の塔に入ってからはそういうこともなくなった。ルートが消滅したんだろうか。
ジョセフには、落ち着いたら、話がしたいと伝えたけど、まだ返事は来ない。




そして今日。目覚めてから1週間経ち、やっと歩けるまで回復した。
あれからも毎日、聖女を心配する人々のために、ハル様は民の前に立ってくれていた。
今日、いよいよ民衆に私の元気な回復した姿を見せることになっている。
私が皆に挨拶することは民に伝えられ、続々と集まってきた人々で王宮前の広場は埋め尽くされている。
遠くから聞こえてくる人々の歓声に乗って、喜びと歓迎が伝わってきた。

真っ暗だった空は晴れ渡り、真っ青な空が広がり雲ひとつない。

ハル様がバルコニーから民に私の回復を告げると、ひときわ大きな歓声が起こった。
ハル様が手を振ると、皆大声で聖女の歌を歌いながら、私を待ってくれている。

バルコニーに進みでる。一歩一歩。
地響きのような歓声。
目の前に広がるのは、藍を金で縁取ったリボン。みんな大きくリボンを振り、一面藍に染まった景色はまるで美しい海のよう。

ハル様が手を下に向けて落ち着くようにと合図すると、みなさんの歓声がピタリと止まった。

「みなさん、ありがとうございます!みなさんの祈りのおかげでここまで回復することができました。全ての皆さんに祝福と感謝を送ります。そして、今日という日が平穏でありますように!みなさん、ありがとう!」

どっと歓声が湧き上がった。
広場を満たすのは、歓喜、歓喜、歓喜。
祈ることも願うことも大きなことじゃない。
ただ、今日という日が、そして願わくば明日も、平穏でありますように。
あなたの隣に愛する人がいて、穏やかに暮らせますように。
ただ、それだけ。
でも、それが一番大切。

私は、民の歓声に両手を振って応えた。
どうか、皆さんに平穏で幸せな日々が届きますように、と。

ハル様が私の肩にそっと手を置いた。
私の愛する人はここにいる。
みなさんの愛する人も、隣にありますように。
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