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2 学園編

66 聖女の惑い

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ずっと怒ってばかり。
なぜわかってくれないの?いやわかるわけもないか。
この人は生まれながらにして王子。私が今感じている怖さも惑いもわかるわけがない。

「ハル様にはお分かりになりません。きっと」

おもわず、想いが小さな声になって漏れ出てしまう。
ハルヴァートはがアイスブルーの目をステラに向けた。
ステラはいつもの天真爛漫な様子とは全く違う。肩は落ち、その存在そのものが一回り小さくなったようにすら見える。自信なさげに床を見つめる様子はいつものステラとは別人のように見える。

ステラは男爵領を出てから、今日までのことを思い返していた。
この学園に着いた時、大勢の生徒が歓迎のために集まってくれていた。
学園に着くまでの沿道でも、この学園でも聖女に対する期待と歓迎があふれていた。
期待と歓迎を感謝する気持ちはあったが、それ以上に不安になった。
私はあの期待に応えることはできるのだろうか?と。
期待に応えられなかった時に、期待や歓迎はそのまま失望や嫌悪に変わるのではないか?

学生生活が始まり、嫌がらせが始まると、むしろゲーム通りだと安心することすらあった。
でも、嫌がらせは心をむしばむ。
アリアのしてくるつまらない嫌がらせは、たわいないお嬢様のイタズラだと相手にしないように。気にしないようにしていた。

正直、これまで水をかけられても教科書を破られても平気な顔ができていたのは、始まる前から分かっていたから。
簡単に対応できると思っていた。
分かっていることだから準備しておけばいいのだから、と。
しょせん私はヒロインで相手は戦う前から負けてる雑魚キャラだとどこかで思っていたのかもしれない。
傲慢だった。

でも、今、私は心の底から怯えていた。
私自身は何も変わらない。前世の記憶が断片的にある普通の少女だ。
少しは大人びたところがあるかもしれない。でもそれと聖女なんて別次元の話すぎて、ついていけない。

私に聖女なんて務まらない。
確かにゲームの世界では私ことステラはヒロインで聖女だった。
しかもそれを当然のように受け止めていただろう。
だってゲームの登場人物だから。

でもここは現実の世界。
生きて血が通っている人間の世界。
生きた人間はいい事も悪い事もするし、妬んだり恨んだりだってする。

そんな中でのヒロインで聖女?
現実にはどっちも荷が重い。

ヒロインって何?
物語の中心人物?
他の人の人生まで背負えってこと?
無理。

しかも聖女?
聖女って何?
特にテンプレ的な力とか何も持ってないよ?
光魔法とか、癒しの力とかさ。
そういう分かりやすいパワー的なもの何もないよ?
私はただの子供だけど。
まだ13歳だよ?
いくら前世の記憶があるって言ったってたかがしてれてる。
聖女の経験なんてあるわけない。

そして、この世界での聖女の役割も分からないけど、大の大人が揃いも揃って土下座するように頭を下げるあの光景にはドン引きしていた。
何に対してあの人達は頭を下げているの?
私が何も持っていないって知った時にはどうなっちゃうの?
怖さしかない。

騙されたと手のひらを返したように糾弾されるのでは?と考えた時にものすごく怖い気持ちになった。
ここから逃げ出したい。

でも、あんなに派手に顕現をアピールしちゃったらもうどこにも逃げられない。
ハル様は顔を隠してくれたけど、その前に大勢の人たちに見られちゃっている。
それに何より私の金環の瞳がある限り隠せない。

領地に逃げ帰る?
あのハル様の様子じゃ絶対無理。
領地に迷惑がかかっちゃう。

ああ、困った。
何よりも怖い。
もうどうしたらいいのか分からない。

「私は、怖いんです。聖女であるということが」

やっと絞り出した声は震えていた。
俯いたまま顔を上げることができない。

きっと呆れてるに決まってる。
ハル様に理解してもらえるわけがない。また怒鳴られるのか、バカにされるのか。でも、もういい。
もう、これ以上は無理な気がする。

ハルヴァートは聞こえないくらいの小さい声で「怖い」と漏らしたステラを見つめていた。
こんなにか弱く小さな存在だっただろうか。
いつだってマイペースに楽しげに過ごしてきたステラがこんな不安を抱えていたとは気がつかなかった。でも、ハルヴァートはその感情をよく知っていた。

特別な立場に生まれてきた者にしかわからない感情。
その孤独。
常に誰かに見られ、評価され続けることの怖さ。そして辛さ。
その感情に向き合う事も戦う事も出来ず、ただ当たり前のこととして受け止めることのみを許されてきたハルヴァートからすると正直に気持ちを表すことができるステラの強さは感動的ですらあった。

ハルヴァートはステラに近づき、顔を覗き込んだ。
その泣きそうな困ったような表情を見た瞬間、思わず、両手を伸ばし、腕の中に囲い込んでいた。

「え?」
ステラは突然のハグに驚いた声を上げる。

「そうだな。辛いな。」

一言だけ耳元で囁いたハルヴァートの言葉は、ステラの心にあった高い壁を簡単に乗り越え、心の奥に一瞬で入り込んだ。
目元が熱くなり、涙が溢れこぼれ落ちるのがわかる。
なぜ、この人にわかってもらえたのかわからないが、理解してもらえた。
心に暖かさと安堵が広がる。

ああ、この世界に、私の孤独と不安を理解してくれる人がいるんだ。

ならば、もう少し、続けていけるのかもしれない。
耐えていけるのかもしれない。

私はハル様の肩に頭を寄せると、私を抱く彼の身体をそっと抱きしめ返した。

彼の身体はとても温かかった。


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