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1 聖女開眼
12 専属侍女デボラ(現・男爵夫人の専属侍女) 2
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私は息を飲んだ。
こんなに美しく、素敵なお嬢様を愛さない人間がいるなど、考えたこともなかった。
なんと言ったらいいのか言葉が見つからない。
でも、心のどこかでは分かっていたような気もしていた。
「お嬢様‥‥‥」
「でも、私、あの方を愛しているの。どうしても失いたくない。だから、結婚を取りやめることに同意しなかったわ」
「そんな‥‥‥」
お嬢様は号泣した。
「どうしても、諦められない。愛してるのよ。どうしたらいいのかわからないけど、どうしてもお側にいたいの」
「お嬢様‥‥‥」
お嬢様のお幸せのためにどうしたらいいのか、私は頭を振り絞って考えた。
あまりにも感情を感じさせないディライト卿の瞳。
政略結婚であるとしても、せめて、お嬢様に対し少しでも「情」のある方と結ばれた方が良いのでは?
これからも愛することはないと確信を持って言えるのは、別に恋人がいるのか、もしや女性を愛せない方である可能性すらある。そのような方と結婚されても不幸な未来しか思い浮かばない。
ディライト卿からの申し出は、立場の弱い彼からのせめてもの誠意なのではないか?
「デボラは‥‥‥この結婚はおやめになったほうがいいと思います」
「デボラ‥‥‥!!!お願いあなたまでそんなこと言わないで。私はあの方のお側にいたいの。お願い、一生お側に居られるように協力して、お願い、デボラ。あなたにしか、こんなことお願いできないのよ‥‥‥!!!」
お嬢様は、必死だった。ずっと長くお仕えしている私には分かる。
わざわざ家人の留守を狙って訪ねてきたのだ。ディライト卿はお嬢様を愛することはないのだろう。そして身分からしてもあちらから断ることはできない。おそらく、お嬢様から婚約を破棄してもらうことを期待していたのだろう。そもそも、婚約のきっかけもよくわからないものだった。ある日突然、婚約者になっていた。
そして長い婚約期間中、彼は一度たりともお嬢様に愛情を示したことはなかったのだ。
だが、不幸なことに、お嬢様がディライト卿を愛することをやめられないだろう、ということもわかっていた。
私はお嬢様の性格を知りすぎていた。
「では、お嬢様、このままご結婚なさいませ。そして、一度でも契りを結んでください。そうすれば、白い結婚として婚姻無効を申し立てることはできなくなります。」
「そう、そうなのね‥‥‥わかったわ」
お嬢様は涙にくれる瞳を上げた。
お嬢様は私の言葉通り、初夜には契りを結ばれた。
初夜の証が印された寝具は私が片付けたのだから、間違いない。
しかし、それ以降、ディライト卿、いえ旦那様がお嬢様‥‥‥奥様のお部屋を訪れることはなかった。
結婚以来、奥様は心を失くされたように、ただ、伯爵家で高度な教育を受けた令嬢として家政を完璧にこなし、淡々とお過ごしになっていた。あの明るい笑顔は、失われてしまった。
旦那様と奥様の関係は結婚前と変わらず、他人のまま。
愛し合うように目配せする姿も、お互いを慈しむように笑い合うこともない。
とはいえ、いがみ合うこともない。
そういった、幸せではないが、穏やかな日々が続いていくのかと思っていたが、いつまでもそのままでは居られなかった。
奥様が旦那様の親族から石女と蔑まれ、養子を迎えるよう迫られるようになってきたのだ。
旦那様は、親族からの奥様への心無い批判に対し、反論することもなければ、賛同することもなかった。
完全なる無関心。
だが、男爵家のために養子を迎えることには同意された。
これから男爵家に子どもが生まれることはないと知っているのだから。
旦那様には、領主として領地と領民を守る貴族の責務を全うするため、後代へ領地を引き継ぐ責任がある。
そして貴族の妻の最も重要な役目は後継を生み育てること。
奥様が異論を唱えられるはずもなかった。
跡取りとして、旦那様の従兄弟の三男として生まれた7歳の少年を迎えることとなった。
少年は親子といっても不思議がないほどに旦那様に似ていた。
しかし、特に歓迎されることも冷遇されることもなく男爵家に迎えられ、淡々と後継としての教育が進められていった。
男爵家の「家族」たちは夕食のみ一緒に取っていたが、必要以上の会話はなかった。
温かみや優しさを感じられない日々。
少しずつ、人間味や優しさがすり減っていく。
味のしない食事。必要最低限の会話。
心が、少しずつ死んでいく。
永遠に続く、生きたまま死んでいるような日々。
誰もが、暖かい心や優しさを少しずつ、少しずつ、失っていく。
寂しさ、怒り、やるせなさ、そんな感情ばかりが毎日降り積もる。
日々膨れあがる思いは、少しのきっかけで抱えきれない岩のように、私たちの心も身体も押し潰してしまうに違いない。
危うい、危ういバランスの中、なぜ、このようなことに?と、怒りだけが積み重なっていく。
誰一人、幸せな人はいない。
何故‥‥‥何故?
そして、養子を迎えてから、一年ほどたったある日、旦那様が突然奥様に宣告されたのだ。
「私には10歳になる娘がいる。母親が養育していたが、病気で亡くなったため、この屋敷に私の娘として、迎え入れることにする。何があろうと、この、私の決定について、反論は許さない」と。
こんなに美しく、素敵なお嬢様を愛さない人間がいるなど、考えたこともなかった。
なんと言ったらいいのか言葉が見つからない。
でも、心のどこかでは分かっていたような気もしていた。
「お嬢様‥‥‥」
「でも、私、あの方を愛しているの。どうしても失いたくない。だから、結婚を取りやめることに同意しなかったわ」
「そんな‥‥‥」
お嬢様は号泣した。
「どうしても、諦められない。愛してるのよ。どうしたらいいのかわからないけど、どうしてもお側にいたいの」
「お嬢様‥‥‥」
お嬢様のお幸せのためにどうしたらいいのか、私は頭を振り絞って考えた。
あまりにも感情を感じさせないディライト卿の瞳。
政略結婚であるとしても、せめて、お嬢様に対し少しでも「情」のある方と結ばれた方が良いのでは?
これからも愛することはないと確信を持って言えるのは、別に恋人がいるのか、もしや女性を愛せない方である可能性すらある。そのような方と結婚されても不幸な未来しか思い浮かばない。
ディライト卿からの申し出は、立場の弱い彼からのせめてもの誠意なのではないか?
「デボラは‥‥‥この結婚はおやめになったほうがいいと思います」
「デボラ‥‥‥!!!お願いあなたまでそんなこと言わないで。私はあの方のお側にいたいの。お願い、一生お側に居られるように協力して、お願い、デボラ。あなたにしか、こんなことお願いできないのよ‥‥‥!!!」
お嬢様は、必死だった。ずっと長くお仕えしている私には分かる。
わざわざ家人の留守を狙って訪ねてきたのだ。ディライト卿はお嬢様を愛することはないのだろう。そして身分からしてもあちらから断ることはできない。おそらく、お嬢様から婚約を破棄してもらうことを期待していたのだろう。そもそも、婚約のきっかけもよくわからないものだった。ある日突然、婚約者になっていた。
そして長い婚約期間中、彼は一度たりともお嬢様に愛情を示したことはなかったのだ。
だが、不幸なことに、お嬢様がディライト卿を愛することをやめられないだろう、ということもわかっていた。
私はお嬢様の性格を知りすぎていた。
「では、お嬢様、このままご結婚なさいませ。そして、一度でも契りを結んでください。そうすれば、白い結婚として婚姻無効を申し立てることはできなくなります。」
「そう、そうなのね‥‥‥わかったわ」
お嬢様は涙にくれる瞳を上げた。
お嬢様は私の言葉通り、初夜には契りを結ばれた。
初夜の証が印された寝具は私が片付けたのだから、間違いない。
しかし、それ以降、ディライト卿、いえ旦那様がお嬢様‥‥‥奥様のお部屋を訪れることはなかった。
結婚以来、奥様は心を失くされたように、ただ、伯爵家で高度な教育を受けた令嬢として家政を完璧にこなし、淡々とお過ごしになっていた。あの明るい笑顔は、失われてしまった。
旦那様と奥様の関係は結婚前と変わらず、他人のまま。
愛し合うように目配せする姿も、お互いを慈しむように笑い合うこともない。
とはいえ、いがみ合うこともない。
そういった、幸せではないが、穏やかな日々が続いていくのかと思っていたが、いつまでもそのままでは居られなかった。
奥様が旦那様の親族から石女と蔑まれ、養子を迎えるよう迫られるようになってきたのだ。
旦那様は、親族からの奥様への心無い批判に対し、反論することもなければ、賛同することもなかった。
完全なる無関心。
だが、男爵家のために養子を迎えることには同意された。
これから男爵家に子どもが生まれることはないと知っているのだから。
旦那様には、領主として領地と領民を守る貴族の責務を全うするため、後代へ領地を引き継ぐ責任がある。
そして貴族の妻の最も重要な役目は後継を生み育てること。
奥様が異論を唱えられるはずもなかった。
跡取りとして、旦那様の従兄弟の三男として生まれた7歳の少年を迎えることとなった。
少年は親子といっても不思議がないほどに旦那様に似ていた。
しかし、特に歓迎されることも冷遇されることもなく男爵家に迎えられ、淡々と後継としての教育が進められていった。
男爵家の「家族」たちは夕食のみ一緒に取っていたが、必要以上の会話はなかった。
温かみや優しさを感じられない日々。
少しずつ、人間味や優しさがすり減っていく。
味のしない食事。必要最低限の会話。
心が、少しずつ死んでいく。
永遠に続く、生きたまま死んでいるような日々。
誰もが、暖かい心や優しさを少しずつ、少しずつ、失っていく。
寂しさ、怒り、やるせなさ、そんな感情ばかりが毎日降り積もる。
日々膨れあがる思いは、少しのきっかけで抱えきれない岩のように、私たちの心も身体も押し潰してしまうに違いない。
危うい、危ういバランスの中、なぜ、このようなことに?と、怒りだけが積み重なっていく。
誰一人、幸せな人はいない。
何故‥‥‥何故?
そして、養子を迎えてから、一年ほどたったある日、旦那様が突然奥様に宣告されたのだ。
「私には10歳になる娘がいる。母親が養育していたが、病気で亡くなったため、この屋敷に私の娘として、迎え入れることにする。何があろうと、この、私の決定について、反論は許さない」と。
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