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17 勇太
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何も起こっていない。
何も特別なことは起こっていない。
そう、真冬に頭からバケツの水をかけられるような、そんな非日常的なことは、ここでは全く起こっていない。
そんな声だった。
やっぱり、富山壮介は流石だ。あいつの心は全く揺らいでいない。
ずっと凪いだままだ。
そう、平常心のままだ。
だが、オレは、そうはいかない。富山壮介がどう、とかいう問題じゃない。
オレに水をかけようとしたのもムカつくが、それ以上に無関係な人を巻き込むストーカーが許せなかった。
気がついたら、ストーカーに向かって怒鳴りつけていた。
「お前ほんっとふざけんなよ!なんなんだよ!!」
自分でも頭に血が上って、沸騰しそうな自覚がある。
腹が立つ。腹が立つ。もうこれ以上は耐えられない。
暴力沙汰で停学になるかもしれない、とちらりとよぎったが、あと1秒でさえも我慢できない。
「絶対に道場で習ったことを外で使ってはならない」
武道を学ぶ時に最初に言われる言葉だ。いままで、ずっとその言葉を守ってきた。でも、もう守れないかもしれない。抑えきれないほどの怒りでいっぱいになり、コントロールが効かなくなる。
が、ヤツはオレがマジギレしていることよりも、富山壮介の方をビビった様子で見ると、慌てて逃げていった。
ある意味、生存本能なのかもしれない。
富山壮介には、本当に申し訳なさしかない。
オレにとって憧れの存在、ともいうべき冨山壮介との初めての会話はすっかり情けないものとなってしまった。
何を話したのか覚えていない。
ただ、掴まれた手のひらの暖かさと大きさにうろたえた記憶しかない。
でも、今は真冬だ。雪が降っているのに水をかぶるなんて、風邪を引いてしまう。
慌てて温かいものを差し入れようと校外のコンビニに走った。
着いて初めて気がつく。好きな飲み物は何だろう?目の前には色とりどりのホットドリンク。
一緒に飲み物を飲んだことすらないオレには想像もつかない。
とりあえず片っ端からかごにいれた。
そういえば、着替えも必要だろう。コンビニにあった下着やタオルもカゴに放り込む。
たった、それだけでいいのだろうか。
本当に申し訳ない。
とりあえず温かいものだけでも、と部室まで届けに行ったら、道着に着替えた富山くんがオレを迎えてくれた。
しかも、寒いだろうと部室にまで入れてくれる。
オレは、まさに身の置き所がない、という感覚を初めて味わった。
巻き込んでしまったのだから、当然、事情を説明を説明する必要があるだろう。
オレがあんなヤツに付きまとわれ、しかも、性的対象として見られていることを話すなんて、恥ずかしさしかない。
しかも相手は冨山壮介だ。
本当に、恥ずかしかった。
男のストーカーじみたヤツに性的対象として見られていることも、そんな、ヤツにうまく対処できない自分も。
全てが恥ずかしかった。
でも、そんなオレに対し、富山壮介はまるで当たり前のように言ったんだ。
「謝るな、お前は何も悪くない」って。
それがオレの、恋に落ちた、瞬間だった。
なぜだかわからない。だけどはっきりわかった。
散々男からの視線を嫌悪していたはずのオレは、すとんと恋に落ちてしまったんだって。
富山壮介は紛れもなく男であるはずなのに、男のオレが、男に恋をしてしまった。
顔が赤くなる、動悸がする。
全身の毛穴から汗が噴き出すような感覚。
でも、恋に落ちる前とは世界が一変し、輝き出す。
何故か、この柔道部の部室ですら、輝きを増した様に感じる。
でも、どうしたらいいのかわからない。前にも後ろにも進めない。
何を言ったらいいのかわからない。
自分が何を話したかすら覚えていない。
この、すっかり変わってしまった世界の中で、ただ戸惑うだけ。
ただ
戸惑う
だけ。
________________________________
ありがとうございました。
何も特別なことは起こっていない。
そう、真冬に頭からバケツの水をかけられるような、そんな非日常的なことは、ここでは全く起こっていない。
そんな声だった。
やっぱり、富山壮介は流石だ。あいつの心は全く揺らいでいない。
ずっと凪いだままだ。
そう、平常心のままだ。
だが、オレは、そうはいかない。富山壮介がどう、とかいう問題じゃない。
オレに水をかけようとしたのもムカつくが、それ以上に無関係な人を巻き込むストーカーが許せなかった。
気がついたら、ストーカーに向かって怒鳴りつけていた。
「お前ほんっとふざけんなよ!なんなんだよ!!」
自分でも頭に血が上って、沸騰しそうな自覚がある。
腹が立つ。腹が立つ。もうこれ以上は耐えられない。
暴力沙汰で停学になるかもしれない、とちらりとよぎったが、あと1秒でさえも我慢できない。
「絶対に道場で習ったことを外で使ってはならない」
武道を学ぶ時に最初に言われる言葉だ。いままで、ずっとその言葉を守ってきた。でも、もう守れないかもしれない。抑えきれないほどの怒りでいっぱいになり、コントロールが効かなくなる。
が、ヤツはオレがマジギレしていることよりも、富山壮介の方をビビった様子で見ると、慌てて逃げていった。
ある意味、生存本能なのかもしれない。
富山壮介には、本当に申し訳なさしかない。
オレにとって憧れの存在、ともいうべき冨山壮介との初めての会話はすっかり情けないものとなってしまった。
何を話したのか覚えていない。
ただ、掴まれた手のひらの暖かさと大きさにうろたえた記憶しかない。
でも、今は真冬だ。雪が降っているのに水をかぶるなんて、風邪を引いてしまう。
慌てて温かいものを差し入れようと校外のコンビニに走った。
着いて初めて気がつく。好きな飲み物は何だろう?目の前には色とりどりのホットドリンク。
一緒に飲み物を飲んだことすらないオレには想像もつかない。
とりあえず片っ端からかごにいれた。
そういえば、着替えも必要だろう。コンビニにあった下着やタオルもカゴに放り込む。
たった、それだけでいいのだろうか。
本当に申し訳ない。
とりあえず温かいものだけでも、と部室まで届けに行ったら、道着に着替えた富山くんがオレを迎えてくれた。
しかも、寒いだろうと部室にまで入れてくれる。
オレは、まさに身の置き所がない、という感覚を初めて味わった。
巻き込んでしまったのだから、当然、事情を説明を説明する必要があるだろう。
オレがあんなヤツに付きまとわれ、しかも、性的対象として見られていることを話すなんて、恥ずかしさしかない。
しかも相手は冨山壮介だ。
本当に、恥ずかしかった。
男のストーカーじみたヤツに性的対象として見られていることも、そんな、ヤツにうまく対処できない自分も。
全てが恥ずかしかった。
でも、そんなオレに対し、富山壮介はまるで当たり前のように言ったんだ。
「謝るな、お前は何も悪くない」って。
それがオレの、恋に落ちた、瞬間だった。
なぜだかわからない。だけどはっきりわかった。
散々男からの視線を嫌悪していたはずのオレは、すとんと恋に落ちてしまったんだって。
富山壮介は紛れもなく男であるはずなのに、男のオレが、男に恋をしてしまった。
顔が赤くなる、動悸がする。
全身の毛穴から汗が噴き出すような感覚。
でも、恋に落ちる前とは世界が一変し、輝き出す。
何故か、この柔道部の部室ですら、輝きを増した様に感じる。
でも、どうしたらいいのかわからない。前にも後ろにも進めない。
何を言ったらいいのかわからない。
自分が何を話したかすら覚えていない。
この、すっかり変わってしまった世界の中で、ただ戸惑うだけ。
ただ
戸惑う
だけ。
________________________________
ありがとうございました。
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