23 / 23
【外伝・終】恋愛ドラマの(残念)女王が爆誕した日⑧
しおりを挟む
ユカリさんからもらった秘蔵映像は、あたしにとってもとんでもないお宝映像となった。
ドジっ子で、清楚系正統派健気ヒロインの理緒たんとはまったくちがうその人物造形に、あたしの心は撃ち抜かれた。
ヤバい、この人すごすぎる。
演技にどれだけ振り幅があんのよ!?
思わず早戻しをして、何度もくりかえし再生してみたけれど、とんでもなかった。
もう単純に目が奪われた。
だって、その豹変する際の演技と殺陣だけじゃない。
あらためてよく見てみたら、最初から彼はとても細かいお芝居をしていた。
画面のはしで、ほとんど映っていなくても、彼はきちんとその役としてそこに生きていた。
思い詰めたような真剣な顔も、頼りなさげにほほえむ顔も全部、注目していればそのときの彼の心情が伝わってくる。
しぐさひとつとっても、それまでの彼の演じる役の過去をかんがえさせられるようなものになっていて……。
そりゃ顔だけ見たら、主人公の弟役を演じたバーターくんのほうが、はるかにイケメンだったかもしれないけれど。
でも理緒たんのなかの人にはそれだけじゃない、ひとたび演じたならば、とたんにかがやき出すオーラのようなものがある。
……まぁ、ついでにちょっと腐った目で見ると、この役は強気受けで泣かせたくなるような感じがしたのは、ここだけの話だとして。
敵の鬼畜攻め×意地っ張り受けでも、味方の先輩包容力攻め×ツンデレ受けでも、ついでに言えば例のバーター弟による天真爛漫ワンコ攻め×えっちなお兄さん受けでもどれでもおいしくいただける!
……じゃなくて。
どのカプもとってもおいしいけれど、今はそうじゃなくて!
マジメに、お芝居として見たときの所感だったわね。
いったい何者なの、あの人は!?
見終わって最初に思ったのは、それだった。
あれだけのポテンシャルを秘めているのに、全然脚光を浴びてないなんて、みんな目がおかしいんだろうか?
たしかに所属は『プロダクションしじま』なんていう、聞いたこともない事務所だったけど、それにしたってもったいない。
なんでなんだろう??
それがあたしには、どうしても不思議だった。
やっぱり、目立ちすぎるからダメなのかしら?
でも理緒たんのときを見るかぎり、あえて抑えた演技で、つたない相手の演技のカバーまでしてあげていたんだから、それがダメだというのなら、目立ちすぎないように控えめにすることも可能だろうに……。
すごいものを見て興奮しているはずなのに、胸のなかのモヤモヤが、その疑問が、のどに刺さる小骨のように気になって仕方がなかった。
* * *
あれから理緒たんのなかの人の演技が、目に焼きついてしまって離れない。
気になって調べてみれば、過去にあたしの事務所の先輩が出ている連ドラだのスペシャルドラマだのにゲスト出演していることもあったらしい。
こういうとき、大手芸能事務所にいると助かるのよね。
たとえば舞台にしても、公式には円盤になってない作品でも、『記録映像』という決して外部に出まわることのない参考用に録画されたものを見ることができる。
まぁ、ドラマとかなら、ふつうにお願いすれば事務所で録画してたものが借りられたんだけど。
で、その事務所の力を遺憾なく発揮して、見てやりましたよ推しの出ていた作品を!!
言うまでもなく、そのどれもがキラリと光る演技ばかりだった。
本当に彼は、毎回メイクひとつで印象が大きく変わる。
役によって演技も全然ちがうから、あたりまえといえば、あたりまえなんだろうけど。
もっと彼の演じている姿を見たい。
そう願う気持ちは、片思いの恋にも似ていた。
でもあたしにとっての彼は、役者として尊敬すべき存在として『神』にも等しく思えていたからこそ、それはたんなる恋愛感情とはならなかった。
だって『神』よ?
神とは、人が崇め敬うものでしょう?
ヲタクなら祭壇作って祀るレベルの存在で、決してフラットな立場にはならないものでしょうが!!
それになにより、あたしの場合は大前提としてタカリオがいる。
なかの人たちに関してもそうだけど、推しカプがいたら見守りたいのがヲタクであって、それに割って入ってジャマしようだなんて、そんな無粋なことを思うはずがない。
ついに昨晩最終回を迎えたタカリオコンビのドラマは、あたしとユカリさんを寝不足にさせた。
おたがいに興奮しすぎて、眠れずに長電話しまくってたわよ、なんか文句ある?
これが見納めかと思ったら、もうなんか悲しくて、でも最終回は最高に萌える展開で、うれしいんだか悲しいんだかわからなくなっちゃったんだもの!
でもいつかまた続編をやってほしい、もちろん連ドラがいちばんうれしいけれどワガママは言わない。
たとえ単発スペシャルでもいい、またタカリオのふたりが見たい。
そう願ってやまなかったあたしのもとに、ユカリさんから事件の一報が入ったのは、ある日のことだった。
* * *
「大変よ、怜奈ちゃん!理緒たんの役の子、東城湊斗のファンに刺されそうになったって……!」
「ハァッ!?なによ、それ!どういうことなの?!」
楽屋に駆け込んできたユカリさんが開口一番に、そんな衝撃的なニュースを告げてきた。
「今、ゴリエちゃんから連絡があって……幸いにして理緒たんにケガとかはなかったみたいなんだけど、その東城くんのファンとおぼしき子が、わけのわかんないこと言ってナイフふりまわしてきたって……」
息切れを起こしてふらりと倒れ込みそうになるユカリさんを支えると、そっと椅子に座らせる。
出た、なぞのメイク仲間のゴリエさん!
名前がゴツすぎて、どんな人なんだろうって、すごい気になっていた人物だ。
そんなあたしの横から、マネージャーの広田さんがそっとお水を差し出してくる。
「あら、ありがとう、気が利くのね」
「いえ、当然のことッスから」
広田さんはぶっきらぼうなところはあるけれど、いかにも体育会系女子って感じで、サバサバしているところをあたしは気に入っていた。
今だって、ちゃんとあたしの大事な腐仲間のユカリさんを大事にしてくれている。
相手がタレントではなくスタッフだからといって下に見ることもないし、変な偏見とかは持っていないみたいで、そういうところもあたしにとっては重要なポイントだった。
「それで、理緒たんは……!?」
思わず心配になったあたしは、ユカリさんの肩をつかんで問う。
たぶん、かなり必死の形相をしていたと思う。
「え、えぇ、それが私もゴリエちゃんから聞いて気が動転してしまって……詳しいことはまだ聞いてないのよ……」
ようやく落ちついてきたらしいユカリさんは、ガックリと肩を落とした。
コンコンコン……
と、そこへ楽屋のドアをノックする音が響いて、あわてて広田さんが応対に出る。
ドアのほうからはぼそぼそと、なにか話している声が聞こえるけれど、あたしはそれどころじゃない気持ちだった。
「怜奈、ユカリさんに来客よ」
「どうぞー……って、どちらさま?」
広田さんが半身をずらして、部屋のなかへと相手をいざなうのに、首をかしげる。
その直後、なかへ入ってきたのは、黒髪ロングヘアーで、メガネをかけた美人さんだった。
わぁ、だれだかわかんないけど、なんかいかにも仕事ができそうって感じ!
「あらっ、ゴリエちゃん!?」
「えっ……ゴリ……ウソでしょっ?!」
どうやら目の前の黒髪美人さんは、ウワサの『ゴリエ』さんらしい。
いや、まさかこんな楚々とした美人さんのどこが『ゴリエ』さんなのよ?!
名前を聞いて想像していたゴリラ要素満点な姿とは、あまりにもギャップがある容姿に、あたしはバカみたいに口をポカンとあけてしまった。
「はじめまして、宮古怜奈さん。私、ユカ子さんとおなじメイクアップアーティストのGo-Rieと申します」
……ウソでしょ、まさかのホンモノのゴリエさんだった!?
「あ……えっと、はじめまして宮古です。変わったお名前ですね……」
どこにもゴリエ成分の感じ取れない見た目に、一瞬呆けそうになりながら、あわててかえす。
「あぁ、ふざけた名前ですみません。私、本名が後藤貴里江なんです。だから略してゴリエって、昔から呼ばれていたあだ名をアーティスト名にしたんです」
「な、なるほど……」
言われてみると、案外ふつうのお名前なのかもしれないわね。
「あらためまして突然のご訪問、失礼いたします。宮古怜奈さんもユカ子さんの腐仲間と聞いて、理緒たんの心配をされているのではないかと思い、こうして押しかけてしまいました」
「っ!それで、理緒たんは?!」
深々とあたまを下げられ、気になっていた情報に思わず身をのり出した。
「えぇ、持ち前の反射神経で難なくよけられたので、ひとまずご本人はかすり傷ひとつ負っていません」
「「よかったぁ~……」」
とたんにホッとして、全身から力が抜けていく。
見れば、ユカリさんもあたしとおなじように脱力している。
「私の兄が東城湊斗さんのマネージャーをやっておりまして、そこから直接顛末を聞いてまいりました」
ゴリエさんの話はこうだ。
犯人は、東城湊斗の強烈なストーカーじみたファンのひとりだったらしい。
なんでもモリプロでも警戒していた彼女は、はじめは出待ち入待ちもするような、ただの熱心なファンにすぎなかったらしい。
でもそれが、いつの間にかあの例のドラマのタカリオコンビを見ているうちに、彼女のなかでは自分こそが理緒たんのように大事にされている彼女だという妄想をいだくようになってしまったようで。
そして彼女は、貴宏にとっての特別な立ち位置にいる理緒たんに嫉妬した。
特にあたしもユカリさんも狂喜した最終回は、あまりにも理緒たんと貴宏の距離が近かったからなのか、それを見た犯人は、理緒たんが誘惑したせいで浮気をしたんだとキレてしまったそうだ。
そんな妄想のうえでの嫉妬をこじらせて、折り畳み式の果物ナイフで襲いかかったというのが真相なんだとか。
うわ、なにそれ怖い。
あたしたち役者は、ドラマだとか舞台だとかのお芝居で、それぞれのキャラクターを演じている。
いかにそこにリアリティーを持たせるかが大切ではあるけれど、ときおりそれを見る人にとっての事実になってしまうことがある。
あたしだって、恋愛ドラマが主なフィールドなんだから、相手役の俳優さんのファンに嫉妬されてもおかしくないわけだ。
なにしろ通常は、イケメン俳優を相手にあれこれ恋愛するのを演じてみせるんだから。
そうかんがえると、決して他人事ではないそれに、背すじに冷たいものが走った。
「その犯人は精神科への通院履歴があったようなので、おそらく事件にしても捕まえられそうにないということで、モリプロ側では公表せずに示談に持ち込む代わりに、自社の息のかかった病院に監視付きで、しっかり入院してもらうことにしたそうです」
ゴリエさんは、淡々と報告をしてくれる。
そういう話は、下手に表沙汰になっても、タレント側は被害者であるにもかかわらず、ダメージを負うこともあるわけだ。
そこら辺は、理緒たんの事務所のほうではなにもフォローがなかったらしく、キレ気味にゴリエさんのお兄さん───つまり東城湊斗のマネージャーさんが仕切ったということらしい。
「それで、問題はここからです!今回の件で、東城湊斗と理緒たんとはしばらく距離を置くよう、双方の事務所から事実上の共演NGが出てしまいました……!!」
「「なんですって!?」」
あまりのことに、あたしとユカリさんの声がハモる。
「それと、これ以外にも理緒たんのところへは、東城湊斗ファンを名乗る輩からの嫌がらせが多数寄せられていたようで、彼もまたしばらく休養に入ることになったと……」
「そんな……っ!」
ゴリエさんの報告は、あたしにとっては絶望をもたらすものだった。
「兄は、己の落ち度でこのような事態を引き起こしてしまったことを、深く反省しております。東城湊斗さんのファンの統制が取れるまでは、ひとまず距離を置くのがいちばんだと……」
ファンの統制ですって……?
どうやさしく見積もっても、これから増える一方なそれの統制を取るなんて、無理な話でしょ?!
つまり、あたしたちが切望していたタカリオコンビの続編は、永久に見られなくなってしまったようなものだということじゃない!?
───そんなの、冗談じゃない!!
あんなに沼のタカリオコンビを、ここで永遠に終わらせてなるものですか!
どうすればいい?
どうすればあたしは、タカリオのふたりを見ることができるかしら??
これまでの経験や知識を総動員して、必死にあたまをフル回転させる。
───そしてこたえは、導き出された。
共演NGを申し出たのは、東城湊斗のマネージャーと、理緒たんの所属するプロダクションしじまなら、それよりもあたしが発言力を持てばいい。
そして理緒たんにとって危険な颯田川Pを排除するのであれば……。
「───わかったわ、ならあたしがスポンサー兼プロデューサーになって、続編を作らせればいいのね?!」
「怜奈ちゃんっ?!」
そうよ、それしかないわ!
「あたしがこの業界でトップを取って、天下のモリプロさんにも、しじまさんにも共演NGを取り下げさせるわ!そんでもって、石油王になってその財力で岸本監督以下、全スタッフを集結させて続編を作る!!」
「キャー、カッコいい!その意気よ、怜奈ちゃん!!」
こぶしをにぎりしめてふりあげるあたしに、ユカリさんが拍手をしながらのってくる。
よく見れば、目をキラキラかがやかせたゴリエさんも拍手をしている。
そしてこの日を境に、あたしの目標は『業界でトップを取って石油王になる』になったのだった。
でもあたしは、すっかり忘れていた───雑誌やテレビの取材には、事務所の検閲があるということを。
取材を受けるたびに口にしていたそのタカリオを見たいがためのあたしの目標は、言葉の一部をうまく切り貼りされて『恋愛ドラマの女王と呼ばれるような存在になりたいです』と変換されていた。
恐るべし、スターライトプロモーション!!
あたしの欲にまみれた目標は、スタラコードに引っかかってしまったってことなの?!
思わずくやしさに歯噛みしたのは、言うまでもなかった。
* * *
そしてこのときから2年後、いまだ石油王にはなっていなかったものの、『恋愛ドラマの女王』の呼び名を手に入れていたあたしは、ついに東城湊斗と恋人役で共演をすることになる。
そこで念願の理緒たんに出会えることになるのは、もうまもなくのことだった。
* * *
───これは、のちに『恋愛ドラマの女王』と呼ばれ、お茶の間に愛されることになった女優、宮古怜奈がヨコシマな理由から『業界トップにのぼりつめて石油王になる』という野望を抱いた経緯を記した、残念女王がこの世に爆誕した日にいたるまでのお話である。
だがその本当の背景を知るものは、この世にわずかしかいないのであった───
~ 外伝・完 ~
ドジっ子で、清楚系正統派健気ヒロインの理緒たんとはまったくちがうその人物造形に、あたしの心は撃ち抜かれた。
ヤバい、この人すごすぎる。
演技にどれだけ振り幅があんのよ!?
思わず早戻しをして、何度もくりかえし再生してみたけれど、とんでもなかった。
もう単純に目が奪われた。
だって、その豹変する際の演技と殺陣だけじゃない。
あらためてよく見てみたら、最初から彼はとても細かいお芝居をしていた。
画面のはしで、ほとんど映っていなくても、彼はきちんとその役としてそこに生きていた。
思い詰めたような真剣な顔も、頼りなさげにほほえむ顔も全部、注目していればそのときの彼の心情が伝わってくる。
しぐさひとつとっても、それまでの彼の演じる役の過去をかんがえさせられるようなものになっていて……。
そりゃ顔だけ見たら、主人公の弟役を演じたバーターくんのほうが、はるかにイケメンだったかもしれないけれど。
でも理緒たんのなかの人にはそれだけじゃない、ひとたび演じたならば、とたんにかがやき出すオーラのようなものがある。
……まぁ、ついでにちょっと腐った目で見ると、この役は強気受けで泣かせたくなるような感じがしたのは、ここだけの話だとして。
敵の鬼畜攻め×意地っ張り受けでも、味方の先輩包容力攻め×ツンデレ受けでも、ついでに言えば例のバーター弟による天真爛漫ワンコ攻め×えっちなお兄さん受けでもどれでもおいしくいただける!
……じゃなくて。
どのカプもとってもおいしいけれど、今はそうじゃなくて!
マジメに、お芝居として見たときの所感だったわね。
いったい何者なの、あの人は!?
見終わって最初に思ったのは、それだった。
あれだけのポテンシャルを秘めているのに、全然脚光を浴びてないなんて、みんな目がおかしいんだろうか?
たしかに所属は『プロダクションしじま』なんていう、聞いたこともない事務所だったけど、それにしたってもったいない。
なんでなんだろう??
それがあたしには、どうしても不思議だった。
やっぱり、目立ちすぎるからダメなのかしら?
でも理緒たんのときを見るかぎり、あえて抑えた演技で、つたない相手の演技のカバーまでしてあげていたんだから、それがダメだというのなら、目立ちすぎないように控えめにすることも可能だろうに……。
すごいものを見て興奮しているはずなのに、胸のなかのモヤモヤが、その疑問が、のどに刺さる小骨のように気になって仕方がなかった。
* * *
あれから理緒たんのなかの人の演技が、目に焼きついてしまって離れない。
気になって調べてみれば、過去にあたしの事務所の先輩が出ている連ドラだのスペシャルドラマだのにゲスト出演していることもあったらしい。
こういうとき、大手芸能事務所にいると助かるのよね。
たとえば舞台にしても、公式には円盤になってない作品でも、『記録映像』という決して外部に出まわることのない参考用に録画されたものを見ることができる。
まぁ、ドラマとかなら、ふつうにお願いすれば事務所で録画してたものが借りられたんだけど。
で、その事務所の力を遺憾なく発揮して、見てやりましたよ推しの出ていた作品を!!
言うまでもなく、そのどれもがキラリと光る演技ばかりだった。
本当に彼は、毎回メイクひとつで印象が大きく変わる。
役によって演技も全然ちがうから、あたりまえといえば、あたりまえなんだろうけど。
もっと彼の演じている姿を見たい。
そう願う気持ちは、片思いの恋にも似ていた。
でもあたしにとっての彼は、役者として尊敬すべき存在として『神』にも等しく思えていたからこそ、それはたんなる恋愛感情とはならなかった。
だって『神』よ?
神とは、人が崇め敬うものでしょう?
ヲタクなら祭壇作って祀るレベルの存在で、決してフラットな立場にはならないものでしょうが!!
それになにより、あたしの場合は大前提としてタカリオがいる。
なかの人たちに関してもそうだけど、推しカプがいたら見守りたいのがヲタクであって、それに割って入ってジャマしようだなんて、そんな無粋なことを思うはずがない。
ついに昨晩最終回を迎えたタカリオコンビのドラマは、あたしとユカリさんを寝不足にさせた。
おたがいに興奮しすぎて、眠れずに長電話しまくってたわよ、なんか文句ある?
これが見納めかと思ったら、もうなんか悲しくて、でも最終回は最高に萌える展開で、うれしいんだか悲しいんだかわからなくなっちゃったんだもの!
でもいつかまた続編をやってほしい、もちろん連ドラがいちばんうれしいけれどワガママは言わない。
たとえ単発スペシャルでもいい、またタカリオのふたりが見たい。
そう願ってやまなかったあたしのもとに、ユカリさんから事件の一報が入ったのは、ある日のことだった。
* * *
「大変よ、怜奈ちゃん!理緒たんの役の子、東城湊斗のファンに刺されそうになったって……!」
「ハァッ!?なによ、それ!どういうことなの?!」
楽屋に駆け込んできたユカリさんが開口一番に、そんな衝撃的なニュースを告げてきた。
「今、ゴリエちゃんから連絡があって……幸いにして理緒たんにケガとかはなかったみたいなんだけど、その東城くんのファンとおぼしき子が、わけのわかんないこと言ってナイフふりまわしてきたって……」
息切れを起こしてふらりと倒れ込みそうになるユカリさんを支えると、そっと椅子に座らせる。
出た、なぞのメイク仲間のゴリエさん!
名前がゴツすぎて、どんな人なんだろうって、すごい気になっていた人物だ。
そんなあたしの横から、マネージャーの広田さんがそっとお水を差し出してくる。
「あら、ありがとう、気が利くのね」
「いえ、当然のことッスから」
広田さんはぶっきらぼうなところはあるけれど、いかにも体育会系女子って感じで、サバサバしているところをあたしは気に入っていた。
今だって、ちゃんとあたしの大事な腐仲間のユカリさんを大事にしてくれている。
相手がタレントではなくスタッフだからといって下に見ることもないし、変な偏見とかは持っていないみたいで、そういうところもあたしにとっては重要なポイントだった。
「それで、理緒たんは……!?」
思わず心配になったあたしは、ユカリさんの肩をつかんで問う。
たぶん、かなり必死の形相をしていたと思う。
「え、えぇ、それが私もゴリエちゃんから聞いて気が動転してしまって……詳しいことはまだ聞いてないのよ……」
ようやく落ちついてきたらしいユカリさんは、ガックリと肩を落とした。
コンコンコン……
と、そこへ楽屋のドアをノックする音が響いて、あわてて広田さんが応対に出る。
ドアのほうからはぼそぼそと、なにか話している声が聞こえるけれど、あたしはそれどころじゃない気持ちだった。
「怜奈、ユカリさんに来客よ」
「どうぞー……って、どちらさま?」
広田さんが半身をずらして、部屋のなかへと相手をいざなうのに、首をかしげる。
その直後、なかへ入ってきたのは、黒髪ロングヘアーで、メガネをかけた美人さんだった。
わぁ、だれだかわかんないけど、なんかいかにも仕事ができそうって感じ!
「あらっ、ゴリエちゃん!?」
「えっ……ゴリ……ウソでしょっ?!」
どうやら目の前の黒髪美人さんは、ウワサの『ゴリエ』さんらしい。
いや、まさかこんな楚々とした美人さんのどこが『ゴリエ』さんなのよ?!
名前を聞いて想像していたゴリラ要素満点な姿とは、あまりにもギャップがある容姿に、あたしはバカみたいに口をポカンとあけてしまった。
「はじめまして、宮古怜奈さん。私、ユカ子さんとおなじメイクアップアーティストのGo-Rieと申します」
……ウソでしょ、まさかのホンモノのゴリエさんだった!?
「あ……えっと、はじめまして宮古です。変わったお名前ですね……」
どこにもゴリエ成分の感じ取れない見た目に、一瞬呆けそうになりながら、あわててかえす。
「あぁ、ふざけた名前ですみません。私、本名が後藤貴里江なんです。だから略してゴリエって、昔から呼ばれていたあだ名をアーティスト名にしたんです」
「な、なるほど……」
言われてみると、案外ふつうのお名前なのかもしれないわね。
「あらためまして突然のご訪問、失礼いたします。宮古怜奈さんもユカ子さんの腐仲間と聞いて、理緒たんの心配をされているのではないかと思い、こうして押しかけてしまいました」
「っ!それで、理緒たんは?!」
深々とあたまを下げられ、気になっていた情報に思わず身をのり出した。
「えぇ、持ち前の反射神経で難なくよけられたので、ひとまずご本人はかすり傷ひとつ負っていません」
「「よかったぁ~……」」
とたんにホッとして、全身から力が抜けていく。
見れば、ユカリさんもあたしとおなじように脱力している。
「私の兄が東城湊斗さんのマネージャーをやっておりまして、そこから直接顛末を聞いてまいりました」
ゴリエさんの話はこうだ。
犯人は、東城湊斗の強烈なストーカーじみたファンのひとりだったらしい。
なんでもモリプロでも警戒していた彼女は、はじめは出待ち入待ちもするような、ただの熱心なファンにすぎなかったらしい。
でもそれが、いつの間にかあの例のドラマのタカリオコンビを見ているうちに、彼女のなかでは自分こそが理緒たんのように大事にされている彼女だという妄想をいだくようになってしまったようで。
そして彼女は、貴宏にとっての特別な立ち位置にいる理緒たんに嫉妬した。
特にあたしもユカリさんも狂喜した最終回は、あまりにも理緒たんと貴宏の距離が近かったからなのか、それを見た犯人は、理緒たんが誘惑したせいで浮気をしたんだとキレてしまったそうだ。
そんな妄想のうえでの嫉妬をこじらせて、折り畳み式の果物ナイフで襲いかかったというのが真相なんだとか。
うわ、なにそれ怖い。
あたしたち役者は、ドラマだとか舞台だとかのお芝居で、それぞれのキャラクターを演じている。
いかにそこにリアリティーを持たせるかが大切ではあるけれど、ときおりそれを見る人にとっての事実になってしまうことがある。
あたしだって、恋愛ドラマが主なフィールドなんだから、相手役の俳優さんのファンに嫉妬されてもおかしくないわけだ。
なにしろ通常は、イケメン俳優を相手にあれこれ恋愛するのを演じてみせるんだから。
そうかんがえると、決して他人事ではないそれに、背すじに冷たいものが走った。
「その犯人は精神科への通院履歴があったようなので、おそらく事件にしても捕まえられそうにないということで、モリプロ側では公表せずに示談に持ち込む代わりに、自社の息のかかった病院に監視付きで、しっかり入院してもらうことにしたそうです」
ゴリエさんは、淡々と報告をしてくれる。
そういう話は、下手に表沙汰になっても、タレント側は被害者であるにもかかわらず、ダメージを負うこともあるわけだ。
そこら辺は、理緒たんの事務所のほうではなにもフォローがなかったらしく、キレ気味にゴリエさんのお兄さん───つまり東城湊斗のマネージャーさんが仕切ったということらしい。
「それで、問題はここからです!今回の件で、東城湊斗と理緒たんとはしばらく距離を置くよう、双方の事務所から事実上の共演NGが出てしまいました……!!」
「「なんですって!?」」
あまりのことに、あたしとユカリさんの声がハモる。
「それと、これ以外にも理緒たんのところへは、東城湊斗ファンを名乗る輩からの嫌がらせが多数寄せられていたようで、彼もまたしばらく休養に入ることになったと……」
「そんな……っ!」
ゴリエさんの報告は、あたしにとっては絶望をもたらすものだった。
「兄は、己の落ち度でこのような事態を引き起こしてしまったことを、深く反省しております。東城湊斗さんのファンの統制が取れるまでは、ひとまず距離を置くのがいちばんだと……」
ファンの統制ですって……?
どうやさしく見積もっても、これから増える一方なそれの統制を取るなんて、無理な話でしょ?!
つまり、あたしたちが切望していたタカリオコンビの続編は、永久に見られなくなってしまったようなものだということじゃない!?
───そんなの、冗談じゃない!!
あんなに沼のタカリオコンビを、ここで永遠に終わらせてなるものですか!
どうすればいい?
どうすればあたしは、タカリオのふたりを見ることができるかしら??
これまでの経験や知識を総動員して、必死にあたまをフル回転させる。
───そしてこたえは、導き出された。
共演NGを申し出たのは、東城湊斗のマネージャーと、理緒たんの所属するプロダクションしじまなら、それよりもあたしが発言力を持てばいい。
そして理緒たんにとって危険な颯田川Pを排除するのであれば……。
「───わかったわ、ならあたしがスポンサー兼プロデューサーになって、続編を作らせればいいのね?!」
「怜奈ちゃんっ?!」
そうよ、それしかないわ!
「あたしがこの業界でトップを取って、天下のモリプロさんにも、しじまさんにも共演NGを取り下げさせるわ!そんでもって、石油王になってその財力で岸本監督以下、全スタッフを集結させて続編を作る!!」
「キャー、カッコいい!その意気よ、怜奈ちゃん!!」
こぶしをにぎりしめてふりあげるあたしに、ユカリさんが拍手をしながらのってくる。
よく見れば、目をキラキラかがやかせたゴリエさんも拍手をしている。
そしてこの日を境に、あたしの目標は『業界でトップを取って石油王になる』になったのだった。
でもあたしは、すっかり忘れていた───雑誌やテレビの取材には、事務所の検閲があるということを。
取材を受けるたびに口にしていたそのタカリオを見たいがためのあたしの目標は、言葉の一部をうまく切り貼りされて『恋愛ドラマの女王と呼ばれるような存在になりたいです』と変換されていた。
恐るべし、スターライトプロモーション!!
あたしの欲にまみれた目標は、スタラコードに引っかかってしまったってことなの?!
思わずくやしさに歯噛みしたのは、言うまでもなかった。
* * *
そしてこのときから2年後、いまだ石油王にはなっていなかったものの、『恋愛ドラマの女王』の呼び名を手に入れていたあたしは、ついに東城湊斗と恋人役で共演をすることになる。
そこで念願の理緒たんに出会えることになるのは、もうまもなくのことだった。
* * *
───これは、のちに『恋愛ドラマの女王』と呼ばれ、お茶の間に愛されることになった女優、宮古怜奈がヨコシマな理由から『業界トップにのぼりつめて石油王になる』という野望を抱いた経緯を記した、残念女王がこの世に爆誕した日にいたるまでのお話である。
だがその本当の背景を知るものは、この世にわずかしかいないのであった───
~ 外伝・完 ~
41
お気に入りに追加
1,331
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(23件)
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2
はねビト
BL
地味顔の万年脇役俳優、羽月眞也は2年前に共演して以来、今や人気のイケメン俳優となった東城湊斗になぜか懐かれ、好かれていた。
誤解がありつつも、晴れて両想いになったふたりだが、なかなか順風満帆とはいかなくて……。
イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
キスより甘いスパイス
凪玖海くみ
BL
料理教室を営む28歳の独身男性・天宮遥は、穏やかで平凡な日々を過ごしていた。
ある日、大学生の篠原奏多が新しい生徒として教室にやってくる。
彼は遥の高校時代の同級生の弟で、ある程度面識はあるとはいえ、前触れもなく早々に――。
「先生、俺と結婚してください!」
と大胆な告白をする。
奏多の真っ直ぐで無邪気なアプローチに次第に遥は心を揺さぶられて……?
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
面白い!このマネージャー、いい!
JUN様
コメントをいただきまして、ありがとうございます!
おもしろいと楽しんでいただけるのは、なによりの励みです。
後藤さんを気に入ってくださり、ありがとうございます。
あの伝説の理緒役について、ヲタク目線での解釈付き!!最高です!
見てないのにドラマ見た気分になりました。
こうして彼女ははまっていったんですね・・・。
唯我様
コメントをいただきまして、ありがとうございます!
せっかくならば、残念女王にも、もっと活躍の場があってもいいかな~と思いまして……。
東城以外の目線から見た姿もお伝えできるかな、と思っています。
少しでも当時の雰囲気をそこから感じていただけましたら幸いです!
面白い小説発見ですw!2の方も見てます!楽しみに待ってま〜す。頑張ってください!
三毛猫様
コメントをいただきまして、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけましたら、がんばって書いた甲斐がありました。
続編のほうもご覧くださっているとのこと、そちらもありがとうございます!
引き続き楽しんでいただける文章となるよう、精進して参ります。