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【外伝】恋愛ドラマの(残念)女王が爆誕した日⑦
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ユカリさんから受け取った1枚の白いディスクには、昨年末の時代劇特番が収録されているらしい。
しかもそこには理緒たんのなかの人も出ていて、実はすごく動ける子だったとか。
にわかには信じられない。
だって、あの理緒たんよ?
そのにぶさから、たびたびピンチにおちいっている正統派ヒロインキャラの彼のどこに、そんな運動神経があるというのだろうか?
「それがね怜奈ちゃん、あまりにも動けるものだから、殺陣師さんがノリまくっちゃってね。つける手もいきなり難解なヤツに変えてきたんだけど、はじめこそ苦戦してたのに、あっという間に出来るようになってんのよ!そばで見ていても、まるで意味がわからなかったわ」
……ユカリさんの混乱は、手に取るようにわかった。
でも、と疑問に思う。
あの特番は、あたしの事務所の先輩も出ていたから、流し見に近かったものの、一度は見ているはずだ。
あれに、そんな殺陣のできる子なんて、出てたかしら?
正直、辛口のユカリさんがベタ褒めするくらいだから、たぶん出番にそれなりの尺をもらっていたなら、きっとあたしだって覚えているはずなのに……。
そりゃ主役も、その敵の方々もさすがの特番だけあってプロのお仕事をしていたけれど、それ以外は特に目立ってなかったように記憶している。
なんて言うか、言葉は悪いけど『よくある撮影セットが豪華なだけで、お芝居自体は無難な時代劇』にすぎなかった印象しかない。
いや、若干1名、出てくるたびにあまりの下手さにめまいがして気分も盛り下がるような子はいたけれど。
珍妙な節まわしのセリフに、絶対に人は斬れなさそうなぶれぶれの太刀筋の殺陣。
───そう、主役の弟役の子だ。
でもあの子は、たしか主演俳優のバーターで出してもらっている、その主演俳優とおなじ事務所の後輩とかだったはずだ。
まぁ……黙っていれば、事務所にゴリ押されるだけの理由がわかるほど、めっちゃかわいかったけど。
「一応あたしもそれ、流し見に近かったですけど、一度は見てるはずなんですよねー。でもそんな殺陣のうまい若手なんていたかな……?全然記憶になくて……」
よくも悪くも無難だったことを告げれば、ユカリさんが深くうなずいてくれる。
「それなのよ!理緒たんの役の子の出来がよかったものだから、殺陣師さんだけじゃなくカメラマンさんもつられて、ガッツリアップや抜きで撮ってたんだけどね?私たちメイクチームもそれに合わせて、気合いを入れたメイクもしたわ」
と、そこでいったんユカリさんは区切ると、ため息をつく。
そういうのは、現場ではよくある。
いざカメラテストをしてみたら、予想以上に映える子がいて、それでいきなり出番が増えるなんてことは現場あるあるだ。
ただそのため息で、なんとなくその先の展開が読めた気がした。
「彼はちゃんと、その役としてできる最上級のいい芝居をしていたと思うのよ?でも、主演のバーターで出てきたアイドル売りしてる若手俳優の子より目立たせるなって、プロデューサーさんに怒られちゃってね。最終的にはスポンサーの意向に押し切られて、ガッツリ編集で削られちゃったのよ」
まるで自分のことのように嘆きながら、天をあおいでいる。
「───あぁ、そういうことか。あの主人公の弟役の子、下手くそなのにやたらと出てましたもんね」
時代劇を見ないような若い子から人気のある子だったからなのか、結果的にはあんなお芝居でも視聴率をそこそこかせいでいたみたいで、お茶の間人気がある数字持ってる子ってなんて理不尽だって思ったもの。
そういう意味では、あの下手くそゆえの悪目立ちにしても、スポンサーの意向に沿って要望どおりに目立たせてあげたと言っていいのかもしれないわね。
ああいうチャレンジ枠っていうのは、特番であれば必ずあるものだし……なんてあたしまで毒を吐きそうになる。
一応、主演とその子の所属する事務所は、この業界でもかなり大手のところだから、スポンサーとかの意向もくむなら、そういう忖度が必要なんだろう。
理解したところで、それじゃこのディスクの中身も期待できないんじゃないの?なんて不安になるけど。
「えっとね……私とか『どうしても』と希望するスタッフにだけ配られた秘蔵のヤツなのよ、それ。殺陣師さんとカメラマンさんのお仕事もすばらしかったし、なにより彼自身もね、すごかったんだ……」
「え、てことは……」
ユカリさんのセリフに、あたしのなかで、とたんに期待値があがっていく。
「えぇそう、本放送では削られてしまった彼の殺陣と、演技のシーンを入れたバージョンのものよ」
無論、その忖度先の事務所やスポンサーのことを慮って、実際には存在を伏せ、絶対に流出させないことを条件に内密に配られたものだったらしいけど。
「理緒たんのかわいさを理解してくれた怜奈ちゃんだから、特別に焼いてあげるのよ?お願いだから、ほかの人にはナイショにしてね?」
「もちろんです!」
そしてあたしたちは、固い握手を交わした。
「さ、それじゃあ、お宝はちゃんとバッグのなかにしまって、最後にもう1杯ずつ飲んで今日はお開きにしましょ?」
「えぇ、そうしましょ!今日は本当にありがとう、ユカリさん!大好きっ!!」
「私もよ、怜奈ちゃん!」
そうして濃密なヲタク心を満たす夜は更けていったのだった。
* * *
結論から言おう。
理緒たんて、何者なの??
思わずそうたずねたくなるくらい、その年末特番の時代劇で活躍する理緒たんのなかの人はすごかった。
というより、ユカリさんにもらったそれは、あたしが見た記憶のある年末特番時代劇とは、大ちがいの代物になっていた。
あれを見たときの記憶といったら、正直なところ微妙なものだったんだけど。
その戦犯は、まちがいなくバーターの子だけど、でも物語の鍵となる役どころではあったから、わりと目立っていたのよね。
だからこれを見る前は、いくら理緒たんのためとはいえ、それをまた見なきゃいけないのかって、本当はちょっとだけツラかった。
それが、覚悟を決めて見はじめたはずなのに、まるで別物になっていたとしたら、なにがあったのかめちゃくちゃ気になるってモンでしょうが!
いったい本放送とこれと、なにがちがうのかって。
いちばんのちがいは、本放送ではかなり主要どころのキャラクターとして配置されていた主人公の弟役の子が、本当にただのモブでしかなくなっていたことだろうか?
たぶん演技が下手くそすぎて、可能なかぎり編集でカットされている。
たぶん、物語の鍵となる役ではあったから、抜かすわけにはいかないシーンもあるわけで、でもそれは最低限しか入れなかったんだろう。
おかげで殺陣のシーンなんて、ほとんど削られていた。
でも、待って?
あたしはユカリさんから『理緒たんの役の子がすごかった』と言って受け取ったのに、理緒たんに似た雰囲気の子なんてひとりも出てなくない??
そもそも、なんの役なのかって、聞くのをすっかり忘れていた。
さすがに推しが出ていたら、すぐに気がつくでしょうって思って油断していたのに。
ひょっとして一瞬しか出てこないほどの端役か、斬られ役だったとか??
───物語のなかばまでは、あたしもわりと本気でそう思っていた。
だけど、ふいに気がつかされた。
主人公サイドの端役で、わりと初期から出ていたものの、いつも画面の見切れ位置にいて目立たなかった子。
それこそが、理緒たんのなかの人が演じる役だった。
それに気づけたのは後半、その寡黙な彼が、主人公の敵が自分にとっても憎むべき、両親を殺した犯人だったと気づくシーン。
その事実を知ったとき、彼は一瞬理解が遅れ、でもその事実が浸透していくにしたがい、目に憎悪の闇が浮かんでいく。
そしてそのことを真実だと理解したとき、全身から吹きあがる怒りで、まとう空気すらまったくちがうものになっていた。
それこそ見ているだけで、こちらの背すじがゾクゾクと寒くなるような、そんな恐怖を呼び起こす変化だった。
それだけじゃない。
ユカリさんのメイク技術もあるのか、理緒たんのときにはタレ目だった彼は、キリッと切れ長のツリ目に見えるメイクをほどこされていて、まるで別人に見える。
えっ、なにこれカッコいい。
怒りで我を忘れて刀を抜きそうになるのに、必死に我慢をする手は小刻みにふるえ、噛みしめた奥歯に顔がゆがむ。
なんてズルい人!
まちがいなく、こんなお芝居されたら、一瞬にして目が惹きつけられてしまう。
しかもそこから先、殺陣の迫力がその前までとはまったくちがっていた。
それまでだって、一応そのときに出せる全力で戦ってはいたと思う。
でもそれはどこか義務的な感じで、死ぬのはイヤだからとりあえずがんばるみたいな、そんなやる気のなさがにじんでいたはずなのに……。
なにがあっても相手を殺す、そんな迫力がふるう刀の端々から伝わってきて、見ているだけなのに口のなかが干上がり、手には冷たい汗がにじんでしまう。
戦場をかける彼の姿は、疾風のごとく。
全身のバネを生かした殺陣は、ひと太刀ごとが重く、それでいて存分にスピードの乗ったそれは『これなら骨ごと断てる』という、そんな確信が持てるものだ。
───怖い。
あぁ、そうだ、これはもはや人ではない、修羅となった存在なんだ───そんな思いが自然と浮かんできた。
ちなみにこの年末特番の時代劇のメインタイトルこそが『戦国の修羅』で、理緒たんのなかの人のお芝居は、まさにそれを全身で体現しているものだった。
こんなもの見せられてしまったら、もう彼が主役級であることを認めざるを得ない。
おかげで物語のキーパーソンは主人公の弟のはずなのに、すっかり存在感を食われ、かすんでしまって記憶にすら残らなくなっている。
なんなら主役だって、油断をしたらかすみそうな気さえしてきたくらいだ。
まぁ、さすがに『不幸の見本市か!』ってくらい重厚なエピソードが満載で、殺陣にしてもプロとして見劣りしない実力もあるからこそ、主人公はさすがに食われることはなかったけれど。
でもそれ以外の役なんて、あってないがごとくだった。
まちがいなく主演に次ぐ準主役は、彼だった。
~~~~~っ!
すごい!
こんなもの見せられてしまったら、語彙力なんて簡単に消滅してしまうしかないじゃない!!
ヤバい、この人、どれだけすごい役者なの?!
この時点で、あたしの心臓はときめきメーターを振り切ってしまっていたんだと思う。
もう一生かけてこの人を推していこう───本気でそう思った。
でも、そんな風に一瞬であたしをトリコにした彼だからこそ、テレビ的にはゆるされなかったんだ……。
あるいは彼が、最初から準主役という立ち位置で出演していたなら、むしろこれは素晴らしい作品になっていたことだろう。
でもこれは年末特番という、あらかじめだれを目立たせるのかという、スポンサーだのなんだのの意向をくんだ作品で。
だからこそ、あのへっぽこバーター出演の弟役を目立たせなきゃいけなかったんだ。
そのせいで本放送のときには、こんなに素晴らしいお芝居が、殺陣がカットされてしまったんだろう。
あぁ、なんてもったいない!
あたしだって女優のはしくれなんだから、そういう大人の事情もわかっているはずなのに、今はただそれがくやしくてたまらなかった。
しかもそこには理緒たんのなかの人も出ていて、実はすごく動ける子だったとか。
にわかには信じられない。
だって、あの理緒たんよ?
そのにぶさから、たびたびピンチにおちいっている正統派ヒロインキャラの彼のどこに、そんな運動神経があるというのだろうか?
「それがね怜奈ちゃん、あまりにも動けるものだから、殺陣師さんがノリまくっちゃってね。つける手もいきなり難解なヤツに変えてきたんだけど、はじめこそ苦戦してたのに、あっという間に出来るようになってんのよ!そばで見ていても、まるで意味がわからなかったわ」
……ユカリさんの混乱は、手に取るようにわかった。
でも、と疑問に思う。
あの特番は、あたしの事務所の先輩も出ていたから、流し見に近かったものの、一度は見ているはずだ。
あれに、そんな殺陣のできる子なんて、出てたかしら?
正直、辛口のユカリさんがベタ褒めするくらいだから、たぶん出番にそれなりの尺をもらっていたなら、きっとあたしだって覚えているはずなのに……。
そりゃ主役も、その敵の方々もさすがの特番だけあってプロのお仕事をしていたけれど、それ以外は特に目立ってなかったように記憶している。
なんて言うか、言葉は悪いけど『よくある撮影セットが豪華なだけで、お芝居自体は無難な時代劇』にすぎなかった印象しかない。
いや、若干1名、出てくるたびにあまりの下手さにめまいがして気分も盛り下がるような子はいたけれど。
珍妙な節まわしのセリフに、絶対に人は斬れなさそうなぶれぶれの太刀筋の殺陣。
───そう、主役の弟役の子だ。
でもあの子は、たしか主演俳優のバーターで出してもらっている、その主演俳優とおなじ事務所の後輩とかだったはずだ。
まぁ……黙っていれば、事務所にゴリ押されるだけの理由がわかるほど、めっちゃかわいかったけど。
「一応あたしもそれ、流し見に近かったですけど、一度は見てるはずなんですよねー。でもそんな殺陣のうまい若手なんていたかな……?全然記憶になくて……」
よくも悪くも無難だったことを告げれば、ユカリさんが深くうなずいてくれる。
「それなのよ!理緒たんの役の子の出来がよかったものだから、殺陣師さんだけじゃなくカメラマンさんもつられて、ガッツリアップや抜きで撮ってたんだけどね?私たちメイクチームもそれに合わせて、気合いを入れたメイクもしたわ」
と、そこでいったんユカリさんは区切ると、ため息をつく。
そういうのは、現場ではよくある。
いざカメラテストをしてみたら、予想以上に映える子がいて、それでいきなり出番が増えるなんてことは現場あるあるだ。
ただそのため息で、なんとなくその先の展開が読めた気がした。
「彼はちゃんと、その役としてできる最上級のいい芝居をしていたと思うのよ?でも、主演のバーターで出てきたアイドル売りしてる若手俳優の子より目立たせるなって、プロデューサーさんに怒られちゃってね。最終的にはスポンサーの意向に押し切られて、ガッツリ編集で削られちゃったのよ」
まるで自分のことのように嘆きながら、天をあおいでいる。
「───あぁ、そういうことか。あの主人公の弟役の子、下手くそなのにやたらと出てましたもんね」
時代劇を見ないような若い子から人気のある子だったからなのか、結果的にはあんなお芝居でも視聴率をそこそこかせいでいたみたいで、お茶の間人気がある数字持ってる子ってなんて理不尽だって思ったもの。
そういう意味では、あの下手くそゆえの悪目立ちにしても、スポンサーの意向に沿って要望どおりに目立たせてあげたと言っていいのかもしれないわね。
ああいうチャレンジ枠っていうのは、特番であれば必ずあるものだし……なんてあたしまで毒を吐きそうになる。
一応、主演とその子の所属する事務所は、この業界でもかなり大手のところだから、スポンサーとかの意向もくむなら、そういう忖度が必要なんだろう。
理解したところで、それじゃこのディスクの中身も期待できないんじゃないの?なんて不安になるけど。
「えっとね……私とか『どうしても』と希望するスタッフにだけ配られた秘蔵のヤツなのよ、それ。殺陣師さんとカメラマンさんのお仕事もすばらしかったし、なにより彼自身もね、すごかったんだ……」
「え、てことは……」
ユカリさんのセリフに、あたしのなかで、とたんに期待値があがっていく。
「えぇそう、本放送では削られてしまった彼の殺陣と、演技のシーンを入れたバージョンのものよ」
無論、その忖度先の事務所やスポンサーのことを慮って、実際には存在を伏せ、絶対に流出させないことを条件に内密に配られたものだったらしいけど。
「理緒たんのかわいさを理解してくれた怜奈ちゃんだから、特別に焼いてあげるのよ?お願いだから、ほかの人にはナイショにしてね?」
「もちろんです!」
そしてあたしたちは、固い握手を交わした。
「さ、それじゃあ、お宝はちゃんとバッグのなかにしまって、最後にもう1杯ずつ飲んで今日はお開きにしましょ?」
「えぇ、そうしましょ!今日は本当にありがとう、ユカリさん!大好きっ!!」
「私もよ、怜奈ちゃん!」
そうして濃密なヲタク心を満たす夜は更けていったのだった。
* * *
結論から言おう。
理緒たんて、何者なの??
思わずそうたずねたくなるくらい、その年末特番の時代劇で活躍する理緒たんのなかの人はすごかった。
というより、ユカリさんにもらったそれは、あたしが見た記憶のある年末特番時代劇とは、大ちがいの代物になっていた。
あれを見たときの記憶といったら、正直なところ微妙なものだったんだけど。
その戦犯は、まちがいなくバーターの子だけど、でも物語の鍵となる役どころではあったから、わりと目立っていたのよね。
だからこれを見る前は、いくら理緒たんのためとはいえ、それをまた見なきゃいけないのかって、本当はちょっとだけツラかった。
それが、覚悟を決めて見はじめたはずなのに、まるで別物になっていたとしたら、なにがあったのかめちゃくちゃ気になるってモンでしょうが!
いったい本放送とこれと、なにがちがうのかって。
いちばんのちがいは、本放送ではかなり主要どころのキャラクターとして配置されていた主人公の弟役の子が、本当にただのモブでしかなくなっていたことだろうか?
たぶん演技が下手くそすぎて、可能なかぎり編集でカットされている。
たぶん、物語の鍵となる役ではあったから、抜かすわけにはいかないシーンもあるわけで、でもそれは最低限しか入れなかったんだろう。
おかげで殺陣のシーンなんて、ほとんど削られていた。
でも、待って?
あたしはユカリさんから『理緒たんの役の子がすごかった』と言って受け取ったのに、理緒たんに似た雰囲気の子なんてひとりも出てなくない??
そもそも、なんの役なのかって、聞くのをすっかり忘れていた。
さすがに推しが出ていたら、すぐに気がつくでしょうって思って油断していたのに。
ひょっとして一瞬しか出てこないほどの端役か、斬られ役だったとか??
───物語のなかばまでは、あたしもわりと本気でそう思っていた。
だけど、ふいに気がつかされた。
主人公サイドの端役で、わりと初期から出ていたものの、いつも画面の見切れ位置にいて目立たなかった子。
それこそが、理緒たんのなかの人が演じる役だった。
それに気づけたのは後半、その寡黙な彼が、主人公の敵が自分にとっても憎むべき、両親を殺した犯人だったと気づくシーン。
その事実を知ったとき、彼は一瞬理解が遅れ、でもその事実が浸透していくにしたがい、目に憎悪の闇が浮かんでいく。
そしてそのことを真実だと理解したとき、全身から吹きあがる怒りで、まとう空気すらまったくちがうものになっていた。
それこそ見ているだけで、こちらの背すじがゾクゾクと寒くなるような、そんな恐怖を呼び起こす変化だった。
それだけじゃない。
ユカリさんのメイク技術もあるのか、理緒たんのときにはタレ目だった彼は、キリッと切れ長のツリ目に見えるメイクをほどこされていて、まるで別人に見える。
えっ、なにこれカッコいい。
怒りで我を忘れて刀を抜きそうになるのに、必死に我慢をする手は小刻みにふるえ、噛みしめた奥歯に顔がゆがむ。
なんてズルい人!
まちがいなく、こんなお芝居されたら、一瞬にして目が惹きつけられてしまう。
しかもそこから先、殺陣の迫力がその前までとはまったくちがっていた。
それまでだって、一応そのときに出せる全力で戦ってはいたと思う。
でもそれはどこか義務的な感じで、死ぬのはイヤだからとりあえずがんばるみたいな、そんなやる気のなさがにじんでいたはずなのに……。
なにがあっても相手を殺す、そんな迫力がふるう刀の端々から伝わってきて、見ているだけなのに口のなかが干上がり、手には冷たい汗がにじんでしまう。
戦場をかける彼の姿は、疾風のごとく。
全身のバネを生かした殺陣は、ひと太刀ごとが重く、それでいて存分にスピードの乗ったそれは『これなら骨ごと断てる』という、そんな確信が持てるものだ。
───怖い。
あぁ、そうだ、これはもはや人ではない、修羅となった存在なんだ───そんな思いが自然と浮かんできた。
ちなみにこの年末特番の時代劇のメインタイトルこそが『戦国の修羅』で、理緒たんのなかの人のお芝居は、まさにそれを全身で体現しているものだった。
こんなもの見せられてしまったら、もう彼が主役級であることを認めざるを得ない。
おかげで物語のキーパーソンは主人公の弟のはずなのに、すっかり存在感を食われ、かすんでしまって記憶にすら残らなくなっている。
なんなら主役だって、油断をしたらかすみそうな気さえしてきたくらいだ。
まぁ、さすがに『不幸の見本市か!』ってくらい重厚なエピソードが満載で、殺陣にしてもプロとして見劣りしない実力もあるからこそ、主人公はさすがに食われることはなかったけれど。
でもそれ以外の役なんて、あってないがごとくだった。
まちがいなく主演に次ぐ準主役は、彼だった。
~~~~~っ!
すごい!
こんなもの見せられてしまったら、語彙力なんて簡単に消滅してしまうしかないじゃない!!
ヤバい、この人、どれだけすごい役者なの?!
この時点で、あたしの心臓はときめきメーターを振り切ってしまっていたんだと思う。
もう一生かけてこの人を推していこう───本気でそう思った。
でも、そんな風に一瞬であたしをトリコにした彼だからこそ、テレビ的にはゆるされなかったんだ……。
あるいは彼が、最初から準主役という立ち位置で出演していたなら、むしろこれは素晴らしい作品になっていたことだろう。
でもこれは年末特番という、あらかじめだれを目立たせるのかという、スポンサーだのなんだのの意向をくんだ作品で。
だからこそ、あのへっぽこバーター出演の弟役を目立たせなきゃいけなかったんだ。
そのせいで本放送のときには、こんなに素晴らしいお芝居が、殺陣がカットされてしまったんだろう。
あぁ、なんてもったいない!
あたしだって女優のはしくれなんだから、そういう大人の事情もわかっているはずなのに、今はただそれがくやしくてたまらなかった。
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