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3.モブ役者は、イケメン俳優に甘すぎる

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 思わず目を奪われてしまうほどに、カッコいい。
 黙って壁にもたれているだけなのに絵になる東城とうじょう湊斗みなとは、本当に選ばれしスターだなんて、しみじみと思う。

 だけどいくら僕が嫉妬したところで、どうしようもないことだ。
 これはもう、どうしようもないことなんだとあきらめて、受け流すしかない。
ひとつため息をつくと、意識を切り替えた。

「悪い、待たせた」
「うぅん、全然待ってないんで!」
 わざと足音を立てて近づいていき、声をかける。
 東城はその声にはじかれたように顔をあげると、ほほえみかけてきた。

 すると、とたんに華やいだ気配に、反対に僕はどんよりと胃の辺りが重くなった。
 こういうのを目の当たりにすると、やっぱり僕にはないスター性を見せつけられたみたいで、胸の奥にチリッとした痛みを感じるんだ。
 つまり、醜い嫉妬だ。

 もちろんコイツに悪気がないのは、見ればわかる。
 だからしょうがないことだと自分に言い聞かせたところで、にこにこの笑顔になった東城がその長身を屈めるようにして、こちらの顔をのぞきこんできた。

「聞いてください、羽月はづきさん!俺、次の月9の主演が決まったんですよ!これも羽月さんが、なにも知らなかった俺に、演技を教えてくれたおかげです」
「あぁ、知ってるよ、おめでとう。そこはほら、お前の努力があったからだろ?」
 歩きながら、おだやかな会話がつづいていく。

 もちろん、うらやましさでキリキリと胸が締めつけられるような痛みを覚えていたし、本当はくやしくてたまらない。
 だけどそんな小物感満載な自分を知られたくなくて、必死に余裕のあるふりを装う。

 これでも演技力には自信があるからな、これくらいは隠して、やせ我慢をするくらいはわけないさ。
 そこはそれ、仮にも東城の指導役だった僕のプライドが、嫉妬をしていることに気づかれたくないと訴えていた。

 新人だった東城の指導役を引き受けた当時、日ごろからお世話になってた監督に拝み倒されて東城の面倒を見てやってほしいと頼まれたのもあったし、準主役クラスだったとしても、深夜枠のドラマにしては、妙にギャラも良かった。

 期待の大型新人として売り出したい東城の所属する大手芸能事務所からのオーダーは、『とにかく東城をカッコ良く見せてくれ』というものだった。
 だから手っとり早く、東城の演じる主役の相棒として僕が演じる役は、いつも鈍クサくてダメッ子なキャラクターになった。

 お人好しでだまされやすくて、いつもピンチに陥っては、東城演じる主役に助けられている、そんな役柄だった。
 正直、演じていてフラストレーションがたまりそうになるくらい、イラッとするキャラクター設定だったと思う。

 もしこの役が最初から明かされた上でのオーディションなら、たぶん僕は受けていなかったと思う。
 当初は、いわゆるおバカな役は東城の演じる主役のほうで、その相棒は賢さで主役を支えるはずだったのに、ふたを開けたら大きく変わっていたわけだ。

 たぶんそこに働いたのは、東城のイメージをカッコ良くさせたいという大手事務所のイメージ戦略で、しょせんは無名の役者にすぎない僕になんて、その改変に口をはさむ余地は残されていなかったんだ。
 とはいえ、役は役、役者とはちがうものだ。

 どうやら東城の所属する事務所からのオーダーは、相棒役をやるなら、『ド素人の東城の演技を鍛えてしどうしてくれる、情けない役柄のキャラクターでも演じてくれる大人の役者』だったようで、そういう意味では僕は合格点に達していたんだろう。

 まぁ、監督にはふだんから端役でもちょいちょいお仕事をまわしてもらっていたし、恩もあるから断るなんて選択肢はなかったわけだけど。
 なにより東城本人にもやる気があったから、結構自分の時間をすべて返上してつき合ってやってたなぁ、なんて思い出す。

 毎回ドラマの撮影で監督にダメ出しをされては、ペサペサに凹んでいた東城をなぐさめ、自主連につき合うからと励ましていたっけ。
 こうして歩いてると、なんだかそのころにもどったみたいだ。

 深夜の少しひんやりとしてきた空気も、また当時を思い出させる要素のひとつだった。
 あのころも、撮影がなかなか終わらなくて深夜までかかっていたし、こうしてよくふたり並んで歩いて帰ってたなぁ。

 僕よりもずっと背が高いはずなのに、あのときの東城はやたらと小さく見えたっけ。
 ……なんて、なつかしく思い出していたら、どうやらそう思っていたのは僕だけじゃなかったらしい。

「なんか、こうして歩いてると、まるで昔にもどったみたいですね」
 なにがうれしいのか、とろける笑みを見せる東城に、そんなことを言われた。
 あーあ、これだから無自覚イケメンは、タチが悪い。

 これ、相手が僕だからいいようなものの、こんな笑顔を向けられてみろよ、コイツの笑顔に耐性のない人だったら、どんな女優さんだろうと勘ちがいするだろうし、簡単に落とされるだろ。
 アイドルじゃないにしたって、人気俳優なんだから、そういうスキャンダルが出たらマズいんじゃないのか!?

「お前さぁ、面倒なことになると困るだろうから、あんまりそういう笑顔を人に見せないほうがいいぞ?」
 思わず苦言を呈すれば、むしろめちゃくちゃうれしそうな笑顔を向けられた。

「えっ、それって嫉妬してくれてたりします?!」
 いやいや、それはないから。
 ていうか嫉妬って……どこをどうして、そういう考えになるんだよ。
 あと、東城はめっちゃいい笑顔になりすぎだろ。

「まさか、そんなわけないだろ。むしろお前こそ、今度こそ勘ちがいした女の子に刺されないように気をつけろよ」
「ですよねー、まだ俺じゃ羽月さんには敵わないですしね……」
 ……なんとなく会話がかみ合ってない気がするのは、僕の気のせいだろうか?

 たまに話が通じてないのは、東城が忙しすぎて疲れているからにちがいない。
 それにわざわざツッコミを入れるまでもないだろうし、まぁ、いいか。
 そんなわけで細かいことだと判断して、僕は気にしないことにした。

「それはそうと、久しぶりに来たってことは、なんか悩んでることでもあるのか?その、僕でよければ話くらいなら聞くけど」
 さすがに家に送ってもらって、そのまま帰すほど礼に欠ける人間じゃないつもりだしな。
 話を聞くくらいしかできないかもしれないけれど、それでも吐き出せば楽になることもある。

 一応部屋のなかは片づいているし、2年前はさんざん僕の部屋に入り浸っていた東城相手なら、今さら気をつかう必要もないと思う。
 それにお茶か、大家さんからのもらいもののビールくらいなら、たぶん冷蔵庫のなかにあったはず……。

「えっと、やっぱり羽月さんには、隠せなかったかぁ……実はちょっと新しいドラマの撮影が不安でして……」
 そう言って頭をかく東城は、まるでデビュー当時の、イケメンではあるものの、素朴な青年そのものな姿のままだった。

 人気俳優にもなれば、愚痴をこぼせる相手もかぎられるだろうし、聞いてやるのもやぶさかではないかと、そんなことを思う僕は、結局コイツに甘いのかもしれない。
 ま、仕方ない、たまには先輩風でも吹かせますか。

 フッと肩の力を抜くと、話してみろと目顔でうながした。
 それに励まされたのか、東城はゆっくりと口を開く。

「実はですね、さっそく明日クランクインになるお仕事で、初日には顔合わせと本読みがある予定なんですけど、俺は全然自信が持てなくて……良ければ羽月さん、本読み練習つき合ってくれませんか?」
「あぁ、いいよ」
 なんて、気軽に受けてしまったことを後悔することになるのは、もうしばらくあとのことだった。


   * * *


「あの、これなんですけど……」
 そう言って差し出されたのは、東城が次に主演を務める予定のドラマの脚本だった。
 そう、人気の俳優や女優に加え、恋愛ものを書かせたらピカイチの脚本家に、人気作をいくつも生み出してきたスタッフを取りそろえたという贅沢作品のアレである。

「へぇ、でもこれ、まだクランクイン前なんだろ。部外者の僕なんかに、見せてもいいものなのか?」
「え、だって羽月さんならSNSに流したりとかしないじゃないですか、逆になにを心配すればいいんですか?」
 思わず心配になってたずねれば、東城には不思議そうに首をかしげられた。

 ………うん、知ってた。
 コイツからの僕への信頼は、意味がわからないほどにカンストしてるんだった。
 若干その盲目的なまでの信頼に、頭が痛くなりかけたけど、遠い目をしている場合じゃなかった。

 いや、役としてならいくらでも甘いセリフも吐けるけど、別に得意というわけでもないし、そんなにアドバイスとかしてやれないぞ?
 なぜだか期待に満ちた顔で、こちらをキラキラした目で見つめてくる東城に差し出され、脚本を手にする。

 自分の本ではないから、じっくり読むわけでもなくサッと読み流すだけだったけど、さすが人気の脚本家というか、そこにはまごうことなき切ないラブストーリーが展開されていた。
 冒頭は、主人公とヒロインの、いきなりの別れのシーンからはじまる。
 おたがいに愛しているのに、別れを選択しなければならなかったふたりだ。

 なるほどこれは、主演ふたりには、かなりのプレッシャーがかかるヤツだ。
 だってそうだろ、ここの場面だけでその背景をどれだけ演技ににじませられるのか、その力量が問われる作品なんだと思う。

 おそらくはこの冒頭のシーンが、物語のクライマックスにふたたび出てくることになる。
 そのときには、視聴者がふたりのことを想って涙していなければならないわけで、その予感を与えることができなければ、演技プランが成功したとは言えないだろう。

 視聴者にとって、この冒頭シーンになんらかの含みを感じられなければ、このドラマを毎週見ようとは思ってもらえないかもしれない。
 そう僕が考えたことを、どうやら東城も同じように考えたらしい。

「ここの出だしが、重要だと思うんですよね!でも、どうやって演じたらいいのかわからなくて……」
「んー、じゃあ少し本読みするか?」
 いかにも困った風に眉を下げて言う東城に、思わずそう声をかけていた。

「いいんですか?!」
「あぁ、僕は別にこの後の予定もないしね」
 そんなに身を乗り出して、目をキラキラとかがやかされたら、今さら面倒だなんて断りようもないよな。

 チラリと見た壁の時計は、午前1時半をまわっていたけれど、どうせ僕には朝からの予定は入ってない。
 むしろ心配するとしたら、東城の朝のスケジュールだ。

「ちなみに、セリフを覚えては……」
「……すみません、まだです……」
 そりゃそうか、東城だって忙しいだろうしな。

 ガタッと音を立てて自分の座っていた椅子を持つと、東城の横に並べてそこに座る。
 東城の前に置かれたカップを片して、代わりに脚本を置く。
 肩をつき合わせるほどに近い距離だけど、本はこれ1冊しかないんだからしょうがない。

 にこにこと笑顔になった東城も、身を寄せてくるからほんの数十センチ先には『国宝級』なんて称されるイケメンの顔がある。
 ファンが知ったら、また僕が叩かれそうな気もするな……。

「じゃ、はじめるか」
「はい、お願いします!」
 そうしてすぐに冒頭のセリフを口にした東城を皮切りに、久しぶりの本読み稽古がはじまった。
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