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89.モブ役者たちは突破口を見出す
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つけられた振りはすべて踊り切り、あとは最後の決めポーズを残すばかりとなった。
振付はもちろんのこと、この数日でさんざん練習してからだに染み込ませてきた腕の角度や舞扇子の角度にしたって、たぶんミスは一度もなかったはず。
ジャンッ!
そして最後のメロディとともに、決めポーズをとる。
1、2、3…と、ポーズをキープしたまま心のなかでカウントをするあいだも、やたらと心臓は大きく脈打っていた。
できることは全部やったし、今の自分が見せられるすべての技術と努力とをつめ込んで、全力を出し切ったんだ。
これ以上のことをしろと言われても、『たぶんもう無理』としか言えないくらいにはがんばったつもりでも、それでも不安は不安だった。
───だって、今僕がならんで舞っていたのは『大衆演劇界の貴公子』月城雪之丞さんその人で、雪之丞さんと言えばなんでもさらりとこなしてしまう天才肌だというのに、だれよりも自分に厳しく、けっして努力を怠らない人でも有名なのだから。
そんなストイックな彼の前では、『努力をしたこと』自体は、なんの意味も持たない。
彼にとってのそれは、『たんなる過程にすぎないもの』なのだから。
そういう意味では、僕が求められているものは努力をすることそのものよりも、その先にある『結果を出すこと』であって───つまりこの場では、僕が雪之丞さんから見て合格ラインに達するような扇子さばきやダンスを見せることだった。
そのためにこの数日間は、ずっとユージさんにつきあってもらっていたわけで、言うなればこれはふたりにとっての練習の成果が問われている一瞬でもあった。
おかげで余韻中は、時間にしたらほんの数秒でしかないはずなのに、体感的には何分も経過したようにも思えてしまって。
なかば緊張で、口のなかが干上がりそうになりつつも、じっと相手の反応を待つ。
まだ、だろうか……?
待ちきれずに横目でうかがった雪之丞さんの様子は、うつむきがちなせいか表情を読むことができない。
あぁもうだれか、この重苦しい空気をどうにかして!
……なんて、他力本願なことを思わず願ってしまった次の瞬間。
「~~っ、すっげぇじゃん!!いきなり化けたなぁ、おい!!」
雪之丞さんがパッと顔をあげるや、両腕を広げて飛びついてきた。
「よかっ……って、うわっ!ちょっと待っ……わあぁっ!」
それどころか、てっきり抱きつかれるのかと思っていたのに、ふわりと浮く感覚とともに遠心力が襲いかかってきて、全然あたまがついていけない。
「さっすがシンヤ、てめぇでちゃんと乗り越えてきてらぁ!」
うれしそうに声をあげ、僕を抱きあげたままその場でくるくるとまわりはじめる雪之丞さんのはしゃぎっぷりに、僕は文字どおりふりまわされるしかなくて。
「ちょっと、あのっ、雪之丞さん?!」
いやいや、どんなはしゃぎ方だよ、これ!
あまりにもやんちゃすぎる回転に、だんだんと平衡感覚が失われていく。
「ちょっと待てったら、若様!羽月サンも目ぇまわしてんだろーが、下ろしてやれよ!?……ほら、あんたも大丈夫か?」
「あ、あの……ありがとうございますユージさん……まだ目がまわっているみたいな感じが……」
こたえながらも、いまだにぐるぐるとまわる世界に、立ちあがることもできないままでいた。
「つーかよ、羽月サンがうまくなってうれしいからって、やりすぎだろ若様~!」
「おうおう、嫉妬なんてしねーでも、ちゃんとユージもよかったかんな!」
「はぁっ?!だれが嫉妬なん…ぎゃーっ!急に抱きつくんじゃねーよ!!」
そんな僕の横で雪之丞さんが、今度はユージさんに抱きつくと、そのあたまをめちゃくちゃになでまわしている。
かろうじて薄目をあけて様子をうかがったかぎりでは、さけぶユージさんの顔は真っ赤に染まっていたけれど、まんざらではなさそうにも見えた。
ごめんユージさん、今の僕では自分のことで手いっぱいで、とても助けられないや……。
心のなかで合掌すると、襲い来るめまいにそっと目を閉じた。
「だってなぁ……数日前にゃあてんで踊れず、よちよち歩きの赤ん坊だったヤツが、いきなりまとう空気に色がつくまで成長してやがんだ。だれだってうれしくならぁ!」
雪之丞さんのはずんだ声からは、今めちゃくちゃいい笑顔をしているんだろうなということが伝わってくる。
よかった、ホッとした。
緊張感に強ばっていたからだから、よけいな力が抜けていく。
なによりうれしかったのは、今の雪之丞さんのセリフのなかで『まとう空気に色がつく』と評されたことだった。
───そう、それなんだよ!
だって、昨日のユージさんとの特訓のなかでいちばん時間を割いたのが、その部分だったんだから。
* * *
僕たちはその日、貸切ったダンススタジオのなかで、何度もショータイム用の曲をかけては止めて、ユージさんからチェックを受けながら修正をくりかえしつつ練習をしていた。
おかげで途中から、足どころか全身が筋肉痛になりそうだったし、ふたりとも汗だくになっていた。
もちろんこれだけやれば振付は完ぺきにおぼえられるし、腕の角度や扇子の面の向きなんかもこだわって踊れるようにはなってきている……のだと思う。
そこらへんは、ユージさんも大丈夫だと太鼓判を押してくれたのだけど。
なのに、さっきから僕たちは行き詰まってしまっていた。
それも、明確になにかできないとかではなく、原因がわからないという点からすれば、むしろ霧のなかに迷い込んでしまったような状況に近い。
一応、ひとつひとつの振りはユージさんの監修のもと、角度にまでこだわって美しい所作になってきているし、リズムにだって問題なく乗れていると思うのだけど……。
でも───残念ながら、それだけだ。
現状の僕ではきれいに踊るだけで手いっぱいで、楽しい曲のはずが、見ている人まで楽しい気持ちにさせるには決定的になにかが足りていなかった。
笑顔?
いや、さすがに笑顔くらいはできているはずだし、そこまで単純なことじゃないと思う。
そうじゃなくて───僕と雪之丞さんやユージさんとの差は、言うなればダンスにたいする表現力の差に集約される。
小道具としての扇子を使うにしても、僕にはまだ余裕がなくて、振付に忠実にしかあつかえない。
でも長年あつかいつづけてきた彼らにしてみれば、手クセのレベルで自在に操れるもので、そうなれば振りひとつとったって、当然のように見栄えも良くなるに決まっている。
そんな彼らと僕がならんで踊ったらどうなるか、それは火を見るよりも明らかだった。
僕の動きなんて『可もなく不可もなく』といったところでしかなくて、でもそんなものでは雪之丞さんからゆるされるはずもない。
「う~ん、おかしいなー。あんたの動き、ずいぶんうまくなってきてるんだけどな……でも言っちゃ悪いが若様と比べたら、なーんか『地味』なんだよな……」
申し訳なさそうにつぶやくユージさんだったけど、実際にそうなのだから文句を唱えようもなかった。
「なんかちがうってことまではわかるんですけどね、なんだろう、色気が足りないとか……?」
思い出す雪之丞さんの動きは、所作の美しさだけではない、なにか別の魅力が込められているような気がする。
色気、色気かぁ……。
まだ女形をやっているときは花魁だとかの役作りがあるからできるような気がするけれど、この曲はたんなるショータイム用の曲だから、どうやって出したらいいんだろうか?
そう思った瞬間、なにかが心の琴線に触れた。
今の一瞬にひらめきかけたそれこそが、僕の求めているこたえのような気がしてならない。
わかりそうでわからない、そのもどかしさが歯がゆくてたまらなかった。
「やっぱりあれか、オレが教えてるせいなのか……?あんた、女形の指導は花邑兄さんから受けてただろ?そっちは問題になってないってことはさ……」
気がつけば、そんなふうに僕が迷っているうちに、今度はユージさんが凹みはじめている。
「えぇっ?!ユージさんは悪くないでしょう!?」
うまく踊れていないのはあくまでも僕自身の実力の問題であって、けっしてユージさんのせいなんかじゃないのに!
「だけどあんたの動きを見てやることはできても、それ以上のものを引き出してやれないのは、オレの力不足ってことになるだろ……せっかく若様からあんたのこと任されたってのにさ」
うつむいたユージさんは、くやしそうに歯を食いしばり、苦々しげにつぶやく。
「……若様に『すげぇモン見してやる』って、呼ばれて見に行った舞台じゃ、あんた生き生きとして客席沸かせてたじゃん!あのときはあんたと殺陣をする若様も、外部舞台じゃ見たことないくらい楽しそうだったし、オレはいまだにあのとき感じた衝撃が忘れらんないんだよ!」
うなるような声でさけぶユージさんに、ハッとした。
「それ、は……」
劇場に向かう途中のもらい事故で怪我をした矢住くんに代わって、僕が悠之助を演じたときの話だ。
まさかユージさんが見ていてくれたなんて、思ってもみなかったけど。
「見に来てくれたお客さんを楽しませようってあんたの心意気、見てるオレにも伝わってきたんだぜ!?前はできてたことが今はできないってことは、いっしょにやってるヤツが悪いからとしか思えないだろ?!」
まるで拗ねてるみたいに横を向くユージさんはなんだか頼りなくて、実年齢よりも幼く見えた。
「えぇっと、ちょっとだけ訂正すると……あのときの僕はムードメーカーの『悠之助』っていう役を演じていたから、だから客席も煽れたし、なにより本役だった矢住くんの演じる悠之助を見ていたから、お客さんをとにかく楽しませようって、そういう動きができただけなんです」
だから、ユージさんの指導が悪いせいではないのだと、伝えたかった。
「なんだよそれ?」
こちらをジッといぶかしげに見つめてくるユージさんに、軽く口もとをゆるめて笑いかける。
「元々、悠之助を演じていた矢住くんは現役のトップアイドルだけあって、一流のエンターテイナーでもあったから、自然に客席を沸かせられていたんです。でも僕はただの役者でしかないから、どうやって客席を沸かせていいかわからなくて……結局悠之助という役を突き詰めて、たどり着くしかできなかったというか……」
役を演じることでしか、そうすることができなかったのだと口にする。
僕としては、自分の残念なエピソードの披露でしかなかったそれは、しかしユージさんにとっては、そうではなかったらしい。
「それだぁっ!!」
「えっ……?」
急にこちらの両肩をつかんだユージさんが、大きな声をあげた。
「だから、『演じる』んだよ!あんたが役を演じなきゃできないっつーなら、一曲ずつ役を定めて演じりゃいいんだよ!」
「えぇっ!?」
この瞬間、先ほど僕が感じていたもどかしさの正体と、その示唆とが一本線でつながっていく。
……あぁそうか、それしかないよな?
だって僕はダンサーでもなければ、大衆演劇初心者の役者でしかないんだから。
そう気がついたとたん、ずっと目の前に立ち込めていたはずの霧が、急激に晴れていくのを感じたのだった。
振付はもちろんのこと、この数日でさんざん練習してからだに染み込ませてきた腕の角度や舞扇子の角度にしたって、たぶんミスは一度もなかったはず。
ジャンッ!
そして最後のメロディとともに、決めポーズをとる。
1、2、3…と、ポーズをキープしたまま心のなかでカウントをするあいだも、やたらと心臓は大きく脈打っていた。
できることは全部やったし、今の自分が見せられるすべての技術と努力とをつめ込んで、全力を出し切ったんだ。
これ以上のことをしろと言われても、『たぶんもう無理』としか言えないくらいにはがんばったつもりでも、それでも不安は不安だった。
───だって、今僕がならんで舞っていたのは『大衆演劇界の貴公子』月城雪之丞さんその人で、雪之丞さんと言えばなんでもさらりとこなしてしまう天才肌だというのに、だれよりも自分に厳しく、けっして努力を怠らない人でも有名なのだから。
そんなストイックな彼の前では、『努力をしたこと』自体は、なんの意味も持たない。
彼にとってのそれは、『たんなる過程にすぎないもの』なのだから。
そういう意味では、僕が求められているものは努力をすることそのものよりも、その先にある『結果を出すこと』であって───つまりこの場では、僕が雪之丞さんから見て合格ラインに達するような扇子さばきやダンスを見せることだった。
そのためにこの数日間は、ずっとユージさんにつきあってもらっていたわけで、言うなればこれはふたりにとっての練習の成果が問われている一瞬でもあった。
おかげで余韻中は、時間にしたらほんの数秒でしかないはずなのに、体感的には何分も経過したようにも思えてしまって。
なかば緊張で、口のなかが干上がりそうになりつつも、じっと相手の反応を待つ。
まだ、だろうか……?
待ちきれずに横目でうかがった雪之丞さんの様子は、うつむきがちなせいか表情を読むことができない。
あぁもうだれか、この重苦しい空気をどうにかして!
……なんて、他力本願なことを思わず願ってしまった次の瞬間。
「~~っ、すっげぇじゃん!!いきなり化けたなぁ、おい!!」
雪之丞さんがパッと顔をあげるや、両腕を広げて飛びついてきた。
「よかっ……って、うわっ!ちょっと待っ……わあぁっ!」
それどころか、てっきり抱きつかれるのかと思っていたのに、ふわりと浮く感覚とともに遠心力が襲いかかってきて、全然あたまがついていけない。
「さっすがシンヤ、てめぇでちゃんと乗り越えてきてらぁ!」
うれしそうに声をあげ、僕を抱きあげたままその場でくるくるとまわりはじめる雪之丞さんのはしゃぎっぷりに、僕は文字どおりふりまわされるしかなくて。
「ちょっと、あのっ、雪之丞さん?!」
いやいや、どんなはしゃぎ方だよ、これ!
あまりにもやんちゃすぎる回転に、だんだんと平衡感覚が失われていく。
「ちょっと待てったら、若様!羽月サンも目ぇまわしてんだろーが、下ろしてやれよ!?……ほら、あんたも大丈夫か?」
「あ、あの……ありがとうございますユージさん……まだ目がまわっているみたいな感じが……」
こたえながらも、いまだにぐるぐるとまわる世界に、立ちあがることもできないままでいた。
「つーかよ、羽月サンがうまくなってうれしいからって、やりすぎだろ若様~!」
「おうおう、嫉妬なんてしねーでも、ちゃんとユージもよかったかんな!」
「はぁっ?!だれが嫉妬なん…ぎゃーっ!急に抱きつくんじゃねーよ!!」
そんな僕の横で雪之丞さんが、今度はユージさんに抱きつくと、そのあたまをめちゃくちゃになでまわしている。
かろうじて薄目をあけて様子をうかがったかぎりでは、さけぶユージさんの顔は真っ赤に染まっていたけれど、まんざらではなさそうにも見えた。
ごめんユージさん、今の僕では自分のことで手いっぱいで、とても助けられないや……。
心のなかで合掌すると、襲い来るめまいにそっと目を閉じた。
「だってなぁ……数日前にゃあてんで踊れず、よちよち歩きの赤ん坊だったヤツが、いきなりまとう空気に色がつくまで成長してやがんだ。だれだってうれしくならぁ!」
雪之丞さんのはずんだ声からは、今めちゃくちゃいい笑顔をしているんだろうなということが伝わってくる。
よかった、ホッとした。
緊張感に強ばっていたからだから、よけいな力が抜けていく。
なによりうれしかったのは、今の雪之丞さんのセリフのなかで『まとう空気に色がつく』と評されたことだった。
───そう、それなんだよ!
だって、昨日のユージさんとの特訓のなかでいちばん時間を割いたのが、その部分だったんだから。
* * *
僕たちはその日、貸切ったダンススタジオのなかで、何度もショータイム用の曲をかけては止めて、ユージさんからチェックを受けながら修正をくりかえしつつ練習をしていた。
おかげで途中から、足どころか全身が筋肉痛になりそうだったし、ふたりとも汗だくになっていた。
もちろんこれだけやれば振付は完ぺきにおぼえられるし、腕の角度や扇子の面の向きなんかもこだわって踊れるようにはなってきている……のだと思う。
そこらへんは、ユージさんも大丈夫だと太鼓判を押してくれたのだけど。
なのに、さっきから僕たちは行き詰まってしまっていた。
それも、明確になにかできないとかではなく、原因がわからないという点からすれば、むしろ霧のなかに迷い込んでしまったような状況に近い。
一応、ひとつひとつの振りはユージさんの監修のもと、角度にまでこだわって美しい所作になってきているし、リズムにだって問題なく乗れていると思うのだけど……。
でも───残念ながら、それだけだ。
現状の僕ではきれいに踊るだけで手いっぱいで、楽しい曲のはずが、見ている人まで楽しい気持ちにさせるには決定的になにかが足りていなかった。
笑顔?
いや、さすがに笑顔くらいはできているはずだし、そこまで単純なことじゃないと思う。
そうじゃなくて───僕と雪之丞さんやユージさんとの差は、言うなればダンスにたいする表現力の差に集約される。
小道具としての扇子を使うにしても、僕にはまだ余裕がなくて、振付に忠実にしかあつかえない。
でも長年あつかいつづけてきた彼らにしてみれば、手クセのレベルで自在に操れるもので、そうなれば振りひとつとったって、当然のように見栄えも良くなるに決まっている。
そんな彼らと僕がならんで踊ったらどうなるか、それは火を見るよりも明らかだった。
僕の動きなんて『可もなく不可もなく』といったところでしかなくて、でもそんなものでは雪之丞さんからゆるされるはずもない。
「う~ん、おかしいなー。あんたの動き、ずいぶんうまくなってきてるんだけどな……でも言っちゃ悪いが若様と比べたら、なーんか『地味』なんだよな……」
申し訳なさそうにつぶやくユージさんだったけど、実際にそうなのだから文句を唱えようもなかった。
「なんかちがうってことまではわかるんですけどね、なんだろう、色気が足りないとか……?」
思い出す雪之丞さんの動きは、所作の美しさだけではない、なにか別の魅力が込められているような気がする。
色気、色気かぁ……。
まだ女形をやっているときは花魁だとかの役作りがあるからできるような気がするけれど、この曲はたんなるショータイム用の曲だから、どうやって出したらいいんだろうか?
そう思った瞬間、なにかが心の琴線に触れた。
今の一瞬にひらめきかけたそれこそが、僕の求めているこたえのような気がしてならない。
わかりそうでわからない、そのもどかしさが歯がゆくてたまらなかった。
「やっぱりあれか、オレが教えてるせいなのか……?あんた、女形の指導は花邑兄さんから受けてただろ?そっちは問題になってないってことはさ……」
気がつけば、そんなふうに僕が迷っているうちに、今度はユージさんが凹みはじめている。
「えぇっ?!ユージさんは悪くないでしょう!?」
うまく踊れていないのはあくまでも僕自身の実力の問題であって、けっしてユージさんのせいなんかじゃないのに!
「だけどあんたの動きを見てやることはできても、それ以上のものを引き出してやれないのは、オレの力不足ってことになるだろ……せっかく若様からあんたのこと任されたってのにさ」
うつむいたユージさんは、くやしそうに歯を食いしばり、苦々しげにつぶやく。
「……若様に『すげぇモン見してやる』って、呼ばれて見に行った舞台じゃ、あんた生き生きとして客席沸かせてたじゃん!あのときはあんたと殺陣をする若様も、外部舞台じゃ見たことないくらい楽しそうだったし、オレはいまだにあのとき感じた衝撃が忘れらんないんだよ!」
うなるような声でさけぶユージさんに、ハッとした。
「それ、は……」
劇場に向かう途中のもらい事故で怪我をした矢住くんに代わって、僕が悠之助を演じたときの話だ。
まさかユージさんが見ていてくれたなんて、思ってもみなかったけど。
「見に来てくれたお客さんを楽しませようってあんたの心意気、見てるオレにも伝わってきたんだぜ!?前はできてたことが今はできないってことは、いっしょにやってるヤツが悪いからとしか思えないだろ?!」
まるで拗ねてるみたいに横を向くユージさんはなんだか頼りなくて、実年齢よりも幼く見えた。
「えぇっと、ちょっとだけ訂正すると……あのときの僕はムードメーカーの『悠之助』っていう役を演じていたから、だから客席も煽れたし、なにより本役だった矢住くんの演じる悠之助を見ていたから、お客さんをとにかく楽しませようって、そういう動きができただけなんです」
だから、ユージさんの指導が悪いせいではないのだと、伝えたかった。
「なんだよそれ?」
こちらをジッといぶかしげに見つめてくるユージさんに、軽く口もとをゆるめて笑いかける。
「元々、悠之助を演じていた矢住くんは現役のトップアイドルだけあって、一流のエンターテイナーでもあったから、自然に客席を沸かせられていたんです。でも僕はただの役者でしかないから、どうやって客席を沸かせていいかわからなくて……結局悠之助という役を突き詰めて、たどり着くしかできなかったというか……」
役を演じることでしか、そうすることができなかったのだと口にする。
僕としては、自分の残念なエピソードの披露でしかなかったそれは、しかしユージさんにとっては、そうではなかったらしい。
「それだぁっ!!」
「えっ……?」
急にこちらの両肩をつかんだユージさんが、大きな声をあげた。
「だから、『演じる』んだよ!あんたが役を演じなきゃできないっつーなら、一曲ずつ役を定めて演じりゃいいんだよ!」
「えぇっ!?」
この瞬間、先ほど僕が感じていたもどかしさの正体と、その示唆とが一本線でつながっていく。
……あぁそうか、それしかないよな?
だって僕はダンサーでもなければ、大衆演劇初心者の役者でしかないんだから。
そう気がついたとたん、ずっと目の前に立ち込めていたはずの霧が、急激に晴れていくのを感じたのだった。
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