91 / 96
85.モブ役者は売れっ子作家とイケメン俳優を翻弄する
しおりを挟む
ドラマで僕の演じた千寿を見たことがきっかけで、いつもは〆切とのたたかいに敗れがちな三峯先生が、めずらしく一気に新作を書きあげられたらしい。
だからそれにあやかって、これから先も〆切を守れるよう、お守り代わりに千寿の写真を待ち受けにしたいと言われて快諾をしたところまではよかった。
でもそこでスタッフにまざって撮影を見に来ていた東城が、こらえきれずに乱入してきてしまったわけで。
まぁそうなれば当然のように、突然のスターの登場に現場は混乱の渦に落ち、待ち受け用の写真を撮るどころではなくなっていた。
というか、僕自身もそれどころではなくなっていたのだけど。
いや、だって東城からの人目もはばからない告白まがいを受けるなんて想定外もいいところだろ?!
しかもそれを見てインスピレーションがわいた三峯先生から、ドラマ原作の小説を書き直したいと急に言い出したことだとか、さらには東城との共演がいきおいにまかせて決まったことだとか、おまけまでもがとんでもなくて……。
そのせいですっかり撮影のタイミングを見失ってしまっていたけれど、せっかくの『千寿の写真を撮りたい』という三峯先生からの要望には、もちろんこたえたいと思っていた。
こういうふうに僕の演技を原作者の先生に認めてもらえるのはうれしいことだし、なにより演技に入れば、直前の動揺も吹き飛ばせると思ったからだ。
それになにより、東城のことも心配で、早くこの現場を終わらせなければって思ったのもある。
たぶん本人は隠しているつもりかもしれないけれど、白目が充血していて、相当な睡眠不足がたたっているのが見てとれた。
もう、こういうところは昔から変わらないんだから!
ただでさえ貴重な休みを、僕の姿を見るためだけに費やしちゃうなんて、東城は本当におバカすぎるだろ!!
もっと自分をいたわれってんだ!
……東城が僕を心配するように、僕だって東城のことが心配なのにさ。
だからこそ、本当は後藤さんや東城に、なんでそんなスケジュール的に厳しそうなお仕事を受けちゃったのかってことを問い詰めたい気持ちもなくはなかった。
けれど、それは今ここですべきものではないんだろうってことだけはわかる。
客観的にかんがえたって、ゴールデンタイムで放送が決定している三峯ミステリーのレギュラーとして出演が確約できるのなら、だれだって受けたいお仕事だと思う。
それになにより、そばで担当さんと盛りあがる三峯先生を見れば、純粋によろこんでくれているのがわかる。
こうしてよろこんでくれている人たちに、水を差すことになるのだけは避けたかった。
というかそもそも心配というのなら、僕だって失敗したらせっかくの連ドラ初主演でも、話題すべてが東城に食われてしまいかねないんだから、人の心配をしているどころではないと思う。
なにしろ話題性もなにもかも、世間的には東城のほうがはるかに有名なのだから、テレビやネットの芸能ニュースの見出しがどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
絶対に東城の横に立つのにふさわしい存在だって、世間に認めてもらえるようにがんばるんだと言っても、依然として東城のほうがはるか高みにいる事実は変えられないし。
せいぜい今の僕にできることと言ったら、これから先のお仕事で、少しでも名前が売れるように実績を残していくことくらいしかなかった。
そう決意を新たにしたところで、あらためて三峯先生のほうへと向きなおる。
「ところで三峯先生、先ほどおっしゃっていた待ち受け用の写真、どうされますか?」
「そりゃもちろん撮りたいです!ぜひ!!」
問いかけながらも、すぐに千寿の役作りができるようにと心がまえをしていれば、食い気味にこたえがかえってきた。
「えぇと、ポーズやシチュエーションの指定などはありますか?」
「はいはい!俺はさっきの上目づかいをもう一度お願いしたいです!」
「東城は黙ってて?」
「えぇ~~、羽月さんのいけずぅ~」
せっかくならば三峯先生のリクエストにこたえようとたずねれば、本人を差し置いて、代わりに東城が元気よく挙手する。
当然のようにそれを却下すれば、すなおに引き下がってはくれたけど……。
でもなんだろう、言葉こそ不満を述べているようなのに、顔がゆるっゆるにだらしない笑顔のままで、まったく堪えた様子がないんだけど!?
「えぇと、そうですね……先ほどの手の甲へのキスは己のなかでなにかが目覚めそうではあったのですが、東城様のお衣装がないですから、またの機会に期待しておくとして……う~ん、羽月様の千寿は完全に解釈が一致しているので、これと言って指定したいことはないのですが……」
ちょっと待って、さっきのアレでなにが目覚めそうになってるんですか!?
思わず心のなかでツッコミを入れたところで、それを顔に出すわけにはいかない。
迷うそぶりを見せる三峯先生を、にこやかな笑みをうかべた顔のままで待つ。
……正直なところ、この場合はリクエストのあるほうがやりやすいのだけど、特に指定がないというのならしょうがない。
「じゃあ羽月さんにおまかせってことですね!いいんじゃないですか、『もし千寿がここにいて、写真を撮りたいって原作者の三峯先生に言われたらどうするか』って感じになるの、それはそれで楽しそうというか!」
「なるほど!それはリアルに我が子に会える楽しみみたいな感じがしますね!」
なにげなく言った東城のひとことで、コンセプトだけは決まったのだけど。
~~~っ、このやろう、東城!
なにさりげなくハードルあげてるんだよ!?
だってそれは、原作者というそのキャラクターの生みの親を前にして、いかにそのキャラクターの思考を、その行動原理を理解しているのか試されているようなものだろ?
もちろん、できることなら『解釈が一致している』と褒めてくれた先生の期待は裏切りたくない。
でも今回は、あまりにも準備する時間がなかった。
まだドラマの撮影のときは、台本もあったし、演出だってある程度は決まっていた。
さらにその台本を読んで覚えるついでに、千寿としてのキャラクター造形をかんがえる時間もあったけど。
今回にかぎっては、いわばセリフがない演技になるわけで、そういう意味では台本もなければ演出もこちらに一存されていて、ガイドラインになりそうなものは一切ないわけで。
瞬間的に、胸の鼓動は早くなる。
「それじゃ、撮りますね!」
「……はい、大丈夫です」
スマホのカメラをかまえる三峯先生とその担当さんを前に、一瞬だけ目を閉じて覚悟を決める。
───千寿にとっての三峯先生とは、どういう存在だろうか?
たぶん、自分という存在をこの世に生み出してくれた親のような存在であり、しかし作中に出てくる本物の千寿の父親とはちがい、全力で愛情をかたむけてくれる貴重な存在なのだと思う。
それって、きっと千寿にとっても『特別』なんじゃないかって。
「「「っ!?」」」
そう思ったら、自然と笑みが浮かんできた。
もちろんすなおに笑うのではなくて、少し皮肉めいた表情ではあるけれど。
それを目にした三峯先生たちのほうからは、息を飲む音とともに、はげしいシャッター音が連続して聞こえてきた。
おそらく、こんなふうに僕が───いや、千寿が笑うなんて想定しなかったにちがいない。
だって千寿というキャラクターは、人前で本心を明かすことをひどく嫌うタイプだから。
でも本当に、感情を隠すだけだろうか?
───いや、そんなことはないはずだ。
だって作中の千寿は、必要ならばいくらだって作り笑顔をうかべ、人あたりの良い好青年を演じてみせるんだから。
それにふだんからあれだけの余裕を見せている彼ならば、こうして本心をにじませたほほ笑みをうかべることで相手を翻弄できるなら、きっとためらわないと思う。
───ましてその相手が、自分にとっての『特別な存在』なのであれば。
どうやらその目論見は見事に的中したというか、僕の想像どおり、いや、それ以上に三峯先生たちには刺さったらしい。
おかげでさっきから三峯先生の手もとからは、ものすごい連写音が響いてくる。
……もちろん、その横の東城の手もとからも。
もう、本当にいつでも東城はブレないよなぁ……なんて思わず呆れてしまいそうになるけれど、むしろ三峯先生たちまでもが東城めいて見えるから困る。
とはいえ、役者としてはここまで原作者の先生がよろこんでくれていると思うと、ついサービスをしたくなるというもので。
「「「うぐぅっ!!」」」
とどめとばかりにウィンクをしてみせれば、無事にカメラに収めたらしい三峯先生たちは、うめき声とともにその場で三者三様になにかに祈りはじめる。
三峯先生は涙がきらりと光る目もとを手のひらで押さえて天を仰ぎ、担当さんはこちらに向けて両手で合掌をしてくるし、東城に至っては両手で顔をおおったまま床を転げまわっていた。
うん、さすがにそれは大げさすぎるんじゃないかな?!
……って、東城だけは通常営業かもしれないけれど。
奥に見える後藤さんがそんな東城の姿にあたまをかかえているところまでをふくめて、想定内と言えば想定内だった。
「ありがとうございます!貴重な千寿の笑顔!!すなおじゃないからこその皮肉めいた笑顔なのに、どこか安心しているような空気をまとっているとか……あぁ、私は千寿から嫌われてはいなかったんですね……本当によかったです!羽月様、うちの子をこの世に顕現させてくれてありがとうございますっ!!」
僕の手を取り、お礼を述べてくる三峯先生の目もとには、やはり先ほど見えた涙は見まちがえなんかではなく本当なのだとわかるほどには、くっきりとその跡が見てとれた。
ここまでの過剰と言ってもいいほどに反応を示してもらえるなんて、これはもう役者冥利に尽きるだろ!
むしろ直接言葉をかさねて演技をたたえられるよりもずっと、相手が全力でこちらを褒めてくる気持ちが伝わってきて、どうしても照れてしまう。
「こちらこそ、ありがとうございました。先生に書いていただいたお話で、もっと千寿をこの世に存在させられるようにがんばりますね」
「あぁぁ、尊い……!!もう、羽月様のことは、全力でこれからも応援させてもらいますね!」
ついには担当さんといっしょにこちらに向かって拝みはじめた三峯先生に、思わず苦笑いがうかんでしまった。
こうしてこの日、僕の初主演作品となる連続ドラマのメインビジュアル撮影のお仕事は、さまざまな波乱を乗り越え、無事に終了したのである。
───のちに、このときの待ち受け用に撮影された千寿の貴重な笑顔やウィンク姿の写真の存在が、とある雑誌での三峯先生への取材をもとにファンに知られ、激レア千寿として世間をにぎわすことになるのは、もはや約束されたようなものだった。
けれど本当に仁義なき戦いの火ぶたが切って落とされるのは、その写真を東城が手中に収めていることを某残念女王が知ってからになるのは言うまでもない。
さて、『理緒たんガチ勢友の会』のメンバーがこの写真を手にすることができるのかは、神のみぞ知ることであった───。
だからそれにあやかって、これから先も〆切を守れるよう、お守り代わりに千寿の写真を待ち受けにしたいと言われて快諾をしたところまではよかった。
でもそこでスタッフにまざって撮影を見に来ていた東城が、こらえきれずに乱入してきてしまったわけで。
まぁそうなれば当然のように、突然のスターの登場に現場は混乱の渦に落ち、待ち受け用の写真を撮るどころではなくなっていた。
というか、僕自身もそれどころではなくなっていたのだけど。
いや、だって東城からの人目もはばからない告白まがいを受けるなんて想定外もいいところだろ?!
しかもそれを見てインスピレーションがわいた三峯先生から、ドラマ原作の小説を書き直したいと急に言い出したことだとか、さらには東城との共演がいきおいにまかせて決まったことだとか、おまけまでもがとんでもなくて……。
そのせいですっかり撮影のタイミングを見失ってしまっていたけれど、せっかくの『千寿の写真を撮りたい』という三峯先生からの要望には、もちろんこたえたいと思っていた。
こういうふうに僕の演技を原作者の先生に認めてもらえるのはうれしいことだし、なにより演技に入れば、直前の動揺も吹き飛ばせると思ったからだ。
それになにより、東城のことも心配で、早くこの現場を終わらせなければって思ったのもある。
たぶん本人は隠しているつもりかもしれないけれど、白目が充血していて、相当な睡眠不足がたたっているのが見てとれた。
もう、こういうところは昔から変わらないんだから!
ただでさえ貴重な休みを、僕の姿を見るためだけに費やしちゃうなんて、東城は本当におバカすぎるだろ!!
もっと自分をいたわれってんだ!
……東城が僕を心配するように、僕だって東城のことが心配なのにさ。
だからこそ、本当は後藤さんや東城に、なんでそんなスケジュール的に厳しそうなお仕事を受けちゃったのかってことを問い詰めたい気持ちもなくはなかった。
けれど、それは今ここですべきものではないんだろうってことだけはわかる。
客観的にかんがえたって、ゴールデンタイムで放送が決定している三峯ミステリーのレギュラーとして出演が確約できるのなら、だれだって受けたいお仕事だと思う。
それになにより、そばで担当さんと盛りあがる三峯先生を見れば、純粋によろこんでくれているのがわかる。
こうしてよろこんでくれている人たちに、水を差すことになるのだけは避けたかった。
というかそもそも心配というのなら、僕だって失敗したらせっかくの連ドラ初主演でも、話題すべてが東城に食われてしまいかねないんだから、人の心配をしているどころではないと思う。
なにしろ話題性もなにもかも、世間的には東城のほうがはるかに有名なのだから、テレビやネットの芸能ニュースの見出しがどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
絶対に東城の横に立つのにふさわしい存在だって、世間に認めてもらえるようにがんばるんだと言っても、依然として東城のほうがはるか高みにいる事実は変えられないし。
せいぜい今の僕にできることと言ったら、これから先のお仕事で、少しでも名前が売れるように実績を残していくことくらいしかなかった。
そう決意を新たにしたところで、あらためて三峯先生のほうへと向きなおる。
「ところで三峯先生、先ほどおっしゃっていた待ち受け用の写真、どうされますか?」
「そりゃもちろん撮りたいです!ぜひ!!」
問いかけながらも、すぐに千寿の役作りができるようにと心がまえをしていれば、食い気味にこたえがかえってきた。
「えぇと、ポーズやシチュエーションの指定などはありますか?」
「はいはい!俺はさっきの上目づかいをもう一度お願いしたいです!」
「東城は黙ってて?」
「えぇ~~、羽月さんのいけずぅ~」
せっかくならば三峯先生のリクエストにこたえようとたずねれば、本人を差し置いて、代わりに東城が元気よく挙手する。
当然のようにそれを却下すれば、すなおに引き下がってはくれたけど……。
でもなんだろう、言葉こそ不満を述べているようなのに、顔がゆるっゆるにだらしない笑顔のままで、まったく堪えた様子がないんだけど!?
「えぇと、そうですね……先ほどの手の甲へのキスは己のなかでなにかが目覚めそうではあったのですが、東城様のお衣装がないですから、またの機会に期待しておくとして……う~ん、羽月様の千寿は完全に解釈が一致しているので、これと言って指定したいことはないのですが……」
ちょっと待って、さっきのアレでなにが目覚めそうになってるんですか!?
思わず心のなかでツッコミを入れたところで、それを顔に出すわけにはいかない。
迷うそぶりを見せる三峯先生を、にこやかな笑みをうかべた顔のままで待つ。
……正直なところ、この場合はリクエストのあるほうがやりやすいのだけど、特に指定がないというのならしょうがない。
「じゃあ羽月さんにおまかせってことですね!いいんじゃないですか、『もし千寿がここにいて、写真を撮りたいって原作者の三峯先生に言われたらどうするか』って感じになるの、それはそれで楽しそうというか!」
「なるほど!それはリアルに我が子に会える楽しみみたいな感じがしますね!」
なにげなく言った東城のひとことで、コンセプトだけは決まったのだけど。
~~~っ、このやろう、東城!
なにさりげなくハードルあげてるんだよ!?
だってそれは、原作者というそのキャラクターの生みの親を前にして、いかにそのキャラクターの思考を、その行動原理を理解しているのか試されているようなものだろ?
もちろん、できることなら『解釈が一致している』と褒めてくれた先生の期待は裏切りたくない。
でも今回は、あまりにも準備する時間がなかった。
まだドラマの撮影のときは、台本もあったし、演出だってある程度は決まっていた。
さらにその台本を読んで覚えるついでに、千寿としてのキャラクター造形をかんがえる時間もあったけど。
今回にかぎっては、いわばセリフがない演技になるわけで、そういう意味では台本もなければ演出もこちらに一存されていて、ガイドラインになりそうなものは一切ないわけで。
瞬間的に、胸の鼓動は早くなる。
「それじゃ、撮りますね!」
「……はい、大丈夫です」
スマホのカメラをかまえる三峯先生とその担当さんを前に、一瞬だけ目を閉じて覚悟を決める。
───千寿にとっての三峯先生とは、どういう存在だろうか?
たぶん、自分という存在をこの世に生み出してくれた親のような存在であり、しかし作中に出てくる本物の千寿の父親とはちがい、全力で愛情をかたむけてくれる貴重な存在なのだと思う。
それって、きっと千寿にとっても『特別』なんじゃないかって。
「「「っ!?」」」
そう思ったら、自然と笑みが浮かんできた。
もちろんすなおに笑うのではなくて、少し皮肉めいた表情ではあるけれど。
それを目にした三峯先生たちのほうからは、息を飲む音とともに、はげしいシャッター音が連続して聞こえてきた。
おそらく、こんなふうに僕が───いや、千寿が笑うなんて想定しなかったにちがいない。
だって千寿というキャラクターは、人前で本心を明かすことをひどく嫌うタイプだから。
でも本当に、感情を隠すだけだろうか?
───いや、そんなことはないはずだ。
だって作中の千寿は、必要ならばいくらだって作り笑顔をうかべ、人あたりの良い好青年を演じてみせるんだから。
それにふだんからあれだけの余裕を見せている彼ならば、こうして本心をにじませたほほ笑みをうかべることで相手を翻弄できるなら、きっとためらわないと思う。
───ましてその相手が、自分にとっての『特別な存在』なのであれば。
どうやらその目論見は見事に的中したというか、僕の想像どおり、いや、それ以上に三峯先生たちには刺さったらしい。
おかげでさっきから三峯先生の手もとからは、ものすごい連写音が響いてくる。
……もちろん、その横の東城の手もとからも。
もう、本当にいつでも東城はブレないよなぁ……なんて思わず呆れてしまいそうになるけれど、むしろ三峯先生たちまでもが東城めいて見えるから困る。
とはいえ、役者としてはここまで原作者の先生がよろこんでくれていると思うと、ついサービスをしたくなるというもので。
「「「うぐぅっ!!」」」
とどめとばかりにウィンクをしてみせれば、無事にカメラに収めたらしい三峯先生たちは、うめき声とともにその場で三者三様になにかに祈りはじめる。
三峯先生は涙がきらりと光る目もとを手のひらで押さえて天を仰ぎ、担当さんはこちらに向けて両手で合掌をしてくるし、東城に至っては両手で顔をおおったまま床を転げまわっていた。
うん、さすがにそれは大げさすぎるんじゃないかな?!
……って、東城だけは通常営業かもしれないけれど。
奥に見える後藤さんがそんな東城の姿にあたまをかかえているところまでをふくめて、想定内と言えば想定内だった。
「ありがとうございます!貴重な千寿の笑顔!!すなおじゃないからこその皮肉めいた笑顔なのに、どこか安心しているような空気をまとっているとか……あぁ、私は千寿から嫌われてはいなかったんですね……本当によかったです!羽月様、うちの子をこの世に顕現させてくれてありがとうございますっ!!」
僕の手を取り、お礼を述べてくる三峯先生の目もとには、やはり先ほど見えた涙は見まちがえなんかではなく本当なのだとわかるほどには、くっきりとその跡が見てとれた。
ここまでの過剰と言ってもいいほどに反応を示してもらえるなんて、これはもう役者冥利に尽きるだろ!
むしろ直接言葉をかさねて演技をたたえられるよりもずっと、相手が全力でこちらを褒めてくる気持ちが伝わってきて、どうしても照れてしまう。
「こちらこそ、ありがとうございました。先生に書いていただいたお話で、もっと千寿をこの世に存在させられるようにがんばりますね」
「あぁぁ、尊い……!!もう、羽月様のことは、全力でこれからも応援させてもらいますね!」
ついには担当さんといっしょにこちらに向かって拝みはじめた三峯先生に、思わず苦笑いがうかんでしまった。
こうしてこの日、僕の初主演作品となる連続ドラマのメインビジュアル撮影のお仕事は、さまざまな波乱を乗り越え、無事に終了したのである。
───のちに、このときの待ち受け用に撮影された千寿の貴重な笑顔やウィンク姿の写真の存在が、とある雑誌での三峯先生への取材をもとにファンに知られ、激レア千寿として世間をにぎわすことになるのは、もはや約束されたようなものだった。
けれど本当に仁義なき戦いの火ぶたが切って落とされるのは、その写真を東城が手中に収めていることを某残念女王が知ってからになるのは言うまでもない。
さて、『理緒たんガチ勢友の会』のメンバーがこの写真を手にすることができるのかは、神のみぞ知ることであった───。
172
お気に入りに追加
858
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる