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78.モブ役者は天然記念物

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 妙に居ごこちの悪い時間は、あっという間に終わりを告げる。
 そろそろ休憩時間は終わりになるとタイムキーパーにうながされ、僕たちは撮影にもどることになった。
 それに矢住やずみくんのほうも、休憩時間は終わりになるらしい。

「あぁヤバい、もう時間なんで、最後に師匠を補給してからもどります!」
「うん、いそがしいところ手伝ってくれてありがとう」
 床に転げていた矢住くんが立ち上がるのに手を貸したところで、お約束のようにぎゅっと抱きつかれる。

「せ、!今日はどうもありがとうございました!!」
 そんな矢住くんに向かって、西尾にしおさんが直角に近いくらいに腰を曲げてあたまを下げてお礼を言うと、矢住くんはにっこりと、ここへあらわれたときとおなじく天使のほほえみをうかべた。

「セリフに感情を乗せるっていう基礎はできてるんで、もう大丈夫ですよ!これが『感情の裏張り』ですからね!せっかくドチャシコかわいい師匠を真正面から浴びるなんていう思いをしたんですから、絶対身につけてくださいよ?セリフに込める感情を、言葉とは逆のものにするっていうの、けっこう使えるテクニックですから!」
 ……うん、なんか矢住くんてば、どんどん東城とうじょうに似てきているというか、なんなら『小さい東城があらわれた』くらいの感じになってきてないか??

「はいっ、もちろんです先生!」
 こちらはこちらで、三角の耳とバサバサゆれるしっぽが見えるようで、これもまた東城をほうふつとさせるというか。

 ……うん、気がつけば僕のまわりには、本人はいないはずなのに、東城を思い出させるものばかりが増えてきている気がする。
 困ったな、おたがいに忙しくてなかなか会えないのは覚悟してたっていうのに、今さらながら本人に会いたくなってきちゃうなんて……。

「……師匠?なんだかお疲れです?」
 そんなふうに物思いにふけっていたら、いまだに僕にしがみついたままの矢住くんから心配をされてしまった。

「えっ?!大丈夫、だと思うよ……?」
 たしかに前の事務所にいたときよりも、着実にモリプロへ移籍してからのほうがお仕事は増えたとは思うけど。
 特に雑誌やネット記事での取材とか、メディア露出は格段に増えている。

 だからといって、睡眠時間が足りなくて倒れそうなんてことにはならないで済んでいるのは、ひとえに後藤さんの采配のおかげなのだろう。
 そうかんがえたら、感謝こそすれども、文句を言うなんてありえないって思う。

「でも、師匠……なんか寂しそうな感じがするんですけど……」
「……大丈夫、僕は平気だよ」
 思った以上にするどい矢住くんに、一瞬ドキリとさせられた。

「それならいいんですけど、放っておくと師匠、無理とか我慢とかすぐしそうなんで心配なんですよね……」
「それを言うなら、たぶん矢住くんのほうがよっぽど忙しいんじゃない?」
 トップアイドルのスケジュールは分刻みだというのは、本人も口にしていたことだ。

「あはは……うちの事務所はナチュラルブラックなんで……だからこうして師匠という癒やしを摂取しないと………ってそうだ!師匠、ボクといっしょに写真撮ってもらってもいいですか?!」
「別にかまわないけど……」
 あまりにも唐突な提案にとまどいながらこたえれば、矢住くんは楽しそうにくちびるに弧を描いた。

「師匠のマネージャーさん、ちょっとボクと師匠のツーショットを撮って、東城さんに送ってもらえませんか?ボクの『アイドルセラピーも効かないくらい寂しそうです』って添えて」
「え?」
 まさか矢住くんには、僕が東城に会いたくなっていることがバレていたのか!?

「───承知いたしました、と言いたいところなんですが、たぶんあのバカ、そんなものを見たら自分の仕事を放り出して飛んできそうなので、さすがに許容しがたく……なので、タイミングや文言はこちらにおまかせいただけますか?」
「もちろんですよ、そこはだれよりマネージャーさんのほうが詳しそうですからね!」
「ふふ、ありがとうございます」

 いつのまにか、後藤さんと矢住くんのあいだで密約が交わされている。
 もしもこのふたりが結託したら、たぶん僕は一生かかっても勝てないような気がするんだけどな……。

「?どういうことだよ??」
「えー、西尾さんにはナイショです。ボクと師匠の仲は特別なので」
 わけがわからないとばかりに首をかしげる西尾さんに、口もとに人差し指をあてた矢住くんがウィンクをかえす。

「うぐぅ!先生のイジワルっ!オレだってそこにまざりてぇのに!!」
 地団駄を踏む西尾さんはまるでヤンチャな子どものようで、今日最初にあいさつをされたときのツンケンとしていたときの印象とは別人みたいに思えて、なんだかとてもふしぎな気持ちだった。

「あ、でもさっきも言いましたけど、ボクは東城さん公認の代理騎士ナイトなんで、師匠を狙う不埒な輩から守るのもボクの役目ですから!ボクがいなくなったからって、師匠に手を出そうなんて絶対にゆるしませんからね?!」
「へっ?!ももも、もちろんですともっ!!」
 急に温度の下がる矢住くんの声色に、あわてたように西尾さんの背すじがまっすぐにのびる。

「そうだな……万が一にも師匠に手を出そうと思うのなら、まずはボクや怜奈れいな姉さん、そしてラスボスの東城さんを倒してからにしてください───あぁ、そこにいる師匠のマネージャーさんも強そうですよね?」
「絶対に手なんて出しませんから!!」
 めちゃくちゃあわてていいわけをする西尾さんに、思わず苦笑をうかべてしまった。

 たしかに矢住くんや宮古さんなら、これだけ鍛えてる西尾さんなら簡単に倒せそうな気もするけど、後藤さんあたりから急にむずかしくなりそうだよな……。
 特に東城とか、物理的に戦っても強そうだし、知名度とか人気とかで競ったところで勝てる人のほうが稀有だ。
 なにより僕に向ける熱意は、ほかに類を見ないほどだと思う。

羽月はづきさん!』
 耳にここちよく響く、少し低い声。
 顔面偏差値のふりきれているイケメンなのに、無邪気とも呼べる笑顔をうかべてこちらに手を振る東城の姿が脳裏によみがえる。
 その瞬間、自分でかんがえておきながら妙に照れてしまいそうになった。

「あのね、矢住くん。心配しないでも、僕なんてただの平凡な役者にすぎないんだから、西尾さんがそんなこと思うはずないってば」
 それをごまかすように、まるで東城みたいに過保護になる矢住くんに、ゆっくりと言って聞かせる。

「あああ、これだからヒロインりょくの高すぎる師匠は!『無自覚ヒロイン』って、たぶんこういう人のことを言うんですよ!弟子としては、心配が尽きることがないんですってば、もう!!」
「えぇ~、そんなことないのになぁ……」
 そんなやりとりをしている横で、西尾さんは少し寂しそうにこちらを見ていた。

「でも矢住くんこそ僕より華奢だし、顔だってよっぽどかわいいと思うんだけど?」
「ありがとうございますっ!師匠に褒められるの、めちゃくちゃうれしいです!でもボクのこれは計算され尽くした『ビジネスあざとかわいい』なので!」
「???」

 どうしよう、またもやよくわからない単語が出てきた。
 矢住くんの話す言語は、おなじ日本語のはずなのに、時折ひどく難解になるんだよな……。

「まぁ、師匠のその素のかわいさは、もはや芸能界では天然記念物並みに貴重なものなんですから、そりゃ大事に保護していかなきゃならないってなるものですしね~」
「えぇ……??」
 褒められているのか、はたまたけなされているのか、どうとらえていいかわからない言葉に、僕はますます混乱する。

 あとなぜか後藤さんまでコクコクとうなずいて同意を示しているのが視界の隅に映っているんだけど、これはいったいどういうことなんだろうな!?

「───そうか、わかったッス!先生がいないあいだは、さらにオレが代理をつとめればいいんすよね!?」
「えっ?」
 そこへさらに、いいことを思いついたとばかりに、西尾さんが目をかがやかせて参戦してきた。

「あぁ、たしかに!その鍛えた筋肉がうなるときじゃないですか!それじゃ、師匠のことはよろしく頼みます」
「オレのこの鍛えた上腕二頭筋に任せるッス、先生!」
 それどころか、いつのまに話がついたのか、気がつけば矢住くんと西尾さんはガッツリと握手をしていた。

 ……うん、仲がいいのは、よきことだよね……?
 自分のことを、そんなふうに守らなきゃいけないくらいの存在とはどうにも思えなくてギャップに苦しむけれど、それでもこちらに向けられる感情が純粋な好意からくるものなのだろうということはわかるから、それはありがたいことだとも思うし。

「それじゃ、代理の代理も無事にできたことですし、安心したのでボクはまた自分のところの撮影にもどりますね!ドラマのOAオンエア、楽しみにしてますから!」
「先生、あざっしたー!!」
 こうして来たときとおなじく、矢住くんは風のように去っていった。

 あとに残されたのは、若干あきらめたような顔をした僕と、それとは真逆にやる気満々な西尾さんで。
 気がつけば撮影再開をしようと、スタッフさんたちもまた再集結をしていた。

「それじゃ西尾さん、撮影のほうにもどりましょうか?というか、行けそうですか?」
「はい!今度こそできる気がします!……ところで、さっきから先生たちが言ってた『怜奈姉さん』と『東城さん』って、やっぱり……?」
 あまりのんびりもしていられないと声をかければ、ハッと我にかえった西尾さんが今しがた矢住くんに言われたことをかみしめるように、質問をしてくる。

「うん、『恋愛ドラマの女王』の異名をとる女優の宮古みやこ怜奈さんと、俳優の東城湊斗みなとのことだね」
「すげーっ!そうそうたるメンバーじゃないッスか!!どこで接点があったんすか?!」
 西尾さんの想像したとおりの相手だと肯定すれば、さらに身を乗り出して聞かれた。

「うん、宮古さんとは直接共演したことはないんだけど、前の現場でちょっとだけ演技指導をしたことがあってね。あと東城は、デビュー直後の深夜ドラマの現場で共演しながら、少し面倒を見ていた時期があったからね」
 自分で説明してて、やっぱり僕みたいなモブ役者が今をときめく大スターたちに慕われているだなんて、どうにもおこがましいような気がしてくる。

「すげー!!『東城湊斗』に『宮古怜奈』、そして『矢住ヒロ』先生まで……とんでもない大スターばかりに慕われている羽月さんって、もしかして『演劇の神様』とか、そういう存在ですか?!」
 まるで子どものように純粋なまなざしで見てくる西尾さんに、むしろこちらがあわててしまう。

「えええ、そんなことないから!僕はただの一介の役者だよ!───でもまぁ、僕だってこのままでいる気はないけどさ……」
 だって僕には、世間に認められる存在となって、正々堂々と東城の横に立ちたいっていう夢があるから。

「やっべぇ、そんな『レジェンド』と共演できるとか、マジパネェ!!オレ、死ぬ気でがんばるッス!!」
「う、うん、よろしくね」
 急激にテンションが爆上がりした西尾さんのいきおいに押され、若干及び腰になったところで、撮影再開を告げるスタッフの声が聞こえてきた。

 どうやら休憩に入る前に陥っていた西尾さんの不調は、どうにかなったようだ。
 けれどなんというか、はじめはめちゃくちゃ目の敵にされていて、次は急になついてくれたと思ったら、とうとう『神様』だの『レジェンド』だの言い出すなんてさ。
 今日1日のうちで、どんどん僕にたいする態度が変わってきていて、そのあまりの温度差に風邪でも引きそうな気分だった。
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