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77.イケメンアイドルによる熱血指導

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理緒りおたんガチ勢友の会の会員規則のひとつに、『いつ、いかなるときも推しとおなじ現場になった際、迷惑をかけることがないよう、己のスキルは常に全力でみがいておくべし!』というものがありまして……」
「はぁ……」
 神妙な顔でもっともらしく口にする矢住やずみくんに、どうかえしていいかわからなくて、なんとも中途半端な相づちを打つ。

「僕も入会するにあたり、師匠の弟子としてはずかしくない程度の実力をつけろと、姉弟子である怜奈れいな姉さんから相当厳しく演技指導をつけてもらいました」
「悪いことではないと思うよ?宮古みやこさんの実力はホンモノだと思うし」
 淡々と言葉をつづける矢住くんに、僕もそれ自体には肯定を示す。

「───まぁ、たしかに現役のトップクラスの女優さんから直接指導を受けられるっていうのは、すごい役に立つ実践的な話ばかりで、ありがたいのはまちがいないですけどね」
 口ではそう言いつつも、矢住くんの顔色を見ていれば、そう簡単なものではなかったことは、容易に想像がついた。

「そんなわけなので、師匠の弟子兼東城とうじょうさん公認代理騎士ナイトといたしましては、うまく演技ができなくなった人がいるからといって、師匠の手をわずらわせるなんて看過できないわけです!」
 う~ん、矢住くんが慕ってくれているのはうれしいけれど、僕を上に見すぎじゃないだろうか?

 だって矢住くんにしても、西尾さんにしても、世間での人気や知名度からしたら、僕なんかよりよほど上の存在なんだけどな……。
 僕の場合はいくらふたりが絶賛してくれたところで、仕事の実績だとなにか受賞歴があるわけでもないし、主演をしたのなんてほとんどないっていう事実は変わらないし。

 でもそこで卑屈になったって、どうしようもないことは、もう骨身にしみて理解している。
 ならあとは、卑屈にならなくて済むよう───東城の隣に胸を張って立てるように、ひたすら上を目指せばいいだけだ!

「いいですか、師匠のこの細い首すじを見たら、うかつに力を入れたら折れてしまいそうって心配になるのはわかります。あなたも鍛えているようですしね。なにより苦しむ師匠の姿がとてもえっちいのは、よ~くわかります!!だからこそ、平常心を保つための演技が必要になるんです!」
 僕が一瞬己の思考のうずにのまれかけているあいだに、矢住くんによる西尾さんへの演技指導ははじまっていた。

「師匠、これから実演してみせるので、お相手お願いしますね?」
「うん、わかった」
 西尾さんがどこの演技でつまずいているのかを聞いた矢住くんは、さっそく見本となる演技を実演してみせると言ってくれたわけだけど……。

 でもなんだか途中におかしな言葉がいくつかまざっていたような気がするけれど、気にしたら負けのような気がする。
 実際、ここであたえられたのは10分間の休憩時間だけだし、そんなことに引っかかるよりも、今は西尾さんをどうにかしないといけないほうを優先させなきゃいけないのだし。

「どうです、全力で絞めているように見えるでしょ?」
「あぁ、すげぇ力を入れているようにも見えるけど……」
 ひとまず問題のシーンを再現するために横になった僕の上にまたがるようにして、矢住くんがひざ立ちになっている。

「でも僕のほうは、全然苦しくはないかな……」
「えっ、マジで!?」
 きっとここらへんも、宮古さん仕込みなんだろうな。

「まぁ、だからこそ逆に、演技で苦しそうに見せなきゃいけないんだけどね」
 その方法は色々あるから、そこは実際の西尾さんの演技を受け止めてからでも対処はできるだろう。

「ここでのポイントは『斥力』と『引力』です!あとはななめになったときの自分の体重を、体幹だけで支えようとすれば、自然と苦しさで表情は険しくもなるし、ものすごい力を入れているようにも見えますから」
「ああ?!なんだよ、その『せきりょく』と『いんりょく』ってのは!?」
 まるで本当に先生のように指導する矢住くんに、よくわからない単語が出てきたとばかりに西尾さんは質問をぶつけている。

「言うなれば、磁石の『反発する力』と『引き寄せる力』のようなものだと思ってください。この場合は、師匠が尊すぎて『直接触れられないと思う気持ち』と、『触れたいと思う気持ち』のせめぎあいと思えばいいです」
 どんなたとえなんだ、それは!?

「なるほど!羽月はづきさんには触りたいけど、オレが触れたら壊れてしまいそうっていう気持ちか!」
 なのに、どういうわけか、西尾さんには通じてしまったらしい。

 ぱぁっと音がしそうなほどに明るい表情を浮かべた西尾さんは、矢住くんの言うトンチキな説明に大きくうなずいている。
 えっ、なんで?
 なんで通じているの??

「たとえばこの場合、少し手を重ねるとやりやすくなります。直接師匠に触れているほうの手は、斥力───つまり触れてはいけないという気持ちで必死に離れていこうとして、この上に重ねるほうの手は、引力───つまり必死に触れたいと近づこうとすれば大丈夫。あとはどっちも全力でやって拮抗させればいい。そうすれば力が入っているとき特有の手の甲の筋がうきあがってきたりとか、筋肉のふるえだとかが再現できるんです!」
「なるほど!」
 矢住くんの熱のこもった説明に、西尾さんは何度も大きくうなずいている。

「じゃあまずは僕で試してみてください。師匠は甘いので、仮に苦しかったとしても黙って受け入れてしまいそうですから、まずはその力加減がうまくできるかどうか、ボクが判定しますから」
 今度は僕に代わって矢住くんが床に寝そべると、その上にまたがるようにして、西尾さんがひざ立ちになる。

「わかった!じゃあ行くぞ!」
 若干おっかなびっくりやっているように見えるものの、それでも矢住くんのほうが僕よりも華奢な印象があるからか、よけいに絶体絶命感が出ていた。

 どうしよう、これは止めたほうがいいんだろうか?
 正直、矢住くんがあまりにもあたりまえのように僕のことを『師匠』なんて呼んで慕ってくれるから、つい忘れそうになるけれど、彼は現役のトップアイドルなんだぞ!?
 まして今回はPV撮影最中みたいだし、万が一にもケガをさせるわけにはいかないよな?!

 けれど僕の心配は、どうやら杞憂に終わったらしい。
 何度か試しただけで、みるみるうちに西尾さんは上達したようで、矢住くんからはすぐに合格だと認められていた。
 体感的にはだ。

「あとは、なにがネックになっているんです?残り時間はあと5分ですから、遠慮とかしてないで、さっさと言ってください」
「あ、あぁ、じゃあ!オレ、後半のところにある羽月さんに向けて言う『おまえなんて大嫌いだ』ってセリフ、とても口にできそうにないです!」
 気がつけば西尾さんからの矢住くんの呼び名は、いつの間にか『先生』になっていて、この短時間ですっかりふたりの関係性が確立してしまったようだ。

 問題のシーンは、台本のかなり後半のところにあるものだ。
 最終的に自首することになったトシが、権藤さん演じる主人公の鈴木三郎警部補にうながされて、いざパトカーに乗り込もうとするところでのセリフのひとつだった。

 トシのことは今でも大切な友だちだと思っていると伝える比良山ひらやまにたいして、かえすセリフがそれだ。
 たしかに、ここでのトシのセリフの言い方次第では比良山とすれちがったままのエンドとなるか、はたまた友情がにじむエンドとなるのか、印象が大きく変わる。

「そこはそれ、変に感情を隠さなくていいんです!絶対に嫌ったりなんかできないって思うんでしょう?ならそれをにじませたまま、『大嫌い』って言えばいいんですよ。実際にセリフどおりの感情で言わなきゃいけないなんて、ト書きにあったりするんですか?」
「……いや、たぶんなかったかと」
 少なくとも必死に読んでおぼえた台本には、そんなことは書いていなかったような気がする。

「じゃあ、大丈夫です。これも立派な演技における表現手法のひとつですよ。『感情の裏張り』っていう。怜奈姉さんの得意技のひとつです!」
「あぁ、そういえばそうだね、たしかに宮古さんはよく使っているよね」
 東城と共演しているときの、相手のことが大好きなのに、それでも相手を想うがゆえに身を引こうとして、口では『大嫌いだ』なんて言って、けなげにふるまう姿が印象的だったのをおぼえている。

「じゃあここで、贅沢にも師匠のそれを拝見したいと思います。師匠、怜奈姉さんもやっていた、ちょっと演じてもらってもいいですか?」
「それは別にかまわないけど……」

 どうやら矢住くんも、おなじものをあたまにうかべていたらしい。
 なら、ホンモノの記憶が明確にある相手の前で演じるんだ、ここはしっかり再現できるように演じるのがプロってもんだよな!

 ……あのときの宮古さんのセリフは、どんなんだったっけ?
 それに表情や、間の取り方なんかも思い出さなくては。
 ほんの一瞬、目を閉じて心を落ちつける。

 ───目の前の人のことが本当に大好きで、大好きで、絶対にはなれたくなんてないのに。
 でも今、こちらから手をはなさなければいけないとしたら───

「『……あなたのことなんて、大っ嫌いだから……っ!』」
「「っ!!」」
 泣きそうになる気持ちを必死に我慢して、それでも我慢できずに涙がにじむ目で、ジッと相手のそれを見て訴える。
 自分から手をはなせないからこそ、どうか相手から自分のことを嫌ってほしいのだと。

 いっそ、にらみつけるような視線のするどさは、そうしなければ気持ちがゆらいでしまいそうになるからだ。
 必死に気持ちを奮い立たせて、でも油断をすれば今にも『今言ったことはウソなんだ』と泣いて、その胸にすがりつきたくなってしまう。
 そんな感情のゆらぎを、わずかなセリフに込めて言う。

「───って、こんな感じでどうかな?」
 一応宮古さんの演技をベースにして、今回はわかりやすさを重視して、ちょっとだけ大げさに演じてみせたわけだけど……。

「わあぁぁぁっ!!こんなん言われたら、なにもかも忘れて絶対にギュッて抱きしめたくなるヤツじゃねーか!!」
「そうですよ、師匠!なんなんですか、今のけなげさと儚さとかわいらしさは?!どんだけヒロインりょく高くなってるんですか!?もう、確実に相手をしとめにかかってるじゃないですかーーっ!!」
 ふたりそろって両手で顔をおおうと、奇声を発しながらその場にくずれ落ちる。

「え?あれ、ダメ、だった……?」
 そんな『確実に相手をしとめにかかってる』だなんて、まさか気持ちのゆらぎを隠すためににらみつけただけなのに、そこまで殺気が出てたのか!?
 あまりにも大げさなリアクションをされ、一気に不安が大きくなる。

「いえ!むしろ良すぎて腰が抜けました~!あああ、こんなこと言われたら、逆に『もう絶対にはなさないから!』ってなりますよー!!」
 そんな僕に、すぐさま矢住くんには全肯定してくれた。

「本当に、今のは全然『大嫌い』じゃなかったっす!こう、うまく言えないけど、むしろ羽月さんからは『大好き』って言ってもらったみたいな感じというか……」
 顔を真っ赤に染めたまま、興奮したようにこぶしをふりあげて西尾さんも言う。

 これなら一応、僕の演技は成功したってことになるのかな?
 でもこれ、どうおさめたらいいんだよ?!

 さっきから建物内の隅でやっていたから、当然のように周囲にはスタッフさんもいるわけで。
 そんななかで目立つふたりが大げさな反応を見せるからこそ、視線がこちらに降りそそいでくるのを感じる。

「あああ、師匠が尊い~~!!」
「なんなんすか、あれ!?ときめきドロボーじゃないッスか!!」
 とうとう顔を隠したまま床を転げまわりはじめた彼らに、ざわつきを増す周囲からの注目を浴びながら、僕はかける言葉を見失ったまま呆然と立ち尽くしていた。
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