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75.順調な撮影は、まさかの展開をむかえる
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あれからすぐに、撮影が再開された。
今回撮影するのは倉庫風の建物内で、僕の演じる比良山が西尾さんの演じるトシを追いつめ、そしてあやうくこちらが殺されかかるところまで、一気にカメラをまわすことになっていた。
「『なぁトシ……ボクがここへ来た理由がなんなのか、わかっているんだろう?なら……お願いだからこのまま警察に行って、自首してほしい』」
まずは比良山からトシへ、自首をすすめるシーンからはじまる。
もちろんこの時点では、捜査本部ではトシが犯人だとまだ特定できていないのだけど。
だからこそ、自首をするには絶好のタイミングと言ってもよかった。
だって、犯人が自らその罪を悔いて名乗り出るのと、捜査により特定された結果逮捕されるのとでは、ずいぶんと捜査員たちの印象も異なるだろうし、実際に下される量刑にもちがいが出るのだから。
どう説得するのがいいのか、かんがえあぐねていたけれど、それでも必死に言葉をつむいで呼びかける。
物語のお約束では、ここで犯人は決して改心などしてくれないのだけど、それでも比良山の必死な様子が伝わるようにと、すがるような目でトシを見つめる。
それを受ける西尾さんは、あいかわらず若干動揺したようなそぶりを見せていた。
……うん、このときから改心するための布石を打つとか、演技が細かいなぁ。
今回の事件で問題となっていたのは、被害者は街中のビルの屋上で殺されたというのに、まるで防犯カメラの死角をつくように被害者と犯人の姿が映っていなかったことと、そしてなにより被害者自体があまりにも多数の人から深い恨みを買っていたせいで、うたがわしい人物の絞り込みができないことにあった。
そのいちばんの問題点が一気に解決できるとなれば、あとの裏取りはもう、警察権力をもってすれば容易なものとなる。
それなのに。
「『なんでだよ?アイツが殺されて、悲しむヤツなんていないだろ?だったらこれは罪なんかじゃない。それどころか、よろこぶヤツならごまんといるだろうし、むしろ正義じゃないか!おまえは、ただ黙っているだけでいい。それでなにも問題ないだろう?』」
あろうことかトシは、そんな保身に走ったようなことを口走る。
あぁ、その少し傲慢さがにじむ表情、いかにも犯人らしいな!
「『悲しむ人がいなければ、殺したっていいなんて、そんなわけあるか!』」
比良山にとっては、そんな人を選別するようなこと、トシが口にするのが信じられなかった……そりゃ、別にトシは博愛主義者でもなんでもないけれど、それでもそのかんがえはひどく幼稚で、利己的なものなのだし。
だからここでは、こちらは少しショックを受けたみたいな表情で。
「『でも実際、アイツの傲慢さはおまえだって知っているだろ?何度運営に違法行為を通報されてアカバンされたって、すぐにまた別アカ取ってもどってくるし、そのたびに廃課金でゴテゴテに強化したパーティー編成してさ!しかも気に食わない相手には一方的に対決を仕かけてくるし、それどころか標的にされたヤツの心が折れて引退するまで、毎日のように何度だって粘着してくるとか……どうかんがえたって、ただの害悪でしかないだろ!』」
トシが言うのは、ネットゲームのなかでの話だった。
「『たしかにトシの言うとおり、アイツは粘着質でご迷惑なユーザーだったよ。実際ボクたちだってその被害に遭いかけたけど、トシが自力で返り討ちにしてから、こっちに来ることはなくなったよな?それに運営からも、たびかさなる違反行為を行うユーザーについては法に則った適切な対応をしていくっていう内容の声明文が出されていたし……』」
こんなことを言ったくらいであきらめがつくのなら、そもそもトシは殺人犯になんてなっていなかったのかもしれないけれど。
そんな無力さをかみしめるよう、伏し目がちにして語尾を弱めていく。
なにしろ比良山は、トシのまっすぐさを知っている。
己の信念を貫く強さを持っていることもよく知っているからこそ、こういうときの彼は己のなかにある正義を信じ、こちらの言葉になんて耳をかたむけてくれはしないのだと思っていた。
その一方で、己の知るトシの人物像と目の前にいる彼とで微妙な乖離が生じていることに、違和感を募らせてもいた。
彼の持つ正義感の強さをかんがみるに、義憤にかられてだれかに苦情を申し立てたり、代わりに説教したりすることくらいはあるかもしれないけれど、少なくとも倫理観はしっかりしている以上、殺人なんていう重大な犯罪行為まで手を染めるのかという点では大いに疑問が残る。
「『本当に自分のしたことが正しいと思うのなら、だれの前でもおなじことが言えるんだよな、トシ!?たとえば相手の両親の前でも、今とおなじことが言えるのか?』」
その違和感の原因をはっきりさせたくて、なのに比良山の知る主人公のベテラン刑事とはちがって、効果的なゆさぶりすらかけられない自分の力不足を痛感するように、もどかしげに口にする。
これも、ある意味でサスペンスドラマではお約束の犯人説得のためのセリフだ。
子を失った親の嘆きや悲しみは、それはもう言葉にはあらわせないものがあるからな。
……残念ながら今回の被害者にかぎっては、それがあてはまらないのだけど。
「『あぁ、言えるさ!アイツは家族とは縁を切っているからな!むしろ死んでくれて、そのほうが莫大な遺産が手に入るって、よろこぶんじゃないか?』」
「『っ!』」
どういうわけか、そのことをトシは知っていた。
「『なぁ、知っているか?アイツは現実世界では有能な若手起業家だなんて言われてふんぞりかえっている、鼻持ちならない社長だったんだぜ?それなのに両親が生活に困窮してたって、我関せずだ。おかげで親父さんなんて昼間は清掃員、夜中は警備員なんていう生活をくりかえして、結局無理してからだ壊して働けなくなってさ……夫婦そろってあやうく餓死しかけたんだぞ!?』」
「『………やけに詳しいな?』」
それどころか、もっと詳しい事情を、まるで実際に見てきたみたいな言い方をする。
「『───あぁ、もしかして父親をトシの勤めている会社で雇っていたとか?』」
ピンときたみたいに、軽く肩をゆらして発言する。
声色は心もち軽めで、いっそ無邪気に聞こえるように───そのほうが、トシの神経を逆なですることになりそうだしな。
「『~~っ、どうでもいいだろ、そんなことっ!!それよりアイツは死んで当然のヤツだし、だれも悲しむはずがないんだ!』」
比良山としては、なんの気なしに言ったセリフではあったのだけど、一気に声色が硬くなり、過剰なまでの反応を見せるトシにたいして、言い知れぬ不安とともに、よりいっそう違和感がふくれあがっていく。
おかしい、これは絶対になにかある。
それはほんの気の迷い程度の、言ってしまえば明確な根拠があるわけでもない直感のようなものにすぎなかったのだけど。
その疑念がわいたことがわかるよう、片まゆだけをあげる演技を差しはさむ。
「『じゃあ、殺された被害者本人の意思はどうなんだよ!?人生に疲れ果てて、今すぐ死にたいなんて願っていたのか?そうじゃないだろ!彼だってボクたちと大して変わらない年齢で、きっとこれから先にやりたいことだって、かなえたい夢だってあったかもしれない。こんなふうに、突然己の命を奪われたくはなかっただろうに……』」
だれも悲しむはずがないというトシのそのセリフは、少なくとも『だれも』の範囲から被害者自身が除外されてしまっている。
それはちがうだろうって、どうしてわかってくれないんだろう?
どんな理由であれ、バレなければ人を殺しても罪がないなんてことには、決してならないのに。
こんなの、ボクの知るトシじゃない!
───そんなふうに、ただ感情的に否定できたら、どんなによかったことか。
でも比良山は、トシを否定しに来たんじゃない、ここには彼を説得に来たんだ。
なら、まだあきらめるわけにはいかなかった。
ト書きにはないけれど、あらためて気合いを入れなおすために、グッとこぶしをにぎる。
「『ボクが黙っていたところで、トシの罪が消えるわけじゃないだろ!?それに───警察だって遅かれ早かれ、きっとトシのところまでたどりつくはずだ』」
まっすぐに相手の目を見て、きっぱりと言い放つ。
それは、沼田さんや権藤さん演じる主人公たちの捜査における堅実さと有能さを、これまでずっと間近で見てきた比良山だからこそ、確信できることだった。
「『う、うるさい、うるさーい!!知ったふうな口をきくな!』」
「『うわっ!』」
ダンッ!
両手で突き飛ばされ、思わずその場で尻もちをついてしまう。
「『おまえにいったい、なにがわかる!?いつでものほほんとして、苦労なんてまるでしたことないみたいな顔しやがって!』」
「『トシ……?』」
鬼のような形相をしたトシはそのまま距離を詰めると、片膝立ちのまま比良山の服を首もとでわしづかむ。
「『ンッ!』」
そのまま、きつくえり首のところをにぎられてしまえば息苦しさが増す───実際にはそこまで苦しくはないのだけど、演技では苦しそうに見せるのが通例だ。
「『いいか、これ以上俺の邪魔をするんじゃない!これ以上はおまえといえども、ゆるさないからな!』」
あまりの息苦しさに、ふっと力が抜ける瞬間を狙って、そのまま地面に押し倒される。
そんな比良山の顔の横に手をつき、こちらをのぞき込むようにしてトシが言う。
───けれどその瞬間、トシが着ていたシャツの胸ポケットから、なにかがこぼれ落ちた。
「『ん……これは……?』」
それはトシの顔写真入りの社員証で、しかし話に聞いていた商社のものではなく、警備会社のものだったけれど。
しかも紙をパウチしただけの安い感じのするそれは、正社員用のものではなく、アルバイト社員のためのもので。
「『え……?これって、トシ……?!』」
「『っ、見るなぁ!!』」
羞恥で赤くなる頬のまま、あわてて社員証を拾いあげて隠すトシに、言葉もなく見上げてまばたきをくりかえす。
うわ、今の瞬間に顔が赤くできるって、すごいな!?
本当に西尾さんてば、演技がうまくなったものだ。
そんなふうに感心した矢先のことだった。
「『クソ、バカにしやがって……そうだよ俺は一流商社の営業なんかじゃない、ただのバイトの警備員だよ!!』」
これで本人が隠していた事実があきらかになり、それを知ってしまった比良山に殺意を芽生えさせて首を絞めにかかるのが本来の展開だったけれど、西尾さんの手が僕の首にかかった次の瞬間。
「っあー!無理です!!オレには羽月さんの首を絞めるなんて、できないッス!」
まさかのギブアップ宣言をして、西尾さんが両手をあげた。
「はぁ?!カット!ちょっとカメラ止めて!!」
それにあわてたのは、なにも僕だけじゃなかった。
監督はもちろんのこと、それまで順調だった撮影に機嫌をよくしていたスタッフさんたちすべてが、目をむいてこちらを凝視してくる。
せっかくうまいこと撮影が進んでいたというのに、どういうことなんだろうか??
こうして僕がどことなく感じていた不安は、残念なことにまた具現化してしまったのだった。
今回撮影するのは倉庫風の建物内で、僕の演じる比良山が西尾さんの演じるトシを追いつめ、そしてあやうくこちらが殺されかかるところまで、一気にカメラをまわすことになっていた。
「『なぁトシ……ボクがここへ来た理由がなんなのか、わかっているんだろう?なら……お願いだからこのまま警察に行って、自首してほしい』」
まずは比良山からトシへ、自首をすすめるシーンからはじまる。
もちろんこの時点では、捜査本部ではトシが犯人だとまだ特定できていないのだけど。
だからこそ、自首をするには絶好のタイミングと言ってもよかった。
だって、犯人が自らその罪を悔いて名乗り出るのと、捜査により特定された結果逮捕されるのとでは、ずいぶんと捜査員たちの印象も異なるだろうし、実際に下される量刑にもちがいが出るのだから。
どう説得するのがいいのか、かんがえあぐねていたけれど、それでも必死に言葉をつむいで呼びかける。
物語のお約束では、ここで犯人は決して改心などしてくれないのだけど、それでも比良山の必死な様子が伝わるようにと、すがるような目でトシを見つめる。
それを受ける西尾さんは、あいかわらず若干動揺したようなそぶりを見せていた。
……うん、このときから改心するための布石を打つとか、演技が細かいなぁ。
今回の事件で問題となっていたのは、被害者は街中のビルの屋上で殺されたというのに、まるで防犯カメラの死角をつくように被害者と犯人の姿が映っていなかったことと、そしてなにより被害者自体があまりにも多数の人から深い恨みを買っていたせいで、うたがわしい人物の絞り込みができないことにあった。
そのいちばんの問題点が一気に解決できるとなれば、あとの裏取りはもう、警察権力をもってすれば容易なものとなる。
それなのに。
「『なんでだよ?アイツが殺されて、悲しむヤツなんていないだろ?だったらこれは罪なんかじゃない。それどころか、よろこぶヤツならごまんといるだろうし、むしろ正義じゃないか!おまえは、ただ黙っているだけでいい。それでなにも問題ないだろう?』」
あろうことかトシは、そんな保身に走ったようなことを口走る。
あぁ、その少し傲慢さがにじむ表情、いかにも犯人らしいな!
「『悲しむ人がいなければ、殺したっていいなんて、そんなわけあるか!』」
比良山にとっては、そんな人を選別するようなこと、トシが口にするのが信じられなかった……そりゃ、別にトシは博愛主義者でもなんでもないけれど、それでもそのかんがえはひどく幼稚で、利己的なものなのだし。
だからここでは、こちらは少しショックを受けたみたいな表情で。
「『でも実際、アイツの傲慢さはおまえだって知っているだろ?何度運営に違法行為を通報されてアカバンされたって、すぐにまた別アカ取ってもどってくるし、そのたびに廃課金でゴテゴテに強化したパーティー編成してさ!しかも気に食わない相手には一方的に対決を仕かけてくるし、それどころか標的にされたヤツの心が折れて引退するまで、毎日のように何度だって粘着してくるとか……どうかんがえたって、ただの害悪でしかないだろ!』」
トシが言うのは、ネットゲームのなかでの話だった。
「『たしかにトシの言うとおり、アイツは粘着質でご迷惑なユーザーだったよ。実際ボクたちだってその被害に遭いかけたけど、トシが自力で返り討ちにしてから、こっちに来ることはなくなったよな?それに運営からも、たびかさなる違反行為を行うユーザーについては法に則った適切な対応をしていくっていう内容の声明文が出されていたし……』」
こんなことを言ったくらいであきらめがつくのなら、そもそもトシは殺人犯になんてなっていなかったのかもしれないけれど。
そんな無力さをかみしめるよう、伏し目がちにして語尾を弱めていく。
なにしろ比良山は、トシのまっすぐさを知っている。
己の信念を貫く強さを持っていることもよく知っているからこそ、こういうときの彼は己のなかにある正義を信じ、こちらの言葉になんて耳をかたむけてくれはしないのだと思っていた。
その一方で、己の知るトシの人物像と目の前にいる彼とで微妙な乖離が生じていることに、違和感を募らせてもいた。
彼の持つ正義感の強さをかんがみるに、義憤にかられてだれかに苦情を申し立てたり、代わりに説教したりすることくらいはあるかもしれないけれど、少なくとも倫理観はしっかりしている以上、殺人なんていう重大な犯罪行為まで手を染めるのかという点では大いに疑問が残る。
「『本当に自分のしたことが正しいと思うのなら、だれの前でもおなじことが言えるんだよな、トシ!?たとえば相手の両親の前でも、今とおなじことが言えるのか?』」
その違和感の原因をはっきりさせたくて、なのに比良山の知る主人公のベテラン刑事とはちがって、効果的なゆさぶりすらかけられない自分の力不足を痛感するように、もどかしげに口にする。
これも、ある意味でサスペンスドラマではお約束の犯人説得のためのセリフだ。
子を失った親の嘆きや悲しみは、それはもう言葉にはあらわせないものがあるからな。
……残念ながら今回の被害者にかぎっては、それがあてはまらないのだけど。
「『あぁ、言えるさ!アイツは家族とは縁を切っているからな!むしろ死んでくれて、そのほうが莫大な遺産が手に入るって、よろこぶんじゃないか?』」
「『っ!』」
どういうわけか、そのことをトシは知っていた。
「『なぁ、知っているか?アイツは現実世界では有能な若手起業家だなんて言われてふんぞりかえっている、鼻持ちならない社長だったんだぜ?それなのに両親が生活に困窮してたって、我関せずだ。おかげで親父さんなんて昼間は清掃員、夜中は警備員なんていう生活をくりかえして、結局無理してからだ壊して働けなくなってさ……夫婦そろってあやうく餓死しかけたんだぞ!?』」
「『………やけに詳しいな?』」
それどころか、もっと詳しい事情を、まるで実際に見てきたみたいな言い方をする。
「『───あぁ、もしかして父親をトシの勤めている会社で雇っていたとか?』」
ピンときたみたいに、軽く肩をゆらして発言する。
声色は心もち軽めで、いっそ無邪気に聞こえるように───そのほうが、トシの神経を逆なですることになりそうだしな。
「『~~っ、どうでもいいだろ、そんなことっ!!それよりアイツは死んで当然のヤツだし、だれも悲しむはずがないんだ!』」
比良山としては、なんの気なしに言ったセリフではあったのだけど、一気に声色が硬くなり、過剰なまでの反応を見せるトシにたいして、言い知れぬ不安とともに、よりいっそう違和感がふくれあがっていく。
おかしい、これは絶対になにかある。
それはほんの気の迷い程度の、言ってしまえば明確な根拠があるわけでもない直感のようなものにすぎなかったのだけど。
その疑念がわいたことがわかるよう、片まゆだけをあげる演技を差しはさむ。
「『じゃあ、殺された被害者本人の意思はどうなんだよ!?人生に疲れ果てて、今すぐ死にたいなんて願っていたのか?そうじゃないだろ!彼だってボクたちと大して変わらない年齢で、きっとこれから先にやりたいことだって、かなえたい夢だってあったかもしれない。こんなふうに、突然己の命を奪われたくはなかっただろうに……』」
だれも悲しむはずがないというトシのそのセリフは、少なくとも『だれも』の範囲から被害者自身が除外されてしまっている。
それはちがうだろうって、どうしてわかってくれないんだろう?
どんな理由であれ、バレなければ人を殺しても罪がないなんてことには、決してならないのに。
こんなの、ボクの知るトシじゃない!
───そんなふうに、ただ感情的に否定できたら、どんなによかったことか。
でも比良山は、トシを否定しに来たんじゃない、ここには彼を説得に来たんだ。
なら、まだあきらめるわけにはいかなかった。
ト書きにはないけれど、あらためて気合いを入れなおすために、グッとこぶしをにぎる。
「『ボクが黙っていたところで、トシの罪が消えるわけじゃないだろ!?それに───警察だって遅かれ早かれ、きっとトシのところまでたどりつくはずだ』」
まっすぐに相手の目を見て、きっぱりと言い放つ。
それは、沼田さんや権藤さん演じる主人公たちの捜査における堅実さと有能さを、これまでずっと間近で見てきた比良山だからこそ、確信できることだった。
「『う、うるさい、うるさーい!!知ったふうな口をきくな!』」
「『うわっ!』」
ダンッ!
両手で突き飛ばされ、思わずその場で尻もちをついてしまう。
「『おまえにいったい、なにがわかる!?いつでものほほんとして、苦労なんてまるでしたことないみたいな顔しやがって!』」
「『トシ……?』」
鬼のような形相をしたトシはそのまま距離を詰めると、片膝立ちのまま比良山の服を首もとでわしづかむ。
「『ンッ!』」
そのまま、きつくえり首のところをにぎられてしまえば息苦しさが増す───実際にはそこまで苦しくはないのだけど、演技では苦しそうに見せるのが通例だ。
「『いいか、これ以上俺の邪魔をするんじゃない!これ以上はおまえといえども、ゆるさないからな!』」
あまりの息苦しさに、ふっと力が抜ける瞬間を狙って、そのまま地面に押し倒される。
そんな比良山の顔の横に手をつき、こちらをのぞき込むようにしてトシが言う。
───けれどその瞬間、トシが着ていたシャツの胸ポケットから、なにかがこぼれ落ちた。
「『ん……これは……?』」
それはトシの顔写真入りの社員証で、しかし話に聞いていた商社のものではなく、警備会社のものだったけれど。
しかも紙をパウチしただけの安い感じのするそれは、正社員用のものではなく、アルバイト社員のためのもので。
「『え……?これって、トシ……?!』」
「『っ、見るなぁ!!』」
羞恥で赤くなる頬のまま、あわてて社員証を拾いあげて隠すトシに、言葉もなく見上げてまばたきをくりかえす。
うわ、今の瞬間に顔が赤くできるって、すごいな!?
本当に西尾さんてば、演技がうまくなったものだ。
そんなふうに感心した矢先のことだった。
「『クソ、バカにしやがって……そうだよ俺は一流商社の営業なんかじゃない、ただのバイトの警備員だよ!!』」
これで本人が隠していた事実があきらかになり、それを知ってしまった比良山に殺意を芽生えさせて首を絞めにかかるのが本来の展開だったけれど、西尾さんの手が僕の首にかかった次の瞬間。
「っあー!無理です!!オレには羽月さんの首を絞めるなんて、できないッス!」
まさかのギブアップ宣言をして、西尾さんが両手をあげた。
「はぁ?!カット!ちょっとカメラ止めて!!」
それにあわてたのは、なにも僕だけじゃなかった。
監督はもちろんのこと、それまで順調だった撮影に機嫌をよくしていたスタッフさんたちすべてが、目をむいてこちらを凝視してくる。
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