イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2

はねビト

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73.落ち目のイケメン俳優はモブ役者に陥落する

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 ひょっとして、なにかまずいことでもやってしまったんだろうか?
 とっさに心配してしまったのは、そんなことだった。
 だってこの状況を見たら、そう思うしかないだろ!

 僕はただ、西尾にしおさんが『最初にやった演技を忘れてしまった』というから再現してみせただけで、今見せた演技自体はさっきの撮影のときにおたがいに演じていたものだ。
 特別むずかしい専門用語があったわけでもないし、恒例の長ゼリフを言ったわけでもないなら、そんなにおかしなことではないと思う。

 なにしろさっき真正面から西尾さんの演技を見たばかりなんだし、その表情のつけ方やしぐさ、間の取り方だっておぼえているに決まっている。
 そりゃ多少は間の取り方が僕とはちがうとか、正面から見たからこそ再現するなら左右が逆になるから少しかんがえなくてはいけないけれど、ぶっつけ本番で本編丸ごと矢住やずみくんの物まねをしてしのぎ切ったあの舞台のときよりかは、幾分楽だった気がするし。

 でも肝心の本人は顔を両手でおおってしゃがみこんだままになっているし、マネージャーさんだってぽかんと口を開けてこちらを凝視したままになってしまっている。
 おそらくマネージャーさんのほうはおどろいているんだと思うけど、西尾さんにいたっては、どういう感情なのか、まったくわからないのが怖かった。

「あの、西尾さん?それにマネージャーさんも、大丈夫ですか?」
「えっ、あ、あぁ……」
 恐るおそる声をかけたところで、ハッとしたようにマネージャーさんがあわてて表情を取りつくろった。

「皆さんをお待たせしてしまっているので、平気そうならばできるだけ早くスタジオにもどりたいと思うんですが……」
 いくら予備の台本をもらったから読みかえせるようになったとはいえ、僕がしっかりと読み込めたのは、今日の撮影がはじまる前の2時間だけだった。
 そういう意味で、こうして撮影とはちがう空気のなかにずっといたら、さすがに記憶が薄れてしまいそうになるのは、心配のタネではあった。

「いやはや、西尾から事前に聞いてはいましたが、こんなことまでできるとは……本当にとんでもない才能の持ち主ですね、羽月はづきさんは」
 まるでかみしめるように口にするマネージャーさんに、ますます僕は不安が募っていく。
 いや、だって今のは、そんなにむずかしいことじゃなかったと思うんだけどな……?

「僕には演技これしかないですからね」
 もちろんお世辞にすぎないんだとは思うけれど、それでも僕にとって自分の演技力は、唯一自信を持っているものと言ってもよかったから、否定はしなかった。
 それに、これまでに僕にかかわってきたすべての大切な人たちが、そろって肯定してくれたものを信じたいとも思っていた。

 寝ても覚めても、かんがえるのは演技のことだけ、なんて言ったら言いすぎになるのかもしれないけれど、それだけの努力を、情熱を、演技のためだけにかたむけてきたのは事実だ。
 だから僕は、演技に関してだけはもう妥協もしないし、妙な謙遜なんてしないって決めていた。
 なにより、そうやって自分に自信を持つことも、僕の言うところの『華』を持つためには大事なことなんだと信じているから。

「あ~~~っ、クッソ!!いくら本気の演技じゃなかったにせよ、こうもあっさり再現されるとか、マジでくやしいっ!!」
 その直後、それまでしゃがみ込んでいた西尾さんが、いきおいよく立ち上がった。
 そしてそのいきおいのままふりむくと、キッとこちらをにらみつけるようにまっすぐに見てくる。

「くやしいけどっ!でも───ありがとな!!」
「えっ……?」
 あまりの剣幕だったから、てっきり怒鳴られるのかと思って身がまえそうになったというのに、西尾さんの口から飛び出してきたのは、苦情でもなければ暴言でもなかった。
 それどころか、まさかお礼を言われるなんて、思ってもみなかったというか。

「……今のあんたの演技を見て、最初の自分の演技をしたときの気持ちを思い出した。『こいつがここまで思いつめたような顔するなんて、とうとう俺の犯した罪に気づいてしまったんじゃないか』って。それでもって、『もしこいつが俺の罪を暴こうとするなら、楽園を守るためには殺すしかない』って」
 それは僕も、はじめて彼と対峙したときに感じたことだった。

「でも、本当にあんたの演技はすげぇよ……見てるだけなのにトシの気持ちが、かんがえが伝わってくるなんて……それだけじゃなくて、当然比良山ひらやまのほうのそれもさ、ガンガン伝わってくるんだよ……ははっ、ただ見ているだけだったのにすげぇ緊張感でさ、今さらながらふるえてきた」
 胸の前あたりに掲げてみせる西尾さんの両手は、その言葉のとおりにふるえていた。
たしかにあの場の空気は、それくらいに重苦しいものだった。

「───これは元々、西尾さんがやっていたことですよ。僕はただそれを再現してみせたにすぎないので……」
「それでも!」
 やや食い気味に西尾さんは声を張りあげる。

「オレがトシとしてそんな物騒な思考に誘導されてしまったのも、最初に見せたあんたの顔が、覚悟を決めたヤツのだったからだ。本当にすげぇよ……こんなふうに自分だけじゃなく周囲まで巻き込める演技とか……オレさ、あんたのことはこれまでずっと勝手にライバル視してきたけど、オレじゃまだ全然敵わないんだってこと、今回のことでつくづく思い知らされた」
 グッとこぶしをにぎりしめると、まっすぐにこちらを見てくる。

「だけどな、オレだってあんたに負けたくない一心で、今日まで必死に演技力を磨いてきたつもりなんだ!だからこれから先の演技じゃ、絶対ぇ負けないからな!!」
 そう宣言をする彼の瞳には、迷いの色は一切見えなかった。
 どうやらこれで、完全に西尾さんの不調は解消されたらしい。

「えぇもちろん、僕も西尾さんの全力の演技を楽しみにしています」
 こと、演技に関してだけは、僕だってだれにも負けたくはない。
 だからこそ向こうが『負けない』というのなら、こっちだって全力で受けて立つしかないだろ!

 ───そう、いい演技っていうのは、ニセモノなんかじゃなくてホンモノにしか見えないからこそ、見ている人の感情をゆさぶってくるんだ。
 さっきの西尾さんだって、ちゃんとそれができていた。

 本人はまだ気づいていないのかもしれないけれど、たしかに僕は彼の『トシ』としての演技のおかげでやりやすかったのも事実なんだ。
 だから彼は、これからどんどんいい役者になっていくはずだ。

 まだ本気の演技じゃないというのなら、これから先、まだまだ全力で挑まなければならないシーンはたくさんある。
 それを無事に乗り越えられたなら、きっとこの現場で彼は大化けするはずだ。
 これまではバラエティ中心に活躍してきた『タレント』だったけれど、これからは演技達者な『俳優』として周囲に認識されるようになるかもしれない。

 ───つまり、これでまたひとり、いっしょにお芝居をして楽しい相手が増えたってことだ。
 それって、なんてすばらしいことなんだろう!

「僕も、西尾さんといっしょに演技をするのはすごく楽しかったので、これから先もいっしょの現場になれたらうれしいですね」
「っ!!」
 そんなうれしさをこらえきれず、つい笑顔になってしまった次の瞬間、息を飲むような音を立てて西尾さんの動きが急に止まる。

「う、あ…え……」
 そしてみるみる間にその頬に朱が差し、顔全体が赤く染まっていったあげく、今度は母音しか口にできなくなるとか。
 またもや起きた、わけのわからない事態に思わずひるみそうになるけれど、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

「えーと?それじゃ、西尾さんも無事に演技ができるようになったみたいですし、撮影にもどりましょうか?」
 そう言いつつも、やたらとこちらを凝視したまま固まっている西尾さんは、とても『無事に演技ができる』とは言いがたい状況にも見えなくはないのだけど。

「……あの、大丈夫ですか?」
「ふわぁっ!イヤ、ダイジョウブだから!!」
 相手の顔をのぞきこむようにたずねれば、飛び跳ねるようにして後ずさられた。
 真っ赤な顔のまま、口もとを手でおおい隠した西尾さんは、口にした言葉とは裏腹に全然大丈夫ではなさそうだった。

「てことは、オレと共演するのはNGなんてことには……」
「そんなこと、するわけないじゃないですか」
「じゃあ、これからもオレがあんたといっしょの現場になることは」
「あったら楽しそうですよね?」

 真っ赤な顔をしたままに、必死にこちらに身を乗り出してたずねてくる西尾さんは、ずいぶんと幼く見えた。
 だからだろうか、つい弟を見守る兄のような気持になってしまって、ほほえましい気持ちになるというか、ついつい口もとがほころんでしまう。
 ……まぁ実際、僕よりも年下であることに変わりはないのだけど。

「ホントに?!オレといっしょに演技すんの、楽しいって思ってくれるのか!?」
「えぇ、もちろん。西尾さんの演技は、これからどんどんうまくなると思いますよ。うまい人といっしょにやるお芝居は、楽しいですからね」
 こちらを見る西尾さんの目はキラキラとかがやいていて、いっそまぶしいくらいだった。

「わかった、オレあんたに認められるように、これからもがんばるから!そしたら……」
「ん?」
 なにかを言いかけて、しかし西尾さんはそれをこらえるように、首をふる。
 いったい、なにを言おうとしていたんだろうか?

「いや、いい!これはちゃんとあんたに認められてからにする!」
「その意気ですよ、西尾さん!今度はしっかりといいお芝居をして、監督にも認めてもらいましょうね!」
 よくわからないけれど、それでもやる気を見せてくれたのはいいことだと、しっかりとはげましていく。

「すみません羽月さん、これ以上引きのばすのは、ちょっと……」
 と、ちょうどそこへ後藤さんがもどってきた。
 しかしすぐに室内の空気を感じ取ったんだろう、それ以上の言葉を飲みこんだようだ。

「どうやら必要なさそうですね、準備は万端のようだ」
「えぇ、大丈夫です!」
「おぅ!今すぐ撮影再開できるぜ!」
 やさしい顔をしてほほえむ後藤さんに、僕たちも口々に力強い言葉をかえす。

 こうして、監督に命じられたときは正直、重荷でしかないと思っていたミッションは、無事に成功をおさめたのだった。

 ───それにしても、今の西尾さん、ますます東城とうじょうと似てきたな。
 なんてのんきに思っていた僕は、『東城と似てきた』ということの意味をよく理解してはいなかった。
 それを嫌でも理解するようになるのは、まだもう少し先のことだった。
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