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58.モブ役者は己の成長を実感する

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 それまでの公演の集大成となる舞台千秋楽の日の朝、劇場の楽屋口は心地よい緊張感に包まれていた。
 だって、泣いても笑っても、今日ですべてが終わってしまう。

 そりゃどんなお仕事だって、思い入れというものはあるけれど、ここの現場は格別だった。
 なんたって共演者の方々がすごい。
 といっても僕は、悠之助役の矢住やずみくんがケガをして出られなくなった期間だけしか、板の上には立っていないのだけど。

 でも、主演の相田あいだ裕基ゆうきさんもさることながら、今回が舞台初挑戦だった矢住くんにしても皆、殺陣たても演技もすばらしかった。
 そのなかでも、今回の敵の親玉役を演じる、月城つきしろ雪之丞ゆきのじょうさんは群を抜いていた。

 それこそ、舞台の上にあらわれるだけで、確実に人目を引くというか。
 セリフまわしひとつ取っても、絶妙なタイミングで恐怖をあおり、対峙した人物に『この人には敵わない』と思わせる『絶対強者感』がにじんでくるし、それを裏付けるだけの強くて重い、なのに華やかな大衆演劇仕込みの刀さばきはさすがだった。

 それらがまったくの白紙のところから、こうして舞台演劇という作品に落とし込まれていく課程を、僕は稽古場からいっしょに学ぶことができた。
 それもこれも、この舞台の総監督が、僕が信頼を寄せる岸本監督というおかげなのかもしれない。

 ……本当に、こんなに毎回勉強になるとしみじみと感じる現場はなかなかないから、それが今日で終わってしまうと思ったら、なんだかすごくもったいないような、惜しむ気持ちが湧いてくる。

 ────といっても、ここを手放しで褒めるには、若干の違和感のようなものがなくもないのだけど。

 言うなればここは、因縁のある現場だ。
 長期間のオーディションを受け、苦労して勝ち取ったはずの役を大人の事情で降ろされ、稽古場サポーターとしてお手伝いをして。
 くやしいか、くやしくないかで言ったら、もちろんくやしいに決まってる。

 でもその先で、僕は今の自分に足りていなかったものに気づくことができたわけだ。
 僕に足りていなかったのは、持って生まれた才能ともいうべき『華』ではなくて、たんなる『いかにして自分をよく見せるかという技術』なんだってことに。

 ───そう、僕にはまだ、努力で伸ばせる『技術』の余地があるんだ。

 身内からにじむ『才能』と呼ばれるものは先天的なもので、あとからではどうしようもないけれど、『技術』ならば努力次第でどうにかできる可能性があるから。
 それは、どことなく行き詰まりを感じていた僕にとっては、朗報とも言うべきものだった。

 本当に少し前までの自分は、視野が狭くなっていたんだなって、今ならそういうこともわかる。
 けれど、そのときには絶対にくつがえることのない『ことわり』のようなものだと思い込んでいたんだ。
 まぁそれもあながち、まちがいではないんだとは思うけども。

 だっておなじ芸能人でありながら僕は、長年『華』を持った人は広い芸能界といえど、ほんのひとにぎりしかいないんだって思い込んでいたわけだ。
 それってつまりは、そう万人から見て『華』を───『ってことだろ?

 芸能界なんて、人一倍自己顕示欲の強い人間の集まりみたいなものなんだから、皆が皆、僕みたいに『自分なんてしょせんモブだ』なんて思っているはずがないと思う。
 それなのに、『華』のある人が少なく感じるなんて───つまりこの技術は、ってことなんじゃないのかな?

 でも……それって逆に、すごい燃える。
 なんていうか『会得するのがむずかしい技術』だなんて聞くほど、それに挑戦してやりたくなるっていうのは、僕があまのじゃくすぎるんだろうか?
 それとも、ただの負けず嫌いなのかな??

 ───いや、そんなのどっちでもいいだろ。
 だって僕の最終的な目的のためには、どれだけむずかしかろうと、その技術を会得しなくちゃならないんだから。
 大人気スター俳優、東城とうじょう湊斗みなとのとなりに立つのにふさわしい人物なんだと、万人から認められるためには、ね!

 そんなふうに気合いを入れ直したところで、殺陣の返し稽古に立ち会う。
「よし、次!前に出てこい、悠之助!」
「はい!」
 殺陣師の先生の指示に合わせ、矢住くんが前に走り出てくる。
 そして、アンサンブルの皆さんとの打ち合いの手を確認していく。

 一歩まちがえれば大怪我をしかねないものだからこそ、こうして本番期間中でも、毎日確認と研鑽を重ねているんだ。
 そうして視線を矢住くんにもどせば、初登場のシーンの立ちまわりを演じているところだった。

 袈裟がけからの逆袈裟へ切り返し、その場でターンをするように横一線に。
 そこに、はじめて見たときのようなブレはなかった。
 うん、うまい!
 そばで見ていても、矢住くんの殺陣はだいぶ安定していた。

「よし、その調子で頼むよ!ハイッ、次!」
「ありがとうございました!!」
 キラキラした目で相手を見て、大きくお辞儀をする矢住くんは、終わるなりこちらをふりかえって駆け寄ってくる。

「師匠!どうでしたか?」
「うん、殺陣師の先生もおっしゃってたけど、矢住くんもずいぶんと成長したね」
 ぎゅっと抱きついてくる矢住くんのあたまをなでながら褒めれば、まぶしいほどの笑顔がかえされた。

 ……さすがだな、やっぱり現役アイドルってすごい。
 笑顔だけでここまでキラキラかがやけるとか、本当に強いよなぁ……。

 でも、僕だって負けていられない。
 僕のことを『師匠』と呼んで慕ってくれる矢住くんの期待を裏切らないためにも、いつまでも越えられない壁でありつづけなきゃ、って思う。

「よぉ、シンヤ!」
「っ!?」
 そこに突然、肩に腕がまわされた。
 あわててふりかえれば、にこにこと笑みを浮かべた雪之丞さんがいた。

「ひよっ子も、ちったぁ見られるようになってきたってか?なんだかそんな顔してやがるぜ」
「雪之丞さん!そうですね……その、思ってた以上にうれしいものですね、目をかけた後輩が成長するのって」
「そうそう、オレからすりゃあ、シンヤもだけどな!、楽しみにしてるぜ?」
「あ……が、がんばります!」

 雪之丞さんの言う『本公演』がなにを指しているのかなんて、言うまでもない。
 雪之丞さんが座長として率いている大衆演劇の劇団の、次の定期公演のことだ。
 僕はそこで、雪之丞さんとともに女形おやまに挑戦することになっていた。

「あ~っ、師匠の女形姿!マジで楽しみにしてるんですよ!絶対美人でしょ?!」
「おー、まちがいなく傾国の美女に仕上がってっぞ!」
 目をキラキラさせた矢住くんにそう言われ、雪之丞さんが僕の代わりにこたえている。

「でしょうね!師匠の色気は、たまにヤバいくらいに噴き出すときあるんで、絶対着物とか花魁おいらんとか、和モノが似合うと思うんですよね!」
 フンス、と音がしそうないきおいで矢住くんが興奮気味に伝えてくるのに、思わず首をかしげる。

「えっと……そうなの?」
「ハイッ!」
 だけど僕の疑問は、一瞬の迷いもなく肯定された。

「ねーねー月城さん、チラシ持ってきてるんでしょ!?あとでボクにもくださいね?!」
「おぉ、まだ解禁するにゃあ、早ぇ時間だけどな!つーかテメェ、東城のやろうに似てきてやがんなぁ……シンヤのことが絡むと、とたんに目の色変えやがる」
「えー、なんですかそれ、うれしいこと言ってくれるなぁ♪」

 そんなやりとりをするふたりの様子は、顔合わせをした初日からすると、かんがえられないくらい距離が縮まっていた。
 こういうところも、なんていうか、ほかの現場よりもいいなと思う要因のひとつなんだよなぁ……。

 ちなみに、今ふたりが話していたチラシは、例の雪之丞さんの事務所に打ち合わせに出かけたついでにビジュアル撮影を終えていて、これまでにほんのり先出し情報として、一部だけ写真のちら見せで出されている。
 それのおかげで、今度の公演は女形がふたりいるってことだけは、劇団のファンのあいだでも広まっているらしい。

 そのビジュアルのフル解禁が、実は今日の千秋楽公演のあとに予定されていた。
 それに合わせてチラシも、終演後の劇場ロビーに設置されるらしい。
 ほかにも特報が色々と用意されているし、ちょっとしたサプライズがいくつもあった。

 こうして朝の返し稽古は、順調に進んでいったのだった。


     * * *


 そしてあっという間に時はすぎていき、本番がはじまり、幕間をはさんで今はラストのクライマックスのシーンに差しかかっていた。
 まもなく、物語は終わりを告げる。

 その終わりを予感させる張りつめた空気のなかで、敵の親玉と主人公とが命をかけた最後の戦いをしているところだった。
 刀を打ち合わせる効果音と、緊張感の高まる音楽とあいまって、なんだか舞台裏のここまで空気が重苦しい気がする。

 そこに、遠くから相田さんの怒声が響く。
対する雪之丞さんの声もまた、迫力に満ちたものだった。
 うわぁ、いい芝居してるなぁ……。

 千秋楽に向け、満員御礼の札が連日出されていると聞いていたけれど、満席のお客さんの視線は、きっと今ふたりに集中しているんだろう。
 そう思ったら、なんだか意味もなくそわそわしてしまいそうだった。

「舞台の上のふたりが気になるんですか、師匠?」
「うん、やっぱりね……できることなら1回くらいは客席から見てみたかったかも、って」
 そんな僕の横には、出番を終えた矢住くんがいる。

「あ、でも、そんなことよりお疲れさま!初舞台、ここまで色々あったかもしれないけど、まずは千秋楽までやりきったね」
「師匠……ありがとうございます!」
 肩にポンと手を置きながら声をかければ、パァッと音がしそうなほどにまぶしい笑みを向けられた。

「本当にここまでこれたのは、未熟なボクを最後まで見捨てずに、しっかり指導してくれた師匠のおかげです!ありがとうございました!!」
 キラキラとかがやく目もとには、汗だけではない涙もにじんで見える。

 ───あぁまぶしいな、と思った。

 矢住くんのそれは、今の自分にできるベストを尽くした者だけが感じることができる、達成感に満ちあふれているんだろう。
 それこそ自信に裏打ちされたそれは、ちょっと前の僕では、まっすぐに見ることさえできなかったまぶしい光だ。

「……ううん、ここまでちゃんとできたのは、矢住くん自身ががんばってきたからだよ。それに───こっちこそ、矢住くんには色々と教えてもらったから」
 ある意味で、これまでの僕にはまったくなかった成分を足してくれたのが、矢住くんだ。

 まっすぐに相手の目を見つめかえしながら、笑いかける。
 そのとたん、矢住くんの顔がわかりやすくゆがむ。
 そして直後に、その目尻から大粒の涙がこぼれ落ちてくるのが見えた。

「~~~~~っ!!」
「えっ?ちょっ……矢住くん!?」
 気がつけばそんな矢住くんから、しがみつくように思いっきり抱きしめられていた。
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