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57.おたがいの不足分をおぎなう夜(後編)

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 息ができないくらい、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
ちょっと苦しいってば、バカ東城とうじょう
 文句を言いたいのに、それよりもいつもみたいにもどったことのほうがうれしく思えてくるんだから、僕もたいがいだ。

「ヤベー、俺この顔でよかったぁぁぁ!!!顔だけタレントと言われようと、羽月はづきさんにカッコいいって思ってもらえるんなら、もうなんでもいいです!!」
「ちょっ!?待って、わあぁっ!」
 解放されたと思ったら、今度はまたどしゃ降りの雨のようなキスが降り散らされた。

「『とびきりの美形』とか、最高の褒め言葉じゃないですか!俺にしかない武器だって、この顔のことをそう言ってもらえたのも、すごい肯定されたというか……」
 ほんのりと頬を赤く染めたままの東城が言うのに、なんだかこっちまではずかしくなってくる。

「あたりまえだろ!それこそ、こんだけ『カッコいい』を詰め込んだ外見持ってるなんて、芸能界広しといえど、めったにいないんだからな?!それを生かさないでどうするんだよ!……それに、もちろん顔だけじゃなくて、東城のいいところは、いっぱいあるんだからな!?」
 相手の頬を両手ではさみながら、まっすぐに見つめて言う。

「たとえば東城は、僕みたいに理詰めでかんがえていかなくても、直観的に役の本質をつかんでるだろ?」
「そうなんですかね……?」
 僕からの問いかけに、わずかに首をかしげる。
 そんな姿もまた絵になるのだから、やはりイケメンはずるい。

 もちろん脚本家からのあて書きをされたものも、これまでの作品のなかにはあったかもしれないけど。
 でも、これまでの東城が演じてきた作品は、なんだかんだ言って全部見てきたから知っている。

「そうだよ!監督や脚本家が演出したかっただろうキャラクターに、毎回きっちりと仕上げてきてるだろ。その勘を持っているだけでも、本来ならすごいことだからな?勘働きの悪いヤツなんて、いくらでもいるし……」
 そう言いながらも、過去に共演したこのある役者の顔がいくつもうかんできた。

 よく主演のバーターで出させてもらって、しかもおいしい役をもらっている後輩なんて、顔はいいかもしれないけれど、演技はからきしというヤツも少なくない。
 ほかにも矢住くんや、今回僕が共演したその先輩が例外的なくらいで、あのアイドル事務所には演技に向かない子もたくさんいる。

「う~ん……それはむしろ、演出家とか脚本家の方々が、演技のできない俺に合わせてくださっているだけでは?ほら、脚本のあて書きとか」
 なのに東城は、いまだにすっとぼけたことを言う。

「───というか、脚本家の人にあて書きしてもらえるとか、ふつうにかんがえたら本当にすごいことなんだからな?!」
 クリエイターに『この人のためにゼロから合わせたものを創り出したい』なんて思わせられる存在が、はたしてどれくらいいると思う?

 ましてそれを本当に実現させられるのなんて、視聴率を持ったほんのひとにぎりの存在だけだ。
 テレビ業界なんて、その数字が取れなければすぐに首がすげ替えられる世界なんだ。
 いくらゴリ押そうとしたところで、人気は如実に出るからな。

「あ……いや、あの、別にそういう意味ではなくてですね……っ!俺の場合は、俺自身の力というよりも、ほかの人とくらべても周囲の人に恵まれてるっていうのは、たしかだと思うんですよ!」
 僕の顔色が変わったことに気づいたのか、あわてたように東城がいいわけをする。

「なにしろ、最初のドラマの現場が、羽月さんといっしょだったんですよ?!それに監督も岸本さんだったし!さらにマネージャーが後藤さんですよ?最強の布陣だと思うんですよね!!」
「───前半はともかく、後半は否定しないかな……」
 岸本監督は良識派だし、なにより後藤さんの有能っぷりは今、僕も実感しているところだ。

「いやいや、前半が特に大事でしたからね?俺にとっての演技の基礎を作ってくれたのは、羽月さんなんですから。岸本監督が太鼓判を押す演技の天才にド新人が面倒見てもらえるなんて、ふつうないですもん!」
 東城が言わんとしているのは、自身のデビュー作となった、深夜帯の学園もののドラマの話だ。

 ヒット作を次々と飛ばす敏腕プロデューサーの颯田川さったがわさんの指揮のもと、岸本監督がメガホンをにぎり、W主演というかたちで、僕が相棒役をつとめたそれ。
 そこで東城は、演技の才能を開花させたようなものだった。

「それは言いすぎだろ……」
 岸本監督が太鼓判を押す役者さんは、きっと僕のほかにもたくさんいるだろうし。
 でもリップサービスなのかもしれないけれど、こいつの場合、本気で言っているように聞こえてくるからタチが悪い。

「そんなことないですよ!いつもなら羽月さん、演技のできないアイドルとかには塩対応じゃないですか!そう思うと、わりと初期から本気の相棒演技してくれたのも、毎日本読みの稽古に付き合ってくれたのも、そのころから俺に甘かったってことですもんね?!」
 にこっと白い歯を見せる、そのさわやかな笑顔がまぶしい。

「うっ……」
 なんというか、痛いところを突かれた気がする。
 そりゃ僕は、昔から東城のお願いにはなぜか弱かったけど。

「…………たぶん、そのころから演技で負けっぱなしじゃいられないっつー、東城の本気を感じてたんだよ……」
 東城のすごいところは、すでに連続ドラマや映画の主演をいくつもこなしながら、それに驕ることがないところだ。

「そりゃそうですよ、だって俺の演技の原点は羽月さんに負けたくないって思いからですからね。当時天狗になってた俺の鼻っ柱、見事に折られましたんで───羽月さんのその実力で」
 にこにこと笑う東城の顔からは、すっかりさっきまで差していた陰が消え失せていた。

「ほんの少し前に演技のできない俺に絶望して冷たい目で見てきた先輩が、演技に入ったとたん、まるで俺に全幅の信頼を置いているみたいな顔で笑いかけてきてくれるんですよ?!その笑顔が、だれよりもかわいくてキラキラとかがやいて見えたんです!それこそヒロインの子なんかより、ずっと」
 そう言う東城の顔のほうが、僕にはめちゃくちゃキラキラして見えるんだけどな?

「だからもう、必死でしたよ俺!羽月さんは羽月さんで、変態プロデューサーに狙われてたのに気づいてないし、役なんだか俺なんだかだんだんわからなくなってきちゃったんですよ、あのころは」
「あー、うん、その節は本当にお世話になりました……?」
 憤激する東城に、つられて頬がゆるむ。

 当時の僕が、颯田川プロデューサーにお持ち帰りを狙われていたというのは、全然気づいてなかったんだよなぁ。
 むしろ逆で、めちゃくちゃ嫌われているんだと思っていた。
 だって、当時現場で僕は、そのプロデューサーにボロクソに罵倒されまくっていたから。

 あとで知ったことだけど、あの人のやり口は、気に入った子がいると、最初に叩きのめして弱ったところにつけ入り、精神的に支配しようとするスタイルらしい。
 それに気づいていた東城が、本読みの稽古に付き合ってほしいと毎回僕を連れ出して、ことなきを得ていたということだったようだ。

「作中の理緒りおもわりと変態ホイホイというか、トラブル呼び寄せる体質じゃないですか!絶対にこの人を守るんだって、自然とそう思えてきて、俺のなかで貴宏たかひろが一体化したんですよね。だからきっと、周囲への牽制かねていつも理緒のこと連れ歩いてたんだろうな、と」
やわらかな表情のまま、東城がつぶやく。

 このセリフ、きっとあのドラマのファンだという女優の宮古みやこ怜奈れいなさんとか、メイクのユカリさんとかが聞いたら、よろこびそうだよなぁ、なんて思う。
 意外と深夜枠の割に、人気あったみたいだし。
 その後、諸々あってお蔵入りしているわけだけど。

「なつかしいな、ふたりで共演した唯一のドラマになっちゃったもんな、アレ……」
「いつか解ける共演禁止令のために、今度こそとなりで演じるのにはずかしくない実力を身につけたかったんですけど……やっぱり羽月さんは天才でした……」
 ───しまった、やぶへびだったか!

「おあいこだよ、東城。さっきも言ったけど、僕はずっと、その人気に劣等感を抱いてきたんだ……東城は褒めてくれるけど、僕はいまだに世間での知名度は低いし、人気もないからね。むしろそのとなりに立ったとき、はずかしいのはこっちだ」
「そんなことない……っ!」
「───あるんだよ、だって実際そうだっただろ?」
「それは……」

 今のままじゃ、いくら事務所がおなじになって、表面的に問題はなくなったとしても、きっとまだ共演はできない。
 世間での人気の差は、圧倒的に開きがあるから。
 だからこそ、ずっと悩んでかんがえて、ようやく出したこたえがこれだったんだ。

「───だから、僕はこれから東城のとなりに立つのにふさわしい存在になる。世間からも認知されて、だれしもが求めるような役者になってみせる!見た目がふつうだろうと、そんなもの、演技力でねじ伏せてやるさ!」
 さっきのドラマでもそうだけど、メイクさんの力も借りるけど、キレイやカッコいい、かわいいは演技でも作れると証明されているから。

「僕には東城みたいに、だれにも負けないような恵まれた容姿はないかもしれないけれど、でもこの演技が好きだという情熱はある。だれにも負けないものを武器にするなら、僕の武器はこの演技力だ!」
 ずっと心に秘めていたもの。
 これまではっきりと口に出したことはなかったけれど、本人を前に宣言をしたことで、ようやく決心がついた。

「羽月さん……やべぇ、すげーカッコいい……!!なんかもう、さっきからあたまの悪い感想しか出てこないんですけど、が俺と共演するためにそんなこと思っててくれたなんて……っ!!」
 ブワッと一気に耳まで赤く染めた東城が、感極まったように目もとに涙までうかべてつぶやいている。

「そうだよ、僕は『』だ。となりに立つのなら東城がいいに決まってるだろ!でも、もしこのままイジけて腐るようなら、僕のとなりにいるのは別の役者さんになっちゃうんだからな?!」
「そんなの嫌です!!」
 間髪いれずに東城がさけぶ。

 我ながら、ムチャなことを言っている自覚はあった。
 東城に発破をかけるためとはいえ、自分をだしに使うなんて、相当愛されてる自信がなきゃできない芸当だ。
 少しでもはずしたら、はずかしくて二度と会えないくらいの気持ちでいたけれど、どうやら東城の愛は思ったとおり重いらしい。

「わかりました、俺以外のだれかに羽月さんの相棒の位置をゆずる気はないので!これからも俺は、でだれにも負けないよう、演技力も容姿もみがいていきます!!」
 ん……?
 若干余計な単語がまざっていたような気がするのは、僕の気のせいだろうか?

 でも、いずれにしても東城の目にはやる気の火が灯っていた。
 どうやら落ち込んでいた相手をはげますのも、僕の決心を語るのも、無事にできたようだと、ホッと息をつく。

 おたがいに、相手のことが好きだからこそ、高め合っていけるって、なんて素敵なことなんだろう。
 嫉妬さえも飲み込める愛の深さがあればこそ、なんて思ってしまうのは、ロマンチックがすぎるだろうか?

「それで、ずっと会えなくてさびしかった分の埋めあわせは、僕から思いっきり甘やかしてあげればいいのかな?」 
「いえいえ、今夜は俺が羽月さんを甘やかしてあげたい気分なんで」
 冗談めかしてたずねれば、これでもかと男前な顔で両手を広げてくる。

「ホント、国宝級の美形の無駄づかいだからな、それっ!」
「国宝級に愛しい恋人のためなら、無駄づかいでもなんでもないです~!」
 はずかしさを隠すためにその腕に飛び込めば、やさしく抱き止められた。

 ほどよく鍛えられた厚い胸板に頬を押しつけて甘えたあと、顔をあげれば、ゆっくりと近づいてくる相手のそれに目を閉じる。
 やがて、やわらかなくちびるの感触が己のものに触れた。

 ふたりの間に、もうそれ以上の言葉は必要なかった。
 甘やかな熱にとかされ、足りない時間を埋めあうように、キスはゆっくりと深くなっていったのだった。
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