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53.モブ役者は雑誌の取材でも本領を発揮する

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 ナチュラルな木材と清潔感のある白の塗り壁に囲まれ、天窓からは、やわらかな陽がさしこんでいる。
 ほどよい距離感で配置されたテーブルセットも木製で、そして天井から吊るされた苔玉みたいな観葉植物や、床に置かれたポトスの鉢が加わり、緑豊かな癒しの空間を演出している。

 そんなおしゃれなカフェが、今回の取材現場だった。

 女子大生に人気のお店だというそこを、開店前の早朝に貸し切り、大がかりな撮影班まで用意されての撮影を行うなんて、僕にとってははじめての経験だ。
 さすがはアイドル誌、そんなところも女子を意識している、なんて感心しそうになったのも仕方ない。

 ひとまず店内を撮影用にセッティングしなおすということで、メイクを済ませて着替えたところで、待ちの時間となっていた。

「なんか……このためにメイクさんやカメラマンさんとかのスタッフさんたちが来てくれるとか、すごいことに思えてきます」
 ぶっちゃけ、慣れないことだけに、めちゃくちゃ緊張する。

「おや、羽月はづきさんならスチール撮影くらい、何度も経験されているでしょう?」
 そんなボクの横で、にこにこと笑みを浮かべながらマネージャーの後藤さんがたずねてくるのに、苦笑を浮かべた。

「まぁ、舞台だとパンフレット用に撮影ありますからね。それに特番のドラマとかも……でも前の事務所にいたころは、ほとんどそういうのはなかったですからね……」
 最近になってようやく自分に自信を持てるようになったといっても、あくまでもそれは『役者』としての自分であって、『芸能人』としてのそれじゃない。

 どうしてもアイドル売りをするタイプの俳優とは言いがたい僕にとっては、こういう場所での撮影は緊張するものだった。
 だからそんな自信のなさのあらわれでしかなかったその発言に、しかし過剰なまでに反応したのは後藤さんだった。

「っ、その節は本当に申し訳ないことを……っ!」
 サッと顔色を変えたかと思ったら、深々とあたまを下げてくる。
 なんでそんな反応を見せたのか、一瞬にして思い至る。

「あ、いや、その……そういう意味で言ったわけではなくて……」
 後藤さんにとっては、僕が目立たない役者をすることになったきっかけの、『東城とうじょうの熱狂的なファンからの襲撃事件』は大きな瑕疵に思えているらしい。

 ───僕にとっては、今となっては本当にどうでもいいことに思えているってのにさ。

「だからその、あやまる必要とかないですからね?後藤さんには、それ以上に世話になってますし……もうその件はチャラってことで」
 数ヶ月前のコンビニの件でも、そのファンの統率力の高さにお世話になったわけだしな。

「しかし……」
「はい、この話はこれでおしまいにしましょう?アレは、僕自身の弱さがまねいた事態でもあったので」
 なおも言いよどむ後藤さんに、ことさら笑みを浮かべてきっぱりとそこまでだと告げる。

 たしかにあの当時、熱烈なる東城のファンに嫌われたことで、ネット上を中心に批判を受けまくった僕は、その後表舞台からほぼ姿を消していたようなものだったのは事実だ。
 それによってあやうく引退の危機にも陥ったし、仕事も少なく万年モブ役者の道を進むことにもなったけど。

 でも、それは今となってみれば、必要なまわり道だったようにも思えるんだ。
 だって……。

「こうしてモリプロに入って、やりがいのあるお芝居の仕事をたくさんできて、そしてその現場でも新たに学ぶことが多い日々を送れる今って、なんてしあわせなんだろうって思うんです。それができたのも、あの過去があればこそと言えなくもないわけで……」
「羽月さん……」

 たぶん、当時の僕はまだ打たれ弱かったんだと思う。
 役者としてこの世界を生きていくための覚悟が、全然足りていなかっただけだ。

 もし本当にこの世界で生き残りたいのなら、どれだけ東城のファンから批判を受けようと、背すじをのばしたまま聞き流すくらいの心の強さが必要だった。
 僕のことをろくに知りもしないで批判をする人たちなんて、もっと仕事を増やして実力で黙らせてやるって、負けない気持ちで立ち向かえばよかった。
 
 だって……たぶんだけど、ちゃんとあのころ僕にも応援してくれるファンがいて、その人たちの数のほうが批判をしてくる人の数より、ずっと多かったはずなんだ。
 その『僕にとっての大事な人たち』を裏切りたくないと思うのなら、そこで逃げちゃダメだったのかもしれない。

 本当に、今だからこそわかることなんだけど。

「あぁ、本当にふっきれたんですね、羽月さん。とてもいい顔をされています……」
「それもこれも、後藤さんがマネージャーさんとしてサポートをしてくださってるからですよ?」
 しみじみとつぶやく相手に、こちらこそ感謝をしているのだと伝えた。

「……ならば、やはり私といたしましては、羽月さんのすばらしいところを、世のなかに広めていくお手伝いを全力でさせてもらうしかないですね!」
「はい、頼りにしてますから!」
 グッとこぶしをにぎりしめる後藤さんに、笑顔をかえす。

 なんでも、今回の雑誌掲載時のコンセプトは後藤さんからの売り込み企画が採用されて、『今注目の天才役者・羽月眞也しんやの素顔に迫る』に決まったらしい。
 そのコンセプトにはツッコミどころしかないと思うものの、あくまでも役者としての一面にフューチャリングしてくれるというのは、僕としては非常にありがたい話だった。

 だって相手はアイドル専門の雑誌なんだぞ?
 本来なら矢住やずみくんのような、キラキラしたイケメンアイドルをメインに掲載するための雑誌であって、僕のようなモブ役者なんて特集したところで浮いてしまうと思う。
 なら、少しでも得意の分野で取りあげてもらうというのは、あながちまちがえた戦法ではないだろう。

「お待たせしました、準備がととのいましたので、お願いします!」
「はい!」
 スタッフさんに呼ばれて、あわてて返事をすると、そちらへ向かう。

「それじゃ、最初のコンセプトは『気になる女の子とはじめてのデートをする大学生』からでお願いします!」
 全部で7つの設定が決められ、さらには寸劇仕立てで撮影が行われるというのが、今回僕に課されたオーダーだった。

 今のそれだけでなく、『そのデートに誘う前に恋愛相談を友人にする大学生』や『付き合いはじめて1年経過した記念日』という同一キャラクター設定のものから、ほかにも『外まわりの営業中に休憩するサラリーマン』に『優雅に自宅でお茶をするおぼっちゃま』なんてものまである。

 予算の都合で撮影場所はここしかないけれど、衣装とメイク、そして照明と小道具だけで、まったく別の場所に思わせなくちゃいけない。
 あとは僕の演技でどうにかしないといけないけれど、ドラマや映画の映像作品とちがって、写真は声の演技を伝えることができないから大変だった。

 すべてを表情やしぐさで伝えるって、本当にむずかしいことだと思う。
 でも、だからこそおもしろい!
 やってやろうじゃないか、まわりの空気ごと僕の演技に巻き込んで変えてみせる!!

 ───そんなふうに意気込んだところで、撮影はスタートした。

「んー、ちょっと表情が固いかなぁ?もっとリラックスして~」
 僕がソワソワとした雰囲気をみせたところで、さっそくシャッターを切りながらもカメラマンからの指示が飛ぶ。
 僕の顔が、よほど緊張して見えたらしい。

 ……うん、これはむしろ順調なくらいだ。
 だって、気になる女の子とはじめてのデートをする大学生だろ?
 そんなの、緊張するに決まってる。

 その設定を見た瞬間に浮かんだのは、ゼミで出された課題にかこつけて、いっしょにやろうと誘う大学生の姿で。
 詳細な設定は『それらしくしてくれればいい』と、すべてこちら任せになっていたけれど、僕は演技をするのなら妥協なんてしたくなかった。

「『ふ、ふたりで調べるほうが早く終わったね!』」
 やや上ずった声で、カメラに向かって話しかける。
 それは、本当はもっといっしょに居たいという気持ちの裏返しとなるセリフだ。

 でもその教授から出される課題が毎回面倒なのはたしかで、だからこそそれがアッサリ終わったこと自体はうれしくて。
 そんな複雑な気持ちを、セリフに込める。

「『……うん、本当に!あの教授、課題の提出忘れるとうるさいもんね?』」
 たぶん本人は自分の気持ちを隠してるつもりでも、目にはその相手の子が好きなんだって、駄々もれになっているくらいでちょうどいい。

「『……いやっ、ボクのほうこそ助かったよ!ありがとう!!』」
 目もとは真剣に、でもほんの少し向かいに座る女の子の反応が気になるから、うかがうような視線を送ってしまって、直後に、はずかしくなって視線をそらす。

「イイッ!なんて甘酸っぱい雰囲気……っ!!相手の女の子のセリフまで聞こえてくるようだわ、これ!」
 思わずメイクさんから、そんな声がもれた。
「いいね、最高だよ、その表情!!」
 シャッターを夢中で切るカメラマンさんからも、そんな声があがっていた。

 好きだと告げるには、まだあと一歩届かない。
 さりとて相手の感触もそう悪くなさそうな気配がしているからこそ、どこまで距離を縮めていいのかわからなくてとまどう。

 そんな初々しさを前面に押し出すような演技プランで進めていけば、気がつけば周囲のスタッフさんたちは声もなく、こちらに見入っていた。

 ドキドキの初デートは、悪くない感触で終えることができた。
 そんな演技で終えることができて、ある意味で僕自身もホッとしながら、次のコンセプトへと移る。
 と、そのとき。

「ちょっと、今のでイマジネーションがわきました!このデートに誘う前、この子なら絶対に相談する相手は男友だちですし、その段階なら、もっと髪型はモサくてイイですよね?!」
 ヘアメイクさんが立ち上がると、かけよってきて髪型をととのえ直していく。

「わかります!おなじ服でも、きっと着こなしは微妙にカッコよさが足りない感じですよね!?」
 そしてそれに乗ってきたのは、衣装さんだ。

「てことは……まゆ毛とかも、もう少しモッサい感じにしなきゃですかね?!」
 さらにそこへ、メイクさんまでもが乗ってきた。

 恋愛相談を同級生にするのなら、きっと女友だちじゃなくて男友だちだ。
 そう思わせるだけの、女の子に慣れていない感じが伝わったんだろう。
 うん、演技を通じてこういう感覚の共有ができるのは、すごくうれしい!

 ヘアメイクさんにしても衣装さんにしても、彼女たちは演技に関しては素人かもしれないけれど、そんな人たちにも僕の演じたいことが伝わって、そしてその道のプロの人たちの仕事にたいするプライドを刺激できたってことだろ?
 それって、なんてすばらしいスパイラルなんだろうって思うんだ。

 そして髪型や服装の手直しが入り、微妙にあか抜けない感じに改変されたところで、『そのデートに誘う前に恋愛相談を友人にする大学生』のシーンの撮影に入った。
─だったら僕も、男子高生と変わらないノリでバカみたいに表情豊かに笑って、照れて、その期待に応えるしかないだろ!

「いいよ、その調子!せっかくだから、ちょっとした下心も見せて!そう!!最っ高だ!!」
 興奮したようなカメラマンさんの指示にしたがって、ちょっぴりヤンチャな表情をして見せる。

「「「いや~、青春だわぁ~。この子の恋を応援してあげたいわ~!」」」
 実に楽しそうなメイクさんたち3人の声に見守られながら、撮影はつづいていく。
 写真撮影という、戦うフィールドはいつもとちがうのに、いつもの演技でうまく行ったときのような、そんな手ごたえをこのときの僕は感じていた。
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