イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2

はねビト

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51.伝説となる公演のはじまり

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 今の自分にできることを、たたひたすらに全力でやろう。
 そう心に決めて、あらためて本番前の最終確認を行っていく。

 とりわけ今日は、矢住やずみくん本人が見ている前で悠之助の代役を演じるから、昨日よりも緊張するけれど。
 でも、それだけじゃない。
 僕には負けず嫌いなところがあるから、この現場で『負けたくない』って思ったんだ。

 そりゃ演技だの殺陣たてだのといった技術的なことに関しては、歴のちがいで僕のほうに分があるのかもしれないけれど、正直なところ悠之助というキャラクターの本質は、矢住くんこそが似かよったものを持っていたから。
 それは僕にとって、いくら技術をみがいたところでまだ慢心しちゃいけないって、ちょうどいい戒めになったというか。

 まだまだ僕は挑戦者の立場なんだって思い知ったし、どうせやるからには遠慮なんてしないで、全力でがんばろうって、そう前を向けたんだ。
 その思いを胸に、主に僕が立ちまわりを演じる相手となるアンサンブルの人たちや雪之丞ゆきのじょうさんと入念な殺陣の順番の確認をしていけば、時間なんてあっという間にすぎてしまう。

 特に今日は、アンサンブルのひとりから、立ちまわりの前の演技で少し変えてみたいところがあると、相談を受けたりもしたから。
 岸本監督や殺陣師さんとも話し合って、さらなるブラッシュアップをかさねていく。

 演じる人がちがうんだから、そのまわりの人たちの演技だって変わってきて当然だ。
 すべては、最高の舞台をお客さんに届けるため、こんなところで満足なんてしていられない。

 そして、そんな僕たちの姿を、矢住くんはほかのスタッフさんにまざって客席から楽しそうに見つめていた。
 そうしているうちに、開演準備のための着替えとメイクの時間になった。


     * * *


 そうして今日も、無事に舞台の幕が上がった。
 舞台の照明がついた瞬間、お客さんに背を向けて主演の相田あいださんが登場すれば、客席からはあたりまえのように拍手がわきおこる。
 これも、初日のころにはなかった変化だった。

 なんていうか、客席もちょっとずつ観劇になれてきたという感じだろうか?

 今回の舞台の出演者には、主にテレビドラマに出演している役者がおおい分、客層にしてもふだんから舞台が好きで通っている人以外の、いわゆる『お茶の間ファン』と呼ばれるような舞台になじみのないお客さんもかなりいるみたいだし。
 だから観劇マナーをめぐって、ネット上なんかでは、いろいろと言われていることもあるらしいと相田さんたちが気にしていたっけ。

 ───あいかわらず僕は、ネットからは距離をおいているせいで、よくわからないことだらけなんだけどさ。

「それじゃ、がんばってくださいね、師匠!」
「うん、ありがとう。矢住くんが期待してくれる『最高の悠之助』を演じてみせるから!」
「はい、お気をつけて!」
「矢住くんもね?」

 客電が落ちたあと、矢住くんは客席最後列にしつらえられた音響さんのブースから舞台を見ることにしたらしい。
 舞台そでにいる僕とハグしたあと、スタッフジャンパーを羽織るとキャップを目深にかぶり、こっそりと裏口から出ていった。

 それを見送ると、あらためて舞台へと視線を移す。
 そこでは次々と役者が出入りし、いつものように派手な殺陣込みのオープニングがはじまろうとしていた。
 それがいつもと少しちがったのは、僕の出番になって、舞台中央に走り出ていったときのことだった。

 ワアァ…!
 それまで、相田さんか雪之丞さんのときしかなかった客席からの拍手が、さざめきのようにわきおこる。
 そりゃ、大人気なおふたりにくらべたら、その音量は控えめかもしれないけれど。

 でもそれだけのことで、めちゃくちゃうれしくなってくる。
 なんだかファンの人たちにも、認めてもらえたような気がして。

 あぁ、ひょっとして僕の演技や殺陣を楽しみにしてくれているファンの人たちも、ここに来てくれているのかもしれないって思ったら、自然と笑顔が浮かんできた。
 悠之助だけにゆるされたトリックスター的なキャラクター性で、客席へのファンサービスを行えば、それにあわせて客席も沸く。

 これだ!
 この空気だ!!
 僕がもとめていたのはこれなんだって、ふしぎとそう思えてくる。

 やっぱり空席もちらほら見えていたけれど、そこはどうしたってしょうがないんだろうなぁ……。
 だって、矢住くんを見たくてチケットを買った人にとっては、お目当てがいないのに見に来るには、抵抗があったっておかしくないし。

 ───でも本当に『仕方ないことだ』とあきらめて納得しているだけで、いいんだろうか?
 ふいに、そんな疑問が顔を出す。

 たぶんちょっと前までの僕なら、そう思うだけで終わっていたかもしれない。
 仕方ないことだ、あきらめようって自分に言い聞かせて。

 でもこの数日間で、僕には欲が出てきてしまった。
 どうせなら、見に来なかった人があとで知ってくやしがるくらいの、すごいものを見せてやりたいって。
 今日この場に来てくれたお客さんが、思わず語りたくなるくらいの、楽しい思い出をつくって帰ってもらいたいって、そんな欲だ。

 おかしいだろ?
 はじめは東城とうじょうのとなりに立つのにふさわしい人でいたいって、それだけだったはずなのに、気がつけばどんどん僕は欲深くなっていく。
 でもその変化は、そう悪いものじゃないって思えてくるから、なおさらふしぎだった。

 もちろん今までの僕を支えてくれていた『陰ながらした努力は裏切らないし、きっとだれかがそれを見ていてくれる』という信念は曲げるつもりはないけれど、きっとそれだけじゃダメだ。
 だれかに認めてもらいたいなら、ちゃんと自分からも発信しないと。

 今まではモブばかりを演じてきた役者にすぎないんだから、身の丈にあわせて謙虚でいなきゃって思ってたけど、そんなんじゃいつまで経ってもみんなに気づいてもらえない。
 僕がどれだけいい演技をしようと、そもそもそれに気づいてもらえなきゃ、なんの意味もないってわかったから。

 だからこそ、まずは見てもらえるようにしなきゃダメなんだ!
 そのために必要なのは、目立つこと。
 ただシンプルに、それだけだ。
 方法がわかっているなら、あとはそれをひたすら貫けばいい。

 そうかんがえてみれば、目立つという意味で悠之助は演じやすいキャラクターでよかったってホッとする。
 そりゃ、長年僕を縛っていた呪いのような思いは簡単には消せないかもしれないけれど、今その一歩を踏み出せなきゃ、なにも変えられないだろ?
 そう、自分を鼓舞する。

 すべては東城の相棒でいるために。
 無理を承知で挑むんだ、だったら遠慮なんてしないで、これまで以上に今日も客席を沸かせてみせる!

「『いいぜ、その太刀筋!でけぇ口たたくだけのこたぁ、あるじゃねぇか!』」
「『どこがだよっ!余裕でいなしてるくせに!』」
 目の前には雪之丞さんの演じる敵の親玉がいて、キンキンと固い金属を打ち合わせる音とともに、白銀の刃が宙できらめく。

 立ちまわりの最中に垣間見えた客席は、固唾を飲んでこちらを見守っているのがわかった。
 というより、そんな空気を肌で感じたっていうだけなんだけど。

 それでもお客さんたちが僕たちの殺陣に魅せられているってことは、十分に伝わってくる。
 だったらそれを、最後まで飽きさせないように、惹きつけたままでいなきゃな!

「『ハハッ、久々に歯ごたえのあるヤツ相手のドンパチするってなぁ、楽しいモンだな!』」
「『こっちはそんな余裕ないっつーの!』」
 本当に心の底から楽しそうに笑う雪之丞さんは、なんて艶やかな表情をするんだろうか?

 思わず見惚れそうになるのをこらえて、その流麗にして苛烈なる殺陣に、必死にくらいついていく。
 自分が口にしたセリフのとおり、今の僕にはそれを楽しむほどの余裕はなかった。

 たぶん、僕自身のスキル的にはこの舞台での雪之丞さんの相手役として不足はないとは思っているけれど、どうにも演じている悠之助としての気持ちにつられそうになってしまうというか。
 演技中にこんなふうになるなんて、長らくなかったことだった。

 いつもなら、次はどうしようかと演技プランをかんがえ、どこか冷静な自分が俯瞰でながめているような、そんな感覚を持ちながら演じていたけれど。
 今回はどうにも、それがゆらぎそうになる。

「『でも、ギリギリとのところで、こうして命のやり取りをするって、たまんねぇだろ?テメェもそんな顔してやがる』」
「『っ!?』」
 ペロリと自分のくちびるをなめた敵の親玉がそう口にするのに、悠之助はギクリとからだを強ばらせる。

 それはまるで、今の僕自身の気持ちを言い当てられたような気分だった。
 だって、こんな風にヒリヒリとした空気のなかで全力を出しきって演じられるのは、本当にこの現場が久しぶりだったから。

 その瞬間、僕のなかで演じる役との境界があいまいになり、溶け出した己の存在が、悠之助とまざりあっていく。
 今や悠之助は僕の一部であり、そしてまた悠之助を構成する成分にも、まちがいなく僕がふくまれている。

 それになにより、僕の心も悠之助の心もえぐってくる雪之丞さん──敵の親玉にゾクゾクした。
 なんなんだ、この人は!?

 ヤバい、楽しい!
 語彙力なんて消失してしまうほどに、この身内を楽しさが満たしていく。
 相手にとって不足はないどころか、僕はまったくの挑戦者の立場にすぎないわけで。

 もちろんほかの共演者の人たちにしても、さっきから演技とは思えないくらいの迫真の演技をくり出してきている。
 みんながみんな、この瞬間をキャラクターとして生きている。
 そんな一体感を味わえる現場なんて、なんと贅沢なんだろうか!?

 ───その瞬間、はじめて僕は演じることを忘れそうになった。

 ここにいる『』は剣をふるうことに命を懸ける『悠之助』であって、ほかのだれでもない。
 手にした刀は、竹光なんかじゃなくて真剣なんだって、そう思い込みそうになる。

 かろうじて残る理性が、この後の場面転換のために舞台そでに捌けろと訴えてきて、手にした刀の血振りをすると、納刀しながら捌けていく。
 からだが、熱かった。

 ドクドクと音を立てて血が駆けめぐり、息は浅くなっていく。
 こんなの、はじめてだ───!!

「すごい……今のおふたりの殺陣、しびれました!」
「え……?あ、ありがとうございます!」
 そでに捌けるなり次の場面に出るために控えていた若手イケメン俳優さんに、目をキラキラさせながら言われて、我にかえる。

 そう、
 つまり今の今まで、我を忘れて悠之助になりきっていたってことだ。
 気がついた瞬間、ゾクゾクゾクっと背中に甘くしびれるような感覚が走り抜ける。

「僕も負けてられないんで、おふたりに敵わないまでも今できる全力の、さらにその先までふりしぼってきますね!」
「うん、気をつけてね!」
 励ますように軽く背中をたたいて、舞台の上へと送り出した。

 そして、そんな彼とおなじように奮起した共演者の皆が熱演をくりひろげた結果、この日のこの公演は、今までのなかでいちばんの盛りあがりを見せたのだった。
 これが、のちにファンの間で『伝説回』と呼ばれるようになるのは、もうまもなくのことだった。
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