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47.イケメン俳優からの『消毒』と『お守り』は効果絶大です!

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「さすがは羽月はづきさん!なんていうか、『おかえりなさい』って言ってもいいですか?とにかく全力全開の演技も殺陣たても、なにもかもが最高でした……!!」
 なんなら、『やに下がった顔』と言えるような、ゆるんだ笑顔でこちらを褒めちぎってくるのは東城とうじょうだ。

 こら、東城!
 せっかくの『国宝級』と言われる顔のイケメンが台なしになるだろ?!
 そう注意をしようと思うのに、あまりにもしあわせそうな満面の笑みすぎて、なにも言えなくなる。

 今は幕間の休憩時間に入ったところだった。
 本来なら、ゆっくりとからだを休めるなり、2幕の台本を確認するなり、いろいろとすべきことはある。

 でも舞台を見に来てくれた関係者が、楽屋にあいさつに来ることもあるわけだ。
 特にいそがしい相手ほど、終演後に時間がとれないからと、この時間帯に楽屋あいさつに来るなんて説もある。

 そういう意味では、めちゃくちゃいそがしいはずの東城が幕間をねらってここに来たのも、わからなくはないけれど……。
 でも、そもそもが今日ここに来られるの自体、意味がわからなかった。

「ていうか、今日来るとか聞いてなかったんだけど?忙しかったんじゃないのか?まさかまた無理言ってマネージャーさんに迷惑かけてたりしないよな?!」
 過去にやらかしていたあれこれを思い出し、つい心配になってたずねてしまう。

「大丈夫です!万事くりあわせて、ここまで来てますから!だってこんなふうに全力で殺陣と演技をしてくれる羽月さんを生で見られるとか、ご褒美以外のなにものでもないでしょ!?むしろそれを見られなかったら、俺にとっては世界の終わりとおなじなので!!」
 東城はいきおいづいて、そんなことを口走る。

 なにを言ってるんだかわからないし、なにより後ろにひかえているマネージャーさんの紙のように白い顔色を見れば、ちっとも大丈夫そうじゃないのがわかる。
 それどころか、ぶっちゃけなにかとんでもないものが犠牲になっているような感じがするのは、気のせいだろうか?

「……うん、あいかわらずなにを言ってるのか意味がわかんないよね」
 あきれたように言ったところで、全然相手にとっては痛くもかゆくもなかったみたいだけどさ。

「よう、東城!やっぱりシンヤの初日に合わせて来やがったな!無理やりにでも来ると思って待ってたぜ!」
月城つきしろさん!どうもお疲れさまです!!羽月さんとの殺陣、最高にカッコよくてシビレました~っ!!」
 そこへ雪之丞ゆきのじょうさんがあらわれる。

 うん、やっぱり東城のこと、ちゃんと苗字で呼んでいる。
 この前のは、気のせいじゃなかったんだ。
東城が雪之丞さんに認められたってことが、ジワリと染みて心のなかがほかほかとあたたかくなってくる。
 そうそう、東城もまた、人気におごることなく努力を怠らないすごいヤツなんだから。

「おう、あんがとな!」
 ともすれば引かれてしまってもおかしくないくらいの激しい熱量をもって感想を述べていた東城にたいして、ニッと笑った雪之丞さんは、パチリとウィンクでかえしていた。

「ふわぁ~、そういう余裕のあるところ、マジでカッコいいッスよね!色気もあって男前で……いやもう、マジ男として尊敬します!」
 たいする東城も、屈託のないかえしをしていて、ものすごい平和ではあったけど。

「いや、1幕からすでにヤバいというか、うまく言葉が出てこないんですけど、ホントに凛とした悪役って1本筋がとおっていてカッコいいんだなって。なんていうか、『悪の華』って感じがして!あれです、1幕の悠之助とはじめて対峙したときの何手か打ち合ったあと!ニィッて笑うとこ、あのスイッチングヤバいですよね!?見てるこっちまでゾクゾクするというか!」

「ほぉ、よく見てやがんなぁ」
 テンションも高く話しつづける東城を前に、しかし雪之丞さんもずいぶんと機嫌がよさそうだった。
 東城の言うそれは、僕が僕なりの悠之助を演じたいと願ったあの通し稽古のときから、しっかりとこだわっていたところだ。

 ───そう、強敵と対峙した悠之助が思わずこぼした笑みにつられて、敵の親玉も狂気をはらんだ笑みをかえすってところは。

 僕が演じる悠之助の根底にある、剣客としての強さを追いもとめる狂気にも似たその意志と、敵の親玉の持つ狂気との類似点というのは、たぶん僕と雪之丞さんが演じたときにしか生じない関係性だと思う。
 そこはこだわっていたからこそ、こうして気づいてもらえるのはうれしかった。

「ほかにもいっぱいスゴいところがあってですね、たとえば……!」
「おうおう、東城はうれしいこと言ってくれるねぃ!」
 あいかわらず目をキラキラさせながらも、止まることなく語る東城に、雪之丞さんも苦笑を浮かべつつも、まんざらではなさそうに見える。

 そっか、東城も殺陣のある舞台を見るの、好きだもんな?
 そりゃ、これだけテンションもあがるだろうよ。
 自分自身でもアクション系をたしなんでいるからこそ、雪之丞さんのスゴさがわかるんだろうし。

 雪之丞さんにしても、本来すごく面倒見のいい人だからこそ、こうして懐かれるのは嫌いじゃないと思う。
 東城の人の懐に入り込む能力というか、これはたぶん素なんだけど、その人懐っこさって、すごいよなぁ。

 僕としては、ここが仲悪くなるよりかは、仲よくしてくれたほうが安心する。
 そう思って見守っていると、2幕の開演5分前を告げる場内のベルが鳴り響くのが、楽屋にも聞こえてくる。
 幕間の20分というのは───まぁ、まだ5分前だから実質15分だけど、案外あっという間なんだなぁ……。

「───っと、そろそろ休憩終わりか」
 5分前を知らせるベルに、ハッとなって雪之丞さんとの話を切り上げ、あわてて東城が僕のもとへとやってきた。
 その姿は、シッポをブンブンとふる大型犬にしか見えなくて、思わず笑いそうになるけれど。

「羽月さん!すいません、俺つい興奮しちゃって……!」
「いいよ、僕とはいつだって話せるだろ?雪之丞さんと話せる機会なんてめったにないんだし、せっかくだから話してほしいと僕も思う」
 にこりと笑いかければ、わかりやすく東城も相好をくずしてデレる。

「ありがとうございます!ホントはもっと、羽月さんがいかにカッコよかったか語りたいんですけど、そんなことしてたらたぶん夜が明けちゃうので、おとなしく客席にもどりますね?後半も、どうかからだに気をつけて……!」
 そうして去り際に、スッと身をかがめてきたと思った瞬間。

 チュッ

 小さく音を立ててこめかみにキスされた。
「なっ!?」
 なにをするんだと問いかける声は、しかしのどの奥につまって出てきてくれない。

「へへっ、消毒兼お守りです!」
 そんな僕の横をすり抜け、イタズラが成功した子どものように無邪気に笑いながら、東城は去っていった。
 でもその場にのこされた僕としては、たまったもんじゃなかった。

「バカ東城……」
 頬が熱い。
 たぶんキスしたときの音は、ほんの小さなものだったし、なにより背の高い本人のからだが盾になって周囲からの視線をふさいではいたと思うけど。

 でももし、だれかに見られてたらどうするんだよ?!
 思わずキスされたこめかみにそっと手をあてたところで、今さらながら心臓がバクバクと動悸を起こしている。

 いや、別にくちびるにされたわけでもないし、こめかみなんてたいした場所ではないのかもしれないけど……。
 それに東城とはもっと深くつながったこともあるのに、こんなふうにドキドキしてしまうなんて、今さらといえば今さらかもしれないけど!

 そもそも、こめかみには舞台のうえでも、雪之丞さんからされたわけだし。
 ……って、だから『消毒』なのか?
 さりげなく『僕にキスしていいのは自分だけだ』と主張する東城に、また照れてしまいそうだった。

 前だったら、あくまでも演技の一環でした雪之丞さん相手に、なにマウントとろうとしてんだとあきれていただけかもしれないけれど、今の僕にとっては、そんな自己主張でさえもうれしいだとか、かわいいなんて感じてしまう。
 我ながら、のろけているなぁ……なんて思うよ?

「よし、2幕も期待にこたえられるように、がんばんなくちゃな!」
 グッとこぶしをにぎり、あらためて気合いを入れる。
 今ならどんな困難だろうと東城からの『お守り』をもらったから、乗り越えられるような気がした。

「カァ~ッ、また見せつけられちまったな!」
 にやにやと笑う雪之丞さんに、お約束のようにからかわれる。
 やっぱり見られてたんだ!?

「……本当に、僕にはもったいないくらいの、自慢の相棒ですから。だからこそ胸を張って、彼とつりあっていると言えるような自分でいたいんです」
 けれど照れるよりも先に、しっかりとその目を見てかえす。

「おうおう、恋は人を強くするってか?いい傾向じゃねぇか!その調子だぜ、シンヤ!2幕もいっちょ、ぶちかましてやろうな?」
「はいっ!!」
 パチリとウィンクがとんでくるのに、大きくうなずく。

 2幕では、相田あいださん演じる主人公との決着のシーンもふくめて、雪之丞さんの本領発揮となる殺陣シーンが目白押しであるからこそ、少しでも多くの人にそのすごさを体感してもらいたかった。
 それこそ彼のファンの人から、『相手役が僕だからできたシーン、殺陣だった』と言ってもらえたらうれしいなと思う。

 僕の全力が、あの通し稽古のときのように、ほかのキャストたちの全力もまた引き出せるんだと信じて、ただひたすらにがんばるしかない。
 それに、矢住くんが最高にかがやく悠之助だと褒めてくれるのにふさわしい演技で、彼の期待にこたえたかった。


     * * *


 いよいよ、決着のときが来る。
 特にトラブルもなく、舞台は2幕の中盤にさしかかっていた。
 このあとに悠之助が力およばず、敵の親玉に斬られるシーンとなる、その直前。

「『いよぉ、会いたかったぜ!』」
「『チッ、てめえなんざお呼びじゃねーし!!』」
 抜き身の刀を肩にかついだ敵の親玉が、悠之助のもとへとやってくる。

 この最後の対決こそ、僕たちにとっての『こだわり』がぎゅっと詰まった場面だった。
 ふいに腰を落として踏み込んでくる敵の親玉の刀を、一瞬にして抜刀した悠之助が刀身をすべらせるようにして受け流すシーン。

 矢住くんのときは、雪之丞さんが刀を正眼にかまえた瞬間のカチャリという小さな効果音に合わせて殺陣がスタートすることになっていたけれど、僕のほうでは目があった瞬間にだらりと刃を下げた状態から、なめらかな動作でそれに入る。

 それこそ雪之丞さんの十八番おはこともいえる殺陣のなかでも、特にファンから支持されているヤツがそれなんだとか。
 それを悠之助というメインキャストとの殺陣でやったら、非常に華やかな演出となるのはまちがいないわけで。

 これまでのアンダーとしての稽古期間中には、何度もふたりで試してきたから、できると見込んだからこそ岸本監督に直談判して、こうして本番でも取り入れさせてもらった。

 ただ、この殺陣は対峙する僕だけじゃなく、殺陣に合わせて次々と効果音を打ち込んでいく音響さんも対応できなきゃ意味がないからこそ、音響さん泣かせと言われて、昨日の練習ではいちばん時間を割いた箇所だった。

 目があった瞬間、雪之丞さんのからだがバネのようにぐっと沈み、そして次の瞬間にはこちらに飛び込んでくる。
 そこからはスピードアップした踏み込みをしながらのなで斬りと、斬りかえしからの逆袈裟とつづく華やかな軌跡を描く銀のきらめきに、会場内の視線がくぎづけになっているのがわかる。

 あぁ、ヤバい、これは楽しい。
 ゾクゾクする……!
 めったに出せない本気で刀をふるうことができるのは、楽しくてたまらない。
 そんな悠之助の心の奥底に眠る歓喜は、笑みとなってこぼれていく。

 そしていったん距離をとったふたりは、ふたたびたがいに飛び込むように刀を合わせて、つばぜり合いを演じる。
 そのときの顔は、悠之助と敵の親玉はそっくりになるんだ。

 それこそが僕の解釈による、『剣客としての強さを追い求めてしまう狂気を隠して生きている悠之助』の特徴だった。
 会場内は唾を飲み込む音さえ響いてしまいそうなほどに緊迫感が増し、いっそ重さを感じるほどの静寂に支配されていた。
 それでいて、その静寂のなかには、たしかな熱気が激しくうずを巻いていたのだった。
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